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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

貴族少年と蛮族少女が冒険者パーティーを組んだようです

 多くのテーブルの並ぶ空間がある。中央には広い掲示板とカウンターがあり、数人の女性が書類を片付けていた。

 冒険者ギルドだ。大小様々、民間公式問わずに持ち込まれる依頼の仲介を請け負う組織である。

 そこには、依頼の報酬によって日々の生業とする冒険者達が集っているはずだった。

 現在早朝は既に明け、食堂となるテーブルも、依頼の処理を行うカウンターも空いている。

 そんな受付に、書類を置く少年がいた。

 全身の板金鎧。それは、少々の屋敷と同等の値を持つ高価な代物である。

 鎧の主は、兜を付けていなかった。肩口の髪を後ろで纏めた金髪と、整えられた顔は幼い。年若い少年だ。

 重量軽減や、動き易さのためか、所々抜けはあるが新品の全身鎧である。尋常の少年ならば到底揃えることは出来ないものだ。


「この依頼を受けたいのだが」


 育ちの良い佇まい、落ち着いた所作、申し出る口調もまた、品の良さが窺えた。

 少年の差し出した書類には、要点のみを抑えた情報が書かれていた。


『依頼内容:ゴブリン討伐。ショーサ村近隣に出没。早急に対処求む。報酬400G』


 冒険者への依頼書だ。

 受付嬢が、依頼書を確認し、事務的な笑みを浮かべながら言う。


「確認しました。あの、一党パーティーを組む御仲間の方は……?」

「今から探す。気持ちが急いてな。こうして持ち掛けてしまったが、迷惑だっただろうか」


 至極真面目な顔で言い放つ少年の姿に、受付嬢は苦笑いしつつ、


「いえ、御一人で活動する方もいないわけじゃありませんから。ですが、ギルドとしては新人の冒険者の方には一党を組むことを推奨していますので」

「わかった。それなら、依頼の取り置きは出来るか」

「ええ、構いませんよ。ちゃんと一党を組まれましたら、もう一度いらしてください。それまで、こちらの依頼書は預かっておきます」

「よろしく頼む」


 眉を寄せ、頷き、踵を返す背中を眺めつつ、受付嬢は思った。


 ――良い子そうではあるんですよねー……。


 受付嬢は、朝の賑わいを終え、閑散とした酒場を見る。

 冒険者にとって、依頼書の取り合いは日常だ。

 早朝に依頼書を手に入れ、日中に移動し依頼をこなし、その日の内、または日を跨いで帰還して酒盛りが一連の流れである。

 当然、少年の姿も早朝の賑わいの中に在った。

 数ある冒険者の中で、高価な甲冑を纏う姿殊更目立った。

 興味は惹かれど依頼は有限。特に話し掛けようとする者も無く、彼は一人机に座っていた。

 彼が賑わいを観察するように佇んでいる内に、割の良い依頼は獲り尽くされてしまう。

 残っているのは、新人向けの依頼や、割に合わない塩漬けのみである。

 そうなってからようやく動き出すと、彼は嫌な顔一つせず、余り物を手に取って受付に差し出したのだ。

 彼の顔を見たのは今日が始めてだ。おそらく、彼にとってもこの場所は初めてだろう。

 初見の場所を、観察してから行動する慎重さがある。

 しかし、初対面の人間に勧誘し、一党に誘うような勇気は持ち合わせていなかった。

 ほとんどの冒険者は既に目的地へと出発している。

 それでも残っているのは、休養か、ろくでなしか、ギルドハウスの従業員だけだ。

 この中に少年の仲間になろうとする者は、恐らくいないだろう。


 ――せっかくの良い子ですし、無茶はして欲しくないんですよねぇ……。


 冒険者はただでさえ死亡率の高い職業だ。初めての冒険というものは、それだけ危険である。

 彼は依頼を諦めないかもしれないが、今日のところはこの失敗を持ち帰り、明日に活かして欲しいところだ。

 考えれば考えるだけ、生存率は上がるのだから。


「すまない」

「はいっ。……?」


 呼びかけに反射的に返答し、思考を引き戻して見ると、先程の少年が目の前に立っていた。

 横にはえらく軽装で、肌の露出が目立つ、栗色の髪をした少女がいた。

 背には少女の身長を遥かに超えた、棍棒と見紛う大きな杖を掛けている。

 一見してどのような戦種か判別がつかない少女は、満面の笑みのまま言った。


「こんにちは! 私こいつと一党組むの! 預けてる依頼を受理してくれるかしら!」

「……わかりました。依頼書には規模少数とありますが、御二人で大丈夫ですか?」


 展開の速さに思考が追い付かないが、生じた疑問はとりあえず飲み込み、事務処理を優先する。

 受付嬢の問いに、少年が答えようとするが、それを押し退けるように少女が続けて言った。


「任せといて! こいつ頭良いし、私もこれでボコボコにするから大丈夫!」


 少年の背中を叩きつつ、もう片方の手で杖を操る少女に、受付嬢は苦笑いを浮かべる。


「わかりました。依頼は受理致しますので、お気をつけていってらっしゃいませ」

「ありがとう御姉さん! 報告楽しみにしててね!」

「……色々とすまない」

「いえ、大したことではありませんから」


 未だ背を叩く少女を鬱陶しそうしつつこちらを気遣う少年の姿に、先程とは違った印象を受けつつ、受付嬢は言った。

 言うべきことは言ったとばかりに、少女は出口に向かって歩みながら少年へと向かって、


「じゃあいくわよ! 私について来なさい!」

「……うむ」


 元気が有り余っているといった少女に、引き摺られつつ若干不満気な少年。

 その組み合わせを受付嬢は微笑ましく思いながら、自分がいつの間にか歳上目線になっている現実に危機感を覚えるのだった。


「ちゃんと戻って来て下さいね。じゃないと報告が聞けませんから」


 そして、そんな二人の無事を、受付嬢は静かに祈った。


    ●


 オマエに剣の才能は無い。

 初めての冒険という緊張からか、いつの間にか腰の剣を握っていた少年は、自らの師であった傭兵の言葉を思い出していた。

 前に出るのも後ろに退くも、考えてからやろうとする自分は、亀のように遅いのだという。

 剣の命題は二つ。

 如何に殺傷範囲まで近付くか。

 如何に相手より先に殺傷せしめるか。

 ようは速さであり、早さである。

 まず考えてしまうのでは遅すぎるのだ。

 相手を打倒すべきか、否か。剣を抜いて置きながら、そんなことを考えるのでは、敵に斬って下さいと言っているようなものなのだ。

 だからこそ、自分には剣の才能が無いのだという。

 アーサー・ボーティウッドは、そんな未熟な自分を好きではない。

 両親に反対されながらも、何とか五年の猶予を得て冒険者へと身をやつしたのは、そうした自分への決別を願ってである。

 寝物語に聞き、そう在れるようにと思考を重ね、準備を怠らなかった。

 しかし、とアーサーは思う。

 思った原因である、考え過ぎた結果、一人取り残された自分を一党へと誘った少女を見た。


爆裂魔法(エクスプロージョン)!」


 ゴブリンの頭部が弾けた。

 少女の杖の殴打である。

 いきなりゴブリンの集団へ飛び出して行ったときは何事かと思ったが、見敵必殺をこなす少女の技量は見事である。


魔法の矢(マジックアロー)!」


 ゴブリンの頭部が弾けた。

 少女の杖の投擲である。

 だがせめて、襲撃の前に一言あっても良かったのではないか、とアーサーは思うのだ。


魔力障壁(プロテクション)!」


 ゴブリンの頭部が弾けた。

 少女の岩肌への叩きつけである。

 見張りを全て文字通り粉砕し、勝ち誇る少女にそこはかとなく理不尽を感じた。

 事前にあれこれ考えていた自分が少し滑稽ではないか。

 だがゴブリンは全滅し、効果は出ている。やはり拙速こそ肝要なのか。

 少女は、その勢いのまま、ゴブリンの住処である洞穴へ押し入ろうとしている。

 アーサーは、少女の名を呼ぶことで、静止を促すと決めた。


「エレナ! 少し待て!」

「ん?」


 なんだ、といった様子でこちらを振り向くエレナに、アーサーは思う。

 戦闘に置ける拙速は正しいのだろう。だが、これは戦闘さえ含んだ冒険なのだ。拙速だけではいけない。

 自分には、剣も、戦闘の才能も無いかもしれないが、考える巧遅を止めることは出来ないのだ。


「火も持たずに暗がりに突っ込むな。罠もあるかもしれん。俺が前に出て進む」

「おお! そっか!」


 冒険とは、人外の領域に踏み込むことだ。態々罠へと突っ込んで行くのに等しい。

 考えて、考え過ぎることはないのだ。

 ともすれば、アッサリと死にかねない少女が戻ってくるのを見つつ、アーサーは溜息を付く。

 助かるには助かっている。彼女も指示を全く聞かないというわけでもない。まずはそれで良しとしよう。

 成行きで組んだ一党だが、放って置くわけにはいくまい。精々生き残れるよう頭を捻ろうではないか。

 英雄となるならば、この程度の困難だって何とかしてやるとも。

 アーサーは自分にそう言い聞かせながら、エレナと共に生き残るべく頭を働かせるのであった。


   ●


 エレナ・ショートウィンドは、明かりを持って前を進むアーサーの背を見ていた。

 彼女は村猟師の娘として生まれ育った。

 他の民がそうするように、彼女もまた親の家業に関する教育を受けた。

 しかし、彼女には野伏レンジャーとしての技能は無い。

 代わりに授かったのは、野生染みた驚異的な身体能力と、自然の中で育んだ超常的な直感だった。

 成長と共に、唯一の肉親である父に連れられ狩りをし、村の少年達と混じって遊ぶ。

 小さな村で、互いを支えながら生きる生活を続けていたある日のことだ。

 疫病によって、村が焼かれたのだ。

 モンスター災以外の原因であっても、弱小コミュニティは滅びる。この世界では当たり前の事だと教えられた。

 生き残りも村を離れ、それでも残った父は、流入するようになった魔物に喰われて死んだ。

 齧られた遺体を埋葬し、生まれ育った家を燃やし、かつての村であった廃墟を巡って、心の整理を付けるために泣いた。

 仕方がなかったのだろうと思う。

 よくあることなのだと言われた。

 元々生死は身近な出来事だった。

 それでも、独りになってしまったことは悲しかった。

 死に引きずられてしまわないように、その身を掻き抱きながら、エレナは思った。


「何でも知ってる魔法使いなら、みんなを助けられたのかなあ……」


 寝物語に聞かされた、どんな魔法も使える賢者の話。

 魔法使いならば、何とか出来たのだろうか。

 及ばずと解っていながら、何とかしようと出来たのだろうか。

 独りになってしまうのを、何も出来ずにただ見てるしかないなんてことは、きっとなかったはずなのだ。


「独りなのは、嫌だな……」


 魔法使いなら、独りにならずにすむのかもしれない。

 そうすれば、これからも生きていけるかもしれない。


「魔法使いになろう」


 ぽつり、と落ちた呟きは、自分でも思ったより力が込められていた。

 意志を途切れさせないように、急ぎ街へ旅立った。

 だけど、初めて街にやってきたものの、魔法使いになるにはどうすればいいのか見当もつかない。

 ブラブラと朝の街を歩いていると、向い側の通りから人の群が現れた。

 その中で見つけた、厚手のローブにとんがり帽子。魔法の触媒である杖を持つ女性。話に聞いた魔法使いの姿のままだ。


「あのっ……!」

「え、わ、私……?」


 思わず呼び止めたが、何と言えばいいのか解らない。

 突然の事態に頭が回らず、それでも何かを言おうと口を開く。


「えっと、どうすれば、お姉さんみたいになれますか!?」

「……ええーと、よく解らないけれど、冒険者になりたいなら、あそこの建物がギルドよ。受付で登録して来たら?」


 そうして女性が指さす先には、人の群が出てくる建物があった。

 あそこに行けば魔法使いになれる……!


「まあ、頑張りなさい」

「はい! ありがとう魔法使いのお姉さん!」


 そう言って意気揚々と駆け出し、入り口まで近付くと、全身鎧を着む金髪の少年が立っていた。


「うーむ……」


 しかめっ面で入り口を塞ぐように立っている少年に、エレナは気勢を削がれたような気分になった。

 だけど、その途方に暮れたような姿に、なんとなく興味を惹かれ、尋ねた。


「ねえ、そんなところでどうしたの?」

「うむ?」


 全身鎧の男の子。彼も今日冒険者になりに来たという。

 仲間を誘えず、一党が組めないので依頼を受けられないのだとか。

 知らなかったなあ、と勇み足を自省しつつ、疑問を作った。


「あんたも独りなの?」

「む、まあ、一人は一人だが、これから仲間を探すので問題ない」

「仲間が欲しいの?」

「そ、そうだが、顔が近いぞ」


 魔法使いならきっと、この男の子を独りにしないのではないか。

 なら、魔法使いを目指すエレナがすべきことも決まっていた。

 魔法使いが魔法を使うときは、今なのだ。


「じゃあ、私があんたと一党を組んであげるわ!」

「む?」


 こうして、魔法使いになりたい少女と、英雄を目指す少年が一党を組んだ。

 互いに目指すもののために、独りではなく、一党で進むと決めた。

 初めての冒険を成功させて、この出会いの門出としよう。

 エレナは喜び勇んで、アーサーを受け付けへと引き摺るのだった。


   ●


 暗い洞穴で周囲を警戒し、罠を越え、ゴブリンの襲撃を返り討ちにした先、それは居た。


『よく来たな。若き冒険者達よ』


 共感言語で呼びかけるのは、岩と骨の玉座に添えられた、瘴気を放つ髑髏である。

 認識と共に襲う重圧と、頭に響く共感言語(テレパス)の違和感に、アーサーは堪らず膝を着いた。


『案ずるな。ゴブリン共は全て貴様等が弑したのでな。伏兵は居らぬ。ここに在るのは我だけぞ』


 本当かどうかを判別する余裕はない。

 必死に意識を保ちながら、会話を途切れさせないためアーサーは言う。


「アンデッド……、リッチーか……?」

『正確には、その残骸と言ったところか。こうして囀るだけが精々のな』

「ゴブリン共を集めて、何をしようとしていた……」

『さて、目論見があったわけでもなし。死に損ね。消滅し損ね。この状態では手慰みも出来ぬ。ゴブリン共を適当に煽るのが、唯一の暇潰しよ』

「傍迷惑な……!」

『フフフ、そう言うな。ただ在るというのも退屈なのだ。とはいえ、ゴブリン共より愉快な暇潰しも現れた。次はそちらで遊ぶとしよう』

「それは、どうかな?」

「ぬぅ?」


 エレナ、と小さく叫ぶ。会話の間、呼吸を整えたエレナが、ゴブリンから奪った粗雑な手槍を構えていた。


「んっーー! なっ!!」


 砲弾の一撃と見紛う手槍の投擲が、真っ直ぐ髑髏を射抜いた。


『――惜しいな』


 が、手槍は髑髏を穿つことはなかった。直前で弾かれた手槍は明後日に向かって着弾し、洞穴の岩壁を削るに止まった。

 魔力壁プロテクションだ。やはり、隠し玉があったらしい。これで髑髏の周囲へは迂闊には近づけなくなった。

 逆に言えば、髑髏に近付く必要は無いのだ。依頼はゴブリンの盗伐だ。最悪放置すればいい。

 アーサーがそう思案しているときだった。


『さて、そこな狩人の娘』

「えっ……?」

「ッ!? ダメだ! エレナ!」


 動けない髑髏は、エレナに向かって共感言語を放った。

 いや、対象を選べる共感言語をアーサーにも聞かせている以上、これはこちらの動揺も誘う手である。


『残骸とは言え、死者を操るリッチーであったでな。お主の縁者が見ゆるのよ。父を含め、多くの者に大層愛されていたようだなあ、お主』

「みんなが……? そっか」


 先程は臨戦態勢で身構えていたエレナが、今は髑髏に視線を固定し呆けたように動かない。

 魅入られている、とアーサーは確信した。

 言を弄しているだけではない。相手を魅了する魔法も使えるようだ。

 精神に働きかける魔法を持たない自分では、この状態から引き戻すのは難治である。

 親子の絆、というのは特別だ。即席の一党でしかない自分では太刀打ちできない。

 だが、とアーサーは絶望に思考を辞めなかった。

 諦めてはならない。積み上げたものに敵わないのなら、一瞬でもいい、その場の興奮で超えてやる。

 半ばやけっぱちでありながら、アーサーは全霊を持ってエレナへ叫んだ。


「エレナッ! 待てッ!!」

「ぁっ……」

『どうした? 聞きたくはないのか? お主一人を残して逝った。親しき者達の声を……』

「お父、さん、ミーシャおばさん、ユーダおじさん、シャイロ、キナ、レナルド、みんな……」


 どうして私を置いて逝ったの?

 ぽつり、と呟かれた言葉に、アーサーは一瞬言葉に詰まった。

 守られ、大切なものの喪失を知らずに生きてきた自分には及びもつかない現実だった。

 それでも、と萎えかけた気持ちに喝を入れる。

 それでも今、エレナに対する感情が、彼女の喪失を恐れるものであるならば――!


「そっちへは行くな! 俺と一緒に帰るんだ! エレナ!」

「ッ!!」


 弾かれるようにエレナが振り向いた。

 見開かれた目がこちらと合うと、涙に濡れる瞳が、笑みで綻んだ。

 頷きを返すと、エレナは髑髏へ言った。


「教えてくれてありがとう。もう、大丈夫だよ」

『くくっ、どうやらそうらしい』

「あなたのこともちゃんと見送るから、安心してね」

『――それは、望外の幸運と言うべきであろうな』


 エレナが前に出た。髑髏は障壁を張る。

 先程の焼き直しだ。エレナでは障壁を破れず、髑髏には決定打が無い。

 さっきまでと違うのは、アーサーもまた、呼吸を整え備えていたということである。

 小声で呟かれていた呪文が、最後の一節で完成した。


術式破棄(ディスペル)

『ぬぅ!? 小僧、貴様その形で魔術を弄すか!』

「これでも英雄志望でな、――やれ! エレナ!」

「おりゃあ――――!!」


 隔てる物を失くした拳が、唸りを上げて髑髏へと直撃した。

 勢いは止まらず、岩と骨の玉座を粉砕し、破片が岩壁を突き刺さった。

 その威力にアーサーは肝を冷やした。色々と自分の中の女性像とは相容れない存在である。

 ガッツポーズして飛び跳ねる姿は、正しく年頃の少女ではあったが。

 ともあれ、ようやく一息つけるか、とアーサーが思ったときだ。


『見事、と言っておこうか』

「なっ!?」

『そう身構えるな。存在を留めていた媒介も砕けた。残り滓もすぐに消滅するだろうよ』


 重圧を感じていた共感言語は、穏やかな口調でそう言った。

 奴が存在の消滅をどう捉えているのか解らない。だが、その声からは、そう悪いようには思っていないように感じた。

 エレナは、共感言語へと向かって笑って言う。


「お休みなさい、バイバイ」

『ふっふっ、こうして看取られて逝く最期があろうとはな』

「……供養は必要か」

『よいよい。当の昔に物質的なものに意味など無い。肝要なのは、我がこの結末に満足ということよ』

「そうか」

『うむ、小僧と小娘よ。礼を言おう。何の褒美もないが、ガルドミラ・アグウェニスの名を持って行け。我も昔は名を轟かせたアンデッド故、手柄の足しにはなるだろう』

「有り難く、受け取っておくとしよう」

『では、さらばだ』


 その言葉を最後に、頭に響く声はピタリとやんだ。

 あっさりとした去り様に、思わず辺りを見回そうとして、被り振った。

 最早その必要は無い。ここに在るべきものはもう、何処にもいないのだ。

 エレナもそう感じたのか、神妙な顔で玉座の残骸をしばらく見つめていた。

 やがて、こちらに振り向くと、再び満面の笑みを浮かべて言うのだ。


「帰ろっか」

「うむ、そうしよう」


 二人は帰路に着く。

 少しばかりの土産話を抱えて、初めての冒険を終えるために、洞穴を後にした。

 この出来事はありふれたものなのだ。新人冒険者が依頼を受けて、困難を乗り越え帰還する。

 当然、逆の結果もある。それでも二人は生き残った。今日の出来事を語り合い、明日再び冒険へ出るだろう。

 その繰り返しが続いて行けるか。それはまだ、神にすらあずかり知らぬ事であった。

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[一言] 「死霊術師とオッサン戦士のダンジョンアタック」とこちらの作品を読ませて頂きました。 私は面白いと思いました。 ですがこのサイトでは受けが悪い気がします。 言葉の掛け合いを好む読者が多く、会話…
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