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レイ・ライダー  作者: 真中太陽
9/31

さめない夢とスープ


「……ん」


 目が覚める。

 見慣れない天井。

 部屋の中はほのかな明るさを保持している。

 時間の感覚はないが、どっぷりとふけた夜であろうことはなんとなく感じた。

 隣から息づかいが聞こえる。

 横を見ると、隼人が椅子にこしかけ壁にもたれながら、うたた寝をしているようだった。


「……んが……ん、お、よう、シン。目が覚めたか」


 隼人は変わらぬ笑みで接してくれた


「……ごめん」


 言葉が見つからず、俺はただ謝った。


「ば~か、謝る必要なんてねえよ。……確かに、最初はちょっとびびったけどな。でも、レイ王様たちの話を聞いてたからな。ははっ。お前にとっては、ほんとに最悪な一日になったな」


「……ああ」


 隼人の軽口が、今は心地よかった。

 ほんとに、できることなら、今日という日をなかったことにしたいくらいだ。


「……どれくらい寝てた?」


 隼人がスマホを取り出し、時間を確認する。


「ん~、一時間くらいか? ちなみに、日本時間なら今はもうちょうど日付が変わるところだ。あと……ほい、お前のスマホ」


「あ、ああ、ありがとう」


 そっか。俺、スマホ落としてたんだっけ。


 電源を入れてみると、時刻は二十三時五十八分。

 液晶の見慣れたこの画面が、今はひどく落ち着く。

 俺の日常――だったものが、ここにある。

 まだ一日すら経っていないのに、ひどく長い時を過ごしたように思う。

 それでも、隼人がいて、スマホがあって、どこか他人事のように思っていたこの現実を、ようやく受け入れられたような気がする。


「……ああ、そうだ。おまえ、ケイアさんにもちゃんと礼を言っとけよ。あの人のおかげで、お前は正気に戻ったようなもんなんだから」


「ケイア?」


 その時、ちょうど扉が開き、その話題の人物が入ってきた。


「……あ! よかった、気がついたのね!」


 彼女は俺の様子を見ると、花が咲くようにぱぁっと笑ってくれた。


「あの、俺……うっ!」


 慌てて体を起こすと、全身に軽い痛みがはしった。特に、胸のところが。

 彼女は食事をもってきてくれたようで、スープ皿が二つ乗ったトレーを近くのベッドに置くと、俺の背中をさすってくれた。


「無理しないで……もう少し、休んでていいのよ?」


「……ありがとう、ございます」


 俺は一瞬、胸を押さえたが、その痛みもすぐにひいた。

 彼女の手から、優しい何かが広がっていくのを感じた。

 気持ちいい。ずっと撫でていてほしくなる。

 俺が落ち着いたのを見ると、彼女はその手を俺の額にもってくる。


「……うん、熱も引いたみたいね。良かった!」


 また、笑った。

 額から、また優しい何かが広がっていくのがわかる。

 こっちに来てから、初めてともいえる優しさに、俺は思わず、涙がこぼれた。


「わ、ど、どうしたの!?」


 彼女が驚く。

 俺は照れくさくなり、彼女の手から逃げるように慌てて流れた涙をふく。


「……す、すいません。俺、こっちきてから、こんなに優しくされたの、初めてで……なんか、思わず」


 恥ずかしい。

 初対面でいきなり泣き出すって、普通引かれるよな。

 でも、彼女はそんな俺に、意外な言葉をかけてきた。


「……ありがとう」


「……え?」


 彼女の言葉は、どこか俺を知っているような感じだった。それに、なぜ俺にお礼を?


「いや、あの、どうして……ていうか、お礼を言うのは、俺の方で……」


 彼女は微笑みながら、静かに首をふる。


「あなたには、私の大切な子を助けてもらったから」


「え?」


 大切な、子?

 いや、俺、子供助けた覚えはないんだけど?

 てか、この女性、子供いるの!? 見た目俺たちと近いと思うんだけど……。


「入っておいで」


 ケイアが扉に向かって言った。すると……。

 静かに開いた扉から、白い犬がひょこんと現れた。


「シ――カ、ロ?」


 それは確か、森で襲われていた、小さな白い子犬だった。


『――アンっ!』


 俺が名前を呼ぶと、カロは元気に走り寄って、俺に跳びかかった。


「わっ!」


 何とかキャッチし、カロは嬉しそうに俺の顔をぺろぺろと舐めてくる。


「はははっ。驚いただろ、シン。俺も最初はびっくりしたさ。なんたって、あの頃のシロと瓜二つだったからな。生まれ変わりかと思ったぞ」


「あ、ああ……」


 俺は改めてカロを見る。

 見れば見るほど、あの頃のシロとそっくりだった。


「ふふっ。その子が言うんです。操られたみんなに、勇敢にも立ち向かい、僕を救ってくれた人がいた、って」


 ……ケイアさんは動物の言葉がわかるんだろうか?

 まあ、これだけ優しい人なら、わかってしまうものなんだろう……か?


「そう、ですか……。本当に……助かって良かったな、カロ」


『アンっ!』


 カロは元気よく返事する。

 頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目をつぶる。


『アンっ!』


 まっすぐに、俺の目を見てくる。

 きれいな、子供の純真な真っ直ぐな瞳。その瞳に見つめられ、なぜか俺の胸に、またあのもやっとしたものが出てきて俺は思わず、目をそらしてしまう。


『……クゥン?』


 カロが首を傾ける。


「……?」


「……シン……」


 その時、再び扉が開き、入ってきたのはレイだった。


『ケイア、そろそろ会議を――む、目が覚めたか』


「あ、はい……。あの、このたびは本当にご迷惑をかけて、すいませんでした」


 俺はベッドの上からだが、深く頭を下げる。


『……過ぎたことは良い。それよりも、これからが大事なのだ。……ちょうどいい、食べたら来い。お主たちにも話さなければならないことがある』


「は、はい……」


 そう伝えると、レイは部屋を出て行った。

 見た目は子供ぐらいの小さなドラゴンなのに、迫力だけは感じられる。これが”王”というものなんだろうか?

 レイに続き、ケイアとカロも部屋を出ていこうとする。俺は、その背中に向かって慌てて呼びかけ……。


「あのっ!」


 絹のような艶のある長くきれいな黒髪が揺れ、ケイアが振り向く。


「あの……ケイアさん、本当に、ありがとうございます」


 俺はまた深々と頭を下げた。


「ケイア、でいいわよ。またね、シンイチくん」


『アンっ!』


 彼女はにこっと笑って、扉を開けてカロと共にこの部屋を後にした。

 再び隼人と二人だけになった部屋に、静寂が訪れる。


「ケイア……か」


 しみじみと、彼女の名前を呼ぶ。


「……いい人だな。ケイアってさ」


 そう言って隼人の方を振り向くと、ものすごく不機嫌オーラ全開で俺を睨んでいた。


「な、なんだよ……」


「……シン」


 隼人はゆっくり立ち上がる。そして――。


「どぉぉぉしてお前ばかり! そんなにモテるんだああああああぁぁぁ!」


「はああぁぁ!?」


 剛腕で俺の肩をひっつかみ、ガクガクと揺さぶる。


「知るかあああ! つーか、別にモテてねえだろ!」


 俺は隼人の手を振り払う。

 隼人はおよよよと隣のベッドに泣き崩れる。


「俺の方が……俺の方が先にケイアさんたちに助けてもらって仲良くなったのに……俺はいまだに”ケイアさん”なのに、お前には呼び捨てで良いって……どんな差別だああああぁぁぁ!」


 布団をばふんばふんと叩く。

 あ~、おい、やめてくれ。ベッドがぎしぎしと悲鳴を上げている。


「……別に他意はないと思うけど……」


 そう言いながらも、俺も実はちょっと嬉しかったり。


「ニヤけたやつが優越感に浸りながら言うな! ……うおおおぉぉおん!」


「はいはい、悪かったよ。……せっかくだし、お前がひっくり返す前に、ご飯を頂こうぜ」


 ケイアが置いていったトレーには、二人分のシチュー(?)が乗っていた。

 その一つを、スプーンを入れて隼人に渡す。


「……こういうところが、モテる要因なのか?」


「……知らねえよ」


 表面は少し冷めてしまったが、中はまだあたたかいクリーム色の液体をほおばる。


「――」


 味自体はいたって普通だと思うけど……今までのどんなシチューよりも、おいしく感じた。




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