シロはまだ生きている!
身がすくみあがるような雄叫びと共に、奥の方から何かがやってくる。
「な、なんだあれは!?」
見た目二メートル以上、全長三、四メートルありそうな超大型のゴリラっぽいものが、まるで高速の大型重機のようにものすごいスピードで突進してくる。両手両足を地面をたたきつけるように進み、それがこの地響きの正体だと知る。体は木に当たろうがものともせず、逆になぎ倒す勢い。目は赤く輝いており、いかにも怒ってますというのが見て取れる。
しかも、なんだありゃ? 黒い毛と思われるものが額から二本、角のように生えている。
「あれは、総隊長の! くそっ、よりによって!」
『オーニーか……。あやつも当然……』
オーニー……ああ、鬼か。見た目通り、まさしく鬼ゴリラってことか?
追手はそいつ一匹だけじゃない。他にも、鹿っぽいのや、ウサギっぽいのまで狂ったように森の中を縦横無尽に走りまわっている。
姿は、地球の動物とは似てはいるが、違いは明白である。
まず、巨大。鹿やウサギも見た目で一メートル以上ある。しかも速い。そして、鹿は角が変形するのか、木にぶつからないよう避けているように見える。ウサギは耳が操れるようで、手足だけでなく、体よりも長い耳もつかって木から木へ移動する様も見えた。
……もしかして、あれが追手? 逃げれるわけなくね?
どんどん近づいてくる。
こっちには強いといっても女性一人とちっちゃなドラゴン、そして丸腰で戦力外の俺。
くそ、せめて刀があれば……。全国二位の肩書もここじゃ何の役にも立ちそうにない。
心臓が不安で高鳴る。
近づいてくるほどに恐怖も増し、敵の姿もより大きく見える。
どうする、どうする、どうする……!
どうしていいかわからず悩んでいたとき、俺の耳に、聞いてはいけない鳴き声が聞こえた。
『――アンっ!』
「っ!?」
今、犬の鳴き声のようなものが……。
敵はそのままこっちまでやってくるかと思いきや、十メートルほど手前で急に左斜めへと方向転換した。
「!? なんだ? 私たちではない?」
『あれは……!』
レイが視認できたようだ。
俺は居ても立っても居られず、敵が向かった方に身を乗り出して、探す。すると……。
『アンっ!』
また聞こえた。
同時に、俺の動体視力は鬼ゴリラたちの前を必死で走る、小さな白い犬のような動物を捉えた。瞬間的に叫びそうになる。
「シ――」
「カロっ!」
同じく身を乗り出して覗いていたレジーナが叫んだ。
『間違いない! なぜあの子が……もしや、先に合流地点にきて、見つかったのか!?』
レイもいつの間にか降りてきて、様子をうかがっている。
『アンっ! アンっ!』
悲鳴のように聞こえる鳴き声には疲れも色濃く出ている。
おそらく、最初の地響きのときもあの子を追っていたんだろう。
心臓が、先ほどとは違う意味で跳ねる。
ほどなく、地響きは止み、それが捕まった合図だと知る。
敵は、俺たちから十メートルぐらいのところで止まっていた。
三匹が囲み、その中心から鬼ゴリラがつかんで目の前に持ってくる。
にぎられた灰色の巨大な手から、白い顔だけが見えた。
「っ!」
俺は、その姿に驚愕する。
それは、記憶にあるシロと瓜二つだった。
『アウンっ!』
苦しそうに吠える。
今にも握りつぶされそうになっている。
俺は、自分の中の衝動に、抗うことはできなかった。
「やめろおおおおぉぉぉぉっ!」
俺は駆け出し、目に入った拳大の石をつかんでオーニーに向かって投げつけた。
『「なっ!?」』
二人の怒りと驚きの声が聞こえたが、そんなことにかまっていられない。
今にも死にそうなあの子を、放ってなんておけるか!
俺の投げた石は、ちょうど奴の左目にクリーンヒット。
一瞬痛みで顔を背け、力が緩み、握っていたカロは地面に落ちて助かる。
だが、すぐにもう一つの赤い右目で俺を見つけ出し、ギロリと睨みつけ、その形相は怒りに染まっていく。
『ヴオオオオォォォ!』
大気をふるわす咆哮が俺を直撃し、全身――特に足がぶるぶると震える。
くそっ、おさまれ! おさまれ!
敵は地響きをたてて猛スピードで迫ってくる。
俺はなすすべも無く、その突進を受けてぺしゃんこに――はならなかった。
もうダメかと思ったとき、レイが俺の制服の首元をもって空へと飛んでいた。
『この愚か者が! いったい何を考え――』
文句言う暇もなく、飛んでいたすぐ横の木につかまって待ち構えていたウサギのやつに、長い耳でハエでもたたき落とすように叩かれ落下する。
俺たちの落下地点で待ち構えていた鹿のやつが、広げていた角で俺たちをキャッチするとまるで繭のように変形させて俺たちを閉じ込める。
レイは耳の攻撃を受ける瞬間に俺をかばってくれたが、そのせいで攻撃をもろにくらってしまった。直後のダメージは軽減されたが、勢いはそのまま俺も広げられた角に背中から叩きつけられる形になって二人とも身動きができない。
「くっ……」
外では三匹に囲まれたレジーナが一人。戦おうかと一瞬悩んだが、戦力差は歴然。おとなしく降伏した。
「……ご、めん……」
俺はまた、なんということをしてしまったんだ……。
隼人だけじゃなく、この人たちにまで多大な迷惑をかけて……。
かろうじて絞り出した声は、誰にも聞かれることなく空中に霧散する。
捕まった俺たちは、彼らの赴くままに、連行された。
「……ぐ」
目が覚める。気を失っていたようだ。
「……ようやくお目覚めか、大バカ者」
ぼやける俺の視界に、レジーナの姿が映った。
ああ、とうとうクズにまでランクは下がったんですね。
『……よもや、再びこの城に戻ってこられるとはな。礼を言わねばならんな』
反対側からは、少し遠いレイの声。
大丈夫、ちゃんと盛大な嫌味だということはわかります。
針のむしろ、か。うつ伏せの俺は二人から視線を外し、再び地面と向き合う。
ついさっき険悪なムードを解消したと思ったのに、すぐに最悪になってしまった。
もはや二人から、俺への信用は微塵も感じられない。
「ごめん……」
思わず、口をついて出る。
「謝って済む問題か!」
『まったくだ……』
二人から責められる。当然のことだ。
何も言えない。言い返せない。
地面につけた額が冷たくなってくる。
顔を上げられない。上げたくない。
「いつまでそうしているつもりだ?」
『現実を受け入れるべきだな』
「……」
何をしていても嫌悪にしかならないだろう。
俺は上体を起こそうとして、改めて自分の姿に気づく。
手足が動かない。後ろ手に縄で縛られ、足も縛られている。
ちらっと見ると、レジーナも同じ状況で正座している。
俺も何とかレジーナと同じ正座の態勢になる。
目の前にはちょっとした階段と、上った先には王が座るであろう、豪華で巨大な椅子。
本来ならそこに座るはずの王は、玉座の横で両手両足を太い鎖でつながれていた。
……にしても、レイが座るには、かなり大きすぎないか? 鬼ゴリラが座ったとしても、まだ余裕があるだろ。
王の謁見の間と思われる、体育館ぐらいありそうなだだっ広い空間には、敵の姿は見当たらない。
俺たち三人だけがぽつんと残されている。
「……相手は余裕だな」
「ああ、お前みたいな私たちの足を大いに引っ張ってくれる者がいるからだろうな」
「……」
ああ、ほんとに今日は最悪だ。
なんで俺は今日に限ってこんな目に遭ってしまうのか。
それでも、俺は意を決して二人に問いかける。
「……一つだけ、質問、いいですか?」
「……」
答える気がないのは明白だったけど、俺はどうしても気になっていた。
「あの白い犬――カロ、だっけ。あの子は、どうなったか知ってますか?」
俺は交互に二人を見る。
『……さあな。我も気を失っていたゆえ』
俺のせいですよね。ホントすみません。
「……やつらは私たちを捕まえたあと、あの子には見向きもしなかった。運がよければ、助かったんじゃないのか」
言おうか悩んでいたレジーナだが、ぶっきらぼうにも答えてくれた。
「そう、か……よかった」
こんな状況で不謹慎かもしれないけど、俺は心から安堵した。
もちろん、完全に助かったわけではないだろうけど、少なくともあの場で殺されたわけではなくて本当に良かった。生きている希望は大いにある。
「……」
『……』
心から安堵している俺を、二人が不思議そうに見てくる。
「……な、なんすか?」
「……」
『……おぬしは変わった者だな』
「え、なんで?」
『いや……』