ハッピーエンドの中で
「助かったよ、ありがとう! ……よし、買い忘れはないな」
運んでくれた皆にお礼を言って、メモした紙と資材とを照らし合わせて確認する。
その時、ふと離れの塔にある先王の間が目に入った。
「……」
あの少年は大丈夫なのだろうか。
最初出会ったときは、まさかこんなことになるとは思ってもいなかった。
彼は自覚していないだろうが、カロを助け、私を助け、ケイアを助け、レイ王様と契約し、さらに契約技まで使いこなしてケビンを倒したのだ。それがどれほどすごいことなのか、彼はきっとわかっていないだろう。シヴァ様を失ったのは大きな痛手だが、彼女のおかげで皆は救われた。その起因となるのは、間違いなく、彼が来たからではないかと思う。まさしく、突然現れた救世主のごとく、人々とケモノたちを救い、私にとって大切な相棒のマルフォウスも助けてくれ――。
って、何を考えているんだ、私は。そんなことを考えても意味はない。でも……。
「……あとで、見舞いにでもいってみるか」
彼の看病はケガが治った友人と、ケイアに任せっきりだからな。無事かどうかだけでも確認するのは悪くない。うん、それだけだ。それだけだぞ!
なぜか自分を納得させようとしていることに悶々としながら城の中に入ろうとした時、扉が開き、意中の少年が顔をだした。
「レジーナ!」
「っ!」
私は平静を装いつつも、頭の中はパニックだった。
なぜ彼がここに? もう起きたのか? 起きて大丈夫なのか? だいたいなんで私はたかが名前を呼ばれただけで、こんなにも動悸が激しくなっているのだ!?
彼にばれないように、静かに深呼吸をして気持ちを落ち着かせ――頼む、近寄るな! それ以上近づいてくるな! 全然おさまらん!くっ、私としたことが、いったいどうしたというんだ。
とりあえず、ここは一つ、労いの言葉をかけてやるのがいい、よな。えっと、”よかった、目覚めたのか。心配したぞ”。うん、これだ。
「レジーナ、あの――」
「ふん、ようやく目覚めたか、寝坊助め」
ちっがーーーーーーーーうっ!
私は何を言っているのだ!? 完全に引いてしまっているじゃないか!
「あ、うん……ごめんね、まさか丸一日以上眠ってしまってたなんて、自分でも驚きで」
くそ、今度はちゃんと言うんだ。”当然だ、ずっと戦いっぱなしだったんだし、とても疲れていただろうからな。気にするな”。
「まったくだ。皆はすでに人々や城の修繕のために働いているのに、貴様は何をしていた? 甘えるな」
何を言ってるんだ私ーーーーーーーーーーーっ!?
まさか今度は私が操られているのか!? なぜ思っていることと反対の言葉しか出て来ないんだ、この口は!
「う、うん、ごめん……あ、あのさ。マルフォウスは、どこか知ってる?」
「マルフォウス?」
ケイアから聞いたのか? だとしても、そうか……気にかけてくれるのか。
「レジーナ?」
私ははっとして、これ以上余計なことを言わないように、短く要点だけ伝える。
「……マルフォウスなら、城の反対側の丘の上にいる。今は簡素だが、そこにシヴァ様の石碑も建てられた。……目が覚めてから、彼はそこから動こうとはしないんだ」
「そっか……」
私の話を聞いた彼は哀しそうにうつむく。……どうしてそんな表情ができる? マルフォウスとはほとんど接点はなかったのに。少なくとも、自分が逆の立場だったら……。
「……わかった、ありがとう。行ってみるよ」
「な! 正気か!?」
私は慌てた。正直、今のマルフォウスには近づかない方がいいと思った。誰だって、一人になりたい時はあるし……契約者の私でも、今の彼の力になることはできなかった。
「もちろん、正気だよ。ていうか、そんなおかしなこと言ってる?」
「い、いや、そんなことはないが……」
どうしてそんなにも……。
「……どうして、そこまで関わろうとするんだ?」
気づけば私は、思っていた疑問を投げかけていた。
「どうして、って言われてもな……俺はただ、自分の言ったことに責任を取りたいだけだよ。それに……レジーナも、マルフォウスが元気な方が嬉しいでしょ?」
「!」
ああ、そうか。どうして、レイ王様がこの子と契約したか分かった気がする。
純粋に、優しいんだ。そして、その優しさは、皆を包み込むほど、大きい。そして、責任感もある。まさしく、今のレイ王様にぴったりの人物だ。
「……そうだな。それは間違いない。早く行け。もうすぐ昼だ。ご飯は、みんなで食べないとな」
「! ……ああ!」
一瞬、彼は驚いたような顔をして、すぐに笑顔になって頷いた。……自分はそんな変なことを言ったのだろうか?
「ありがとう……それと、レジーナさ、笑った顔の方が、かわいいよ。じゃ!」
「なっ!?」
か、かわいい? 私が? それに、いつ私が笑って……。
困惑している間に、彼は丘の方へと消えていった。それを後ろで見ていた複数の視線に気づく。
「な、き、お、お前たち、いつから……!」
「え、なになに、レジーナ隊長、あの少年にお熱なんすか?」
「ヒューヒュー! お熱いですね~」
「き、きまさら~……」
「お~っと、いけねえ。斬撃が飛んでくる前に逃げよっと!」
「レジーナ隊長、ああいうやつには、押しがいいと思いますよ!」
「好き勝手なことを言いおって! その舌たたき斬ってくれる!」
窓からは総隊長と彼の友人の声も風にのって聞こえてくる。
「いや~、あのレジーナがねぇ。若ぇやつの青春ってのは、いいもんだね~」
「あれを素でやるとは……シン、恐ろしい子……!」
「総隊長まで! 貴様も、あとで覚えておけ!」
「うぇ!? オレもっすか!」
私は恥ずかしさを隠すため、その場から逃げるようにからかった部下共を追いかけていった。
「はあ、はあ、そ、そこの丘、って、けっこう遠いじゃん」
ぐるりと城の反対側にまわり、森を抜けて丘と言うには大きすぎる、まるで山のような坂道をひたすら上っていく。
そしてようやく、頂上が見えた時、そこにはレジーナの話したとおり、石碑とマルフォウスが座っていた。
俺は少し呼吸を整えてから、マルフォウスに近づいていく。
マルフォウスは耳を一瞬ピクッと反応させ、でも振り返りもせず、耳もすぐに元の位置に戻った。
このまま近づいていいもんか少し戸惑ったけど、ここまで来て引き返すわけにもいかないので、俺はさらに進み、マルフォウスの隣まで来た。
彼は、何も言わず、ただ石碑を眺めている。
「……」
なんとなく声をかけづらく、黙っていると、彼の方から声をかけてきた。
「……なんか用か」
「あ、いや、用、ってほどでもないんだけど……」
突然の質問に面食らって、しどろもどろになっていると、今度はさらに強い口調で言ってきた。
「……用がないなら帰れ。あと、俺はうじうじしている奴が嫌いなんだ」
その言葉に少しカチンときた俺は、マルフォウスの横にわざとドカッと座ってやった。
彼は最初迷惑そうに視線を送ったが、すぐに石碑に戻した。
空は、抜けるように青かった。
日差しは燦々と降りそそぎ、かといって、高い丘の上は風もあって暑くもなくちょうどいい。少し振り向けば、そこは城と、森と、町すらも一望できる眺めもいい。
みんなが、シヴァのことを本当に大切に思い、慕っていたことがよくわかる場所だった。
「……みんな、シヴァのことが本当に大好きだったんだね……」
「……」
マルフォウスは、何も答えなかった。
俺は正座しなおし、石碑に向かって手を合わせて目を瞑る。
マルフォウスはじっと石碑を見て動かない。しばらく、二人の間に沈黙が続いた。
「……あのババァは、口うるさくてよ」
「え……?」
声をかけてきたのは、マルフォウスの方だった。
「ちょっと悪さすると、鬼のように怒ってきやがってよ。説教はなげーし、うるさくてたまんなかったぜ。ほかの奴からは好かれていたみたいだが、少なくともオレは好きじゃなかった……」
「……」
『好きではなくとも、嫌いでもなかったのであろう?』
「! レイ……」
大きな翼をはためかせて、空からレイがやってきた。その大きすぎる手にはあまりに小さい花束を、大事そうに持って。
『ようやく少し目途が立ったのでな。……来るのが遅くなってしまった。隣良いか?』
『……』
マルフォウスの拒否はなかったので、レイはマルフォウスを挟むようにして、俺の反対側に座った。花束を石碑にそえる。
『確かに、多少口うるさかったのは認めるな』
『……多少か? あれは』
『ふふ、そういうな。お前のことをよく目にかけていたからだ。それはカロが生まれてからも変わらないほどに、な』
『……ちっ。あんときは、少しは収まるかと思ったのによ』
『ふっ、それだけ、お前のことを大事に思っていたということだ』
『けっ、どうだかな……』
二人の間で、昔話を懐かしんでいるようだった。俺、お邪魔?
『我とマルフォウスは、共に産みの親を知らん。我らは、今は亡き先王が引きとって、育ててくれたのだ。先王は父代わり、シヴァは母親のようなものだった。以来、マルフォウスとは兄弟のように、同時に大事な友でもあり、家族として育った』
「そうだったんだ……」
レイが説明してくれて、マルフォウスのことを”友”と呼んでいた理由がようやくわかった。
『ふん……先王は確かに優しかったが、あのババァは何度噛み殺してやろうかと思ったぜ』
「ちょ、マルフォウス……」
『それはお前が悪さばかりするからだろう。それに、それも最初だけではないか。お前が契約をしたときは、一番に心から喜んでくれたのも、シヴァであったろう?』
『……』
『あの方は、我らに本当にたくさんのことを教えてくれた。教養から戦闘まで、生き抜く方法を様々にな。そして、大切なことも』
『……け、何が”仲間のために命を張れ”だよ。それで本当に死んだら、意味ねえじゃねえか……』
「マルフォウス! そんな言い方……!」
『なんか文句あんのかよ!』
マルフォウスが牙をむいて睨んでくる。でも、負けるわけにはいかない。
「あるよ! そんな言い方しなくたっていいだろ! シヴァだって、決して――」
『誰も救ってねえ奴が偉そうに説教すんじゃねえよ!』
「!」
『マルフォウス……』
レイはなだめにかかるが、一度火ぶたを切ったマルフォウスはため込んでいたものを吐き出すように責め立てる。
『聞いたよ、俺を助ける? はっ、笑わせんな。結局、ほとんどレイ王のおかげじゃねえか。お前はただカロをかばい、そして俺の中のチップを斬っただけだろ。レイ王がいなきゃ全員死んでたし、誰も助けられなかったんじゃねえのか!?』
「ぐっ……!」
言い返せない。確かにその通りだ。でも……。
「でも、俺は俺のできることを考えたうえで――」
『言い訳だな。努力しました? 結果が出なきゃ意味ねえだろ。結局、てめえも口先だけで、他人に助けてもらわなきゃ生きていけないんだよ! ……俺と同じようにな』
「!」
その一言で、俺は気づいた。彼は、俺を責めているんじゃない。自分自身を責めているんだ。操られてたとはいえ、友であるレイを傷つけ、相棒のレジーナ悲しませ、自分の育ての母親まで死なせることになってしまった自分を。守ることも、助けることもできなかった自分を、許せないんだ。
『けっ、くそっ……情けねえ。助けてもらっておいて、助けてくれたやつを責めるなんざ、ライダー以前にクズに降格だぜ……』
「マルフォウス……」
マルフォウスは、静かに座って石碑を見つめる。
俺も石碑を見つめる。そして、マルフォウスをもう一回見て、言った。
「……マルフォウスは、本当にシヴァのことが好きだったんだね」
『……ああ?』
マルフォウスの視線が鋭さを増して俺にささる。
『おい、話を聞いてなかったのか? 今の流れでどうして――』
「だってそうじゃなきゃ、いつまでもこんなところでウジウジしているはずないもん」
『小僧……!』
『シ、シンイチ……』
俺は平然と言ってやった。睨まれたって構うもんか!
『てめえ、レイ王の契約者だからって図にのってんじゃねえぞ!』
「小さな子供みたいに亡くした母親ばっか見てんじゃねえよ!」
『てめえ!』
マルフォウスは俺に体当たりをかまし、吹っ飛ぶ俺をそのまま前足をつかって、地面に押さえつける。
『ガキが、偉そうにほざくんじゃねえ! もう一度言ったら噛み殺してやる!』
「何度でも言ってやるよ、無くしたもんばっか見てウジウジしてんじゃねえよ!」
『きさま!』
『マルフォウス!』
「シヴァはそんなこと望んでない!」
『!』
マルフォウスの開けた口がピタリと止まる。
『……てめえごときに、何がわかるってんだよ』
俺は一つ呼吸をおいてから話した。
「……わかるよ。ホントに、ほんの少ししかいなかったけど……それでも、あのひとの愛情は、マルフォウスへの愛情は、痛いほど伝わったんだ……」
『……』
『シンイチ……』
マルフォウスは、ゆっくりと俺の上からどいた。
俺は立ち上がり、彼に、シヴァの最後の言葉を告げる。
「シヴァは最期に、俺に向かってこう言ったんだ。”私の宝物を二つも守ってくれてありがとう”って」
『っ!!!』
「どういう意味か、わかるよね? さっき自分で言ったよね。俺がしたのは、カロをかばったことと、チップを斬っただけ。その通りだよ。そして、その意味は――」
『……もういい』
マルフォウスはそれだけいうと、また静かに石碑を見つめる。
「マルフォウス……」
彼は、もう何も聞きたくないと、一人にしてくれと背中で語っていた。
『……行くぞ、シンイチ』
「レイ……うん」
俺は、レイの差し出す手に乗った。レイも翼を広げ、飛び立つ準備をする。
最後に、レイはマルフォウスに向かって言った。
『我も、シヴァから最後の言伝を預かっている。その内容はこうだ。”あんたは私の自慢の息子だよ。皆を、頼んだよ”……だそうだ』
そう言ってレイは、静かに空へと飛び立った。
『……っかヤロぉ……』
震える声で、マルフォウスがつぶやく。空は快晴。だが、マルフォウスの足元にみるみる滴り落ちていく、透明に澄んだ愛情の証。
俺とレイが飛び立ってしばらくして、丘の方から遠吠えが聞こえた。
「! マルフォウス……」
『……ふ』
それは、この抜けるような空を超えて、天まで届けと言わんばかりに。そして、彼女の愛したこの世界と紡いだ命に響くように、いつまでもいつまでも、続いていた。




