最終執行、シヴァの想い
「……うっ、ここ、は?」
『気が付いたか』
「レイ……?」
どうやら俺は、気を失っていたようだ。目を開けると、月光に照らされたレイの姿があった。それは間違いなく、偉大なこの世界の王の姿だった。
「勝った、のか……」
『ああ、間違いなく、我らの勝利だ。戦いは、終わった』
「そっか……」
レイの満足そうな声に、俺もようやく終わったのだと、一安心する。
俺は体を起こす。手についたのは、土の感触。ああ、やっぱり地面は安心する。
「そうだ! ケビン、いや、マルフォウスは!?」
意識が覚醒しだしたところで、肝心の結果をレイに聞く。
『それは……』
途端にレイのトーンが下がる。
……やめてくれよ。そんな言い方、嫌な予感しかしないじゃんか。
レイの奥に十人ほど集まっているのが見えた。視線をそこにやると、横たわっているであろうマルフォウスの尻尾が見えた。
「マルフォウス!」
『シンイチ!』
立ち上がった瞬間、筋肉痛のような痛みが全身を襲ったが、構わず走る。
そこで見たものは……。
「……うそだろ……」
そこには、眠るように横たわるマルフォウスと、瀕死の隼人、その二人の治療に汗を流すケイアの姿があった。
「隼、人……隼人!」
「落ち着け! 彼なら大丈夫だ!」
取り乱す俺をレジーナが抑える。
「……彼なら大丈夫だ。瀕死だったが、命はとりとめた。ティスト博士や、他のライダーたちのおかげでな」
俺は周りにいた人たちと、その中にいたティスト博士を見る。
「すまない、シンイチくん。彼は、私を守るために……」
「……生きていてくれたんなら、それで良い、です……無茶、しやがって……」
命をかけて、ティスト博士を、皆を守るために戦った隼人。あいつが守った人たちを、責めることなんてできない。生きていてくれたんなら、それでいい。でも……。
「……マルフォウスは?」
「……」
そこでレジーナは黙ってしまった。
隼人は大丈夫と言った。じゃあ、マルフォウスは?
「目が覚める気配は、ない」
「……え?」
マルフォウスに目をやる。彼は、とても穏やかな顔で眠っているようだった。
そんな、俺、確かに斬って、でも……。
「……お前の一撃は見事だった。私でも、なかなか出来ないと思うほどに、な。だが、それでも彼は……」
「そんな……」
俺は力なく地面に座り込む。
確かに、助からないかもしれない、って言ってた。その可能性もあるって。でも、どこかで、必ず助かるって思ってた。皆が笑って、勝利を祝えると信じてた。……いや、信じ込もうとしていたんだ。
『……マルフォウスだけではない。ほかのケモノたちも……。おそらく、今夜が峠だ。みな必死に抗っていたのだろう。無理やり命令され、さらに暴走までさせられてもなお、それを止めようと、必死に――』
「……やめてくれ、レイ」
俺は地面に伏せた。顔を上げることが、できなかった。
助けると言った。必ず、助けると。
なのに、俺は……隼人まで重傷にさせて、それなのに、結局俺は……!
『おやおや。勝利したってのに、みんな暗い顔ばっかしてるんじゃないよ』
『アンっ!』
それは聞き覚えのある声だった。
「シヴァ、さん……それに、カロ」
『アンっ!』
涙で滲む視界に、カロが嬉しそうに近寄ってくるのが見えた。そのまま俺の胸に飛び込んでくる。俺は慌ててカロを抱きしめた。
真剣に治療に励むケイアも、シヴァが来てくれたことはとても嬉しそうだった。
「シヴァ! もう大丈夫なの?」
『それは私のセリフだよ。そんなに汗だくになるまで力を使って』
「だって……」
『さて……』
シヴァはマルフォウスに目をやる。
『やれやれ、最後までこの子は手を煩わせてくれるね……。まぁ、そんなんだから、放ってはおけないんだけどねぇ』
「え……?」
シヴァの言い方は、手のかかる子供を持つ母親のような言い方だった。そこには、確かに愛情みたいなものが含まれている。でも、今”最後”って……。
『シヴァ……まさか、お主……』
「シヴァ……」
レイとケイアが何かを察したような感じだった。
『”契約技”を使うよ。私の、最後の、ね……』
「……!」
シヴァさん、まさか死ぬ気じゃ!
「ちょ、ちょっと待ってください! 最後って、そんな!」
俺は慌てて止めに入る。しかし誰も、ケイアですら止めようとはしていなかった。
「な、なんで……ケイア! ケイアもなんか言ってよ。だって、シヴァはケイアの……」
『坊や……』
シヴァが優しい声で俺に語る。
『いいんだよ。どのみち、これ以外方法はないからね。それに、これは私の責任でもある。ケビンを、あいつを自由にしてしまった、私の、ね。私も十分に長く生きた。なのに、この老いぼれが生きて、それよりも若いやつらが死ぬのは、おかしな話じゃないか』
「だけど、でも……」
せっかく、シヴァさんも元に戻って助かったのに、ケイアが……。
『……あんたは優しい子だね。人のことを思いやることができる。その心を、いつまでも忘れるんじゃないよ。ケイア、旦那にするなら、こういう子をつかまえるんだよ』
「シ、シヴァ!」
赤くなるケイアを見て、シヴァが笑う。
皆は、どこか受け入れている感じだった。どうして……シヴァが死のうとしているのに、どうして皆はそんな……。
『レイ王』
シヴァがレイに向き直る。
『立派におやりよ。あんたならできる。この世界の王は、あんただ。胸をはりなよ』
『うむ……。シヴァよ、世話になった。そして先代からの長きお役目……ご苦労であった』
「レイ……!」
俺はレイを睨む。しかし、気づいてしまった。レイの握った拳から、血が出ていた。
……そうだよ、誰も、誰もこんなこと望んでいるはずがないんだ。
皆、勝手に諦めてんじゃねーよ! 探せば、きっと他の方法だって!
「シ――」
呼ぼうとして、肩に手を置いて止められる。振り向くと、レジーナが、静かに首を横に振っていた。
「……!」
わかってる。わかってるけどさ! でも、諦めたく、ない、じゃんか……。
『カロ……』
名前を呼ばれたカロが、シヴァに近寄っていく。そしてカロは、シヴァの足に、子犬が母犬になつくように、すりすりと頬を寄せる。シヴァも愛しい我が子を鼻先で撫でて、ペロリと一舐めする。
『あんまり、一緒にいてあげられなかったけど、どうか許しておくれ。……元気に、立派に育つんだよ。そして、みんなを助けてあげておくれ』
『……アンっ!』
カロは、元気に返事をした。
『レジーナ』
「はい……」
シヴァがマルフォウスを見て、レジーナに視線を移す。
『大変だとは思うけど、この子をよろしく頼むよ。そして、無理するんじゃないよ。せっかく美人なんだし、あんたはこの子に似て変なところ意地っ張りだからね。そんなあんたを支え守ってくれる子が、いればいいんだけどねぇ』
……今、ちらっとこっちを見なかった? うん、気のせいだな、きっと。
『さて、皆にも言いたいことは山ほどあるけど、それをしてると、日が明けちまうからね。……ケイア。今までありがとう。私の契約者があんたで、本当に良かったと思っているよ』
「シヴァ……!」
ケイアがシヴァに抱きつく。彼女の目から涙があふれだしていた。
「私も! 私もよ! あなたでよかった!」
『私の契約は、カロに引き継いでおくよ。カロも、それでいいかい?』
『アン!』
『ふふっ……レイ坊、耳を。このやんちゃ坊に伝えておくれ。”あんたは――”』
『――! 承知した。必ず伝えよう』
『頼んだよ。さて、それじゃあ、ケイア、お願いするよ』
「……はい!」
ケイアは涙をぬぐい、シヴァと向き合う。俺は、黙って見ていることしかできなかった。
『「契約・最終執行――”生命の慈雪”」』
二人の声が重なり、二人の、最後の契約技が行われた。
シヴァの体が淡いグリーンの光に輝き、それは無数の小さな光の粒となって天へと昇っていく。空に広がる雲のように、光は集まり、はるか山の遠くまで広がり、そして再び地上へと舞い降りていく。
それは傷ついたケモノに、人に、自然に、すべてに降り注ぎ、傷を癒すべく体にしみこんでいく。
「……シヴァ。今まで、ありがとう」
ケイアが、今にも消えそうなシヴァに、最後の感謝のお礼を述べる。
『こっちこそだよ。ありがとう……。ああ、それから、坊や――』
シヴァは最後に、俺を見る。俺はその時の顔をきっと生涯、忘れないだろう。
『――私の宝物を二つも守ってくれて、ありがとう』
やさしく微笑んだシヴァに、走馬灯の最後で見た母さんの笑顔が重なる。シヴァは、静かに光となって消えていった。
……いや、消えたんじゃない。彼女は、人とケモノ、自然――世界と一体になって、生き続ける。
みんなが空を見上げている。光となったシヴァに、感謝と寂しさを思いながら。
「……ケイア」
俺はケイアの側に言って、名前を呼んだ。すると彼女は突然、俺に抱きついてきた。
「け、ケイア!?」
「……お願い、ちょっとだけ、胸を、かして……!」
彼女は、震えていた。
「……うん、いいよ」
「う、うぅ……うああああああああああぁぁあぁあぁぁああぁぁっ!」
ケイアは、俺の胸の中で泣いた。
光の雪は、ケイアの悲しみを癒すように、いつまでも降り注ぐ。




