皆の想いを乗せて
「ダウンロードの次は、インストールという工程を得なければ、完全には入らない。つまり、マルフォウスは完全にケビンに乗っ取られたわけじゃない」
「ほん、とうか……?」
レジーナが俺の言葉にすがりつくようにつぶやく。
「……確信は、ない。でも、可能性はある!」
「……っ!」
彼女の目からは再び涙があふれた。
絶望し、諦めていた心が、再び希望に塗り替えられていく。
(この少年の、この変わりようは……いや、これが、この子本来の姿なのかもしれぬ。過去と向き合い、乗り越えることで成長したのか……)
「ん? どうしたの、レイ?」
『いや、何でもない』
そう言ったレイは表情には出していないが、声色がどこか嬉しそうに感じた。
【シンイチくん。話は聞いた。私も君に同意見だ。そして、マルフォウスのチップは他のケモノたちと同じ、額より十ミリ奥、頭骨と脳の間に埋め込まれているはずだ】
「……わかりました」
十ミリ奥、か。それを壊せば、きっと……。
【……しかし、気を付けてくれ。もし、それを壊すときに脳を傷つけるようなことがあれば、彼はもう二度と正常な状態には戻れないかもしれない……。それに、うまく壊せたとしても、確実に戻ってくる保証は、残念ながら無い……それに……】
まだあるの?
【……もし、インストールまで完了してしまったら、チップを壊したとしても、もう二度とマルフォウスは戻ってこないだろう】
「……」
わかってはいたことだけど、こうもはっきりと言われると、怖いな。俺は、本当に助けることが、できるんだろうか……。
「……ん?」
気づくと、レジーナが俺のそでを握っていた。
「……私には、斬れない。マルフォウスを斬ることはできない! だから頼む! あいつを、私の大切な相棒を! ……助けて!」
「……!」
それは初めて目にする、彼女の人としての弱さだった。懇願するように俺を見上げ、その目から涙が流れた。それを見た時、キメラたちと勇猛果敢に戦っていた戦士は、一人のか弱い女の子なんだと改めて気づく。
俺の迷いは吹き飛んでいた。胸に、熱い何かが燃え広がっていくのを感じる。
「――必ず助ける!」
俺は彼女に告げる。言ったからには、絶対にやり遂げる!
「……マルフォウスのことはわかったけど、でも……」
『……』
ケイアも、レジーナの様子を見て無理には止めずらくなった。しかし、ほかの問題がまだ解決していない以上、決断はできない。レイも同じように感じているのがわかる。
それをなだめるように、優しいおばあさんのような声が聞こえた。
『行かせておやりよ、ケイア……』
「!」
一瞬誰の声かわからなかった。その声の主にケイアが駆け寄る。
「シヴァ! 良かった、目が覚めたのね!」
『シヴァ……』
ケイアはシヴァを抱きしめた。レイも、目が覚めたシヴァに安堵の表情を浮かべる。
「シヴァ、大変なの、今……」
『ああ、わかっているよ。話は聞こえていたからね。……坊や、こっちへ』
「あ、は、はい」
俺はシヴァに呼ばれて彼女の下へ向かう。なんだろう、この人はレイとはまた違った威厳みたいなものがあるな。
彼女はまだ起き上がれないのか、横たわったまま俺を見つめる。
『……あんたが、レイ王の契約者かい。そうかい、そうかい。……レイ坊、良い子と契約できたね』
シヴァは俺を見て、どこか嬉しそうにレイに語りかける。……レイ坊?
『……その呼び方はやめてくれ。今の我は王だぞ?』
『あたしにとっちゃ、今も昔も変わらないよ。レイ坊はレイ坊さ』
レイが困った顔をしている。……あのレイがお子様扱いか。シヴァっていったい……。
『坊や、それとレイ坊』
「は、はい」
『む……』
シヴァは再び俺たちに視線をやる。
『契約をしたんなら、最後まで信じるんだよ。どうしようもない時がきても、あんたの相棒を、最後の最後まで信じぬくんだ。……あんたたちは一人じゃない。わかったね?』
「……はい!」
『……うむ!』
優しく語り掛けるシヴァは、大切なことを息子に伝える母のように感じた。
俺とレイはそれに、はっきりと頷いた。
『こっちのことは心配しないで、なんとかするよ。……あんたたちならできるよ。さ、行っておいで!』
「はい!」
『うむ!』
レイもついに決断する。
『シンイチよ、我の背にのれ』
「わかった」
レイが手を台座のように下ろす。俺はケイアが持ってきてくれた刀を手にしてそれに乗り、レイが肩まで上げたところで飛び移って背中にしがみつく。
『行くぞ!』
「ああ!」
レイは天井の端に向かって口を開ける。口の中から高熱が発せられ、大きな火球が飛び出す。それが天井に降れた瞬間、爆発し巨大な穴をあける。
「……すげえ」
ぽかんとその様子を見ていた俺に、レイが思いついたように話す。
『……そういえば、お主にはまだ説明していなかったな。先の大戦からぐらいのことではあるが……』
「?」
『契約した者たちは、それぞれが強い絆で結ばれ、強大な力を得る。戦い方はさまざまだが、一般にはケモノは認めた相手をその背にのせ、人もそのケモノと協力し、皆のために戦う。……先ほどまで戦っていたレジーナとマルフォウスがそうだな。そんな姿を見て誰が言ったか、その言葉は爆発的に広がり、契約した者たちは憧れと尊敬の念をこめて、こう呼ばれるようになった――”ライダー”と!』
誇らしげにそれだけ言うとレイは、翼を大きく広げ、一気に空へと飛び立った。
”ライダー”か。……うん、かっこいいじゃん!
俺は振り落とされないようにレイの首にしがみつく。
絶対に助ける。必ず、奴を倒す!
奴の言葉を借りるのは癪だけど、あえて言わせてもらおう。
行くぞ、ファイナルステージだ!
映像でシンたちが飛び立ったのを見て、オレたちはケイアさんたちと改めて合流する。
「しかし、よく生きてたもんだ、皆……」
「ふっ、それもそうだな。誰か死んでもおかしくはなかった」
ケイアに足を治してもらったティスト博士も呆れたように、でも嬉しそうに笑う。
「まだ終わったわけではないでしょう? それに、本当にこれからどうするの? 一番の戦力のレイ王様を行かせて、私たちだけではとても……」
「……」
ケイアさんとレジーナさんも思案にくれている。
確かに、力を取り戻したレイ王はすごかった。あの力が使えないのは正直かなり痛い。
『……方法はあるよ』
シヴァさんが横たわったまま皆に告げる。
『その前に……レジーナ、お願いだ。私を斬っておくれ』
「!?」
「シヴァ!?」
突然のお願いにレジーナさんもケイアさんも困惑する。
『勘違いしないでおくれ。このままじゃ、また暴走しちまうんだろ? 私にもチップが埋め込まれている。それを壊してほしいんだ。な~に、私のことは大丈夫さ。よく知っているだろ? どうか、お願いするよ』
「……わかりました」
レジーナさんは剣を抜く。
「レジーナ……シヴァ……」
心配そうに、でもどこか信頼した瞳で見つめるケイアさん。
「――ふっ!」
レジーナさんは気合と共に、シヴァさんの額の奥のチップを切断する。
『っ!』
額に一閃走ったかと思うと、シヴァが目を大きく見開き、苦しそうな顔をするが、それもすぐに収まる。
『……ふふっ、あり、がとう』
「シヴァ……!」
シヴァさんの無事に一安心したケイアさんが、治療と共に問いかける。
「それで、方法って?」
『何、まだ完成はしていないんだがね。先の大戦のこともあるから、レイ坊と話して、新たな秘策を用意することになってね。うまくそれを使えば、被害はかなり抑えられるだろうし、時間も稼げるはずさ。あとは……』
そこで言葉を区切り、シヴァさんはオレを、いや、正確にはオレとティスト博士を、何かを訴えるような瞳で見る。
「……そうか!」
その意図に気づいた時、確かにこの状況を何とかできるかもしれないと思えた。
「え、どういうこと?」
皆がオレに視線をやる。
「今、オレたちがやることは二つです。一般の人やケモノたちの安全の確保と、そして、暴走を食い止めること。おそらく、シヴァさんの策を使えば、一般の人たちの被害を防げる。少なくとも時間は稼げるはずです。そしてその間に、オレとティスト博士で……」
「暴走を止める、ということか」
ティスト博士が言葉を紡ぐ。
オレはそれに頷く。
しかし彼は、一つ大きなため息をついた。
「確かに、暴走もプラグラムによるものだから、止められるかもしれない。……いや、少なからず開発に加担してしまった身としては、必ず止めてみせる。たとえ、兄さんが考えたものだったとしても……。が、これらは”賭け”だぞ、ハヤト」
ティスト博士も厳しい表情で見つめてくる。
「わかっています。でも、皆を助けるには、やるしかないんです。オレたちはオレたちにできることを、精いっぱいやりましょう!」
オレの言葉に、皆がうなずいてくれる。
『ケイア、レジーナ。先王の間は知っているね? その奥に、秘密の隠し部屋がある。そこに、秘策を動かす装置があるから、頼むよ。私はまだ、動けそうにないからね……」
「わかったわ……っ!?」
ケイアさんが返事をしたとき、静かだった空間に突然地震のような振動が起こる。
『暴走が始まっちまったね。私のことは気にしなくていいから、全員しっかり頼んだよ』
「シヴァ……」
心配そうに見つめるケイアさんだったが、彼女は表情を引き締め、覚悟を決める。
「みんな、行きましょう!」
「今回も、時間が勝負です! よろしくお願いします!」
「必ずやり遂げよう!」
「……誰も死ぬな」
オレたちは二手に分かれて、それぞれの戦場へと向かう。
シン、こっちのことは心配するな。ケビンの思い通りになんかさせねえからよ。
だから、お前も絶対に、勝てよ!




