襲い来る悪夢
レイは、つかんでいたシヴァの足から腕を彼女の体に移し、そのまま押し出すように空中に投げる。シヴァの巨体はやすやすと壁際まで飛んでいくが、そのまま着地する。レイは彼女に危害を加えたくはないようだ。だから、時間稼ぎのために彼女を離したのだろう。
それと同時に、尻尾を器用に使って俺を抱え上げ、そのままケイアのそばまで持っていき地面に置いた。レイはキメラたちの前に立ちはだかる。
『ケイア、治療を頼む』
「は、はい!」
ケイアの指輪から発せられる優しい光が、傷だらけの俺とカロを癒していく。
レイにキメラたちがせまる。しかし、彼に一切の焦りはない。
視線をレジーナに向ける。
「……!」
レイの視線で何かを読み取ったレジーナが小さく頷くのが見えた。
キメラたちの攻撃が、レイに襲いかかる。
『――すまぬ』
それは、キメラとなってしまった、かつての仲間に放った言葉なのか。
決着は一瞬でついた。
オーニーよりもさらに巨大なレイは、その見た目に反して、彼らの攻撃よりもさらに速く、二発、レイの拳が放たれた。二体はケビンのいる壁際まで一直線に飛んでいき、奴のすぐそばの壁にめり込む。
「な……な、な、な……!」
パラパラと、壊れた壁の破片がケビンに降り注ぐ。
あまりの圧倒的な力だった。
レジーナが、マルフォウスがあれほど苦労していた相手を、いとも簡単に倒した。
ケビンの白衣が肩からずり落ちる。体は震え、焦りと恐怖が色濃くその顔に出ていた。
「く……そっ!」
ケビンはすぐさま逃げ出そうとした。
『逃げられると思っているのか? 言ったであろう。貴様はもう終わりだ、と』
「なっ!?」
レイのセリフと同時に、ケビンの真横には、剣を振りかぶったレジーナの姿があった。
奴には見えていなかっただろうが、レイがキメラを吹き飛ばした時、レジーナはすでに階段のところまで気配を消して移動していた。そして、キメラが壁に激突したとき、レジーナは一気に階段を駆け上がる。ちょうど、奴にとっては飛んできたキメラが目隠しのようになって気づかなかった――いや、レイが計算して飛ばしたんだ。
「ひ、ひゃあああああああああああっ!」
「終わりだ!」
レジーナの容赦ない一撃が、奴の左手を切り離す。
「ああああああああああああああっ!」
発狂したように叫ぶケビン。左手が金属音をたてて地面に落ちる。近づいてきていたレイがそれを踏み砕く。
『……これで皆は……』
ちょうど、シヴァがそれと同時に意識を失ったように床に崩れ落ちた。同時に、安心して力が抜けたのか、マルフォウスも床に倒れた。
「! シヴァ!」
「マルフォウス!」
ケイアとレジーナがそれぞれの相棒の名を呼ぶ。
レイが、倒れたシヴァを抱え、マルフォウスの側に連れてきて横に寝かせていた。
「……いいよ、ケイア。俺たちは大丈夫だから。行って」
「でも……」
カロはわからないが、俺はすっかり元気になっていた。
ケイアのおかげか、俺の体は――特に折れた腕と肋骨の痛みは嘘のように消え、動かすことも平気だった。ゆっくりと体を起こす。……なんか、治りが速すぎる気もするけど。
「……わかったわ」
ケイアも不思議に思っただろうけど、カロの傷も塞がっていたので、今はシヴァとマルフォウスを優先することにしたようだ。
ケイアが二人に手をかざし、治療に入る。
「……シヴァ」
ケイアが安堵したように彼女の名前を呼ぶ。
『……』
レイもどこか安心したような、嬉しそうな感じだった。
俺も立ち上がり、傷の癒えたカロを抱いたまま、レイたちのそばに近寄る。ふと、レジーナの方に目をやると、彼女は倒れたケビンを黙って見ていた。
「……おかしい」
「え……?」
レジーナがぽつりとつぶやいた。
彼女は、目の前の倒れた男に違和感を感じていた。斬ったのは左手首の位置。それだけだ。
しかし、ケビンはそれだけで糸の切れた人形のように横たわっている。斬られる恐怖で気絶したとしても、あきらかに不審な点が多すぎる。まるで肉体を脱ぎ捨てたような……。
レジーナが違和感を感じ取っている時、この空間によく知ったやつの声が響きわたった。
【逃げろ、シン! マルフォウスさんから離れろ!】
「え、隼人!?」
生きていたことに心から安堵したと同時に、大音量の館内放送のように隼人の声が爆音となって耳を打つ。
あいつ、音量を最大にしてしゃべってんのか?
「ちょ、逃げろっていったい――」
『シンイチ!』
瞬間、レイが俺の前にとっさに右腕を出す。
『ぐあああああああっ!』
「え――」
何が起きたのかわからなかった。ただ、目の前の現実を受け入れることができないでいた。
マルフォウスの鋭い牙が、俺のすぐ目の前でレイの腕を全力で噛んでいた。レイが咄嗟に防いでくれなかったら、今頃俺はあの牙で――。
「マルフォウス! どうしたんだ、マルフォウスっ!」
レジーナの絶叫も響く。
『くっ、この!』
レイが左腕でマルフォウスを捕まえようとする。それを回避するように噛んでいた腕を離し、全力で俺たちから距離をとる。
『なぜ! なぜだ、友よ! いったいどうしたというのだ!?』
レイも困惑している。どうして……マルフォウスはいったいどうしてしまったんだ!?
「あ……あ…あ……」
レジーナが力なく地面にへたり込む。
マルフォウスは、レイの腕を噛んだ口の端を歪むように上げて、ニイィと嗤った。
「っ! その顔……!」
忘れたくても忘れられない、嗤い方。顔は全然違うのに、そいつの顔がはっきりと見て取れた。
【シン! そいつはもう、マルフォウスさんじゃない! そいつは――そいつは、ケビンだ!】
隼人が全力で否定したかった俺の答えを無理やり正解だと宣言した。
「い……いやあああああああああああああっ!!!!」
レジーナが狂ったように泣きじゃくる。
全員が時が止まったように、動けなかった。
――時は、マルフォウスが俺たちを助けに来る前にさかのぼる――
「はぁ、はぁ、マルフォウスさん、早すぎ!」
オレたちを助けてくれたのは、血だけになったマルフォウスさんだった。
あの後、すぐにティスト博士の案内でケビンの部屋に入り、そこで隠し通路を見つけた。
ティスト博士がなんとか扉のコードを解除して開くと同時に、マルフォウスさんは全力で走り抜けていった。
『レジーナが呼んでいる!』
その一言だけ告げて、さっさと行ってしまった。
呼んでいる? テレパシーでも使えるのか? 契約した者同士の特殊能力かな?
わからないことは置いといて、オレとティスト博士も急いで中に入り、すぐに階段を下りていく。と、そこはいかにも実験してますといった研究施設の味気ない廊下が現れた。
ただ、長い。先がどこまであるのかわからないほど長い。
「ハヤト、構わん、下ろしてくれ……」
「あ、はい……」
ティスト博士はオレの背から降りて、壁を伝って歩き出す。
さすがにオレも疲れていたからありがたかったが、急にどうして……。
「……」
「あの……」
オレが声をかけようとして、彼はぽつりとつぶやいた。
「わからない……」
「え?」
わからない? 何が?
「……私は、ここに来たことがある。あるはずなんだ……なのに、どうして……」
「……あの、どういう意味でしょうか?」
ティスト博士に聞き返すも、返事はない。彼は、何かに取り憑かれたように呆然と歩く。
「……わからない。ここまでは、あんなに鮮明だったのに……なぜ――」
その時、階段の上の方から物音が聞こえた。ヤバい、奴らがきたのか!?
「ティスト博士、混乱しているところを申し訳ないですが、今は隠れるところを探さないと。どこか、部屋みたいなところはないんですか?」
頭を抱えて悩んでいる彼を促す。少なくとも、オレからみたこの廊下に部屋らしきものは見当たらない。マルフォウスさんの姿も見えないから、さらに奥へと進んだのだろうか。
「……あ、ああ。すまないハヤト。しばらく進んだ先に、管理室があるはずだ。とりあえず、そこに隠れよう」
「……わかりました」
廊下を進んだ先、ティスト博士が、隠しパネルのスイッチを押す。パネルを操作し、扉を開けて中に入る。
「わあ……」
中に入って、その正面の壁一面に薄い金属板のようなものがいくつも整然と並んでていた。その下には、学校の放送室のようなボタンスイッチがいくつも並び、音量を調節するダイアルのようなものもある。
「ハヤト、右のボタンを押すんだ」
「あ、はい。これですね」
一つだけ赤いボタンがある。おそらく電源装置か何かかな。言われた通り押す。
「わ、ついた……画面だったのか」
正面の金属板はモニターの役割だったようで、そこにこの建物の、主に地下の様子が映し出されていた。
「これは……あ! シン!」
オレは思わず叫んでいた。画面の中央部分、金属板九つぐらいを使って一際大きな部屋というか広場みたいなところが映し出された。そして、ちょうどシンがキメラみたいなモンスターに追い詰められているところだった。
「くそっ! 逃げろ! シン!」
俺は画面に向かって叫ぶ。が、当然聞こえるはずもない。
「ハヤト、さらに奥の緑のボタンを押すんだ。向こうの声が聞こえるようになる」
「はい!」
緑のボタンを押す。
案の定というか、ちょうどレイ王様の『逃げろ、シンイチ……!』という声がオレたちのいる部屋にも響いた。
「くそ、どうすれば……。マルフォウスさんは!?」
画面を探して、彼がどこにいるか探す。……いた!
彼は何かの扉の前で、体当たりをしているようだった。が、開く気配がない。
「ティスト博士、マルフォウスさんの前の扉はどうやったら開くんですか!? 早くしないと、シンが、皆が……!」
焦っているせいか、怒鳴るような大声でティスト博士に聞く。
「ちょっと待て、今やっている……これで……!」
彼はすでに行動に移していた。
画面に視線を移すと、扉が開くと同時にマルフォウスが走り出す。少しして、『それはどうかな』という声と、彼が体当たりで二体吹き飛ばすのが見えた。
「よっしゃああああ!」
思わずガッツポーズをとる。ひやひやしたぜ、ホント。
「博士、ほかにオレたちにできることがあれば――」
「うう……」
振り返った時、ティスト博士は再び頭を抱えてうずまっていた。
「博士! 大丈夫ですか、ティスト博士! しっかりしてください!」
オレは彼のそばに駆け寄る。
「くっ……なぜだ、なぜこんなに……あ、頭が……」
「博士! 博士! 大丈夫ですか!?」
ちくしょう、こんな時に……いったいどうしちまったんだ、ティスト博士。
彼を支えながら、オレは必死に考える。でも、ダメだ……いい考えが思いつかない。
考えろ、考えろオレ……オレにできることは……。
その時、オレの思考を中断させるかのように、シンの叫びが聞こえた。
【カロっ!】
「!?」
カロが吹き飛ばされる映像が見えた。そこから、カロがシヴァという大きな犬の子供だということ、ケビンがわざわざ母親に子供を殺させようとしていること、皆がそれを必死に止めようとしていること、そして、シンも止めようとして、重傷を負ったこと……。
全部、全部、オレは見ていることしかできなかった。
「ちくしょう……ちくしょう!」
拳を握る手に力を籠める。思わず、壁を殴る。しかし、鋼鉄でできているのかビクともしない壁が、オレには何もできないことを告げているように思えた。
そしてその間にも、一度はカロを助けたシンが、今、絶体絶命のピンチに陥っていた。
「逃げろ、シン! 逃げてくれ……!」
無理なのは百も承知だった。やられたボロボロの体で、やっとの思いで助けたあいつが、動けるはずがないのは明白だった……。
現実はどうしてこうも残酷なんだ。オレはまた、あいつ、あいつらを助けてやれないのかよ! なんのために強くなったんだよ! オレの力は、何のために……。




