守る意味
この時に、俺は誓ったんだ。
強くなる。強くなって、みんなを守る。もう誰も、こんな悲しい思いをさせないために。
俺は――。
『これが、お主の原点ともいうべき”思い”の一つか……』
「!? レイ!」
過去の記憶を傍観していた俺の横に、いつの間にかレイがいた。慌てて頬を流れていた涙をぬぐう。
「な、なんでレイが!? これって俺の記憶で、走馬灯で……あれ!?」
わけがわからない。なんでレイがいるんだ? ていうか、走馬灯って一瞬のものじゃないのか? なんでこれだけずっと見ていたんだろう。いや、見せられていた、というべきか。
『さてな。我もわからぬ。お主が殺されそうになった時に、我も気づいたらここにいて、お主の記憶を見ていた』
レイにもわからないらしい。
『辛く、そして大切な思い出を勝手に見てしまったことは、すまないと思う。しかし、おかげでわかったこともある。今までのお主の行動原理も、これが起点となっているなら納得がいく』
レイは、優しい眼差しでシロを見つめていた。
『……我はあの子のことを、尊敬する』
「え?」
レイは淡々と、思いを語りだす。
『”守る”ということは、そう容易ではない。大切なものは誰だって持っているもの。それは家族や、友人や、あるいはお金、思い出の品、個々によって様々だ』
「……」
『しかし、それらを本当に守れるかというと難しい話だ。ましてや、命をかけて守るなどと……口ではいくらでも言えるが、はたして、現実に行動を起こせるものなど、どれほどいるだろうか』
「……そう、だね」
『成長し、力をつけてからなら可能性はあるだろう。だが、子供の時分で、これほどまでに強き思いを持って、ましてや格上の敵を相手にしたのだ。本当に命を張って、あの子はお主のことを守った。あるものは、無謀で愚かなことだと言う者もいるかもしれん。しかし、我はそうは思わぬ』
「レイ……」
『大切なモノのために、戦わなければならないときは必ずくる。それがどういう形であれ、な。あの子は、勝ったのだ。命を落としてしまったとしても、それでも、あの子はその戦いに勝ったのだ! 自分の身を挺して、お主を守り抜いた。それはきっとひとえに――お主のことが、本当に大切で、大好きだったのだろう』
「……っ! シロっ!」
目から、再び涙があふれた。滲む視界には、幼き日の泣きじゃくる俺と隼人、それをなだめる父と――俺を守ってくれたシロの姿が見えた。
『ゆえに、我はあの子を尊敬する。大切なものを見失うことなく、最期まで守り抜いたあの子を。我にもできなかったことを成し遂げた、小さな勇者を、心より尊敬する』
「レイ……ありがとう」
シロのことをそんなふうに思ってくれたレイに、心から感謝した。
するとレイが涙をぬぐう俺を見つめ返し、こんなことを聞いてきた。
『シンイチ……我と”契約”をしないか?』
「え?」
『我も話でしか聞いたことはないが……今、このような現象にあることを、我らは”接続”と呼んでいる。人とケモノが絆を持つきっかけと言えばよいのか。その形はそれぞれなのだが……ともかく、一つの可能性として思いつくのがそれだ』
「え、ちょ、ちょっと待ってよ。契約とかリンクとか言われても……」
急に言われても、正直、どうすればいいかわからない。
『そうだな……。だが、今現実に戻ってどうする? お主はシヴァに叩き潰される寸前で、我らももはや戦う力は残っていない。”世界の法”はケビンに奪われ、そうなれば世界は確実に終わるだろう。……我らの世界だけではない。お主の世界も、無事ではすまないだろう』
「え!?」
急にそんな世界の話をされても実感なんてわかないし、それに……。
『脅迫のようになって申し訳ないとは思う。しかし、我は守りたいのだ。先王を守れなかった我は、せめて、先王が愛したこの世界を、レジーナを、ケイアを、マルフォウスを……そして、小さな勇者が命を賭して守った、少年の命も含めて、な』
「! ……レイ」
俺は、少し考えて問いかける。
「……その”契約”ってのをすれば、みんなを守れるの?」
レイはその問いに、自嘲気味に笑って答える。
『……さてな。我も、話を聞いただけで、契約をしたことがないので何とも言えぬ。正直、藁をもすがる思い、とはこのことを言うのだろうな。少しでも可能性があるのなら、それに賭けてみたい、というのが本音のところだ……』
「……いいよ」
俺は、イエスと答えた。
『!? ……良いのか?』
あまりにもあっさりと言った俺の答えに、逆にレイが動揺する。
「レイの言うとおりだよ。今戻っても、きっと殺されるだけだ。まだ隼人たちもいるけど、どのみちこの状況じゃ、どうにもならないだろうな。それなら……その可能性に賭けてみたいと、俺も思ったからさ」
『……! 感謝する!』
レイが深々と頭を下げる。
『異界の子にこのようなことを頼むのは、正直申し訳ないと思うと同時に、不安もある。しかし、我は――』
「いいよ、気にしないで。俺だって不安で、それに、王様と契約するのがホントに俺でいいのかなって、思っちゃうけど……何とかしたいのは、皆を守りたいのは、俺も同じ思いだから。……シロのおかげで、思い出せたから」
俺とレイは、亡くなったシロの姿を見つめる。
今まで、ずっと思い出に蓋をして奥底にしまっていた。閉じ込めていた。シロの死ぬところなんて、もう二度と、見たくなかったから。
でも、違うんだ。それだけじゃない。
悲しいことに変わりはない。けれども、見方を変えれば、シロは守ってくれたんだ。俺を――いや、きっと俺だけじゃない。もし俺があの場で死んでいたら、家族を失った親父はどうしていただろう。隼人も、今みたいに陽気な性格でいられただろうか。
「……ありがとう、シロ」
俺はもう一度、シロにお礼を言った。涙が一筋、俺の頬を流れた。
その一粒が顎を伝い、地面に落ちた時、そこから光が生まれ、俺たちを包んでいく。
暖かな光だった。現実世界に戻るんだと、なんとなく理解した。
『では――』
レイが改まって手を差し出す。
『改めて、よろしく頼む、我が契約者よ』
「! ――よろしくお願いします!」
俺は、レイの小さな手を、しっかりと握り返した。
光に包まれていく中、今更走馬灯と言えるかわからないけど、その最後の一枚が視えた。
そこには、心から嬉しそうに、そして優しく笑った、母さんの笑顔があった――。
「――はっ!」
戻った瞬間は残酷だった。
シヴァの爪がすぐそこまで迫っている。
逃げることはできない。動くことすら叶わない。
カロと俺を叩き潰そうとする、悲しみと絶望に満ちた攻撃は、無慈悲に振り下ろされ、俺たちを豆腐かゼリーのように潰し――。
「いやあああああっ!」
ケイアの絶叫が聞こえた。――ん? 聞こえた?
目の前には、シヴァの爪がすんでのところで止まっていた。
また、シヴァがかろうじて抵抗してくれているのだろうか。
『……王よ!!』
今度はマルフォウスの声が聞こえる。
「ケイア! 見ろ!」
レジーナがケイアに促す。
それと同時に、目の前にあったシヴァの爪が、徐々に離れていく。
何とか頭を起こし、その原因を確認する。すると――。
「な、な、なにイイイイイィィィイィイィィイィイっ!?」
初めて聞く、ケビンの驚きに満ちた絶叫が響く。
シヴァの攻撃が巨大な黒い腕によって止められていた。その腕の先には――黒腕のキメラに押さえつけられた小さなレイの姿があった。
『……礼を言う。シンイチ』
腕だけ巨大化したレイがつぶやくように、しかし、はっきりと聞こえた。
そして、その腕に合わせるかのように、体も巨大化していく。押えつけていたキメラの腕が、押し返されていく。やがて――。
『よもや、我の力が戻ってくるとは、夢にも思わなかった。いや、若干の期待はあった。しかし――期待以上であった!』
その声は、さらに重く、強く、おそらく彼本来の力に満ちた声に、姿に戻っていく。
皆が驚愕している中、一際焦っているのはこの男だった。
「バカなあっ! 竜玉もなく、力を取り戻すなどあり得るはずが……! ま、まさか!? この土壇場で”契約”を成したとでも!? あり得ん! 貴様の契約者は、この世界のどこを探してもいなかったはず! なのに……!」
ケビンの視線が、消去法で俺を捉える。
「異世界のガキと契約を成したというのか!? そんな話、聞いたことがないぞおぉ!?」
ケビンが一人パニくっている間も、レイの体はさらに大きく膨れ上がっていく。
その姿に、レジーナが、マルフォウスが、ケイアが、歓喜に満ちた表情を浮かべる。
「……王よ!」
『……へっ、へへっ。遅いん、だよ。もっと、早く、戻ってこいよ』
「……おかえりなさい、王よ!」
レジーナとケイアは涙すら浮かべている。気持ちはわかる。皆、本当に待っていたんだ。期待していた。信じていた。自分たちの王が、戻ってきて、助けてくれるのを!
『皆、すまなかった。我がふがいないばかりに、迷惑をかけた。……あとは、我に任せろ!』
「……レイ」
その時、叩き潰すことができなくなったシヴァの顔が見えて、俺にはどこか笑っているように見えた。
『……すまなかった、シヴァ。もう、大丈夫だ。汝の子を殺させはせん!』
彼の巨体を支える太く長い脚、シヴァの攻撃を楽々と止める強靭な腕、鞭のような長くしなやかな尻尾、どんな攻撃も効かなさそうな体躯と全身に黒に艶めく鱗、そして見る者すべてを畏怖させるするどい眼光と、彼の象徴たる四本の角。
巨大な翼を広げ、力強く言い放つレイの姿は、彼本来の姿に、この世界の、偉大なる王の姿に戻っていた。
押さえつけていた黒腕のキメラはもちろん、刃のキメラも、もう感情はないはず。しかし、彼らは恐れ慄くように、後ずさりをしていた。
『ケビン! これほどのことをしでかしたのだ、当然、どうなるかわかっているだろうな! 貴様はもう、終わりだ!』
迫力が違う。
放つ言葉一つ一つに、力が漲っている。レイの復活――それは、状況を一変させた。
「……のせいだ。……えの」
ケビンが何やらぶつぶつとつぶやく。先ほどまで余裕の表情は完全に消え去っていた。
「……えのせいだ。お前のせいだ……おまえの! せいだああああああ!」
ケビンが怒りの咆哮をあげる。その矛先は、俺に向けられていた。
「全部! 全部、何もかも貴様のせいだ! ”世界の法”が貴様に宿って私のところに来なかったのも、貴様がいたことによってレイが力を取り戻してしまったのも……! 全部、全部きさまのせいだあああああっ!」
呪い殺さんばかりの形相で俺を睨みつけるケビン。
だが、怖くはなかった。その視線に、俺も真っ向から睨み返す。
「……っ! 気に入らないんですよ、その目! 貴様のせいで、私の計画が――。何をしているのです、失敗作共! さっさとそこのゴミクズをヤッてしまいなさい!」
そのセリフと同時に、キメラたちが俺に襲い掛かる。




