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レイ・ライダー  作者: 真中太陽
19/31

シロの思い出


 俺は子供のころ、小さな子犬を飼っていた。

 名前はシロ。ふさふさの真っ白い毛並みから、安易にシロと名付けた。

 母さんを亡くし、親父も忙しくなって家をあけることが多くなって、一人でいることが多くなった俺にとって、シロは大事な友達であり、家族であり、心の支えだった。

 物心ついた時にはすでに側にいたシロは、俺によく懐いてくれた。

 俺も、シロが大好きだった。どこに行くにも、いつも一緒だった。

 母親も、父親もほとんど家にいないということで、近所の人は俺に優しくしてくれたけど、子供どおしの間では、軽いいじめにもあった。


 公園でからかわれ、いじめられている時、シロが助けに来てくれた時は本当に嬉しかった。

 いじめていたやつらを、シロと二人でやっつけた時はスカッとした。


 当時、ガキ大将だった隼人とも、シロを通じて仲良くなった。

 シロ以外の、初めての友達ができた。


 いじめっ子をやっつけたことと、隼人と友達になったことで、俺をいじめる奴はいなくなった。

 それからは三人でよく遊ぶようになった。

 毎日が本当に楽しかった。


 しばらくしたある日、親父が帰ってきて一言「次の日曜、久しぶりに休みが取れたから、みんなで裏山の公園にピクニックにでも行くか」と言った。

 嬉しかった。

 家族で旅行、っていうには大げさだけど、一緒に何かをするってことが俺にとっては初めてのことで、ものすごく楽しみだった。

 隼人も誘ったら来るだろうし、最高の一日になると信じて疑わなかった。


 それが最悪の日になるなんて……夢にも思うはずがなかった。



 日曜日。

 親父は、張り切って徹夜でお弁当を作ってくれた。きっと、母さんを亡くし、父親である自分も仕事が忙しくて俺に何もしてやれないことにちょっとした罪悪感を覚えていたんだろう。

 コソッとのぞいた弁当の中身は、俺の大好きなおかずでいっぱいだった。

 俺はリュックに入りきらないほどの遊び道具とシロのご飯を入れる。わくわくが止まらなかった。

 玄関のチャイムが鳴り、隼人が来たことを告げる。

 ちょうど親父も五段のお重の弁当ができて、それを風呂敷に二重にして包み、みんなで裏山に向かった。

 山の中腹には墓地があり、そこに母さんのお墓もある。

 親父は、しばらく行けてなかった母さんの墓参りも兼ねていた。俺たちも、親父のあとについていき、一緒に手を合わせる。

 頂上付近の公園についた時、ちょうどお昼になったので、みんなでお弁当を広げて食べた。

 決して上手とは言い難いが、太陽の光とそよ風に吹かれ、緑に包まれながら食べる弁当はどんなご馳走よりも美味しそうに見えて、実際にとてもおいしかった。

 お腹も膨れて、徹夜の疲れもあったのだろう。親父はそのまま寝てしまった。

 眠った父を見て、俺たちはそのまま寝かせてあげようという話になり、少し離れたところで遊ぶことにした。

 公園は二段に分かれており、俺たちが弁当を食べた上段は何もない芝生の原っぱで、下段には少ないが遊具などが置かれている。俺たちはそこで夕方まで全力で遊んだ。

 そして、最後にかくれんぼをした時、事件は起こった。


「今度は隼人くんが鬼だね!」


「ワンワンっ!」


「ちぇっ、わかったよ。三十数えたら勝手に探し始めるからな」


 木に向かって数え始めた隼人から遠ざかるように、俺とシロは隠れる場所を探す。


「シロはあっちな。僕はこっちに隠れるから」


「ワンっ」


 俺が指さした方向に走っていくシロ。

 それを見届けて俺は、反対の方向に、さらに奥へと進んでいく。

 見つけるのがうまい隼人に、今度こそはそう簡単に見つからないぞ、と意気込んでいたんだと思う。

 気づいた時、思ったよりも遠くまで来て、降りていることに気づく。

 急に、一人でいることが怖くなった。


「……少し戻ろうかな」


 そう思って振り返り、歩きだそうとした時、後ろの繁みからガサッという音が聞こえた。

 ゆっくり振り向く。するとそこには――。


「グルルル……」


 犬歯をむき出しにして威嚇する黒い大きな野犬がいた。


「ひっ……!」


 そういえば、近所のおばさんが言ってた。「山に大きな野犬が入ったかもしれない」って。


「うわああああっ!」


 俺は恐怖にかられ、泣きながらその場を全力で逃げ出した。

 黒い野犬は、当然追いかけてくる。

 子供の足で逃げたって、たかが知れてる。あっさりと追いつかれ、噛まれそうになる。


「グルアアアッ!」


「うわああぁあっ!」


 噛み殺される! そう思った時、シロの声が聞こえた。


「ワオンっ!」


「っ! ……シロ!」


 シロが野犬にかみつく。しかし、あまりにも体格差があり過ぎた。

 足にかみついたシロは、野犬の振り払いによって飛ばされ、木にぶつかる。


「キャインッ!」


「シロっ!」


 悲鳴をあげ、ぶつかった木の根本に倒れる。野犬はそれを見て、再び俺に視線を戻す。


「あ…あぁ……」


 怖かった。腰が抜けてうまく立てない。

 もし、最初からシロが一緒だったら……せめて俺に戦う意思があって来たのなら、大丈夫だったかもしれない。でも、実際は不意をつかれ、恐怖で心が支配された。友達で相棒のシロもやられた。


 無理……勝てない……。


 野犬が大きく口を開ける。その時、今度は隼人の声が聞こえた。


「晋一く~ん、どこだ~?」


「隼人くん!」


「あ、そこか、見~っけ……!?」


 事情を知らない間の抜けた声を出しながら探しに来た隼人に、俺は泣きながら叫んだ。

 そこで俺のただならぬ事態を察知し、急いで駆け下りてこようとする。


「隼人くん! お願い、父さんを! 父さんを呼んできて!」


 俺は泣きべそをかきながら精いっぱいの声で叫んだ。


「……! わ、わかった!」


 隼人も、野犬の姿が見えたのだろう。事情を理解した隼人はすぐさま親父を呼びに向かった。

 これで大丈夫。あとはどうにか父さんがくるまでの時間を――。


「グルアアア!」


「わあああぁぁっ!」


 野犬は考える暇も与えず襲ってきた。

 噛みつかれる。無意識に身をよじったことで、牙は皮膚を切り裂いて、服にささる。


「グウルルっ」


「うわあああっ」


 首をふって暴れ、無理やり揺さぶる。

 体が地面のあちこちにぶつかり、切れた皮膚からは赤い血が服を染める。痛みと恐怖でパニックになっていた。


「ワウンっ!」


 シロが再び野犬の後ろ足に噛みつく。

 野犬は服を加えたまま、シロを一瞥して、後ろ足で振り払う。まだ小さな子犬のシロは簡単に飛ばされる。


「ワンっ! ワンワンっ!」


 それでもシロは懸命に野犬に立ち向かっていく。


「シロ……!」


 何度目か、野犬はようやくシロの向いた。

 俺は怖くて震えていることしかできなかった。でも、シロはそうじゃなかった。


「ワンワンっ! グウウッ!」


 野犬を睨みつけ、まるで「その子から離れろ!」と言っているかのように懸命に吠える。

 野犬もついにシロを本気で狩りだす。

 シロは勇敢に立ち向かうも、やはり勝てるはずもなく、何度かの攻防のあと、体当たりで飛ばされた。

 俺の方に飛んできて、地面に転がり、倒れるシロ。


「シロっ! シロ、シロ!」


 俺は急いで駆け寄る。シロは、ボロボロになりながら、それでも野犬に立ち向かおうとしていた。


「ワ、ン……」


 見ていられなかった。もう勝てないのは明白なのに、それでもこの小さな子犬は、懸命に俺を守ろうとしてくれていた。


「シロ……! もういい、もういいから……! じゃないと――」


 俺はシロを抱き寄せようとした。でも……できなかった。


「ワン……ワンワンっ!」


 シロは、傷ついた体で、懸命に大地を踏みしめ、野犬と俺の間に立って吠え続けた。


「シロ!」


 野犬は無慈悲に、シロに噛みついた。


「シロおおおおおおっ!」


 野犬の口に挟まれた状態で、ぐったりとしているシロ。


「うわああぁあぁぁあっ! シロを離せえええぇっ!」


 俺は、その辺に落ちていた木の棒を振り回しながら、野犬に向かっていった。

 野犬もびっくりしたのか、シロを落とし、距離をとる。


「うぅっ、うううぅぅうぅぅうぅぅっ!」


 泣くのを必死にこらえながら、今度は俺がシロと野犬の間に立ちふさがる。

 様子を伺っていた野犬だが、何かに気づいたのか、その場からさっと立ち去って行った。

 そしてすぐに父さんがやってきた。


「晋一っ! おまえ、無事か!?」


「父さん……シロが、シロが……」


 俺の手から、棒切れがこぼれ落ちる。父さんの後ろには隼人もいた。

 親父は俺を抱きしめた。そして、目線をシロにやる。


「シロ! おまえ、晋一を守るために……!」


「うわあああああああああああっ!」


 俺は親父の腕の中で、声を上げて泣いた。

 大好きだった友達は、俺の代わりに、俺を守って、死んでしまった。

 親父の後ろで、隼人も、声を殺して、泣いていた。


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