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レイ・ライダー  作者: 真中太陽
18/31

身体の限界と親子の愛

 その時、シヴァの足元に小さな白い毛の塊が見えた。


『ウウゥゥゥッ!』


「カロっ!」


 カロがシヴァの後ろ足の毛にかみつき、必死に行かせまいと踏ん張っているのが見えた。


「バカ、おまえ何やってんだよ!? 早く逃げろ!」


「カロ、逃げて!」


 俺たちの言葉を無視して、カロは必死に噛んで離さない。

 シヴァがゆっくりと振り返る。

 そして――前足で、カロを叩き飛ばした。


『キャイイン!』


「カロォォォ!」


 俺は無意識のうちに叫んでいた。

 カロは地面を転がり、横たわる。


「やめてえぇ!」


 ケイアの絶叫が響きわたる。


「やめてシヴァ! その子はっ……カロはあなたの子供でしょ!」


「なっ!?」


 ケイアは涙を流しながら必死にシヴァに訴えていた。


『クウゥゥ~……』


 弱々しく鳴くカロ。「やめて、お母さん……」そう言ってるように、聞こえた。

 その様子をいったい何がおかしいのか、嗤っている男がいた。


「……クックック。ヒャ~ハッハッハッハッハ! そうですか、そうですか。やはりカロはシヴァ様のお子さんでしたか! 薄々感じてはいましたがね~。そうでしたか。それはそれは――残念ですね」


 ケビンの顔に冷酷な表情が宿る。

 左腕をあげ、シヴァに合図をする。倒れているカロに近づくシヴァ。そして、ゆっくりと前足を上げて――。


「やめてえええぇぇえぇぇぇ!」


 さらに叩き飛ばした。


『キャウウゥゥンッ!』


 悲痛な声を上げて、まるで放り投げた白い毛糸玉のように飛んでいき、力なく地面を転がる。

 俺は怒りで目の前が真っ赤になるのを感じた。


「てめぇ! 今すぐやめろ!」


 声のあらん限りでケビンに怒鳴りつける。

 しかし、そんな怒りもどこ吹く風か、ケビンは全く悪びれる様子もなく飄々と返す。


「おやおや~? いったい何のことでしょうか? 私が実の子供をいじめろと命令しているとでも? とんでもない、私はただ――足元のゴミを片づけなさい、と命令しただけですよ」


「このっ! クズ野郎があぁ!」


 もう我慢の限界だった。

あいつの顔を殴ってやらないと気が狂っちまう!

 痛む体に怒りのガソリンをぶちこんで、俺はケビンに向かって走り出す。


「シンイチくん!」


『よせ!』


 ケイアとレイの声が聞こえた気がしたけど、知るか! あいつ、絶対に許さ――。


「がはあっ!」


 走り出した時、大きな石が横からぶつかってきたような衝撃に襲われる。右肋骨や腕の骨からメキメキ、バキンッと嫌な音が聞こえた。

 それが黒腕のキメラに殴られたことによるものだと、後から知った。

 宙を舞い、無残に地面に倒れ伏す。

 口の中は鉄の味でいっぱいだった。口から洩れた液体が地面にあふれ、染めていく。その先の、ぼやける視界には、同じく倒れているカロの姿があった。近くまで飛ばされたらしい。


「カ、ロ……」


『……クゥ』


 かろうじて反応があった。まだ、生きてる!


「……おやおや、しぶといですねぇ。こうなったら……叩き潰しちゃいましょうか」


 明るく放ったケビンの一言に、全員が凍り付く。


『なっ!』


「お願い! やめてえぇ!」


 レイの驚きの声と、ケイアの嘆き。


『させ、る、かよっ!』


「マルフォウス!」


 震える足に力を入れ、シヴァに跳びかかろうとする。当然、キメラたちがそれを妨害する。


『くそっ……やめろ、ババァ!』


 マルフォウスの叫びもむなしく、止めることはできず、声すらもシヴァの耳には届かない。

 シヴァはカロの前に立ち、とどめの一撃を――左足をゆっくりと振り上げる。


 やばい、止めなきゃ。じゃないと、カロが……。

 手足に力を籠める。……ダメだ、力が……。

 くそ! こんな時に、俺は何やってんだよ! 


「カ…ロ!」


 声だけでも放つ。しかし、意味はない。

 シヴァの足が、頂点まで上がる。後は――振り下ろすだけ。


「シヴァあああぁぁあぁぁ!」


 ケイアの叫びが響くも、その前足は無慈悲に振り下ろされ――。


「……え?」


 シヴァは、振り上げたまま、止まっていた。


「……なにぃ~?」


 ケビンも訝しむ。一瞬、命令系統が故障でもしたのかと左手を確認する。が、そうではないようだ。

 地面に、赤い液体がこぼれる。

 それは、シヴァの、血の涙だった。


『ア……ア…ァ……』


 振り上げた足が、止まっている。彼女は、耐えていた。愛する我が子の命を絶つこの一撃を、必死に撃ちおろさないように、限界まで耐えていた。


「シヴァっ……!!!」


 ケイアは、シヴァのその姿に涙が止まらなかった。

 俺は、ケモノの皆が操られているということを、頭でわかっていても、本当の意味で理解し(わかっ)ていなかった。

 そうだよ……シヴァだって、ほかのみんなだって、誰も殺し合いなんてしたくない。

 ましてや、母親が自分の子供を殺したいなんて、そんなはずはないんだ!

 力を籠める。しかし肋骨と腕の痛みが、全身にブレーキをかける。

 知るか、そんな痛み(もん)! 

 起きなきゃ……今動かなきゃ、また、俺は……!


「……クック……ヒャハハハッ。ホントに、シヴァ様には驚かされますね~。母の愛とでも言うんでしょうか? まさか抵抗できるとは思いませんでしたよ。そんな血の涙まで流してね~。……不愉快でしょうがない」


 ケビンは左手をいじくる。命令を強める気だ。


『っ! 貴様には! 人としての血は流れていないのか!』


 レイがケビンに向かって叫ぶ。


『”世界のワールド・ロウ”が欲しいのだろう! ならば、何とかして少年の体から取り出し、貴様にくれてやる! だから、これ以上はやめろ! ……やめてくれ』


 レイも、もはや見るに堪えなかった。こんな残酷なことをこれ以上――。


「――やりなさい」


 ケビンは、レイの懇願さえも踏みにじり、無慈悲に告げた。


『やめろおおおぉおぉぉぉぉぉっ!』


 レイがあらん限りの力を使って飛び出す。今の彼に出せる全速力でシヴァを、カロを助けに向かう。しかし、あと数メートルのところでキメラに追いつかれ、地面に押さえつけられてしまう。


『やめろ、シヴァああぁぁっ!』


『くそがああああぁぁぁああ! どけえええぇぇぇぇ!』


 マルフォウスとレジーナが目の前の刃のキメラを何とか出し抜こうとする。しかし、ボロボロの二人には敵の攻撃を防ぐだけでいっぱいいっぱいだった。

 もう――俺しかいない!


 動け!


 今動かないといけないんだ!


 痛みも何もかも関係ねぇ! こんな悲しいことを、これ以上させちゃいけない!

 どうなったって構わない。体が動かなくなったって構わない。だから――。


 動けええええええええぇぇぇぇぇぇっ!


「うおおおおぉぉぉぉおぉぉぉっ!」


 パチン、と脳の安全装置リミッターが切れる音が聞こえた。

 瞬間、どこかに残っていたほんの少しの力が体中をめぐる。

 腕に、腹に、背に、足に、全身に力をこめて起き上がる。プチプチと何かが――筋肉や小さな血管が切れる音が聞こえる。

 構うもんか。数歩でいい。それだけ走って跳べれば!

 体が悲鳴をあげている。例えじゃない。本当に、声にならないこえを上げている。

 ごめんな。でも、今だけでいいから動いてくれ!

 悲鳴を上げ続ける体が、それでもなお俺の思いに応えてくれようと必死に活動する。

 動く。

 俺は走り出した。

 折れた腕を振って、肋骨がミシメキと哭こうが、痛みを歯をむき出しにして噛み殺して、三歩走る。そして、跳ぶ。


「カロおおおぉぉぉっ!」


 左手をこれでもかと伸ばす。その手が――届く!

 俺はそのまま空中で胸に抱きかかえる。

 シヴァの一撃が、空白になった地面を叩き潰す。

 跳んだ勢いのまま俺は地面に転がり、仰向けに倒れる。

 胸にはしっかりと、カロを抱いていた。よかっ――。


『シンイチ! 避けろおおおっ!』


 レイの叫びが聞こえた。


「――え?」


 見ると、シヴァが追撃を行おうとしていた。


「少年が死んだところで”世界のワールド・ロウ”はなくならないでしょうし……そうですよ、最初からこうすれば良かったんですよね~。そうすれば、こんな不快な思いはしなくてすんだのですから。では、今度こそ――さようなら」


 ケビンが何かを言っていたが、俺には理解できなかった。

 ただ目に見えたものは、血の涙を流して、吠えながら右前足を振り下ろすシヴァ。その足についている大きな肉球と、妙に鋭く映る爪。


 ああ……あれに潰されるのか……。


 もう、動くことはできなかった。

 体は悲鳴をあげるのをやめた代わりに、ピクリとも動いてくれない。

 スローモーションのように、ゆっくりと、振り下ろす前足がひどく遅く感じた。


『カロっ! ……シンイチいぃぃぃっ!』


 レイがカロと俺の名前を呼ぶ。


 ああもう、ホントに、なんかごめんな。

 こっちに来てからの俺はホントにダメダメだったな。

 向こうにいたときは、まだ割とマシな奴だったんだけどな。


 その時、一瞬にして過去の膨大な記憶が蘇ってくる――走馬灯ってやつか。

 それは宇宙の中に、写真のネガのように切り取られた無数の映像として流れていく。


 高校での剣道のインターハイ、入試に、中学の修学旅行、小学校で隼人とのケンカ……どんどん過去の記憶が連なり視えていく中で、ある一つが、遠く離れたところにあった。

 ソレに気づいた時、急速に近づいてきて俺の視界を埋め尽くす。

 ソレは、最も思い出したくないモノ、同時に、絶対に忘れることのできない思い出。

 


 それは、俺が犯した最大の過ちである、大切な、シロとの記憶。



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