世界の法の力
「あぐっ!?」
「レジーナ!」
敵は残り二体と一匹。
しかし、一体を倒すのがやっとで、防戦一方になっていたレジーナは、ついにシヴァの体当たりで吹き飛ばされた。
偶然にも俺たちがいる方面に飛んできたので、俺は慌てて彼女を受け止める。
「う、ぐぅ……」
彼女のきれいな肢体には無数の切り傷が刻まれ、美しい銀髪には彼女の飛び散った鮮血でところどころ赤く染まっていた。
女の子がこんなになるまで頑張っているのに、俺は……。
「クックック、ヒャ~ハッハッハ。さすがのレジーナ隊長も、ここまでのようですねぇ?」
可笑しそうに、勝者の余裕の表情でケビンが嗤っている。
「ん……っ! レジーナ!」
ケイアが目を覚まし、俺が抱えているレジーナを見て悲鳴に近い声を上げる。
「待ってて、すぐに治療を――」
それを遮るかのように、ズチャッと足音を立てて俺たちの前に立ちはだかるキメラとシヴァ。
「シヴァ……」
ケイアがつぶやく。
『アン! アンアン!』
カロも威嚇と同時に呼びかけるように吠える。
「クックック。いよいよ、チェックメイトですかね~」
上から見下ろすケビン。
「――」
俺はレジーナをケイアの前に横たわらせ、ケビンに正面向かって向き直る。
「……ん~?」
今の俺にできることは――。
「”世界の法”って、いったいなんなんだ?」
俺はケビンに問いかける。
「……はぁ~?」
ケビンはバカにするような声で聞き返す。
「あんたは、どうしてこれを狙う? あんた、仲間だったんじゃないのかよ! そんなに……仲間だった皆を傷つけてまで手にするほどのもんなのかよ!?」
後ろではケイアがレジーナとレイの治療を行っている。よし、なんとか時間稼ぎをしないと。
俺の問いに、ケビンは本当に心底呆れたようなため息をついた。
「……ここまでバカですと、本当に救いようがないですね。自分で体現していることにも気付かないとは……」
「なに? どういう――」
言い終わる前に、シヴァの前足の一撃が俺を襲う。
俺の体はまるで小石か何かのように簡単に吹っ飛んで床に倒れる。
「がはっ、ぐううぅ……」
とっさに防御の態勢をとっても、それでもこの威力。ダメだ、手足に力が入らない。
俺の無様な姿を見て、ケビンは幾分かすっきりしたのか、話し始める。
「”世界の法”は、その言葉の通り、この世界の”法”そのものです」
「……”法”、そのもの……?」
口の中に鉄の味が広がっていく。言葉絶え絶えに聞き返す。
「この世界も、原理は変わらないんですよ。私たちの世界と同じ――物を離せば下に落ちる。形あるものは壊れ、命は生まれれば死ぬ宿命にある。しゃべるケモノ、契約、超自然現象、様々な違いはあれど、根本は同じ。目には見えない不変の原理が、世界を支配する絶対の”法”がそこには存在しているのです」
ケビンはそこで両手を上げて声高らかに放つ。
「しかし! もし、その”法”を変えることができたとしたら! どう思います!? 手を離れた物は落ちず、壊れたものは再生し、いや、そもそも形すらいくらでも変えられる。そして――死ぬことが決められている命が、生き返るとしたら……!」
「な……!」
『……まさか』
「! レイ王様!」
「おや、気が付いたのですか、レイ王。しかし、あなたたちはなんと間抜けなんでしょうねえ。これほどの偉大な力も、使わなければ意味がない! 現に今、その力の証明をしてくれているものが目の前にあるでしょう?」
『……!』
視線が、俺に向く。
ケビンはニイィと嗤う。
「素晴らしい! あの時、確かに死んだはず、いや死んだのです! ですが、”世界の法”はその死の法則を捻じ曲げ、彼を生かした! 理由は重要ではない。結果として、死んだはずの彼は今生きている! これぞ秘宝”世界の法”の力なのです!」
興奮気味に話すケビン。
キメラたちが俺の方にやってくる。
「クックック。”世界の法”があなたの中に入ってしまったのは誤算でしたが、まあ、変にどこかに隠されるよりもわかりやすくて良かったかもしれませんねぇ。ええ、大丈夫です。あなたはそのままで結構です――どうせ、ただの実験台ですからねぇ~」
下卑た笑みでおそろしいことを言う。
俺に、こいつらみたいなことをする気か!?
「じょ、うだんじゃ、ないぞ、てめえ……」
起き上がろうと腕に力を籠める。顔を上げた瞬間、ぎらついた刃をつけたやつと、右腕の黒いナニかをつけたやつが視界に入る。
「あ……」
生気が、感情の見えない表情が逆に背筋をぞくりとさせる。
俺も、こんな光も映らない目に、されるのか……?
黒い腕が俺に伸びる。
『逃げろ、シンイチ……!』
レイが叫ぶ。
「あ……あ、ああ……」
動け。動け、俺の体!
ダメージはある。でも、全く動けないほどじゃないだろ! なのに……。
「シンイチくん!」
ケイアも叫ぶ。しかし、俺の体は動かない。俺の意思に反して、ピクリとも動かせない。
ケビンが勝利を確信して叫ぶ。
「ヒャ~ハッハッハ。どうやら私の勝ちのようですねぇ」
『そいつはどうかな』
「!」
声が聞こえた。
皆が絶望の中に沈もうとしていた時、希望を照らすかのように角の方で扉が開き、彼は現れた。
そしてタイミングを見計らったかのようにレジーナが目を覚まし、彼の名を叫んでいた。
「マルフォウス!」
俺が視線を向ける前に、マルフォウスは目の前のキメラ二体に高速で体当たりをかまし、吹き飛ばす。
俺とケビンの間に立ちはだかるように、彼をその赤い毛並みを――赤い毛並み?
「マルフォウス……!」
レジーナが驚いた声をあげる。
床に血の滴が落ちる。無数の傷から流れでる液体が、彼の毛並みを赤く染めていた。
『へへっ。さすがにあの数じゃあ、俺もきつくってよ……』
レジーナを見てニッと笑う。
「っ! マルフォウス……」
強がってはいるが、満身創痍なのは明白だった。
時間を稼ぐために、たった一人で俺たちに向けられた大群を相手にしてくれてたんだから。
「……ティストですね、あなたをここに導いたのは」
ケビンがつぶやく。体は怒りで震えている。
「あんのクズ! クズクズクズ! 出来損ないのくせに、邪魔ばかりしおってえええぇぇぇ!」
頭を抱え、悶絶したあと、荒い息をつきながら言葉を吐き捨てる。
「レジーナが呼ぶことはわかっていた! わかっていたんですよ! あなたも生きていることはね! しかし、この場所を、ましてや入口の開け方など知るはずはない! なのにここに来たということは……あいつ以外考えられない! やはり完全に――」
ひとしきりしゃべったら、急に熱が引いたように冷静に語りだす。
「ま、と言ってもできるのは所詮、その程度まででしょう。あなたも……捕まってくれていれば事はもっとスムーズに運んだんですがね~。どちらにせよ、そのような状態で本当に勝てるとでも? 今にも倒れそうじゃないですか」
ケビンから見えているのかわからないが、俺にもマルフォウスは立っているのがやっとのように見える。いったいどれだけのやつらと戦ってきたのかわからないが、その傷が戦場の激しさを訴える。
それでも彼は、心折れず、敵を見据え、レジーナに問いかける。
『……いけるか?』
「……っ!」
今すぐに休ませ、治療を受けるべきだ。じゃないと、このままでは彼は――。
そんなことはわかりきっているのに、できない。してあげられない。ならせめて、最期の力を振り絞って戦おうとする、彼の意気込みに彼女は答える。
「――ああ!」
レジーナは、再び剣を握る手に力をこめ、立ち上がる。
「ありがとう、ケイア……」
「レジーナ! ……っ」
レジーナはケイアにお礼を一言伝えてマルフォウスの側にやってくる。
ケイアのおかげで傷はある程度癒えたとはいえ、体力まで回復したわけじゃないだろう。
ふらふらになりながらも、それでも戦う意思はなお衰えてはいない。
それは……マルフォウスが来たから?
「シヴァ……あなたが正気だったら……」
ケイアがシヴァを見つめて、叶わぬ希望をつぶやく。
「愚かですね~。本当に愚かだ。そんな状態で勝てるとでも本気で思っているのですかぁ?」
ケビンが二人を煽る。吹き飛ばされたキメラたちも立ち上がる。あまりダメージはないようだ。
しかし、余裕の笑みは消えている。二人がそろうことが、奴にとってはそんなにまずいことなのか?
『へっ! 思ってるに決まってるだろうが!』
マルフォウスが言い放つ。
「私たちは一人じゃない。だから――貴様には絶対に負けん!」
レジーナもケビンを睨んで宣言し、マルフォウスに飛び乗る。
「このっ! たかが満身創痍のライダー一体で、本気で勝てると思ってるのですか!? いいでしょう、やってごらんなさい!」
ケビンが怒りをあらわに、キメラたちに命令を下す。
それが合図であるかのように、レジーナを乗せたマルフォウスが疾走する。
やってくるキメラたちに正面で立ち向かう。
黒い腕の奴が攻撃を仕掛ける。それに合わせるように両腕が刃と化した奴も斬撃を繰り出す。
マルフォウスは黒腕の攻撃を避け、レジーナが刃を剣で受け止める。
その状態でマルフォウスは体を回転させ、尻尾を使って刃のキメラのどてっ腹にぶつけて吹き飛ばす。レジーナも回転の反動を利用して、黒腕の奴を頭に向かって斬りかかる。が、ギリギリのところで避けられる。
すぐさま敵の反撃がレジーナに向かってくるが、それをマルフォウスが跳び下がって距離を取り、さらに攻撃を仕掛ける。
「すげえ……」
人馬一体、ではなく人狼一体と言えばいいんだろうか。
激しい攻防の中、二人の連携はかみ合い、徐々にキメラたちを追い込んでいく。
これ、もしかして勝てるんじゃ……。
『マルフォウス、後ろだ!』
『!』
レイが叫ぶ。マルフォウスの後方よりシヴァが攻撃を仕掛けてきていた。
『ちっ!』
大きく開けたシヴァの牙がマルフォウスとレジーナを襲う。
それをかろうじて避け、再び大きく距離をとる。
『ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ……』
「マルフォウス……」
マルフォウスが体全体で息を繰り返す。
『はぁ、はぁ……くそババアめ。なんで、てめえ……ぐうっ!』
「マルフォウス!」
レジーナが叫ぶ。シヴァを見つめていたマルフォウスは崩れるように膝をついた。
「マルフォウス!」
ケイアが駆け寄ろうとする。が、キメラの一体が立ちはだかり、させてくれない。
急いで治療しないと、このままじゃ本当に……。
「マルフォウス! しっかりしろ、マルフォウス!」
レジーナが懸命に呼びかける。
勝てるかも、なんて甘かった。どうする……どうする!?
『……へっ。ざまあ、ねえな。特攻隊長ともあろう俺たちが、よ……』
「マルフォウス……」
震える足で何とか立ち上がる。しかし、どう見てももう限界だった。
シヴァたちがゆっくりと近づいてくる。
『くそっ……』
よく見ると、地面には無数の赤いシミが広がっている。戦っている間も当然、血は流れ、力は抜けていき、それを必死で耐えながら攻撃をさばき、仕掛けていた。
マルフォウスは、本当に立っているのがやっとの状態だった。
『友よ……!』
レイが助けに行こうと起き上がった時、ふと気づいた。
『む、カロは!?』
「え!?」
ケイアも驚く。




