絶対絶命なのか
「……おそらく、兄は地下実験室にいるはずだ。」
「地下実験室?」
オレとティスト博士は、食堂に隠れていた。
あのあと、すぐに隠れる場所を探して食堂に行きついた。動けないティスト博士をそこにおいて、オレは軽く城内を偵察に行く。その間にティスト博士はこの世界の薬草で作った痛み止めを飲んで折れた足の応急処置をした。
偵察に出てすぐに、正面玄関でケモノたちとの戦闘の跡を見つけた。倒れているケモノたちを見て、どうやら無事に勝ったようで、そのことに一つ胸をなでおろす。
しかし、どこを探し回っても無事であるはずのシンたちの姿が見つからない。上の階も行ったが、もぬけの殻で、ひとまずティスト博士のところに戻って事情を説明すると、彼はそう言った。
「そんなものがあるんですか?」
「何度か行ったことがある。城の中にいないとすれば、兄は間違いなくそこだろう」
「外に出たとかは、ないですかね?」
「信じられかもしれないが、兄は体が弱くてね。何より反乱を起こす前に、兄はこう言っていた。”私はここを動けない。今、一大イベントを始めたばかりだから!”と」
「……一大イベント?」
それはこの反逆のこと、か……? いや、でもなんだろう。もっと、ほかに何かがあるような……ものすごく嫌な予感がする。
「ともかく、外はないし、城の中にもいないとなれば、地下しかない。しかし、どうか気をつけてくれ。どんな罠があるかわからないし、何より――」
そこで言葉を遮るように、ドカアァンという激しい音と共に、城の壁が崩れたことを知った。
「まずい! やつらが入ってくる!」
「急ごう、ハヤト! 入口はこの先の廊下の突き当り、兄の書斎にある!」
「わかりました!」
オレはティスト博士を背負い、食堂を出る決心を固めた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
レジーナの息が、上で戦った時とは比べられないくらい上がっている。
肩は大きく上下に揺れ、おそらくいくら酸素を吸っても穴の開いた風船のように抜けていってしまうような感覚だろう。体力は、一向に回復する気配を見せない。
当然だ。一人で四匹も相手してるんだから。しかも、上で戦ったケモノたちとは比較にならないほど強い。奴らも無傷ではないが、痛覚がないのか、斬られても腕を落とされても一向に攻撃の手をゆるめない。明らかにジリ貧だ。くそっ! 俺にもっと力があれば……!
「おやおや~? レジーナ隊長ともあろうお方が、だいぶお疲れのようですね~? そいつらはただの失敗作ですよ? 役立たずのゴミの集まりですよ? それに手こずるなんて、案外、突攻隊長も大したことないんですね~?」
「あいつ……!」
俺はレジーナに言われたとおり、レイとケイアを助けに向かう。襲ってくるキメラたちを何とかしのぎ、レジーナの援護もあって何とか壁際まで運んで休ませて、そして――そこでただ見守ることしかできない。突っ立っていることしかできない。
俺だって、何かしたいのに、何も、なにも、できない。
これじゃあシロの――あの時と同じじゃないか……!
「まあ、あなただけではありませんけどねぇ。そこで倒れているお二方や、戦力にならない子犬。そして……手伝うどころか、逆にお荷物にしかなっていないダメ人間がいるのでは、ね~?」
「てめえ……!」
ああ、そうだよ。壁際にいて、それも結局レジーナに守ってもらっていて、彼女の邪魔にならないように、戦わず、ただ見つめていて……俺だってわかってんだよ!
思わず、刀を持つ手に力が入る。
しかし、それをレジーナが剣を上げて遮るように立つ。
「……さい」
「ん~? なんですか? よく聞こえ――」
「うるさいって言ったんだよ!」
レジーナは一体のケモノ――唯一腕を切り落としたつぎはぎのキメラに向かって疾走する。
それとほぼ同時に、やつらも攻撃態勢に入る。レジーナは傷を負うのも構わず、最小限の動きで敵の攻撃をかわしながら、剣は、つぎはぎだらけの傷をなぞるように斬っていく。
次の瞬間、一体はバラバラになり、地面にそれぞれの部品が転がる。
「……あと、二体……」
息も絶え絶えにつぶやく。
大きな傷こそないが、無数の傷は増え、体力も大きく奪われていっている。このままじゃ……。
「クックック。おめでとうございます。ようやく一体ですね。ですがまだ二体、そしてシヴァ様もいらっしゃいますよ~?」
一体倒されても痛くも痒くもないのか、ケビンは笑みを崩さない。
くそっ、どうすれば……。
「うおおおぉぉおぉぉ!」
ちくしょう、見つかった!
あんなの反則だっつうの! だって、食堂を出ようと決心して、ドアを開けた瞬間にでかいカンガルーみたいなやつと目が合っちゃったんだもん!
反対側の奥に行くだけでよかったのに、食堂の調理場の出口から逃げ出して、大きく遠回りをするはめになっちまった!
「ハヤト、そこを右だ!」
ティスト博士を背負いながら、彼の指示通り廊下を右に曲がる。曲がった瞬間、カンガルーみたいなやつが跳んでビュンッと背中で風を切った音が聞こえた。
跳び過ぎたのか一旦は姿が見えなくなるが、すぐに飛び跳ねながら追いかけてくる。
くそっ、さすがのオレ様も人一人背負った状態でいつまでも逃げ切れねえぞ!?
追いかけてくるのがまだこいつ一匹なのが唯一の救いではあるけど、それもいつほかの奴らに見つかってしまうかわからない。
「! ハヤト!」
ティスト博士の声に気づくと、奥の曲がり角のところに、赤い毛並みのやつが現れた。
挟み撃ちにあった。絶体絶命だ。
オレはやけくそ気味に走りつつ、それでも頭はフル回転してこの状況の打破を考える。
後ろからは巨大なカンガルー。前からは赤い毛並みの――狼?
後ろに向かって対峙するよりは正面の方がまだ対応しやすい、か? と言っても、避けるくらいしかできないけどな! うまく避けられたとしても、そのまま逃げられるか? いや、さすがに捕まるな……。
正面からはものすごい速さで近づいてくる。十メートル以上あった距離も、まるで弾丸のようにこっちに一直線に走ってくる。
……避けれるか!? いや、やっぱ無――。
そう思った時、目の前に迫ったケモノが叫んだ。
『ふせろ!』
その声は!
「うおおおお!」
オレは全力でヘッドスライディングをかます。
彼はそのタイミングに合わせて飛び、巨大カンガルーに渾身のタックルをかます。
カンガルーは吹っ飛び、彼は反動で跳ね返った体をくるりと一回転してきれいに着地する。壁、床、天井に回転の跡の赤いシミを残して。
「あ、あなたは!」
『話はあとだ! あいつの元に案内しろ!』
助けてくれた彼はひどく焦っていた。オレは手短に今の状況を説明したあと、ティスト博士の誘導のおかげで目的のケビンの部屋に無事に到着した。




