天気の話って無難でしょうけど
「雨、止みそうもないですね」と、王子様は空を見上げながら言います。
雨宿りが退屈なのでしょうか。暇人なのでしょうか。
会話術、というのが存在します。貴族の社交術の一つ、という程仰々しいものではありませんが、相手と打ち解ける為のテクニックが存在します。最初に、天気のお話をする。「今日は良い天気ですね」とか、「今日は空が綺麗ですね」とか。無難な話で、そして、かなりの確率で相手もそれに同意してくれるような内容から話を切り出す。そういった話から始めて、警戒心を和らげ、打ち解ける。王子様は、私と打ち解けたいのでしょうか?
「ええ。そうですね」と私はその言葉に同意をします。私は、天気を予言する占い師でもないですし、この雨はどうみても止みそうにありません。「いや。すぐ止むでしょう」なんて言う気もありません。むしろ、雲はどんどん厚くなり、雨は強くなっているようにさえ思えます。
ざあ、ざぁと降る雨。温まっていた土が急激に冷やされたのか、うっすらと丘の下に白い霧のようなものが現れはじめます。風が無いので、そのままゆったりとその霧は丘の下に漂い続けます。遠くに見える街も、さきほどよりもうっすらと靄がかかり、町の景色が薄くなっていきます。
「どこへ向かおうとしていたのですか?」と王子様はさらに言いました。
私が何処へ向かおうとしているかなんて、その答えは明白なはずです。草原の、この道を通るということは、都から私の故郷の町、ソフィアへと向かっているということ以外有り得ません。一本道ですし。
ソフィアから王都へ向かうという、逆方向の可能性は残りますが、私がこの一本杉に駆け込んでから、この王子様が駆け込んでくる迄の時間差を考えるに、私がこの王子様の前方を歩いているということは、すでにご承知のはずです。なんでわざわざ、わかりきったことを聞くのでしょうか。むしろ、私が雨宿りに最適な一本杉を見つけて、それを真似して同じくこの一本杉に雨宿りをしに来たのがこの王子様でしょう。
全てをご存じなはずなのに、「どこへ向かおうとしていたのですか?」なんて私に聞くのは、すこし白々しくはありませんか? 王子様。