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ガングロ白雪姫 後編




 明くる朝から、シャルル王子と白雪姫の関係は劇的な変化を遂げた。


「ちょっと、そこ退きなさいよ!」

「いいえ、退きません」

「いいから退けって言ってんでしょう? 無駄にデカいアンタがそこにいたら私のところが日陰になっちゃうじゃないの!」

「いいえ、貴女を日焼けから守らなければなりませんので。俺はどうしても、神の芸術とすら謳われた白雪姫にお目にかかりたいのです」

「だから白雪姫は私だって言ってるでしょう! 何勝手な事を抜かしてんのよ!」


 これまでアレット姫の言いなりになっていたシャルル王子の反撃が始まったのだ。

もともと彼も白雪姫恋しさに母国を飛び出してくるような人間である。

相手が元・白雪姫だと判明し、黒雪姫に是非とも純白肌に戻ってもらうべく、太陽と彼女の間に仁王立ちしているのだ。


 言葉遣いだけ、アレット姫の希望通り敬語なのがこれまた慇懃無礼に聞こえて皮肉だった。


「それから、この林檎も。貴女の為に買ったのですから」

「ふざけんじゃないわよ! 私は肉以外は食べないと言ったでしょう! こんな辱しめを受けたのは生まれて始めてだわ!」


 ひどく低次元な争いが行われている。

身勝手さという意味ではどちらも五分五分かもしれない。


「そんなに言うならアンタが食べなさいよ!」

「だからそれは貴女の為のものです!」

「だからいらないって言ってるでしょう!」


 森の奥深くに、林檎の押し付け合いをしている美男美女、それも王子と王女がいるなどとは誰も思わないだろう。

端から見ればただの痴話喧嘩である。


 この日の抗争は両者林檎を片手に取っ組み合いにまで発展した。

そうなると決定的に不利なのは、体格と筋力で劣るアレット姫である。

抜群のプロポーションの彼女だが、だからと言って男性に力で敵う訳では無い。


 しかし彼女もここで素直に負けてやるような娘では無く、手段を選ばずに勝ちにいく。


「ちょっと、どこ触ってんのよ!? キャー、この痴漢! 変態! スケベ!」

「……え?」

「隙あり! 必殺・林檎アタック!!」


 それは目にも止まらぬ早業だった。

悲鳴を上げて、シャルル王子が怯んだ瞬間に彼の口元に林檎を押し付ける。


「さあ、食べなさい、すぐ食べなさい、今食べなさい!」

「ぐっ……」


 林檎と噛み付くような熱い接吻を交わしたシャルル王子は己の歯で削り取られた林檎の欠片を呑み込んでしまう。


「勝った! 勝ったわ! さすが私ね!」


 ごくりとシャルル王子の男らしく突き出た喉仏が上下し、アレット姫は勝鬨の声を上げた。

我を忘れて文字通り狂喜乱舞する。


「あの、姫様? シャルル王子がお倒れになっているのですが……?」

「放っておきなさい。女の私に敗れてふて腐れているのでしょう」


 一部始終を見守っていた小人の一人が不審に思って告げる声にもアレット姫は最初は耳を貸さなかった。

ところが一時間経っても二時間経っても、シャルル王子は起き上がる気配を見せない。


「ちょっと! いつまで寝てるのよ! そんなところにいられたら気が散って寛げないじゃないの!」


 最初こそ辛辣だったアレット姫だったが、時が経つにつれて彼女の顔も不安の色を増していく。


「姫様、これを! 林檎の入っていた籠の底で見つけました」


 ついに三時間が経った頃、先程とは別の小人が手紙を持って駆け寄ってきた。


「貸しなさい!」


 アレット姫はそれを引ったくるようにして受け取ると、慌ただしく目を走らせる。

そこには彼女のよく知った筆跡でこう書かれていた。


【これは私のお手製の毒林檎。これで世界一の美女の名声も私のものよ! 憧れの王子の手で殺してあげる事を感謝しなさい。アーハッハッハ!】


「お義母様……」

「お妃様、ですな」

「シャルル王子も最初から姫様を殺めるつもりだったのでしょうか? だとしたら、なんと卑劣な! 姫様の恋心を知っていて、利用なさるとは!」

「これは由々しき事態ですぞ!」

「お黙りなさい! 勝手な憶測でこの方を貶す事は、この私が許しません!」


 それからの彼女の行動は早かった。

小人たちにテキパキと指示を出し、シャルル王子を小屋の自分のベッドルームへと運び込ませる。

そして小人たちのみが知ると云う、この森に生えている万能の薬草を摘んできてもらい、それを煎じたものをシャルル王子に口移しで与えた。


 近くにいつもの椅子を運んでもらったアレット姫は、熱にうなされる彼を付きっきりで看病をした。



 シャルル王子が倒れてから七日目の夜、気を紛らわそうとアレット姫は錠前のかかった戸棚からとあるものを取り出す。


 それは古ぼけた一冊の日記だった。

一枚捲ると子供の下手くそな字で、それでも紙面いっぱい元気いっぱいにその当時の出来事と、幼い彼女の想いが綴られていた。


【今日はお父様と家来の人たちと一緒にお隣の国に出掛けました。お城で大きなパーティーがあるそうです。私たちの他にもたくさん人が集まるみたい。お城につくのが楽しみです。】


【今日、ラルカンジュ国に入りました。お父様とラルカンジュの王様は仲良しだそうです。お夕食にいただいたお肉料理がおいしかった。】


【庭園で珍しい虫を追いかけて遊んでいたら、シャルル王子という人に会いました。お外では、おしとやかにしないといけないとお母様に言われていたのに……。見られてないよね?】


【またシャルル王子に見つかっちゃった! ううっ……。どうしよう? お父様たちにはナイショにしてくれるようにお願いしてみようかな?】


【シャルル王子にお願いしてみたら、すごいきれいな笑顔で、『君らしく好きに生きていいんだよ』って言われた。私らしくってどういう意味だろう?】


【シャルル王子と一緒に珍しい虫を追い掛けて遊んだ。シャルル王子はすぐに疲れたって言う。あれはトンボっていう虫だって教えてくれた。楽しかった】


【今日はこの国とお別れ。シャルともバイバイをした。また会おうねって言ったら、大人になったらずっと一緒にいられるように迎えにいくって言われた。本当かな? 本当だったらうれしいな】



 シャルル王子はアレット姫の初恋の相手だった。

王子の方は覚えていないようだったが、アレット姫は森の中をフラフラと歩く彼の姿を見てすぐにシャルル王子だと判った。

あんな態度を取ったのは、幼い頃のあれやこれやを思い出して恥ずかしくなったからだ。


 思い出してくれる事を期待して、それでもちっとも気付く様子がないから話の流れに便乗して彼女は自分から名乗ったのだが、どうもあの日の思い出はシャルル王子にとってはただ過ぎていった多くの時間の中の一部に過ぎないらしい。

そう思うと悲しくて、もともと負けず嫌いな性格も禍いしてあんな事になってしまった。


「どうか、シャルが無事に目を覚ましますように」


 パタリと日記を閉じると、アレット姫は眠りに落ちた。



 シャルル王子は長い夢を見ていた。

幼い頃、城で行われた祝賀会に訪れたお転婆なお姫様と遊んだ時の夢だ。

最初はああそんな事もあったなという程度で、夢の中の自分をシャルル王子は生暖かい目で見ていた。

随分と彼女に振り回されている。

今の自分も、ワガママなお姫様に散々振り回されているが、あの時も今も、毎日クタクタになるのに不思議とそれが嫌ではなかった。


 いかないでと、幼いお姫様は言う。

祝賀会が終わり、彼女は自分の国に帰るのだ。

だから、いかないでと彼女が言うのは変だとシャルル王子は思った。

それを言うなら、『帰りたくない』だろうと。



「ん……」


 静まり返った、ひんやりとした空気の中でシャルル王子は目を覚ました。

ゆっくりと身体を起こし、辺りを見回してそこがアレット姫の部屋だと気付く。

何故ベッドに寝かされていたのか、首を捻る。

林檎を口元に押し付けられたところまでは覚えているが、その後の記憶が無かった。


 シャルル王子が隣を見ると、いつもの椅子でアレット姫が眠っている。

立ち上がると目眩を覚えた。

状況はよく判らないが、自分に掛けられていたシーツを彼女に掛けてやる。


 そうして転ばないように小屋を出た。

どうやらまだ朝早い時間らしく、木々も動物も眠っているようだった。

日の出まであとどのくらいだろうかと考えながら、もう一方で先程まで見ていた夢の事をぼんやりと考える。


 あの幼いお転婆なお姫様はどこの誰だっただろうか?

夢の時とは違い、別れ際に何か大事な約束をしたような気がする、とシャルル王子は首を捻る。

と、その時……。


「起きたのね!? シャル!」

「え……?」


 朝の静寂を引き裂くようにけたたましい音がして、振り向いたと同時にトンと軽い衝撃が身体に伝わる。

次いで、弾力のある感触がシャルル王子の腰のあたりに伝わった。


「……ええと、俺の聞き間違いでしょうか?」

「聞き間違いなんかじゃないわ、シャル」


 木々の隙間から太陽の光が差し込み、二人の顔を照らす。

それが森の夜明けだった。



 ――それから三ヶ月後。

シャルル王子と純白のドレスに身を包んだガングロ白雪姫はラルカンジュ国で結婚式を挙げ、時に喧嘩をしながらも幸せに暮らしたという。



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