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ガングロ白雪姫 前編

「……ええと。俺の聞き間違いでしょうか?」


 迷いの森の中、王子ことシャルル・アルテュール・ラルカンジュのひどく困惑した声がこだました。

先程まで空を覆うように鬱蒼と生い茂る木々に邪魔され、殆ど日の光も射し込まぬ状況だったのが一変、急に空が開けて、燦々と祝福するような光が彼の、そして彼女の横顔を照らしていた。



 隣国の姫が美しいとの噂を聞きつけ、彼女に懸想したシャルル王子が家臣たちが止めるのにも耳を貸さずに単身馬を駆り、自国を飛び出したのは三月前の事。

途中、彼の身には幾多の困難が降りかかった。


 ある時は盗賊に遭い、持ち物を奪われ。

ある時は愛馬のストライキにより一週間も全く前に進めず。

またある時は己の身の丈の三倍はあろうかという巨大な毒蜘蛛に道阻まれ。


 それでもシャルル王子はこれは姫に相応しい男になるべく、神が与えたもうた試練なのだと思った。

そうして会えない日々が続く中、姫の新雪のように白い肌や、春先のなごり雪の中に咲く一輪の花のように可憐な唇、そして紳士を名乗る身としては少々はしたないが、形も良く豊かだと聞く胸を想像してはより一層想いを深めていった。



 やっとの思いでシャルル王子が隣国の城に辿り着いたのはこれより三日前。

使者も出さずに訪れたというのに、呑めや歌えやのこれ以上ない歓待を受けたが、肝心の姫は失踪中と聞き、居てもたってもいられなくなり、彼は宴の席を放り出して城に隣接する迷いの森へと足を踏み入れた。


 ここでも迷いの森という名に相応しく、まるで意思を持っているかのように様子を変える木々や花に惑わされ、シャルル王子は見事に遭難した。

必死になって止めてくれる兵士の制止を振り切って無理やりに乗り込んだ手前、この体たらくはシャルル王子の自尊心を大きく傷付けたと言ってよい。

助けを呼びたいが、他国の兵士の手を煩わせたとあってはさらに恥をさらす事になる。

僅かに残っていた水と塩辛い干し肉を流し込み、二夜ほど野宿で明かした。


 そして森に入って三日目の今日。

食料も水も底をつき、今夜こそ泉や川でも見つけねば姫を見つける前に自分が倒れてしまうと危機感を覚えていたところに、シャルル王子は小さな小屋を見つけたのだった。

喜び勇んで無い力を振り絞り、地面を蹴ってシャルル王子が小屋に駆け寄ると、そこには安楽椅子に掛けて日光浴をする小麦色の肌が眩しい妙齢の美女がいた。


「……なっ」


 さすがのシャルル王子も、よもや森の中で日光浴する美女に会うとは思わなかった。

それも彼女は露出の多い服とも呼べないような、本当に最低限の部分しか隠れないような布切れを纏って惜しげも無く肌をさらけ出している。


 これが異国のファッションというものなのだろうかとシャルル王子は酷く困惑した。

それにしては、城で会った者たちも道中に出会った国民たちも自国の民とそれほど変わらない出で立ちだったと思う。

何より露出が多い分、目のやり場に困るのだ。


 少なくとも建前では、女性は夫以外の男性にみだりに肌をあらわにすべきではないというのが常識だ。

それでも視界にちらつく匂い立つような小麦色の豊かな丘にシャルル王子は生唾を呑みながら、そっと声をかけた。



「っ……。申し」


 慎重に呼び掛けるが破廉恥美女からの返事が無い。

聞こえなかったのだろうか?


「申し」


 シャルル王子が少し声のトーンを上げて再度呼び掛けるが、やはり彼女の長い睫は頬に影を落としたままだ。


 とりあえずは水だ、水がほしい。

そして出来れば温かい食事にありつきたい。

その一心でシャルル王子は腹に力を入れ、大音声で叫んだ。


「申しっ!!」

「うるさいわねっ! そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるわよ!」

「す、すまぬ……」


 周囲の木々から一斉に小鳥たちが飛び立った。

大きな声に驚いたようだ。

主に女性の方の。


「もーっ、せっかくのんびり肌を焼いていたところだったのに。こんな森の奥までいったい何の用よ?」


 シャルル王子の知っている寝起きの女性というのはもっとこう、なんというか気だるげで、隙が多いぼんやりとした感じだった。

だというのに、目の前の破廉恥美女は腹筋と背筋のバネを使って文字通り跳ね起き、けしからん胸を揺らしながら掴み掛かるような勢いでこちらに詰め寄ってくる。


 自国では何人もの貴族令嬢と浮き名を流してきたシャルル王子だったが、いつもと勝手の違う状況に萎縮してしまう。

ガンを飛ばしてくる相手に頼み事などしたくないが、それでもここで退いてしまえば自分は干からびて死んでしまうだろうと、シャルル王子は必死の思いで頼み込んだ。


「その……邪魔をしたようですまぬが、水を恵んではくれまいか?」

「は、水? 何で私がアンタの為に日光浴を中断しなきゃいけないのよ? 超有り得ないんですけどー! 水ならあっちに川があるからこれで自分で汲んできなさいよ!」


 シャルル王子の言葉は決死の覚悟で紡いだものだった。

決して眼下に広がる魅惑の谷間などに目を奪われ、あまつさえ鼻の下を伸ばしたりなどしてはいない……ちょっとだけしか。


 シャルル王子の言葉を聞いた小麦色の美女はやはりというべきか、はいそうですかと水を差し出してくれなどはしなかった。

怒った彼女は有り得ないと叫んでシャルル王子を非難し、適当な方向を指差したかと思うと、これでも喰らえとばかりに桶を投げつけてくる。


「いたっ……投げずとも良かろ……」


 シャルル王子の身体能力的には、非力な女性の投じた桶など造作もなく避けられる筈だった。

ところが、どういう訳かお約束のようにそれはシャルル王子の金色の頭に命中してしまう。


「ああん?」

「なっ……何でもない」


 なんて女性だと恐れおののきながらも、シャルル王子は桶を拾い、彼女の指差した方へと駆けていった。



「やはり水を飲むと生き返るようだな」


 アグレッシブな美女に投げ渡された桶を手に進む事数分。

程無くして川は見つかった。

邪魔をされた憎さに嘘情報を言って適当に追い払われたのならどうしようと一抹の不安を抱えていたが、どうやらそれは杞憂に終わったらしい。

痛い程に冷たく澄んだ水は王子の五臓六腑に染み渡るようだった。


 思う存分水を飲み、喉を潤したところでシャルル王子は小屋へと引き返した。



「で? 空の桶を持って引き返してきたって言うの?」

「そなたには誠に世話になったからな」

「世話になった、じゃないわよ! 感謝してるなら空の桶じゃなくてせめて私の分の水を汲んでくるくらいの誠意は見せなさいよね! ったく、使えない男ね!」

「す、すまぬ……」


  シャルル王子は空桶片手に小麦色美女に罵詈雑言を浴びせられていた。

いったい、自分の何がこんなに言われなければならない程にいけないのか判らない。


 確かに戻ってきた瞬間、彼女の双丘に目を奪われはしたが、見てくれと言わんばかりに露出しているのだから赦してほしい。

それ以外に思い当たる節は無く、そればかりかシャルル王子は何て恐ろしい女性なのだろうかと思っていた。


 初対面で名乗っていないとはいえ、ガンを飛ばしてくる女性など見た事が無い。

夜伽の時以外でこのように恥ずかしげも無く肌を晒す女性など見た事が無い。

そして何より、湯浴みを覗かれた訳でもあるまいに桶を投げつけてくるような暴力的な女性など見た事が無い。

故にシャルル王子は目の前の女性が怖かった。


 それでも戻ってきたのは桶を返す為と、今晩小屋に泊めてもらう交渉の為である。

もとより、図々しい奴だと非難されるのは覚悟の上だった。


「何よ? まだ何かある訳?」

「その、出来れば一晩泊めてはもらえないだろうか?」

「は~? 泊める訳無いでしょ?」

「そこを何とか……」

「アンタみたいなグズを泊めて私に何の得があるのよ?」


 椅子に深く腰掛け、すらりと長い脚を前に投げ出して組んだまま吊り上がり気味の目でねめつけてくる彼女にシャルル王子は怯みながらも何とか食い下がる。

彼女を、この小屋を逃してしまえばまた今夜も王子は野宿をしなければならない。


「それは……。旅の途中で金品を奪われてしまった故、今は大した持ち合わせが無いが、無事に目的を果たして国に戻った曉には、必ず礼をすると約束しよう」

「そんな約束、何の意味も無いわ。私は今、ここでアンタを泊めてやるだけの価値を示せって言ってんの!」


 ピシャリと高圧的に撥ね付ける美女。

ビシッと前に突き出された腕により、二つのたわわな果実が強調される。

ぷるんという音が聞こえてきそうな様子に、シャルル王子の視線は釘付けだ。


「……分かった。そこまで言うのなら滞在中、俺は俺の出来うる範囲なら何でも貴女の言う事を聞こう」

「ふ~ん? まあ、さっきよりマシね」

「では……?」

「いいわ。一晩と云わず、好きなだけここに居てもらって構わないわ。ただし、それ相応の働きはしてもらうわよ?」

「かたじけない」


 何とか交渉が成立し、シャルル王子はほっと己の胸を撫で下ろした。


「まずは手始めにさっき教えた川から水を汲んで来なさい」

「わかった」

「『わかった』じゃなくて、『畏まりました』よ」

「しかし……」

「口答え禁止!」

「畏まりました!」

「わかったらさっさと行きなさいよ、このノロマ!」


 こうして、森の美女とシャルル王子の奇妙な共同生活が始まった。



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