オリエンテーションは体育館にて
よろしくお願いします。
桜もすっかり散って、新緑の季節。
初めは少し緊張していた高校生活も、間もなく1ヶ月を迎える。
もうすぐやってくるゴールデンウィーク・・・ああ、なんてすてきな響き♪
そんなある日のこと。
私、山田 杏は、親友の山崎美樹と一緒に、このあとの授業が行われる体育館に向かっている。
体育館での授業と言っても、体育ではなく、学年の生徒が集まってのオリエンテーションらしい。
一緒に体育館へ向かう美樹とは、同じ中学からの友達。人見知りの私にとって、高校でも親友の美樹と一緒にいられるなんて、奇跡のようなもの。神様、仏様に感謝感謝なのだ。
「ねぇ美樹、オリエンテーションって・・・遠足のだよね?」
体育館に向かいながら、私は美樹に訪ねた。
学校に慣れて来たこの時期に、各教室で先生が説明するのではなく、学年の生徒が集まってのオリエンテーションなんて、ちょっと変な感じがする。
「だろうね。英文科も一緒だから、人数が多いってのがやだなぁ・・・。」
その一言を聞いて、思い切り美樹の方を振り向く私。
「え!?英文科もなの?」
「先生言ってたじゃん。杏、聞いてなかった?」
「・・・聞いてなかった。」
私たちの学校は、同じ敷地内に普通科と英文科がある。
校舎が違うから、私のような普通科の生徒が、食堂や図書館以外では英文科の生徒を見かけることはないけれど、部活、委員会、生徒会は一緒。だから、意外と交流はあるみたい。ちなみに、私も美樹も部活に入っていないから、英文科の人との関わりはこれっぽっちもない。
風は爽やかだけど、日差しは強く感じるようになり、少し運動しただけで汗をかくくらい気温も高くなってきた。そんな中、体育館で大勢の人と話を聞かなきゃいけないなんて、過ごしやすい状態であるはずがない。
授業じゃないだけマシだとしても、げんなりしてしまう。
「ねえ!ちょっと、杏!みんなすごいよ・・・。ほら、きっと『キング』がいるから、騒いでんのよ。」
げんなりしている私の横で、美樹は周りを見渡した。
ほんとだ。なんかざわざわしてる気が・・・・。
「ん?・・・キング?」
「・・・杏、もしかして、キング知らないの?」
「はい??」
「はぁぁぁぁ。男子に興味ないことは知ってたけど、ここまでとは・・・。」
盛大なため息とともに、『かわいそうな子』と言わんばかりの視線を私に向ける。
そんな目を向けなくとも、あなたは私って人を知っているでしょうに!!
「英文科の武藤くんって、聞いたことない?」
「・・・ない。」
「ほんとーーーーーに、聞いたことない??」
「ない。」
初耳ですとも。
「入学式の時から女子が騒いでたじゃん!!ちょーーかっこいいひとがいるって!」
・・・そうなんですか?
いかんせん、人見知りなもので、自分のことで精一杯でしたよ。
そんな私に冷ややかな視線を向けながら、美樹は続けた。
「英文科って、帰国子女とか、ハーフの子とかいて、ただでさえかっこいい子、かわいい子が多いの。その中でもダントツなのが武藤くん。おまけに成績優秀で、運動神経抜群とくれば、今年の文化祭は、学年のキングに選ばれるの間違いないって話しだよ?」
「へぇ〜。美樹、すごいね。」
私はその「キング」より、そんな情報を知っている美樹がすごいと思う。
「あのねぇ。これくらい普通だって。むしろ、それを知らないあんたがすごいわよ。で、その武藤くんをオリエンテーションで見られるから、さっきから女子が騒いでるんじゃん。」
美樹に言われて、改めて周りを見てみる。
そう言われてみれば、周りの女の子がさっきから顔を赤らめてそわそわしていたり、しきりに髪をいじったりしていた。
・・・なるほど。理由はそれだったのか。
けれど私は、周りの男子がそわそわしているのにも気づく。
そう、私の隣の美樹を見て、みんな顔を赤くしてるんだから。
親友の美樹は栗色の髪の毛にぱっちりの瞳。すらっと伸びた腕と足が、スタイルの良さを物語っている。立っているだけでも目がいってしまうくらいの美人さんで、中学の頃から、美樹は何人もの男の子に告白されていた。
スカウトなんかもされたみたいだけど、本人曰く、興味がないらしい。
高校に入ってからも、既に告白されたって言ってたけど、美樹は相変わらず断っている様子。
女の私から見ても、すっごくきれいな美樹はモテることを自慢しないし、さばさばしていてかっこいい。
そんな美樹を、今も周りの男子は、チラチラ見ているのが私にも分かる。
「モテるのも大変なんだな・・・。」
思わず思ったことを口にしてしまう。
「ん? 杏だって、そのおさげと眼鏡外せば、すっごくかわいいのに!そこらへんの男子なんて瞬殺だよ!」
「・・・美樹、なに言ってんの?」
冷ややかな眼差しを、美樹に向ける。
私は美樹の引き立て役で、充分です。
「もう!杏ってば、幼なじみとの『約束』ってやつを守るのはいいけど、そろそろかわいくしたっていいんじゃないの!?もう高校生だよ?もったいない!」
「私はいいの〜!」
そう言って、にっこり笑顔を美樹向け、私は体育館へと入った。
「ほんと、もったいない・・・。」
最後に美樹が言った言葉は、私には聞こえなかった。
おさげに眼鏡、膝丈スカートが私の定番スタイル。
ずっとずっと昔、幼なじみの男の子にかけてもらった「魔法」のような『約束』。
小学校に上がる前だから、かれこれ10年以上前だろうか・・・。私は今もずっとその約束を守っている。いつ会えるかも、戻ってくるのかも分からない幼なじみ、ひーくん。
ひーくんは、一緒に遊んだり、泣き虫の私を守ってくれたりした、頼れる存在だった。けれど、両親の仕事の都合で海外に引っ越しちゃったんだよね。いなくなった頃は、毎日淋しくて泣いていたのを今でも覚えてる。
会えなくても、彼との約束を守って、私はずっとこのスタイルを貫いているのだ。
体育館に入ると、私たちとは違う制服の、華やかな人達が目につく。
「美樹、あっちが英文科?」
「そうだね。やっぱ、かっこいい人多いよ。きれいな子もいっぱいいる。」
同じ高校1年生とは思えないほど、大人っぽい子ばっかり。けど、美樹があの中に入っても、抜きん出て美人なのにな。な〜んて思っていると、
「ほら、杏。キング見える?背が高い黒髪の・・・。う〜ん、やっぱかっこいいね。」
なんていいながら、美樹は「キング」が見えやすい位置に私を引っ張る。
女の子たちに囲まれていても、平然と隣の男の子と話す、長身の黒髪の男の子。周囲にはかっこいい子はたくさんいるのに、その中でもびっくりするくらいかっこ良いい。左耳にオレンジのピアスをしているのが見える。
わっ・・・あんなかっこいい人いるんだ・・・。
そんなことを思いながら「キング」を見ていると、突然目が合った気がした。
「!!」
思わず体がびくっと反応する。
「きゃっ!キングと目が合っちゃった〜!」
びっくりして隣を見る。すると、顔を真っ赤にしながら「キング」を見ている女の子たちが何人もいた。
「え!?今のは私よ!」
「違う!ぜったい私!!!」
隣の女の子たちが騒ぐ声で、我に返る。
び・・・びっくりした〜。私も目が合ったかと思った。
・・・よく考えれば、私のはずないじゃん。あーびっくりした。
心拍数が高い胸を押さえながら深呼吸をしていると、
「杏〜!うちのクラス、こっちだよ〜!!」
美樹が呼ぶ声が聞こえた。一緒に「キング」を見ていたはずが、すでに美樹は隣にいなかったのだ。いつの間に!!!
「は〜い!!」
そう言って、私は自分のクラスの列に並んだ。
この時は気づかなかった。私の近くの女の子たちが、「キングとまた目が合った!」なんて、騒いでたことに。
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来週のGWの隙間の金曜日にある遠足は、普通科と英文科の交流もかねているらしい。
そんな話しを聞いた後、集合時間やチェック場所などを配られた地図としおりで確認しながら、先生たちが次々に説明していく。
クラス行動は特にないらしい。普通科と英文科の生徒が混合で少人数の班を作ってまわる。普通科の男子は英文科の女子と。英文科の女子は普通科の男子とグループになるようだ。
その説明があったとたん、普通科の女子からは黄色い声が。英文科の女子からは落胆の声が聞こえた。
・・・みんな、そんなに「キング」と一緒になりたいのね。
一応、普通科の女子である私だけれど、冷静にこの状態を観察できるあたり、「自分って女子力低いな」・・・なんて、思ってしまう。
私は、美樹と一緒だったら、男子は誰だっていいや。
英文科といえど、美樹と同じ班になりたい男子がいっぱいいるから、私が美樹を守らなきゃ!
グッと拳に力を入れたとたん、周りがざわざわとしはじめた。
「杏!一緒にまわろ?」
そう言って側に来たのは、もちろん美樹。
「良かった〜!私も美樹と一緒がいい!」
いつの間にか先生の話は終わっていて、自由に班を作る時間となっていた。
私は、美樹と一緒の班になれたことに安堵して、その時は全然気づかなかった。
後ろに誰がいるかなんて・・・。
「良かったら、同じ班になってくれないかな。」
きゃっきゃと笑っていた私たちの後ろから、男の子の声がした。
そちらに目を向けた美樹は、それまでの笑顔が一転して、目を丸くしている。
普通科の私たちに声をかけてきたってことは、英文科だよね?
美樹ってば、英文科に友達いたんだ・・・なんて、のんきに振り返る。
するとそこには整った顔に黒髪、左耳にオレンジのピアスの背が高い男の子が立っていた。
・・・。
・・・・・・。
「ダメかな?」
今度は隣に立っている、これまた整った顔立ちにさわやかな印象の男の子。
2人とも、すてきな笑顔を向けて、こちらに声をかけていらっしゃるのですが・・・。
「・・・わっ私たちですか?」
驚きすぎて声が出ない私の横で、美樹が絞り出したような声で返事をした。
「もちろん!」
そう言って2人はとびっきりの笑顔を私たちに向けた。
「キング」と「さわやかくん」の笑顔を見た、周りの女子の黄色い声と落胆の声が、体育館に響き渡ったのは言う間でもない。
こうして、私たちの遠足の班は驚きの中で早々に決まった。