表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
犬と魔王と異世界と。  作者: 櫻紫
第Ⅰ章「兄は異世界で目を開く」
5/59

1‐3「兄は状況を受け入れる」



「ところでユリス。あのニイナって女の子は誰なんだ?」

「もしかして兄さん、惚れたの? ダメだよ! 僕以外を見るなんて!」


 いや、見るも何も、ただ気になっているだけなんだけど。ユリスはぐいーっと俺のほっぺたを引っ張った。痛い、痛いって!


「ニイナは僕の双子の妹。まあ僕は妹なんて思ってないけどね。あっ、兄さんだけが僕の家族なんだからね!」


 その台詞を犬に対して言うのはいかがなものかと。うわぁ、この人何言ってんのー、みたいな空気になるからやめた方がいいと思うぞ、うん。


「ユリス、そういう発言は控えよう。な?」

「えー。まあ兄さんがそう言うなら」


 ユリスは俺に依存しているふしがあるよなあ。自立させてやりたいんだけど、今自立させられると、俺が困るし。この世界のこととか教えてもらわないと。

 正直犬っころの俺なんてすぐに殺されてしまうかも。異世界って怖い。それにまだ夢だと思っている自分もいる。いや、夢だと思いたいんだ。


「兄さん。旅、しようか」

「ーー旅? いや、でもお前魔王なんじゃ。それにそんな急に旅なんて言われても……」


 困る。旅。それはすなわちこの何も知らない世界で、死と隣り合わせになるということだ。


「魔王のことなら大丈夫。ニイナにでも任せばいいよ。それに僕、兄さんとこの世界を回ることが夢だったんだ。二人だけの道中で、美しい景色を見るんだ。素敵だと思うよね」

「ユリス?」

「僕は兄さんのいない世界に色なんてないんだよ。だから、色のある世界を見に行きたいんだ。兄さんと一緒に」


 ああそうか。弟はずっと部屋の奥にいて、青い空を知らなかったんだ。やっと俺が見せてあげると思ったら、おかしな世界に来てしまって。それも俺は近くにいなくて。今なら、弟に青空を見せてあげることができるんだ。たとえ地球の空じゃないとしても、立派な空だ。見せてあげたいと思う。


「わかった。でも条件がある」

「条件?」


 ユリスは首を傾げた。ユリスと旅をするのは別に構わない。でもいまの俺ではダメだ。ユリスの足を引っ張るだけになってしまう。それではまるでお荷物だ。そうはなりたくない。100年以上の差があるから、対等、とまではいかないかもしれないけど、それくらい強くなりたい。


「俺が強くなってからだ。自分の身を自分で守れるくらいまで。それでもいいか、ユリス」

「でも、僕が兄さんを……」

「それじゃあダメだ。俺が自分を許せなくなる。わかってくれ」

「ーーわかった。じゃあ僕が兄さんに魔法を教えるよ」


 魔王が直々に魔法を教えてくれるらしい。最高の教師だな。あっという間に強くなれるかもしれないな。


「よろしく頼みます、先生」

「やだなぁ、兄さん。先生なんて呼ばないでよ」


 ユリスは照れたように笑い、すぐに俺の背中に顔を埋めた。なかなかに可愛いところもあるじゃないか。いつも声だけしか聞けなかったけど、照れたときはこんなふうにしていたんだな。


 そんなこんなで俺とユリスの旅計画は始まったのだった。それにしても俺、順応性高くないか? もう犬でもいいかって諦めかけている自分がいるんだ。これって補正、なのか?

 そういや前に読んだあの小説の主人公も、無駄に順応力早かったしなぁ。ユリスはどうなんだろう。でも、すぐに順応する気がするな。人間不信にはなってそうだけど。


「ニイナだけどっ、入っていい!?」


 唐突に部屋の扉がノックされた。そして勢いよく扉が開くと、ニイナが入ってきた。遠慮のかけらもない。いや、家族なんだから当たり前なんだろうか。ユリスは俺をこっそりと背中に隠すと、ニイナを見た。


「何の用ですか」

「あのねっ、今日の夕食上手にできたの!」


 ユリスの表情はわからないけど、不機嫌なのは背中から伝わってきた。そんなにニイナが嫌いなのか。


「そうですか。ではすぐ向かいます」

「うんっ! なるべく早くよ? 冷めると美味しくないから!」


 そう言うと、ニイナは鼻歌を歌いながら部屋から出ていった。前から思ってたんだけど、ニイナ(ちゃん?)ってテンション高いよなぁ。はっちゃけてるって感じだ。元気っていいね! って俺、何思ってんだろ。


「夕食らしいけど、兄さん、なんでも食べられるよね?」


 それは雑食かって意味なのか? んん? まあなんでも食べられるけどさ。


「大丈夫」

「良かった。なら何か取ってくるよ。大人しく待っててね!」


 そして数十分後、ユリスが取ってきてくれたのは、チキンのソテーだった。なにこれジューシーっ! すごく美味しかった。こんなメインなのもらってもいいのだろうか。なんて思ったけど、ユリスはすぐに食堂(?)に戻ってしまった。


「あ〜、言っちゃったか」


 俺はひとり寂しくチキンのソテーを頬張った。溢れる肉汁がたまらない。人間だった頃は和食ばっかりだったから、新鮮な気分だ。ユリスも驚いたろうな。あいつは洋食の存在自体知らなかっただろうし。

 ーー俺達は転生して、良かったのかもしれない。ユリスの幸せそうな笑顔も見れたしな。


「ーーご馳走様でした」


 俺は襲い来る眠気に抗うことなく、意識を闇に落とした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ