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犬と魔王と異世界と。  作者: 櫻紫
第Ⅰ章「兄は異世界で目を開く」
3/59

1‐1「兄は状況を受け入れる」



 俺の弟はずっと一人で生きてきた。寂しかっただろう。一番奥の部屋でいるのは。


 話相手は俺だけだった、と思う。俺は弟とふすま越しに声を交わしていた。本当は外に連れ出してやりたかったし、弟に俺の顔も見て欲しかった。


 弟と話すのは禁じられていることだった。父さんにそう教えられてきた。『あれは化け物なのだ』と。母さんを殺したのもあいつなのだと。でも俺は信じなかった。だって、弟の声はいつも優しくて、化け物だとは全然思わなかったから。


 弟と話すときはいつも父の目を盗んでだった。もしバレれば部屋を移されるのは目に見えていたし、俺じゃなくて弟が怒られてしまうと言ったから。


 俺と弟は双子らしいということを最近知った。それまでお互い年を話したことはなくて、漠然と弟だと思って接していた。弟も俺を兄さんと呼んでくれていたせいもある。


 そんなお互いのことを初めて知ったときだった。俺達の密談が父さんにバレたのは。


 俺は弟の手を引いて家から逃げ出した。後ろから父さんが追いかけて来ていたけど、振り向くこともしなかった。連れ戻されてなるものか。


 弟は俺の手を強く握り返してくれていた。やっぱり寂しかったのだ。一人は辛いよな。


 俺達は息を切らせて神社の鳥居をくぐった。ーー疲労のせいで忘れてしまっていた。この神社には古い言い伝えがあることを。



     ◆


挿絵(By みてみん)


     ◆



「ーーん!」


 明るい。体が重い。ああ、でも暖かいなぁ。何かに抱かれているみたいだ。この暖かさは何? この心地よさは何? 何だかとっても気持ちがいい。このまま微睡んでいたいな。


「ーーさん! 兄さん!」


 あれ、この声……。


「兄さん! 大丈夫!?」

「ーー弟……」


 俺がそう呟くと、弟は可笑しそうに笑った。あれ、こいつ、こんな髪の色だったっけ。それに目も、なんか違う。あの日本人特有の黒髪黒目じゃない。金髪に翡翠みたいな目だ。


「兄さん、ずっと起きないから心配したんだよ? 100年も眠り続けてるんだもの」

「100年!?」


 いやいや、100年って。ありえないだろう。というか、100年も経てば、弟もぽっくり死んじゃってるんじゃ?

 俺が目を白黒とさせていると、弟は俺の頭を撫でてきた。


「おはよう、アリス兄さん」

「ーーん、アリス? いや、俺の名前は……あれ、なんだっけ」


 俺はそんな不思議の国にいるような名前ではなかったはずだけど。どっちかというと、ごってごてな和名だった気が。


「だって、あんな名前、兄さんには似合わないもの。だから僕が新しく付けてあげたんだ。よろしくね、アリス兄さん」

「おと「ユリスーっ、どこにいるのーっ!?」


 俺の言葉に重ねてきた声は女性のものだった。誰かのことを探しているらしい。弟は俺を見ると、しぃ、と人差し指を口に当てた。静かに、ということらしい。


「ユリスっ! 出てらっしゃい!」


 弟は俺を抱いたまま、女性の前へと姿を見せた。え、抱いたまま!? 俺、抱かれてんの!? ちっちゃくなったわけ!? 弟は俺の脇に両手を入れて持ち上げていた。何だこれ。あれみたいだ。犬を抱っこするときの抱き方みたいだ。


「ユリスっ、どこに行っていたの! 探したのよ!」

「別にどこでもいいですよね、お前には関係ないコトですし」


 弟の声が冷たくなった。どうやら女性の探していたユリスとは、弟のことらしい。女性は綺麗な顔立ちで、弟と同じ、金髪に翡翠の瞳。でも少し違うのは、その瞳が少しだけ濁っているということだった。


「双子の妹になんてこと言うの!? 最低っ!」


 双子の、妹? いや、俺達兄弟に妹なんていなかったはずだが。それに弟の双子の妹ということは、俺にとっては三つ子の末の妹ということか? うー、意味わからん。


「僕はお前を妹と思ったことはないと何度も言ってる筈ですけど」

「むきーっ! 相変わらずムカつく兄だわ! でも、そんなつれないところが好きなのだけど。……あら? その汚らしいのは何、ユリス」


 女性(今更言い直すのもなんだが、少女と言った方が正しい)の指は俺を指差していた。汚らしいだって!?


 けれど弟は少女の言葉を無視して、くるりと後ろを向いた。必然的に俺もそうなる。弟の顔を見上げると、優しくこちらに笑みを浮かべていた。


「ちょっとユリスっ! 説明してよ! その汚らしいのは何だと聞いてるの! 教えて、ねぇ!」

「アリス兄さんはあんなものを視界に入れてはダメだよ。兄さんの目が腐っちゃう」


 あの少女、酷い言われようだ。それに、俺のことも随分と過保護に見ているらしい。一体俺達の身に何が起きてるっていうんだ。あの時、神社で何が起こったんだ。


「兄さんは知らなくていいことだよ。真実は知らなくていい時もあるんだ。ーーそれにしても、あの女は煩いね」

「ユリスっ! おいていかないで!」


 だんだんとあの少女が哀れになってきた。俺の身の上話も大切だけど、弟が他人に冷たく接しているのは少々辛い。


「弟「ユリスだよ」ーーユリス。汚らしいって俺の事だよな、その、教えて欲しいんだ。俺は今どうなってるの?」

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