第九話
城塞都市ウォータルは騒然としてた。早朝間もない中、本来居ないはずの聖光騎士団が街中に存在していたのだか…
聖光騎士団は第一から十二まで編成されている。今回やって来たのは精強で名高い第五軍であった。指揮を執るのはカナエと言う女性である。隊にはそれぞれ特徴があり、第五軍は鎧が赤で統一されているのだ。
『断罪の第五軍』
メルストン教では彼女率いる第五軍をそう呼んでいる。律法を破った者は必ずこの五軍が裁判を行い、処刑する。
鎧の赤は処刑された者の血だとは言いえて妙である。
捕らえられた三人の司祭は両手両足を拘束され、口には猿轡がなされている。
裁判自体はコーンステッド家の敷地内で行われる。セント王国では連座制は採用していない。しかし、今回はセント王国の法で裁くものではない。あくまでもメルストン教の基準で行われるのだ。
それによれば罪は死であった。有罪か無罪、この二者択一で被告の生き死にが決定されるのだ。故に裁判までの調査は慎重に行われる。その最中に起こるミスも許されないのだ。
当然であろう、裁判を行い人を裁く権限を与えられるならば、それに伴う責任が生じるのだ。生か死か、と言う判決を与えるのであれば冤罪や捜査ミスはあってはならないのだ。
司祭たち及びその家族は、外のエリアからノンストップでコーンステッド家へと連行された。道中止まることがないのは全ての脇道に至るまで聖光騎士団が封鎖していたからであった。
ブラッドたちは勿論のこと、当主代理を務めるライストリですらこの第五軍はお目に掛かったことはない。
時間は司祭等の自宅包囲前に遡る。
外のエリアに住む住人の朝は早い。基本的に朝日とと共に起き出して、日が沈めば寝ると言う生活である。
つこんぱんまり、そうなる前に行動を起こさねばならなかった。
第五軍は時刻にして午前三時、コーンステッド家の兵舎から静かに出発した。全部で三隊に別れ、南を除く全ての方角に別れる。
武装していれば普通は物音が聴こえるはずである。しかし、彼等の任務上決してその様な事があってはならない。徹底した訓練のもと、鎧の音が聴こえなくなるまでに成長していた。
五軍の隊長であるカナエは、今般事件のリーダー格であるソロエンを逮捕すべく兵五百を引き連れて移動を開始した。道々の交差点で二名の兵を置いて行き封鎖を行う。為るべくウォータルの経済活動に影響させない様に、時間を掛けずに行う為である。
最終的にソロエン宅へ辿り着く頃には、兵の数が二百を割っていた。
カナエは家を取り囲むよう命令を発した。それだけで兵は迅速に行動を始める、その辺りに五軍の精強さが垣間見える。
取り囲んでから三十分後、家の中から物音が聴こえ始めた。カナエは右手で合図を出す。兵は盾を横一列に構え、家に対して壁を形成した。
その後の顛末は例の如くである。護送専用馬車二台に家族とソロエンを分けて乗せると、カナエを先頭にコーンステッド家へと向かうのだッった。
一部の捜査に必要な人員を残して…
ブラッドたちは整然と三方向から示し合わせたように移動してくる第五軍を見て度肝を抜かれる。時間と言う概念が現代ほど明確ではないこの世界。それでもぴったりと三隊は合流して一つに為り、屋敷へと
進入した。
「ライストリ子爵、罪人であるソロエン、ワット及びキヤンとその家族の拘束、完了致しました」
カナエはそう言って出迎えているライストリに敬礼をした。他の兵士も彼女に倣い敬礼を行う。一糸乱れぬ敬礼に対し、彼も答礼する。
「うむ、カナエ卿ご苦労であった。その見事な部隊運用噂通りであるな」
ライストリはそう言って彼女と部隊を誉め称える。彼には第五軍の指揮命令権は与えられていない。あくまでも、ウォータルのトップであるから便宜上五軍は下についているのだった。
彼女は挨拶が終わると兵士に対して訓示をのべる。
「諸君御苦労であった。総大司教猊下よりの御下命を見事達成した。諸君らの働きがメルストン教に巣くう害虫を駆逐するのだ。神は見ておられる』
カナエのこの言葉で一斉に沈黙し、頭を軽く下げるとお祈りを始める。最後のフレーズが合図であった。一分ほど黙礼に近い祈りは終わる。
部隊は解散した。罪人となった司教とその家族らは、コーンステッド家の牢屋へと連れて行かれた。そこで調査取り調べが終わるまで拘留されることに為る。
「ライストリ子爵様、本当にありがとうございました。本部でもこの事はことのほか重要な事案であり、何としても排除せねばと思っていた所でありました』
カナエはそう言って再度ライストリに頭を下げる。部下に対しての声とは明らかに違う、透き通るような声は人を惹き付ける。
「為るほど…カナエ卿は今の姿が本来の姿なのですな?」
ライストリは彼女が声を使い分けていることに気が付いた。
「ええ、私はこの通り女です。威厳と言うものを持たせるためにも必要なのですよ」
「そうですか。さあ中へとお入りください。正式な聖光騎士団第五軍を代理当主ライストリが受け入れます」
そう言うと二人は数名の共を連れて屋敷内へと入って行った。
「ヒューすげーなあの騎士団」
ブラッドたちは二階から今までのやり取りを見学していた。このコーンステッド家の屋敷はべらぼうに広い。ゆうに三千人がパーティーに参加しても余裕があるほどの広さである。彼等は三部隊が合流するところから眺めていた。皆一様に錬度の高さに驚きを隠せなかったのである。
「ああ、この目で第五軍を見られるなんて…」
敬虔な信徒であるローラ、マリーナと言う洗礼名も持っている。彼女は感極まらんばかりな状態で部隊行軍を見ていたのだった。
「それにしてもあの先頭を歩く女性は何と言うか凄味があるな…」
カナエの事である。クラウディアからはオーラそのものが違うように感じていた。カナエは鎧を赤で統一させた中でも一際赤の色が目立っている。深紅の鎧と呼んでも良いほどに彼女が纏う鎧は違って見えていた。無論彼女が備える実力も相当なものと判断していた。
黒と言う色を一緒くたにしてしまうが、その色の一つに漆黒と言う表現がある。彼女の髪はまさにその色で、見た者を吸い込ませるような艶やかさを兼ね備えている。彼女が歩くたびに伸ばした髪が後方に流れる。それだけで赤と黒のコントラストが美しく栄え渡る。部隊も彼女の意を汲んで一糸乱れぬ動きを見せる。そうすることで第五軍と言う組織は神懸かった雰囲気へと姿を変えるのだった。
今で言ってしまえばパフォーマンスである。ある種の儀式のように、周囲の人間に見せることでメルストン教は神に愛されている。そう喧伝することが出来るのだ。
「三人ともお父様のもとへ参りますわよ」
イリエナは興味なさそうにして余りカナエ等を見ようとはしなかった。呼びに来た使用人から話しを聞くと淡々とした声で三人へと声を掛ける。
「わかった。行こうぜ」
ブラッドたちはイリエナの後に続いてライストリ等が居るであろう部屋へと移動を始めたのであった。
「お父様、イリエナ参りましたわ」
ノックはせず大きめな声を上げて中に居るライストリへ知らせる。大きな扉は執務室と同様な装飾が施されていた。
「入りなさい」
中から声が聞こえると扉が開く。
「失礼いたします」
親子であろうとも客が居る場合は馴れ馴れしい行動は厳禁である。四人が室内へと入るとライストリの他にカナエともう一人男性が座っていた。
「待っていた。そこに座りなさい」
ライストリは四人が座れるような長いソファーを指し示した。この部屋は応接室である。執務室とは違い多めの人数でも対応できる仕様に為っている。
「カナエ卿紹介します。此方から娘のイリエナです」
ライストリがそう言うとイリエナは立ちあがり貴族の子女が行う挨拶を動作を見せる。
「ライストリが娘、イリエナと申します」
「聖光騎士団第五軍隊長のカナエと申します」
対して彼女は片手を胸に当てると四十五度に下げて挨拶を返した。今はあの鎧を脱いでいるとはいえ、赤に服装を身に着けている彼女はやはり独特の雰囲気があった。
「続いて隣に座る三人ですが、ブラッド、ローラにクラウディアと申します」
三人は立ちあがると声は出さずに頭を下げるだけで終わる。これは決しておざなりにしている訳ではない。立場が圧倒的に違う場合は、そうやってするのがここでの礼儀だからであった。
「さて、カナエ卿娘を含む四人は今回の兼、既に存じ上げております。加えてブラッド等三名は、どうにもこの件に深く関係してしまっておりまして、こうして同席をさせましたこと、お許しください」
ライストリはそう彼女に説明して頭を下げる。コーンステッド家のマクコット侯爵では無い彼は、当主代理とはいえ立場はカナエの方が上であった。
「構いません、ライストリ子爵。貴方の判断にお任せ致しますので、話しを進めましょう」
彼等が来る前から何某かの話しが為されていた。その後も話しはカナエとライストリの二人で行われ残りは唯話しを聞いているだけであった。そこで話されたことは司祭らの処遇である。最早死刑以外には考えられない。そうすると一時的ながらこの街から司祭が居なくなる事態となる。そうなるとメルストン教としても甚だ都合が悪くなる。
そこで引退したヴァレンチナに復帰の要請をしては見たものの、今回の事で深く責任を感じていると言い復帰を固辞してしまったのだ。今日は全てシスターが教会を運営するが、明日以降はカナエたちが全ての教会で司祭代理として正式な司祭が着任するまで残ることになった。
そこで教会…建物の事では無く、メルストン教の事である…からの要請は一部部隊の駐留許可とそれに当たっての支援であった。
「承知いたしました。二つの件は私の責任において許可致しましょう。追って正式に父マクコットの署名を行いますのでそちらへも記入をお願いいたします」
目の前では急ごしらえであったが契約書に互いのサインが書かれてあった。
「受け入れて頂き感謝を申し上げます。それでは私たちはこれから準備を行います。では、これにて失礼致します!」
一度笑みを見せたカナエは束の間軍人らしくキリッとした顔をすると立ち上がり、ライストリに敬礼し、彼が答礼するのを確認してこの部屋を後にしたのだった。
「さて済まなかったな四人とも。本来はもう少しフランクな雰囲気で話しを進めようと考えていたのだが。どうも彼女は違ったようだ」
ライストリはそう言うと使用人を呼んで彼等に飲み物を用意させる。
「さて、今回の件はこれにて終わるわけだが何か聞きたいことはあるかね」
彼は特にブラッドたち三人へ目を向ける。
「それでは宜しいでしょうか子爵様」
ローラが尋ねると彼は頷いて先を促した。
「第五軍は何時からウォータルへ駐留していたのでしょうか?今回の逮捕劇で事前に駐留していることは確認できました。それにしてもばれずにあの人数を何処に隠しておけるのでしょうか?」
その質問にライストリは楽しそうに答え始める。
「そうだな。逆に質問しよう君たちならば何時頃から行うと思うかね」
ライストリはいつもの癖が出ていた。こうやって簡単には答えを出さずに相手に考えさせるのだ。十分にヒントは出してあると考えての事である。
イリエナも含めてこそこそと話し始める。三人集まれば文殊の知恵である。一人で考えるよりも同じ立場に居るのならば考えを出し合った方が効率的であった。
「侯爵様が戦地へと赴くときでしょうか…新兵器を導入するにあたり動員数を増やしています。つまり、増やした分補充が必要です。今現在ロエト砦に駐留する兵士が約三千と聞いています。団員数がいかほどかは分かりかねますが、一部隊であれば十分過ぎるでしょう」
この考えは大半がローラの考えであった。但し、戦地へと動かした時と言う考えはブラッドである。
「そうだな、確かに兵士の数はそれで正しい。しかし、時期が違う…実はな最も古い兵士は今から二年間にはこの街に入っていたのだよ」
これには全員が驚いた。つまりそれ以前から騎士団は内偵を進めていたのだった。
「つまり、教会側は少なくとも二年前から三人の司祭が怪しいと睨んでいたと言うことでしょうか?」
「そうだ。いや違うな一報はヴァレンチナ司祭であったそうだ。かの司祭は三人の教育を担当していたのだそうだ。彼等の不正はもっと前から行われていて、それを見抜けなかったと懺悔したそうだ。この事を普通に報告すれば三人の司祭は逃げ出すだろう。当然だな、捕まれば死が待っているのだ。そこで今回の為に前もって徐々に兵を入れていたのだそうだ」
ライストリは近々に為って知らされた話しであった。だからそう言う口調で彼等に語っている。淡々と語ってはいるがその内のいくつかには彼も携わっているのだった。
「しかし、二年前って言うと俺たちがここに住み始めた頃だよな」
ブラッドは二年前と聞いてつい懐かしくなり二人に話す。ライストリを前に失礼なことではあったが、当の本人がそれを黙認した。故に彼に応じたのはクラウディアであった。
「そうだったわね。その時家を直ぐに借りて…は無理だったわね……懐かしいわね」
彼等がウォータルへと来た時は十四になったばかりである。冒険者は年齢制限が無い。よって問題無く此処でも冒険者として稼ぎを得ることが出来るのだが、なにしろそれ以外が厳しいのだった。
第一に住処を確保することであった。ウォータルの様な大都市ではまだ子供の年齢と見られていたからだ。拠点として場所を確保するのに苦労していたのだ。最初の三カ月は宿を取らなければいけなかった。 それがスマットイルマと言った三日月亭の人間達との出会いであった。
この世界では十二から十六の間に成人とする考えがある。住む場所によって幅があるのだが、それは家業によってである。農家は一番早い十二歳で成人と見做してしまう。逆に遅いのは街中で住むものだ。彼等は学校などに行く為に早々に成人とするのは都合が悪かった。
宿屋生活は問題では無かった。何といっても十二で村を出て、冒険者としてしっかりと糧を得ていたのだ。ギルドで素材を売り、依頼を受けてを繰り返す日々、気が付けば周囲の人間が認めるほどに為っていた。今で言う保証人や連帯保証人という概念はこの世界ではまだ無い。しかし、その分貸す側が相手を十分に見極めて決めるのだ。
三カ月殆んど借りていた宿が三日月亭であった。最後の方ではスマットは大分家を貸しても良いのかもしれないと考えるようになっていた。これには彼の娘イルマの存在が大きかったのだ。さらには遂に大きな後ろ盾がブラッドたちに付いた事が決定打となった。
「ギルドマスターが動いてくれたことが出かかったよな」
コロコト・ドローセン、ギルドマスターとしてウォータル支部を纏める重鎮である。この街が緊急事態となれば、貴族以外にも冒険者を傭兵として一軍を組織して司令官として戦う者である。その彼がブラッド等に対して後ろ盾となると暗に示せば、貸し手が認めるのに時間は必要無かった。
きっちり三カ月、ブラッド等は晴れてスマットから宿では無く賃貸物件をされ、即日そこに住み始めたのであった。契約書は特に無く、支払いは月一である。以後一度として支払いが遅れるようなことは無く、現在の様な大家との良好な関係が続いている。
「随分と苦労致しましたのね…ブラッド……」
随分と脱線した話しであったが、それでも最後までイリエナとライストリは聞いていた。彼女はうっすらと涙を浮かべていた。
「苦労と言う言葉では足りないだろう。これは奇跡に近い話しだぞイリエナ。先ずブラッドたちの実力が本物であり、一定水準でお金を手に入れられたから可能であった。さらにはコロコトが後ろ盾に為らなければ今の状況はないのだ。どれが欠けてもこの街では生きていけない」
次期当主であるライストリは、この街を発展維持を至上命題として掲げられている。その為に市民生活等は情報として諳んじている。それを知らないイリエナは感動話と受け取るが、彼はそんな風には受け取っていなかったのだ。
「まあそうですね…あっ済みません。話し大分、脱線させてしまって…」
ブラッドは今に為って話し残しを折り、時間をロスさせていたことに気が付いた。
「気にしなくていい。今はもう時間に追われることは無いのだ。それに君たちの事を知ることが出来て良かった。…フム、話しは此処で中断しよう。そろそろ昼食でも取ろうではないか、その時にでも話そう」
外からは大きな鐘のが響き渡っていた。彼が言う通り、昼食を取る様な時間まで話しこんでいたのだった。
最後までお読み頂き有難う御座いました。
今回は聖光騎士団の説明やブラッドたちの過去について少し触れいています。ブラッドたちの事は何れ幕間等で書こうと考えております。ゾルキスト像破壊と言う事件に端を発した今回の出来事は、三人の司祭を取り逃がさない為の罠でありました。そこを書き切れているかと不安になります。次話以降ももう少しこの話しは続きます。
御感想、誤字脱字報告等々御座いましたら御一報頂けると幸いです。
それでは次話で御会い致しましょう。
今野常春