第八話
城塞都市ウォータルは人口五十万を超すマンモス都市である。長い年月を経て着実に成長した姿である。その過程において全てが順調であるはずが無い。必ず暗い部分もあるのだ。そう言った部分は形としても残る。とある民家、そこには地下へと続く入り口が存在する。
男は慣れた手付きで壁を操作する。そうすると静かに床が開き地下への階段が現れる。これらを可能にするのは魔石の力である。
男は臆することなく暗闇に包まれる地下へと歩み出した。
暫く進むと薄明かりが漏れているのを男は発見する。近づいてみれば扉があり、明りはそこから漏れていたのだ。
扉を四回、決まったリズムで叩く。これで中の者がカギを開け扉を開ける。
「遅かったではないか、ワット…」
出迎えたのは小太りな男である。年は五十を超えたあたりである。ワットと呼ばれた男は室内へと入る。それと同時に扉が閉まり、鍵が掛けられる。
「遅かっただと、無茶を言わんでくれソロエン。俺は一番此処へと来るのに時間が掛かるんだぞ」
事実ソロエンは肩で息をしていた。それを治める為に近くに合った酒瓶を手に取ると飲み始めた。
「仕方なかろうソロエン。ワットは東部から来ておるのだ。そう言うのは酷というものだぞ」
席に座る男がワットを擁護する。言われてみればとソロエンは気がつかされた。
「そう言えばそうであったな。済まぬワット…」
「気にしなさんな。わしたちは一蓮托生じゃ」
ワットはそう言うと席に着いている男の隣の席へ腰を下ろす。ソロエンも残りの一席へと座る。丸いテーブルに三脚の椅子。此処には三人以外来る者はいない。テーブルの上には酒と幾らかの肴が置かれている。
「それで、今はどうなっておる?」
ワットはソロエンに尋ねる。
「問題無いわい。ライストリもワシ等には逆らえん。明日騎士団がやって来てあの女を処分する。それで万事上手くいく」
ソロエンはそう言うと杯に入っている酒を一飲みする。
「本当に上手くいくのかのぅ」
男がそう言うとソロエンは眉間にしわを寄せる。彼は男の心配性な部分が嫌いであった。
「何時までウジウジと言うでないわ、キヤン。最早後には戻れんのじゃ。お主はあの時に誓ったであろう。散々甘い汁を吸って来たのじゃ。今更どうにかなると思わぬことじゃな」
キヤンは三人の中で年若い。それでも二ほどしか差は無い。
「その事だがソロエン。ワシも一つ気になっていることがある」
「何じゃお主まで…一体なんだと言うのじゃ?」
二人が不安を口にし始めソロエンは機嫌が悪くなる。
「ウォータルの外に展開するコーンステッドの私兵じゃ。あ奴等は何故こんな時に訓練なんぞをしよる。ワシはそれが気になっての」
ワットはどうしてもコーンステッド家が、訓練を行っているのかが気になって仕方無かった。当主マクコットが率いる貴族軍はロエト砦戦役で大勝した。そう街にも一報が告げられている。危険は無いはずなのに、訓練を行っていることがおかしいと彼は考えていたのだ。
「大方新兵の訓練であろう。気にせんでもいいじゃろう。それよりも……抜かりはないな、二人とも?」
ソロエンは二人の顔を見る。それに答えるように頷くことで返事を出す。
「宜しい。我らウォータル教会の司祭三人は騎士団到着後、今回の責任を取り辞任する。そしてけじめとして国外へと退去する。これで良いな」
三人の共通の思いは後には引けないと言うことである。但し、三人は結束している訳ではない。疑念を抱いての集まりである。ワットが行った一蓮托生とはこのことである。互いを信用できなくなりとある事で繋がり合うだけであったのだ。
現在、罠に掛けられていると知らない三人は、定期的にに西部にあるソロエンの家の地下にある場所へと集まっていた。
彼等はメルストン教の司祭である。今日、此処に集まる名目は明日の騎士団への対応についてと言うものである。彼等とて決して悪知恵だけでこの地位まで登り詰めてはいない。しっかりと信頼を得て司祭と言う地位までやってきたのだ。
元々は敬虔な信徒であった三人は修道士として教会に勤めていた。仕事ぶりは真面目で人当たりも良く、模範的な人物であった。時を経て順調に上に登っていく三人。彼等が居た教会は別々であった。その場所の司祭が、本部へと司祭候補として彼等を送りだしたことで三人は知りあうことになる。
十歳で修道士となり、教会で働き始めた三人は最年少のキヤンが二十歳の時本部へと移動することになる。その時ワットが二十一、ソロエン二十二である。そこから十年本部にて司祭としての心構えなどを徹底的に叩きこまれ、晴れて総大司教から認められウォータルへとやって来た。
司教としては全員同じ年月である。年功序列では無い階級である為に外部から見れば分からないが、内部では強烈な年功序列が敷かれていた。ワットは東ウォータル教会、ソロエンは西、キヤンは北に配属が決まっていた。
この時すでに南の教会にはヴァレンチナと言う名の司祭が居た。彼が今現在引退したとする元司祭である。彼が司祭の教育者として三人を導いていくことになったのだ。
着任当初はメルストン教を心から信じ、布教し教えを説く、と言うことを毎日必死に行っていた。これはヴァレンチナの本部への報告でも事細かに記述があった。それにより彼ら三人が居た教会にはそれぞれ感状が総大司教より送られるほどであった。
しかし、時とは残酷なものであった。教会には寄付と言うものがある。街に住む者が治めるのだが、街の規模が大きいほど寄付金は多く集まる。ウォータルへと来た当初はその金額に目が飛び出さんばかりに驚きもしたが、十年経てば当たり前のことと考えるようになっていたのだ。
これが悪魔の囁きであった。少しなら使用しても…最初に考えたのはソロエンであった。
三人は本部以来、苦楽を共にした仲間である。此処へと着任して以降も度々集まっては飲み食いをして情報共有等を行っている。司祭には、司祭でしか理解できない苦しみなどを分かち合える数少ない仲間なのであった。
そんな会合で遂にソロエンが話しを持ち掛けたのだ。年長者として三人の中ではリーダー的な彼であっても、間違いがあれば指摘される。その時は一蹴されて相手にもされなかった。
しかし、種は撒かれていた…毎月のように教会は寄付金の帳簿を付ける。そして年に一度本部へと報告を行う義務があった。その金額たるや割符一枚…円換算で一億…を軽く超す額である。
メルストン教は律法で財貨を蓄えることや、妻帯等を禁止していない。むしろ次代の人間を産み育てることを奨励している程だ。そうやって敬虔な信徒が子供に教えを説くことでその子もまた敬虔な信徒へと為る事を期待してのことである。
彼ら三人もウォータルへとやって来て家族を持つに至った。家族を持てば当然お金が必要になる。司教ともなれば本部より多くのお金…運営資金を獲得している。これは各教会に支給され、司教や修道士、修道女の生活資金となっている。
慎ましく生活する分には十分な額である。しかし、ウォータルやその他の大都市では生活水準は高い。一律に支給される資金ではどうしても足りぬことがあり、そこは我慢をしなければならなかった。
そしてついに種が発芽する。切っ掛けはワットの子供が病に罹ったことから始まる。当時も今も医療レベルは低い。加えて薬などが高額であった。どうしても彼等が生活する金額では助けることが出来ない。
この時は悩みに悩んだ彼であった。司祭に為り、さらにメルストン教の教えを大事にする彼であったが子への愛情がこの時は勝ってしまった。遂に寄付金を着服して薬の購入に充ててしまったのだ。
後日、ワットは定例となった会合で二人へ打ち明けた。キヤンは猛烈にワットを批判した。今すぐにヴァレンチナ司祭に事を打ち明け本部からの措置を待つべきだと。しかし、ソロエンは異なったことを話した。
「我等は苦楽を共にした仲間である。兄弟でもある。私が長兄ならワットは次兄、キヤンは末弟だ。であるならば私たちが助けないでどうするのだ」
ソロエンはそう言うとどう対処するのかを語りだした。
使用した金額、それを西と北の教会から補填する。そうすることで多少、寄付金が少なくなった程度で済むと彼は話したのだ。これに罪悪感のあるワットは救われる思いがした。さらにはこの事でソロエンには一生頭が上がらないとも考えるようになるが瑣末な問題であった。
キヤンは反対した。彼は二人以上に律法を大事にして生きて来ていた。当然家族を養っているが、妻も信徒である為に不満は無かった。
だがそれ以上にソロエンの話術は巧みであったのだ。何とかかんとか言い含め、気が付けばキヤンもソロエンの提案に賛同していた。この時全員が四十を超える年となっていた。
寄付金から見ればその時の着服金は微々たる額である。よって他の二人が補填していてもヴァレンチナや本部にはばれることは無かった。当然ソロエンとキヤンは俺もやっても良いだろうと思うように為っていた。特に一番にこの話しを持ちかけたソロエンは強烈であった。
信仰という名のもとに一身にメルストン教に仕えてきた彼は禁欲の塊であった。三大欲求の中でどれもが満たされてはいた。しかしそれ以外にも人は欲が存在する。彼は金銭欲、権力が激しかったのだ。
彼にしても着服と言う行為は遅行性の毒であった。麻薬とも言っても良い。ばれない様にやると言う緊張感は脳を痺れさせた。金額よりも行為がソロエンを麻痺させていった。
徐々に三人の行為はエスカレートする。これを行って早十年目を迎える頃、遂ヴァレンチナが引退すると宣言したのだ。彼等三人にとりヴァレンチナは目の上のたんこぶ的な存在であった。
全てにおいた厳しい彼は三人とも辟易していたのだ。さらには何時ばれるかもしれない着服が一番露見し易い人物でもあった。心の中で縛りがあったのであろう。三人は彼の引退宣言で行為がより過激になり始めていた。
そこからさらに数年経過し現在に至る。ヴァレンチナは三カ月ほど前に後任の司祭を待つことなく引退してしまった。これで南の教会はシスターが運営することになる。不正行為もこれで揉み消せるとなぜか勘違いをしてしまっている辺り、思考力が欠如し始めているのだ。
「さて、それではそろそろワシは帰るとするかのぅ」
最後に来たワットが席を立つ。時刻として二十時と言った辺りである。御歳五十四歳、この世界では定年退職を迎えている頃である。孫に囲まれる生活をしていてもおかしくは無い。ブラッドたちが借りている家の大家のイルマも祖父母は五十代前半である。
「帰りは大丈夫か?」
ソロエンは尋ねる。お酒を飲んでいる中での帰りを心配するとともに、彼は件の計画を漏らさぬかと心配しているのだ。それを知ってか知らず、彼は呑気に答える。
「大丈夫じゃよ。それでは明日会おう」
そう言うと彼はこの場を後にした。
「それではワシも帰るか」
キヤンも立ちあがり同じような会話をして此の場を後にした。最後にはソロエンが残り、彼も部屋を片付ける。この場に通わせている二人にはさせないあたり、せめてもの気遣いである。
「最早、信仰心などと言うものは無い。単に欲に塗れた獣じゃな…人でも無いのかもしれん」
ソロエンは何故か、昔の事を走馬灯の如く思い出している。幼くして修道士となった地方の教会での出来事。そこでの働きが認められて司祭候補として本部へと異動した事。ワットとキヤンに出会い共に苦楽を共にした修業。どれもが今となっては輝かしくも感じる。
勿論ウォータルへと来てからの生活も順風満帆であった。一教会の司祭として管理運営しながら信徒とともに祈ること。それだけでも彼は充実した日々を送れていたのだ。
ソロエンはふと水が溜められた桶を見た。そこには自分の顔が写っているのだがどう見ても人の顔には見えない思いがして仕方が無かった。まるで今の心を写しているかのようであったからだ。
今の彼は保身と言う考えがある。責任を取り辞任し、この国から退去するとはそういうことである。
メルストン教はセント王国の国教である。しかし、他国は違う。勿論国教に指定している国もあるが全てでは無い。さらに彼を捌くことが出来るのはセント王国内でのみであるのだ。つまり、他国へと逃げだせば彼を捕らえることも、裁くことも不可能になる。ソロエンはこれを狙っているのだ。
既に家族には不正行為は伏せて、あくまでもゾルキスト像の破壊を防げなかったことに対する責任と話している。それを信じる家族は、彼の言うままに移動の準備を終わらせていた。家具など、大きな荷物は馬車に乗せ後は人だけの状態である。何も無い中で家族はこの家の中で最後の夜を過ごすことになる。
他二人の家も同様である。当然馬車に荷物を積んでいればどうしたのかと言われる。そこは今回のゾルキスト像破壊に際しての責任を取ると此処は声高に話している。決して辞任とは言わないが家族は片田舎へと引っ越すと言う話しをしていた。周りの人間は家族揃って信仰心のある家だと。流石司祭様の家族だと褒め称えているのだ。
こうして三人は思い思いの夜を家族と過ごすことになる。三家共にこれが生涯の団欒であり、最後の夜と為るとは露にも思わないことだった
翌朝、遂にこの日が来たと三人は身を引き締める。司祭として最後の大仕事、騎士団を受け入れるべく南部にある正門へと移動しなければならない。家族も時を同じくして目を覚まし、日差しを入れてウォータル最後の朝食を取ろうと部屋の窓を開けた。
すると彼等の目の前に飛び込んできたのは、彼等が出迎えるべき聖光騎士団の団員であった。武装した状態で三家共に鼠一匹通さぬほどに囲まれていた。上から下まで金属製の鎧を身に纏い、大盾にはメルストン教のエンブレムが施されている。その盾を彼等の家に向けてびっしりと立てている。
「なっ、何だこれは…一体何が……」
ソロエンは思いもよらぬ事態にうろたえる。これは敵対者に対する包囲陣である。彼は二階から眺めていた。その時下から扉を叩く大きな音が聞こえ、彼は直ぐに下へと降りた。
そこではすでに扉が開けられ、二名の騎士団員が室内に入っていた。
「き、貴様等。これは何事だ!私を誰だと思っている!」
ソロエンは怒気を強めて騎士団人へと詰め寄る。それを気にすることなく団員は手にする洋紙を読み上げる。
「司教ソロエン及びその家族は不正の疑いこれにあり。よって今を持って聖光騎士団は汝等を拘束する!!」
そう宣言を行うと外に居る兵が中へと進入してくる。
家族にとっては寝耳に水である。一体どうしたのかと言うことすら出来ずに拘束される。子供は泣き出すが兵は構うこと無く拘束していく。
「貴様等!何をするのだ…」
呆気なく拘束されたソロエンだが口だけは聞ける状態であった。彼の家族は既に外へと出され、専用の馬車へ押し込まれている。
「何をするかだと?決まっているだろ…貴様等を裁くのだ!」
騎士団員はそう言うと鉄兜を取った。フルフェイスの兜を取ると黒く艶やかなロングヘアーを持つ女性であった。
「お、…貴方はカナエ様!」
見た目は日本人に近いその女性である。ソロエンは自分よりも立場が上の者と知り言葉を改める。
「私を知っているのか、まあそんなことはどうでもいい。私は総大司教猊下より命を受け此処に居るのだ。貴様が知る必要はない…連れて行け!」
そう彼女が言うと兵がソロエンを連行する。続けて他の兵がこの家を調べ始める。勿論地下にある部屋もである。彼女は部下に託すと外へと出た。
そこには朝早くから物々しいことになる司教の家を見ている野次馬が多数いた。そんなことは気にせずに与えられた事を着々とこなす彼等であった。
「メルストン教を汚すものは決して許さん…」
彼女はそう言うと断罪人の目となり気持ちを入れ替えるのであった。
最後までお読み頂き有難う御座いました。
今回は前話で書いた三人の司教についてのお話でした。お金と言う麻薬に徐々に侵されていき、気が付いた頃には抜け出せない。そのような描写を書いたのですが、表現出来ていますでしょうか…
御感想、誤字脱字報告等々お待ち致しております。
それでは次話で御会い致しましょう。
今野常春