第七話
四者会談は続く。ブラッドが話した内容を、コーンステッド家次期当主であるライストリは頭の中で良く考えて彼に答えようと努める。
「そうだな、シスターの件だが真実だ」
そう話すと、ブラッドは何かを言おうとしたが、ロワンデルに腕を掴まれ止められる。
「囚われていると言うのは表向きな話しだ。そうでもしなければ信憑性が無いからな。実際には客人としてしっかりと遇しているよ」
この言葉にアブレットは安堵のため息を漏らした。それは自分の販路が崩壊せずに済むからだ。それ以外にも長くコーンステッド家とは付き合っていけると確信したからである。
「話しを続けよう。聖光騎士団は確かに明日ウォータルへとやって来る。受け入れの打診は南教会以外の司祭からあった。勿論メルストン教を蔑には出来ないからな、二つ返事で答えさせて貰ったよ」
シスターの件は表向きのことであるが、騎士団は本当にやって来る。そう言われれば何が目的なのかブラッドは疑問に持つ。
「では騎士団は何をしに来るのです?やはり調査でしょうか?」
この調査と言う話しは貴族向けに流した話しである。それを聞いていたアブレットが、今回ブラッドを此処へ連れて来たのだ。
「それもやる。嘘はいけないからな。但し、裁判も並行して行われるのだ」
「なっ、どう言うことです。それではシスターは!」
これにブラッドが反応する。言っていることが滅茶苦茶だと思っていたのだ。
「ええい、落ち着かんかブラッド。今は大人しくライストリの坊ちゃんの話しを聞かんか!」
「悪いな、ロワンデル。…良いかシスターは保護しているのだ。囚われていると言うのはあくまでも民衆に流している嘘だ。そして貴族に流している話しも、真実と嘘が半々なのだ。両方の話しを合わせる者がいつかは現れるだろう…」
そう言ってライストリは話しを止める。ブラッド、アブレットの二人どちらかに答えを欲していた。全てを話さずなるべく考えて欲しいと思ったからだ。彼は何でも聞いて来る人間が嫌いである。聞けばすぐに答えが貰えるという状況は好ましいものではない。故に彼はどんな時でもそうやって相手に考えさせ、間違っても良いから答えさせるのだ。
先に答えたのはアブレットであった。どんなに優れた冒険者であろうと、ドロドロした駆け引きなどは時間を要するのだ。加えて、ブラッドはそれほど頭の切れは良くない。
「もしかして…司祭でしょうか?」
それに正解だと言わんばかりにライストリは口元を緩める。
「何故そう思う?」
「騎士団は裁判をする。この裁判は信徒に対して行うものです。つまりシスターを捕らえた、と言う名目で実は保護している。と言うことは、誰かに殺される可能性があると言うことですよね。では誰か……どう考えても司祭しか思い当たらないのですよ」
そもそも、司祭は必ず教会に一人置かなければいけない決まりである。それを引退したとはいえ、普通は交代要員の司祭が来てから引き継ぎ、儀式を終えて引退するものだ。例外は司祭の急死である。これは如何ともし難い。
それをしないと言うことは、何か問題があったと言うことである。その何かはアブレットには分からないが、とりあえずはライストリから正解を導き出したことで安心したのだった。
「でもどうして司祭が…」
アブレットはどうしてもそこが気に為っている。
「賄賂じゃないかな」
そう言ったのはブラッドであった。
三人の視線がブラッドに集中する。思いもよらない言葉に三人の目は凝視している。
「だってさ、おかしいでしょ」
そう言ってアブレットを見た。そして話しを続けるべく一度三人を見渡す。
「そもそもこの事件、本来コーンステッド侯爵が対処するべき問題だと考えています。教会の威信が崩れようとした、ゾルキスト像の破壊。国はメルストン教を国教として保護しています。何か問題があればやはり当主代理では荷が重すぎる、と言うものでしょう。それでも事は進んでいる」
ブラッドはそう言ってライストリを見る。それに応じるように彼はブラッドに頷いた。
それを見てブラッドは話しを続ける。
「まるで誰かを逃がさない様にする為に動いているように思えてなりません。では誰か、この事を要請した者と考えるのが妥当ではないでしょうか。それが司祭であれば考えられるのは賄賂でしょう。もしくは不正蓄財かな」
ブラッドの説明は的を射ていた。但し、賄賂ではなかったが…
まさしく今回聖光騎士団が来る理由はそこにあった。シスターを餌に司祭三人を一網打尽にしてしまおう、と言う作戦であったのだ。油断をさせておくこと、これがこの作戦の肝だった。
事の起こりは数年前にまで遡る。教会には寄付と称して多額の金銭が集まる。勿論教会で働く者への給金もそこから出されるし、修理等の予算もそこから出る。生活に困った者が掛け込む場所にもなり、寄付でその全てを賄っていたのだ。本部には確りとした金額を記入して毎年提出しなければならない。清廉潔白であれ、とはメルストン教において唯一神とする神、メルストンの教えである。メルストン教の律法にはメルストンが説いたとされる決まりが踏襲されているのだ。
三人の司祭たちは徐々に羽振りが良く為りだした。それが疑惑へと昇華するには時間を必要としなかった。南の教会を管理する司祭は三人とは違い二十歳も年が上であった。数年もせずに彼は引退する。加えて律法には大層厳しい人間であり、教えに反するようなことは、信徒となって以降一度とて犯しはしなかった人物である。
三人は共謀していた。持ち回りで寄付を徐々に私的に使用し始めたのだ。一人が使用すれば、残り二人が少しずつ使用した司祭に金を補填すると言うやり方である。こうして平均した金額に近くするのである。寄付金の報告は各教会が独立して行う。不正を暴きやすくする為ではあるがそれは教会が一つの街に一つであれば問題は無かったのだ。問題はウォータルの様な巨大な街の場合である。街の規模、人口の多さで教会の設置個数は決まる。こうなると不正自体は見抜きにくくなる。
こういったことは麻薬と同じで感覚がマヒしてくる。使用金額もだんだんと大きくなり、遂に教会本部が調査に乗り出そうとしたとき、南の司祭が引退を申し出てきたのだ。これは渡りに船と本部は考えたが、問題はいかにして三人の司祭を引っ張り出すかであった。
裁くことが出来るのは本部で行う裁判と、騎士団による裁判の二種類である。前者は召喚状を出し本人を本部へと呼ぶことで行われる。これは被告が逃げ出す可能性が大と考え直ぐに消えた。残るは後者だが、騎士団を派遣する理由が無かった。
「つまり、教会にあるゾルキスト像の破壊は予定済みの行動であったと言うことですか?」
ブラッドは延々と話すライストリに尋ねる。
「そうだ。実はな、あれは偽物なのだ。前の司祭にも話してあるが、当家で厳重に保管してある。まさかブラッドが、大量にアルノバの木を手に入れて来てくれるとは、嬉しい誤算であったよ」
アルノバの木は加工すると金属の様に硬くなり、簡単には壊すことが出来ない。しかし、それでも無理やり壊せば他の木と同じような状態になり、アルノバの木と判断できなくなる。そこが味噌なのだ。像がアルノバの木で出来ているのは教会関係者である。この街では司祭と各教会に居るシスターである。一般の信徒や住民らは知らないことである。
「しかし、シスターは御存じでは無かったのでは?」
アブレットはライストリにそう尋ねる。
「敵を騙すには味方からと言うだろ。壊された当初の彼女には済まないと思うが、後にしっかりと説明して立ち直って貰ったよ」
むしろ尊い犠牲でした、とシスターは胸を張っていた。彼女一人が悪者になるだけで不正行為を行う人間を処罰できるのならば問題無いと彼女は言っていたのだ。
三人の司祭は騎士団から御褒めの言葉を頂けると、未だに勘違いをしていると言うことをライストリは話す。コーンステッド家の諜報部隊が常に三人をマークして、その都度報告が彼のもとに集まっているのだ。さらにライストリも彼等を油断させる役を担っているのだ。
「それが侯爵様の軍旅だと言うのですか?」
彼の説明にロワンデルも含めた三人が驚いた。あの戦い自体が三人を油断させる為に開いたものであったのだ。発言力のある貴族の大半は戦地へと赴いている。これにより三人の司祭の意見が通り易くなったのだ。
「しかし、あれは急ぎ過ぎた。事前情報が余りにも古かった。それによって傭兵には多大な犠牲を支払わせることになってしまった。父も手紙でその事を嘆いていたよ。本来少ない犠牲で旧領を奪い返せると高を括っていたからな」
コーンステッド家と教会どちらとも利害が一致した事で、計画が動き出した。これに関しては大成功である。後は明日、騎士団の到着を待ち三人を裁判に掛ければよい。
「それでライストリ子爵様は一体どんな役に立っていたのです?」
ブラッドは未だに答えが出無い、彼等を油断させる役とは何なのかと言うことだ。
「簡単だ。今ウォータルで最高権力者は誰だ?」
ライストリは尋ねる。これは此処に居る誰もが分かる話だ。ブラッドも淀みなく答える。
「当然ライストリ子爵様です」
「そうだ。では私がが最高権力者だとして、あ奴らにはどんなメリットがある?」
これは少し難しいかと彼は考える。しかし、何某か答えて欲しいと言う希望が彼にはある。
「……えーっと…もしかして経験ですか?子爵様は次期当主であって侯爵様では無い。つまり、司祭からは軽く見られている…それが油断につながると言うことですね!」
ブラッドは話しながら答えを纏めていく。頭で考えを纏めるよりも口に出した方が彼はやり易かったのだ。それが見事答えを導き出す。これにはライストリは望外の答えであった。
「そうだ。正しくブラッドが述べた通りの事だ!三人の司祭はな、シスターを逮捕させるべく言った言葉は何だと思う?」
一瞬言葉を溜めた後吐き捨てる世様に言葉を発する。
「『シスターアンナを逮捕せよ。聖光騎士団を迎える用意をせよ』だ。まったくもって私に敬意を払おうと言う考えが無いようだった」
こういう輩はどの組織にもいるものだ。所謂勘違い者という害虫である。権力を笠に着ている状態であった。三人は国教メルストン教の司祭である、と言う認識で振舞っている。
この手のものは自分より上には腰が滅法低いのが特徴である。事実ライストリの父マクコットへは腰が低かった。
「今頃あの三人は高笑いを続けているだろう。今回のことで力関係を見せつけたと勘違いをしているだろう。まさか自分たちが罠にかかっているとも知らずに」
ライストリは思いだす様に笑う。策謀がもうすぐ為る、その時の三人の司祭を思うと笑わずには言われなかった。
事実三人はとある一室に集まり、最後の晩餐を迎えていた。油断これに極まるであった。
さらにはこのウォータル周辺でも部隊が展開している。万が一司祭が逃げ出すような事態が起こった時の保険として、コーンステッド家の私兵がウォータルを囲むように準備をしているのだ。これは訓練と称している。その為武器は持たずにいた。
そこまでに詳細に張り巡らせた罠を仕組み、実行させた権力者と言うものの恐ろしさをまざまざと見せつけられた。ブラッドとアブレットはいささか窶れてこの部屋を後にしようとしたときである。
「そうだ、ブラッド今日は止まって行くと良い。君たちの仲間も招待してあるから安心しておいてくれ。……ああそれと娘のフォロー頼むよ」
ライストリは無責任にも程がある。泣きじゃくるイリエナを泣かせた張本人がどうやって慰めろと言うのだろうか。そうブラッドは思ったが立場上言えるはずが無かった。
それでもそれを言い残して先に移動してしまった。
アブレットは仕事の関係上、ノートン商会へと戻らねばならなかった為に、コーンステッド家を辞した。幸い全商品お買い上げして貰った為に商人としては気のすく思いである。
一方ブラッドの方は大変である。イリエナは自室で未だに思い出しては泣き出す始末である。 何とか部屋には入れたが鳴いている女性を慰める高等技術は持たなかった。
ブラットがそうなっている頃、ローラとクラウディアはノートン商会を辞して家に戻っていた。何時戻るともしれないブラッドの事を話したり、今回の事を思い出しながら話したりと話題に事欠かなかった。そんなときである。ドアを叩く音がして出てみればコーンステッド家の兵士が立っていた。
二人は謂われるがまま、ある程度の準備を終えると目の前に止めてある馬車へと乗り込んだ。向かう先は当然コーンステッド家の屋敷である。
「エルミナさん!」
ローラは乗り込むと戦地で何かとお世話になった女性騎士が座っていた。クラウディアはその時席を外していて一度もお目にかかっていない。
「お元気そうですねローラさん。そちらは初めましてですね、私はコーンステッド家に仕えるエルミナと申します」
「初めましてエルミナさん、私はクラウディアと申します」
スムーズな自己紹介中も馬車は移動を始めている。彼等の家から屋敷までは馬車でも十五分は掛かる。歩けばそれ以上である。
「どうしたんですか、いきなり屋敷へなんて」
ローラが尋ねる。あの時一瞬ブラッドに何かあったのかと考えたのは二人共通の思いである。
「私もよく存じ上げないのです。ただお二人をお連れするようにと命令を受けまして…」
エルミナは連絡将校である。これは貴族の者が就くことになる。人間関係を円滑にする話術に始まり、戦闘、馬術、戦術といったあらゆることで好成績を修めなければ就くことが出来ない職である。いわばエリート中のエリートである。そんな彼女もコーンステッド家では下っ端扱いである。三年目を迎える彼女であるがむしろ大抜擢ともいえた。
馬車は外、中のエリアを通り抜け内のエリアに入る。家紋入りの馬車は止まることなく門を通過してコーンステッドの屋敷へと吸い込まれた。二人は状況が飲み込めないまでも何某かの動きがあったことは分かっていた。
三人は馬車を降りると、エルミナ自身が屋敷内を先頭で歩いて目的の場所まで案内を務める。先述したが彼女はコーンステッド家の騎士団に所属している。颯爽と歩くその姿は実に凛としていた。
エルミナは大きな扉の前で止まり、ノックをした後声を発する。
「エルミナ、御指示通りお二人をお連れ致しました!」
彼女が言うと中から扉が開かれる。部屋の内側に向かって扉が開く使用になっていた。
「ご苦労だった、エルミナ。君も此処に残りたまえ…初めてお会いする。私はライストリ・ドーロセン・コーンステッド子爵である。良く来てくれた」
三人が中へと入ると待ちかまえていたのはライストリであった。此処は彼が代理の執務を行う場所である。
「初めましてコーンステッド子爵様。私はローラと申します」
「初めまして子爵様。私はクラウディアと申します」
二人は名を名乗ると深々と頭を下げる。
「うむ、まあ硬く為らなくて良い。部屋を移動する、三人とも付いて来たまえ」
そう言うと彼は立ちあがり室内にあるもう一つの扉へと移動する。彼自身が扉を開けて先に室内へと入る。
『ブラッド!』
ローラとクラウディアの言葉が重なった。ライストリの後に続いて室内へと入る。するとそこには今まで来たことも無い服装に身を包まれているブラッドが待っていた。さらにはロワンデルもそこいる。
「よう二人とも、待ってたぜ」
「元気そうじゃな、二人とも」
ブラッドとロワンデルは二人を見ると軽い感じで言葉を発した。執務室よりは小ぢんまりとしている。そこには彼等ともう一人見知らぬ女性がローラたちには目に映る。
その女性とはイリエナである。彼女は、ローラたちが此方へ向かう間にブラッドと色々なことがあって元気を取り戻していた。
『ブラッド、隣の女性はどなたなの?』
またしても重なり合った二人の声は底冷えのする声だったとブラッドは感じた。悪いことに、イリエナは先程から左隣りに座るブラッドの腕を抱きしめている。自分の良く成長した胸の間に左腕を挟んでいる状況だ。
「ああ、彼女はイリエナ。ライストリ子爵様の長女だよ」
二人の雰囲気に気圧されそうになるのを堪えて何とブラッドは答える。
「お二人とも初めまして。この度ブラッドと共にいることに致しましたイリエナですわ!」
ローラとクラウディアはこの瞬間彼女を敵と認識した。加えてイリエナの口から聞き捨てならない言葉までも飛び出した。
『ちょっとブラッド、今のはどう言うことなのよ!』
妙な連帯感を生みだしている二人は怒る時も、話す時も同じであった。
「どうと言っても……」
これは女の戦いである。ブラッドは好意を抱かれていることは、此処までされて薄々と言ったレベルである。しかも、怒ると怖い二人が詰め寄りそうになっている。ブラッドはたじたじと為っているだけであった。
右隣に座るロワンデルは、その様子を面白いものを見るようにしているだけであった。人間とドワーフは構造こそ似通っているがそこには明確な違いがあった。それは目の前の様なやり取りなどあり得なかったからである。彼はそんな人間のやり取りが好きであった。
「これだから人間社会と言うものは面白い」
彼は痴話喧嘩というものを見ながらそう心の中で呟いた。
最後までお読み頂き有難う御座いました。
今回から文章の間隔を空けて見ました。そして文字数も減らして投稿しております。
誤字脱字等御座いましたら御一報頂けると幸いです。
それでは次話で御会い致しましょう。
今野常春