第四話
ブラッドは朝食を済ませた後速やかに冒険者ギルドへと向かった。ローラは教会へ、クラウディアは武器の補修へと其々別行動をとっていた。彼は朝一番に間に合うように、ギルドへ移動した。
場所はブラッドが住む場所南部、中のエリアの大通り沿いに構えている。冒険者が多く在籍するウォータル支部は規模が王都セントカールの本部に匹敵する。ギルドの業務内容は多岐に渡る。依頼の受付から始まり依頼の斡旋、冒険者の登録と評価及び報酬の支払い、さらには素材の買い取り等が主な仕事である。それ故に働く職員の人数は膨大である。ブラッドが到着したときには二十人が入り口前に並んでいた。ギルドは朝一番に鳴る鐘の音と共に業務開始である。これは第三城壁の門が開けられる時間と同じである。
「おはようございます。本日は…ってブラッドさんお久しぶりです。お話伺っておりますよ。大層ご活躍だったそうで。おめでとうございます!」
素材買い取り以外は全て一階の受付で処理される。窓口の多さに此処へ来た者は大体驚くのだ。ブラッドに対応したのは此処で働き始めて七年目を迎える女性だった。
「おはよ、マリーありがとな。…それでさ、その件に関してマスターと話がしたいんだけど、どうかな?」
「マスターですか?ちょっとお待ちくださいね……」
マリーはそう言うと連絡を取り始める。そのシステムは伝声管の様なもので、窓口から至る所へと連絡が取れるようになっている。これも魔石を用いた物だが、使用する者が魔力を持たずとも問題無かった。
「ブラッドさん今すぐ御会いになるそうです。三階のお部屋へとお向かいください」
「わかった、ありがとなマリー」
「そう思うなら、今度お食事に行きましょうね」
ブラッドは本気と受け止めず、いつもの如く適当に流した。それが修羅場を迎えることになるのだが、今の彼はそうとは思いもしない。
ブラッドは建物内にある中央階段を上るとそのまま三階へ。一、二階は冒険者が自由に移動可能である。しかし、三階は許可が無ければ入れない。受付ではそれを木製の許可書を渡される。それを三階にいる警備兵に見せることで入ることができる。
ブラッドはドアをノックする。部屋の名前は秘書室である。此処を通りマスターが居る部屋へと通されるのだ。
「お待たせ致しました、ブラッド様。マスターがお待ち致しております」
青年の秘書、フッロンがさも執事の様な仕草で丁寧な対応をブラッドにする。深くお辞儀をするとブラッドを案内する。
「マスターブラッド様をお連れ致しました」
秘書室奥にある部屋の前で声を掛ける。
「おお、待っていたぞ。入りたまえ」
そう言われて二人は部屋へと入室する。
「久しぶりだなブラッド。報告は他の者からも聞いている。随分と活躍したそうじゃないか」
筋骨隆々で頭を丸め、髭を蓄えた熊の様な男が出迎えた。ウォータル支部ギルドマスターを務めるコロコト・ドローセンである。彼も名を馳せた元冒険者であった。実力もさることながら指揮、指導と言った能力に長け人望を集める。それを買われ引退後は即座にウォータルのギルドマスター代理と言う地位に就く。彼はエルフ族だ。寿命も長く、御年百十歳を超えるが見た目は中年の男と言った雰囲気である。
「ああ、無事に帰って来たぜ。ほらこれが証明書だ」
ブラッドはそう言ってコーンステッド侯爵から賞金と報酬以外にも今で言う給料明細のような物を貰っている。これはコーンステッド家が渡したお金であることの証明となり、さらには冒険者ギルドで任務達成の依頼主側からの署名代わりになった。ブラッドはそれをコロコトに渡す。
「うむ、確かに確認した。フッロン処理を頼む」
コロコトは金額の欄は確認しない、それが冒険者のルールだからである。彼が確認するのは依頼者の家紋である。それが正しいかを見極めて成功かどうかを判断する。
そう言うとお茶を二人の前に置いている秘書の男へと声を掛ける。
「承知致しました」
彼はそれだけを言うと部屋を後にした。
「さてと、ご苦労さんだったな。俺はお前たちを送って正しかったとホッとしてるぜ」
「確かにな、あのランク指定であそこまでの奴が居たら俺がGやHランクだったら逃げるね」
ブラッドは砦での戦闘を語りだした。砦内でしっかりと戦ったのは彼等とロワンデル等ドワーフだけだった。
「それで、あの情報に関して、あちらさんは何と言っているんだ?」
コロコトは核心部分を尋ねる。これが陣を離れる日にエルミナが現れたことに関係する。
「ああ、伯爵さまから手紙を預かって来た」
それを渡すと封されていた家紋を確認してから封を破り手紙を読み始める。その間はブラッドはすることが無いので出されたお茶を味わっていた。
「なるほどな。まあ俺の予想した通りだ。時期を見てコーンステッド侯爵の屋敷へと呼ばれることになっている。それはブラッドたちも同行せよと書かれている」
「それは向こうで聞いている。それまでは俺たちは冒険者としては働けないのかを聞きたいんだ」
ブラッドは昨夜スマットからお願いされたことを事の経緯と共に話す。ブラッドにしてみれば往復四日間の移動に伐採時間を確保できればいいのだ。合計五日間と言う時間である。
「そうだな。それぐらいならば問題ないだろう。どうせだ、此方にある依頼も受けてくれ、お前さんたちならばそれなりに数を用意できるだろ。アルノバの木は日々品薄でな、どうだ?」
依頼による本数は少ない、しかしそれも大量に依頼が入れば話は別だ。コロコトが把握している限りで二万本はある。依頼では通常一、二本であり、多くて五本と言うことから、いかにこの依頼が困難なものかが分かるであろう。だからコロコトにしてみればまたとないチャンスであるのだ。僅かでも良いから依頼を消化したい、その一心である。
結局のところこの提案はどちらにとしても損をしない。ブラッドは多くのアルノバの木を手に入れ、報酬を多く手に入れることが出来る。加えてランクアップが確実なことだ。コロコトは依頼を大量に完了させることが出来る。他にも幾らかのメリットが互いに生じる。デメリットが無いのだ。
「わかったぜ。それじゃあ、明日にでも準備を整えて出発することにするよ」
「頼んだ。依頼の処理は任せておけ、全てこちらでやっておく」
これは面倒な依頼の引き受け手続きのことだ。毎度冒険者は自分のランクに合った依頼を受ける。そのたびに一階の受付で手続きをしなければならない。当然と言えばそれまでだが、今回は事情が事情だ。幾つもある同種の依頼を一々手続きしていれば、ブラッドは一日を手続きで潰してしまうだろう。コロコトにとってみれば彼はお得意様だ。ウォータル支部にとっては欠かせない人物で、彼等が居なくなれば大損失になることは必須である。
ブラッドはそのままギルドを後にする。納めるべきアルノバの木の本数は決まっていない。スマットの分と自分たちの分を差し引いた本数を納めればいいのだ。ギリギリまでを考えているがどうせ待っている人間は大勢いる。焼け石に水で今も冒険者ギルドに依頼が舞い込んでいる。
彼は待ち合わせの場所へと向かった。場所は此処から少し奥まった喫茶店である。中のエリアは商業エリアである。大通りを始め至る所に店舗が犇めき合っている。そんな中、静かな場所がそのお店である。
ブラッドが到着するとローラが既に席についていた。
「早かったわね、ブラッド」
外に面した席に座る彼女はお茶とケーキを注文して、優雅に楽しんでいる雰囲気を出している。
「ああ、意外と早く話が纏まってな。ローラのほうはどうだったんだ?」
ブラッドは彼女の目の前の席に座る。すかさず店員が注文を受けるべく現れる。彼等は此処の常連でブラッドはいつものと言うと店員は去っていった。
「私の方はちょっとね…シスターが思い他にショックを受けていてね。ゾルキストさまの像が何者かに粉砕されていたのよ。しかも彼女が居る間にね」
ローラがメルストン教、南ウォータル教会へと向かい中へと入ると、未だにその被害状況が確認出来ている状態だった。犯人は重厚な木製の扉をぶち破り侵入すると、そのままゾルキスト像を破壊していることが状況と話しで分かった。それ故にシスターは話している最中にも拘らず涙ぐんでいたのだ。
「でもよ、一体誰なんだろうな。誰にも分からずにあの像を破壊でき、且つ粉々に出来る奴なんてさ」
「私もそれが不思議なのよね。あの木って加工するとさらに堅く変化するじゃない。強度は金属にも劣らないだったかしらね」
不思議な木であるアルノバの木は原木から一度加工すれとんでもない堅さへと変化を遂げる。しかし、破壊すれば木屑はそこら辺の木と変わらない強度へと戻るのだ。
「あのシスターも可哀想だよな…」
ブラッドは、見た目は美人な残念シスターを思い出す。行動が非常に大雑把でいつも最後にミスをする。迂闊にも彼はシスターがうっかり破壊したのではと言いそうになった。しかし、ローラの前で教会批判は厳禁であることを身を持って体験してた為に口に出さずに済んだ。
「そうね…それで、ブラッド。アルノバの木の伐採はどうすることになりそう?」
「それなら準備が出来次第出発するとコロコトさんに告げてきたぜ。ついでに大量の依頼付きでな」
むしろローラは此方の方を知りたがっているのかもしれない、そうブラッドは感じ取った。彼女の性格はドライである。壊された像を嘆き悲しみ、犯人に対して怒りもする。しかし、形あるものはいつか壊れると考えている。信仰の対象である像は長年護り続けなければならない。しかし、こうなったのだからとローラは切り替えているのだ。
「そう、それじゃあ出発は明日かしらね」
「そうだな。俺はそう言って来た」
「分かったわ。…それじゃあ、私は先に戻って不足している品を購入しておくわね」
そう言うと彼女は立ち上がる。三人でいる場合だが、支払いは男がするものとローラとクラウディアに教育されて以来、全てブラッドが支払っていた。その為彼女は宜しくと一言残すとこの場を後にした。
暫く、彼は一人で注文していた料理を食べていた。このまったりとした店内の雰囲気を楽しんでいるともう一人の待ち人がやって来た。
「遅くなったかしら、ってブラッドだけ?ローラは?」
クラウディアはそう言いながら彼の前、ローラが座っていた席に座る。街中にいるとき彼女は纏めている髪を下ろして生活をしている。それに合わせた衣装がまた周囲の目を集める。現に今も此処へと来るまでに声を掛けられ、断るということを繰り返している。店内の客も彼女へと視線を向けている。同性も同様に惹き付けているのが彼女の魅力だ。
「明日の準備に行ったよ。それよりクラウディアの方はどうなった?」
「ああ、決まったのね。私の方は大丈夫よ。刃毀れが目立っていたけれど、無事に補修して貰ったわ。点で突いたのにあの肉体は異常ね。恐らくあれは魔力強化よね」
彼女は早速注文した品を食べながら話をする。ロエト砦を護っていたワリホト・モロルンド男爵は装備品の何かに相当量の魔石を隠し込み、常に魔力を放出し防御など身体能力強化を行っていた、と彼女は考えていた。それは実際に刃を交えたからこそ判断できるものだった。彼女が貫いた右腕への槍先の刺さり具合が人体を貫くのではなくして、岩や金属を相手にしているような感触だったのだ。
「同感だな。あいつの動き全体的に早かったが、要所でさらに加速していた。クラウディアの指摘は正しいと俺は思うぜ。今度おっさんにも聞いてみよう。同じ答えが返ってくるはずだぜ」
「そうね、ロワンデルさんならばきっとそう結論を出すはずだわ。…ごちそうさま」
つい先ほど注文の料理が届いたばかりなのだが彼女はあっと言う間に食べ終えてしまった。具材が一杯挟まったサンドウィッチが四切れ、食パンを半分に切った大きさである。
「お前の食べる速度には毎度驚かされるな…」
「あらそう?いつ何時襲われるか分からない職に就いているのよ。いくら此処が平和でも次の瞬間どうなるか分かったものではないわ。美味しい物は早く味わい食べ尽くす。これが私のポリシーよ」
美人が堂々とフードファイターを名乗る、実に堂の入った宣言であった。
二人は三人分の会計を済ませるとお店を後にした。時間的にはお昼時を過ぎた頃合いだ。商業エリアでもある中のエリアは人でごった返し、活気に満ち溢れている。至る所で呼び込みが行われ、時には怒号染みた呼び込みまであるほどだ。その街中を二人はぶらりと歩いて、お店をひやかしている。
「どこか行きたい所はあるか?」
ブラッドは彼女に尋ねる。腕を組む訳ではないがかなり密着して歩く二人はクラウディアが妙に意識してしまっている。
「と、特に無いわね…このまま適当に歩いて時間を潰すのも良いと思うわよ…」
声は上ずり、体は徐々に熱くなり顔がほてっているのが彼女自身自覚し始めている。彼女は何とか平静を装うと努力するものの、それが余計に悪化させることになる。さらにはその事でブラッドに気を遣わせることになった。
「なあ、どうしたクラウディア?声が上ずっているし、体が少し暑くないか……少し熱でもあるのか…?」
話としてはお決まりの額で熱を測ると言うことを平然と衆人環視の中やってしまった。ブラッドの顔は悪くない、むしろ良い部類に入る。冒険者として成功した出来る男の雰囲気も纏わせるとあれば、尚更街中の淑女を惹き付ける。そんな二人が堂々と額を付けたとあっては、黄色い悲鳴が湧き起こるのも無理らしからぬことであった。
「ブ、ブラッドなにを…何をしているんだ?」
彼女はもうショート寸前である。気になる男から、最近読み始めた小説の一幕がこうも自身に起ころうとは、と思わずにはいられない。彼女は恋愛小説を二人に隠れて読んでいる。そして憧れる展開でもあった。いつかは自分もと思わずにはいられない。
「何って、クラウディアが熱でもあるのかと測ったんだよ。少し熱あるけど大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ。悪いわね、心配掛けて…」
ブラッドは本心から心配していた。それが分かる彼女ではあるがまさかのシチュエーションである。外には出さないが内心心臓が激しく動いているのが分かった。
「当たり前だろ、俺たちは仲間なんだから。お前が調子を崩せば心配するさ」
そんな甘酸っぱいようなそうでもないようなやり取りを、どのような人間が見ているかもしれない中でやっているあたり既にカップルとして見られていたのだった。
時は進み、準備を終えた三人は予定通り翌日ウォータルを出発してアルノバの木が自生するコットロール岳へと向かった。ウォータルから徒歩二日…これはブラッドたちの速度である…の距離に目的地は存在する。道中泊まれるような場所は無く、全て野宿を余儀なくされての移動であった。
アルノバの木の所在は直ぐに分かる。何と言っても猛獣が多く生息しているのだ。彼等が移動している間にもそれなりに獣は生息している。しかし、人間を見ても襲ってはこない。狼や猪であろうと街道を行く彼等を襲いはしなかった。しかし、一度その地域へと入ると状況は一変する。道は確かに存在する。だがそれでも件の獣が引っ切り無しにブラッド等を強襲するのだ。周辺には草木が鬱蒼と生えている。身を隠すにはもってこいの場所だ。利点を生かし、獣は動く。これが冒険者ギルドへの依頼が溜まりに溜まる理由である。
「この辺りで伐採作業に入ろう」
ブラッドが言う場所はアルノバの木が多く自生して、周囲は切り開かれていた。伐採する者は一人で残りの二人はこの場所の死守である。こうしている間にも獣は引っ切り無しに襲ってくる。伐採者はブラッドである。彼は大きな斧をマジックポーチから取り出すと、木こりのように慣れた手つきで伐り倒す。よく擬音で使われる、コーンという音がある。森の中で木を切るときに響き渡る音で使われるだろう。しかし、アルノバの木はキン、と言う金属と金属をぶつけたような音がするのだ。
「っ痛ーマジで久しぶりだと勘が鈍ってるぜ!」
両腕で特注した斧を振りかぶり、一息に振り下ろして木を伐ろうと叩きつけるが、見事に弾かれた。この木は伐り倒し方と言うものが存在する。普通の木は倒す方向などを考えて刃を入れるはずだ。しかし、この木は違う。倒すべき方向は個性がある。刃を入れる場所も同様だ。どこに入れても良い訳ではない。熟練した者でも困難な木なのである。
ブラッドは痺れた手を振るいながら何とかその痺れを取ろうとする。イメージすべきは野球でドン詰まりした時の痺れであろう。冬場に木製バットや竹バットで芯を外すと暫くは痺れが取れない、そんな状況だ。
「なるべく早くね、ブラッド。暫くは狼や猪だけど、時間が経てば熊や虎も出てくるわ」
ローラは分かっていても忠告は行う。そうやってチームを引き締めるのだ。
「おお、分かってるぜ、ローラ。それで、コロコトさんには出来るだけ頼むと言われたが、実際にはどれだけ伐り倒せばいい?」
ブラッドは勘を取り戻しつつあるのか、三回に一回キンと言う音の中にコーンと木に刃が入り込む音がし出す。それが二回に一回、遂には毎度木に刃が入る様になった。
「そうね。私たち三人のマジックポーチで凡そ千本かしらね。私たちの魔力も計算に入れてのことだけれど。今のブラッドなら問題ないでしょ。日が暮れるまでには終わらせましょ」
ローラは後を絶たない獣に容赦なく矢をお見舞いする。気配察知と言う便利なアイテムがある。彼女は戦闘中メガネを掛ける。片方の目に掛けるタイプでモノクルと言う物だ。
これは魔石をレンズに混ぜたもので、熱を発する者にピントが合わせられている。サーモグラフィーである。彼女はそれを手がかりに次々と矢を打ち込んでいく。当然中にはそれを掻い潜り向かってくる獣が居る。クラウディアはそれを倒す役目である。
「ローラは無茶言うな…しかし、これも世の為、人の為―っと!」
既にアルノバの木は、十本は切り倒されている。勘が戻ればお手のもの、三回ほど特注の斧で叩き伐れば自然と木の重みで倒れていく。ブラッドを中心にローラとクラウディアも移動する。倒された木は暫く放置である。計画本数を切り終えた後回収するのだ。都合のいいことに木を倒す相手には容赦なく襲いかかる獣も、倒木となったアルノバには興味無いとばかりに襲ってこなくなるのだ。
未だに謎の多いアルノバの木、これを調べている者は『獣が操られているのではないか』と言う仮説を立て、研究している。
コットロール岳には朝日が昇ると同時に入り、現在太陽は一番高くまで上っている頃。時間と言う概念が日時計と言う中、太陽の動きで時間を判断していた。街中では鐘がその日時計の代わりとなるが外にいればその限りでは無い。
ブラッドたちは休憩を挟むことなく延々と伐採作業と護衛に徹している。彼等が移動した後には獣の死体と倒木となったアルノバが散乱している。
「あと…どれ位だ?」
ブラッドはローラに尋ねる。がむしゃらに切り倒しているブラッドは冷静な判断は出来ない。そのコントロールを可能にしているのが彼女である。
「そうね……少し登った、…あの辺りまでで良いと思うわ。そこで止めましょう」
彼女が矢を放ちながら器用に指を指す方角には此処よりも少し丘になっている場所だった。今でも登りに登っているのだから、余計にその高さがきつく感じる。しかし、それをブラッド等は難なくこなすのだ。
「よしわかった。それじゃあラストスパートだ。頑張ろうぜ、二人とも!」
この言葉で三人の動きはさらに切れが出る。
予定した場所まで辿り着いたのはそれから時間にして二時間ほど経った後であった。
「ふーこれでとりあえずは良いかな」
切り終えたブラッドは辺りを見回す。切り株と倒木、獣の死体の入り混じった光景であった。
「そうね。それじゃあブラッドは木の回収をお願いするわ。私たちは獣が諦めるまでの間はこのままよ」
木を倒さないで暫くいると獣は彼等を襲うのを止める。これは入る時と中に入っている時で変化があるのだった。入る前は侵入者を拒むように襲ってくる。岳を登り、木を切り倒し始めるとそれを諦めさせるように、そして木を切り倒すのを止め一定時間が経つと襲わなくなるのだ。そうなると護衛に回っている二人も参加する。
木をマジックポーチへとしまうのは簡単である。ポーチの口を木に当てて魔力を込めると自然と木が中に収納されているのだ。ご丁寧に纏められてである。出す時も出す場所と数を念じるだけで出現させられる優れものだ。
暫く獣を倒していた二人も回収作業に参加する。勿論倒した獣も残らず回収する。これは別途、冒険者ギルドで買い取りをしてもらうためだ。
「こんなものだな。お疲れクラウディア、ローラ」
ブラッドは残りが無いことを確認すると二人に声を掛ける。陽は傾き始めていた。今から下山すれば麓で野営が可能となる。
「お疲れ様、ブラッド、ローラ」
クラウディアは少し疲れた顔で答える。無理も無い、彼女は常に駆けずり回っていたのだ。ローラは遠距離攻撃で基本固定火点として機能する。そうなると近距離で倒さねばならない彼女にとってみれば、動き回り襲ってくる獣を倒すことになるのだ。ローラは近距離には無防備になるし、ブラッドは伐採作業でそれどころでは無かった。
「お疲れ様二人とも。特にクラウディアは相当疲れたんじゃない?」
ローラはそんな彼女を理解していた。勿論ブラッドもであるが、伐採作業に集中している為にクラウディアの行動は目に入っていなかった。対してローラは常に動き回る彼女が目に入っていたのだ。
「ははは、そうね…ちょっとキツイわ」
ブラッドに次いで体力のあるクラウディアにしてこの言葉を吐く辺り、相当キテいるのだと二人は感じ取った。
「そう。それじゃあ話しは此処までにしましょ。直ぐに下山して野宿できる場所へと移動します」
コットロール岳を下りた三人は比較的開けた場所で野宿をすることになった。下りる道中限界を迎えたクラウディアはブラッドにおんぶをして貰っての下山であった。ローラは直ぐにポーチから敷布を出し彼女が横になれる場所を確保する。そうしないと何時までもブラッドが動けないからである。それに少し羨ましいと思う感情からくる嫉妬も混じっていた。
ぐっすりと眠りに就くクラウディアを横目に二人は焚き火の熱を受けながら話している。
「今回の伐採、どれくらいの量になったんだ?」
既に周囲は真っ暗である。時折獣の鳴き声が聞こえるが心配するほどではない。
「アルノバの木が千七十一本ね。狼が二百頭、猪が百五十頭ほどね。木は数えたけれど獣の方は大体よ。ギルドで数えて貰いましょ」
「一応は予定通りってことだな。これでスマットさんの願いもコロコトさんの依頼も達成だな」
ブラッドは手に持つ保存食を齧りながら言葉を発する。マジックポーチにも限界はある。普段彼等が戦場や冒険者としている時は調理器具などを詰め込んで移動している。しかし、今回は大量の木を確保しなければならない為に、初めから中身を保存食だけにして行動していた。三人のポーチの中はアルノバの木と二種類の獣で埋め尽くされている。
「そうね。これでシスターも元気を取り戻してくれるといいのだけれど…」
ローラの不安は、今にも倒れそうなほどに憔悴しているシスターの表情を思い出してのことだ。一応出発前に彼女は一人教会へと向かいその事を話していた。お礼を述べてはいたがその目は何処か虚ろだった。
「何、大丈夫だろ。この木でスマットさんたちが像を復活させれば元気になるって。さっ、俺が見張りしておくから先に寝とけよ」
ブラッドが言うと彼女は素直に彼の言葉に従った。朝日が昇るまでに二回ずつ交代で見張りに就き一日を終えた。
帰りも順調に移動出来ている。ブラッドたちがウォータルへと戻ったのは五日目の昼ごろで合った。城門で兵に通行証を見せ、意気揚々と帰宅を果たす。そしてスマットへ報告しに彼等が住む場所へと向かうと衝撃の言葉が待っていた。
「シスターが逮捕された」
スマットや像の修復を行おうと集まる人間が、彼の家に集まっている状況であった。スマットが不安そうな顔でブラッドたちに告げた言葉だった……
お読み頂き有難う御座いました。中々話しが上手く纏められないと頭を悩ませる今野常春です。どうしても考えが膨らみ、文字が多くなってしまいます…
誤字脱字等が御座いましたら御一報頂けましたら幸いです。では次話で御会い致しましょう。
今野常春