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成り上がる?戦記  作者: 今野常春
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第三話

 ブラッド等は賞金と報酬を受け取ったその日に城塞都市ウォータルへと戻ることになった。道中幸運にもウォータルへと向かう商人と一緒となり、馬車に乗せてもらう代わりに護衛を引き受けることになった。とは言え、ロエト砦周辺からウォータルまで二日の距離である。危険と言う言葉がないと言っても良い。それでも万が一ということがある為に商人はブラッドたちにお願いしたのだ。この時ドワーフ族のロワンデル等は一足先にウォータルへと戻っている。他に戻る商人が居たのだ。今のブラッド等と同じような待遇である。

「いやー助かったよ。君たちが居てくれて」

 そう言うのは商人のアブレット・ノートンである。ウォータルで店を構える商人で、ノートン商会と言う名で経営している。四十を超える男性で、さあこれからという雰囲気を感じさせる人物である。

「いえいえ、俺たちこそお礼を言わせて下さい。タイミング良く街まで行く馬車があったなんて幸運でしたよ」

 ブラッド等はは歩いて帰ることを考えていた。

 商人の場合は大量の商品とお金を満載して移動する。どんなに治安を良くしようと警戒していても犯罪は無くならない。ましてやお宝が道を歩いていると言い換えても良い。しっかりと準備をしていない商人は確実に賊に襲われる。そこで、商人たちは商人同士のネットワークを構築すべく、商人ギルドを立ち上げている。これは需要がどこにあるかを知ることと、幾つかの商人が一緒に行動して雇える護衛を増やし、安全を造り上げることを目的として組織された。当然護衛は冒険者が担う。この依頼も冒険者ギルドに出すのだが、此処では商人は手数料…向かう場所によって危険度が変わる。その為、ランク分けをして冒険者を紹介する。その手数料は冒険者のランクに応じた料金である…のみを支払う。実際の交渉、報酬等は冒険者と行うのだ。

「そうなんだよな。俺もな、まさかこんなに早く商品が無くなるなんて予想していなくてよ。街に戻ったら蜻蛉返りだぜ」

 その為か馬車の速度は幾分上げて移動している。お金だけを乗せて移動しているからか馬の足取りは軽い。馬車を牽く馬は二頭、人を四名乗せて馬車を動かしている。

「そうなんですか…失礼ですがノートンさんはどのような商品を取り扱っておいでですか?」

 ローラは興味本位で尋ねる。三人でお金の管理や消耗品の購入は彼女が一人でやっている。今回の戦場でも自陣にいる間、商人から購入していたのは彼女が行っていた。しかし、数が多いとはいえアブレットを見かけたことがなかった。さらに言えばウォータルでもノートン商会と言う名は耳にしたことがない。

「ああ、うちの商会は貴族様専門でね。街中にあるお店も看板はあるが倉庫なんだよ。貴族様との商談は此方から出向かなければいけないからね。それで店を構える必要がないんだよ」

 その言葉でローラは納得した。さらに詳しく場所を聞けばブラッド等がほとんど行かない場所にあった。

「なるほど、それは知らない訳ですね。でもそんなに売れるものなのですか?」

 こうなると彼女の興味は尽きない。馬車の構造は輸送用であり、積載量を考えて造られている。御者は別に席が設けられ、これはアブレットが行っている。ローラは商品の無い広さを感じる馬車内を御者席近くまで来て話しを始めた。それを見たブラッドとクラウディアは良くあることと諦め一応の護衛の仕事を行うのだった。


 二日の距離を一日半に短縮させて目的地のウォータルへと到着した。道中一度だけ野営を行わなければいけないが、それも何事も無く終えて今に至る。馬車は城壁手前にある場所で停車した。

「ありがとうございました。アブレットさん」

 ローラは道中、彼とよく会話をして色々な話を聞いた。その最中に彼を名で呼ぶ間柄になっていた。それはブラッドたちも同じだった。

「こちらこそ、ありがとな。もし何かあれば家に来てくれ、此処で会ったが何かの縁だ。商人はこう言った縁を大事にするからな、また会おう」

 商人が通行する入り口と、他の人が通行する入り口は別である。アブレットは人専用の入り口で彼等を下ろしてくれていた。こういった細かい配慮が今の彼を成しているのだ。


 コーンステッド家が治める城塞都市ウォータル、ここは交通の要衝である。街道はよく整備され、水源も近く必然と人が集まり街を形成していた。さらに規模が大きくなると軍事的観点から重要拠点へと昇格し、今に至る。コーンステッド家は代々ここの護りを任せられている。街の発展とコーンステッド家の発展は同義であった。

 城壁は三重に造られている。その仕切られた場所の呼び方は単純で外のエリア、中のエリア、内のエリアと言う呼称がある。外から庶民が住むエリア、中が職人や市場などが集中する商業エリア。大抵の人間は外と中を行き来して毎日暮らしている。アブレットも中のエリアに倉庫を持っている。ブラッドたちは中のエリアに近い場所に住んでいる。最後の内のエリアは貴族、コーンステッド家の屋敷や行政府などが置かれる重要なエリアである。


 ブラッド等は身分証を衛兵に提示して街の中へと入る。ここに住むようになり早二年、中へと入ると顔なじみが彼等に声を掛けてくる。年若いが冒険者ランクBのブラッドたちであ。彼等はは知らないが有名人であったのだ。

 中央通りと名付けられる大通りを真っすぐ歩き、中のエリア手前で横に逸れる。そこに彼等の住居がある。平屋建ての建物で、宿屋の三日月亭が所有する物件を借りている。クラウディアは鍵を差し込むが、施錠されていないことに気が付き、慎重にドアを開けて中に入った。

「あっクラウディア、お帰りなさい!」

 日差しが注ぎ込んでいる部屋は窓が開けられ、清涼感が漂っていた。この家は外側にある城壁に日差しが遮られることが無い場所に建っている。借家と言う中では一等地である。

「ただいまイルマ、掃除していてくれたのね。ありがとう」

 続いてブラッドとローラも家に入る。それに気が付いた彼女はクラウディアにしたように『お帰りなさい』と挨拶をした。彼女、イルマは三日月亭の看板娘である。家族で経営する三日月亭は祖父母、両親にイルマと弟が三人という構成だ。イルマは周囲でも人気のある娘で至る所から結婚の申し込みがあるほどである。中には貴族からも申し込みがある。しかし、彼女は全てを断り続けていた。

「ただいまーイルマ!何時も掃除済まないな。隅々まで綺麗にして貰ってさ」

「構わないわよブラッド、私が好きでやっていることなんだから。それに建物はなるべく綺麗にしておかないとね」

 彼女はブラッドたちよりも一つ上の十七歳である。クラウディアとローラはさん付なのに対しブラッドはそのままで呼んでいる。

「でもよ、イルマってすげーじゃん。宿の仕事もこなして、ここでも掃除して…結婚する奴は幸せだろうな」

 彼女の家事スキルはほぼパーフェクトである。料理を作らせれば専門家を唸らせる。掃除をすれば指摘すべき個所が無い、裁縫を得意として趣味で作る服もお店を出せるほどだ。時間があれば取引のある商会へ卸してお小遣いを稼いでいる。

「そ、そんな…お嫁さんに欲しいだなんて……今すぐにでも両親にお話してきますね!」

『ちょっと待て!』

 イルマはブラッドに言われた言葉を都合の良い様に脳内変換した。ほめられて照れていたが、変換終了した瞬間、既成事実化すべく即行動を起こさんと脱兎の如く走りだした。しかし、鉄壁を誇る二枚看板、ローラとクラウディアに阻止され計画は失敗に終わる。

「ちょっと、何するのよ!今から両親に告白を受け入れたと報告をしに…!」

「何言ってんのよ。ブラッドはそんなこと言っていないでしょうが!」

「そうよ、頭腐ってんじゃないの!いや耳ね、そもそも耳が腐っているから駄目なのよ!」

 イルマはブラッドにべた惚れしていたのだ。しかも下手をすると現代では警察のお世話になる様な雰囲気もある。美しいものには毒がある…毒には種類が多い。まさに彼女はそれであった。

「まあまあ、落ちつけよ三人とも。ほらせっかくイルマが掃除してくれたんだ埃を立てる訳にはいかないだろ。とりあえず席に着こうぜ」

 鈍い、鈍感、異性の好意を読めないなど色々言われるブラッドはある意味スキル持ちであろう。女性の好意耐性Sとでも付けるべきだろう。三人は仕方がなく席に付く。ブラッドたちが街にいるときはよく四人でこうしていることがある。勿論イルマは家業が暇な時だ。夜食に近くなるがよく一緒に食べる。


「あーようやく帰って来たな」

 ブラッドが手足を伸ばして言う。家に帰り席についてこうやると彼は落ち着いた気分になる。

「そうねーなんか濃い九日間だったわねー」

「まったくだわ。暫くはのんびりしたいわね」

 三者三様に言葉は違うが思いは同じだ。とにかくのんびりしたいと言う気持ちであった。

「お疲れ様。三人とも無事に帰って来てくれてうれしいわ」

 先程のやり取りは何処へやら…勝手知ったる貸し家、イルマはよく使用するキッチンでお茶を用意して、ちゃっかり自分の分も入れてテーブルへと置く。各自自分の湯呑を取ると各々自由に飲む。

「そうだな。イルマには詳しく話せないが今回は久しぶりにひやりとしたな」

 傭兵となった場合、戦場での事は話してはいけないと言う守秘義務が発生する。これを破っても罰則は無いのだが、信用を失うと言う罰則よりも恐ろしい結果が付いて来る。それが事実上の罰則ではあるが…

「そうだったの…でも本当に無事でよかった」

 イルマはブラッドしか見ていない。ローラとクラウディアには一切視線をやらずに話している。二人は特に気にしていないが別に仲が悪い訳ではない。単にブラッドを挟むとおかしくなるだけだった。普段は三人で買い物や食事を楽しんだりする仲なのだ。その証拠に暫くすると四人で談笑する声が周囲に漏れ伝わっていた。


「さてと、私は仕事に戻るわ。今日は家に食べに来なさいよ。お父さんも帰ってきたら来いって、言ってるから」

 イルマはそう言うとこの場を後にして三日月亭へと戻って行った。ブラッドたちは街を出て、帰って来ると必ずイルマの父親、スマットに会いに行く。これは大家さんへの生存報告も兼ねている。加えて、イルマの家族が出迎えての食事会が開かれるのだ。三人は大きな厚意によってこの街で生かされている。


 三人は帰って行ったイルマを見送ると疲れを癒すべく行動に移る。先ずは汚れを落とすことからである。この時代、風呂と言うものはあるにはあるが大衆浴場であった。現代日本のように各家庭に風呂があると言う訳ではない。それでもお金を出せば家の中にも風呂が設けられるのだ。

 ブラッドたちは冒険者ランクBと言う上から数えた方が早いメンバーである。当然収入も良い。マジックポーチと言う物が稼げる者とそうでない者の差である事は前述している。但しこの収入は飽くまでも一般市民の中ではと言う縛りがある。特権を与えられている貴族と比較するならば雲泥の差である。いい例がコーンステッド侯爵であろう。彼が賞金を出した王国大金貨は自費であり、さらには傭兵の報酬もである。それをしていたも彼には利益があるのだから貴族と言う者の財力は凄い物である。

 それでもブラッドたちの収入に対して羨ましがる人間が居るほどに稼げていることでも、彼等は勝ち組みであろう。そこで借家に導入されたのが『お風呂』である。一般的には普及していないものである。

  贅沢にも浴槽とシャワーを兼ね備えたユニットバスである。この世界では火と言うものを起こすのが難しい。電気・ガス・水道これがしっかり整った現代日本ではあり得ないことだが、火の維持と言うのも非常に大切なことである。体を洗う、洗濯をする、水を飲むと言ったことも一々近くの井戸から運んでこなければいけなかった。それが庶民の生活である。

 但し、ブラッドたちは違う。彼等は体内に魔力を備えている。人間やその他の種族もそうだが魔力を宿している。しかし、人間の場合は持つ者と持たない者とハッキリ別れる。一割、この数字が魔力を持つ者である。残りは魔力と言うものすらない状態である。他の種族はもっと高い割合で持つ者が生まれている。

 基本的に魔力は、魔石という石の様なものを触媒にしなければ、体外に放出出来ない仕組みである。放出のことを発現と呼び、人々はそれを疑似魔法と呼んでいる。魔石を必要としない者が放つ事を魔法と呼び、彼等をその人物を魔法使いと呼んでいる。非常に少ないものである。

 胎内に宿す魔力は個人差がある。三人の中では多い方からクラウディア、ブラッド、ローラの順番である。だから魔力を必要とする此処のお風呂は基本クラウディアから入ることになる。水を発現させるのもお湯へと変換するのも全て魔力が求められるのだ。


 さっぱりとした三人はいつもの如く近くにある三日月亭へと向かった。大通りに面した場所に建つ、三階建ての宿屋である。一階では食堂も経営し、両方とも評価は高い。宿屋の名前である三日月亭、これはコーンステッド伯爵が判り易い様にと、宿屋を営む店舗は月の満ち欠けに関する名前を使用しなければならなかった。満月、半月、上弦下弦と見え方に則している。

 三日月亭は此処にもいくつかあるので、大通りのと言えばイルマたちのお店と分かるようになっている。


「いらっしゃい待っていたわよ」

 宿屋の裏手にイルマたち家族が暮らす住居がある。ブラッドたちはそちらの玄関から入室した。造りは七人が暮らしても十分な広さがある。設えられている家具も決して安物では無い。高級品故に自己主張の激しい家具が住環境に適さないことがある。しかし、そう言った家具がどれ一つとして無い所にセンスを感じさせる。この感覚が宿のインテリアにも反映されているのだ。

 イルマはブラッドたちを案内し、居間へと向かった。テーブルには既に何種類か料理が並べてある。キッチンの方を見ればまだ何かを調理している最中であった。

「適当に座っていて、私は調理が残っているから」

 それだけ言い残して彼女はキッチンへと向かった。

「お帰りブラッド兄ちゃん!」

 イルマの末弟はトムと言う名である。長男がヘム、次男がナムと言う名が付けられている。彼たち弟衆はブラッドたちの冒険者としての話しが大好きであった。傭兵としては話せる内容が危険な為話しはしていないが、中でもトムはブラッドに懐いていた。年は五歳、長男が十二歳で次男が十一歳である。上の二人、以前はトムのように接していたのだが、最近ではそうでは無くなっていた。

「おう、ただいまトム!元気にしてたか」

「当たり前だよ!それよりさ、また話しを聞かせてくれよ!」

 少し重くも感じるようになったブラッドだったが、両手でトムの脇を掴むと高く持ち上げた。彼はそれをして貰うのが大好きで会えばこうして貰っていた。この時間帯はまだ仕事をしている時間帯で、特別に休んで料理をしているイルマと、まだ仕事が出来ないトムを除いては三日月亭で働いている。

 ブラッド等は暖炉を囲んで置かれる椅子へと腰掛ける。慣れたもので、毎度こうやって待つのが当たり前になっている。その間にブラッド等はトムの面倒を見る。

「そうだな。それじゃあ、この家に家具があるだろ。あの素材となる木を採って来た話しをしよう」

 話しのネタは尽きることが無い。全てがノンフィクションであり、決してぼかすことはしない。なまじ興味があり、良い所しか話さないで、いざ冒険者になったら『こんなはずではなかった』と思わせたくはないからだ。だからきついこと、危ないこと、むしろマイナスになるようなことは包み隠さずに話していた。それでもブラッドの話しにトムは興味が尽きなかった。


 外から大きな鐘の音が一つ聞こえてきた。これは一番外側にある城壁の門が閉まる十分前の合図である。五分前にももう一つなり、閉まる時に二つ鳴り響く。人が活動する場所は前述したように外、中、内エリアと言うもので区別される。城壁は外側から第三、第二、第一と言う名で呼ばれる。内側の城壁が第一と呼ばれるのは最初に造られたからである。 

 最新の城壁は第三となる。第三城壁の門は全て閉じられるが中は開いている。凡そ二時間後に閉門するのだ。とは言え、閉じられるのは貴族が暮らす内エリアへと続く第一城壁の門だけである。第二城壁の門は外エリアと中エリアを繋ぐ為に閉じることは無い。ここを閉じると経済活動に支障をきたすからだ。此処は緊急時の場合のみである。

「なあ兄ちゃん俺、絶対に大きくなったら冒険者になるからな!」

 今回の話しも決して楽な話しはしていなかった。むしろ木を伐採するに当たり、周辺に生息する獣が厄介だと話しをした。堅く、腐食しにくいアルノバと言う種類の木は、高級家具に使用される中でも特に希少な木である。故に市場に出回れば即座に買われていく、高値を付けて…

 この仕組みもトムに話しをしたことだった。ではなぜ希少なのかと言うとその木が生えている場所が場所だけに伐採が難しいからだ。なぜかアルノバの周囲には凶暴な獣が必ず棲みかにしているのだ。そこそこの冒険者では、そこに行くまでに疲労困憊で伐採までは行けない。冒険者ギルドも今では任務ランクCまでに引き上げている。

「そうだな。俺がトムの年齢だった時は、まだそんなこと考えていなかったな…と言う訳で今はしっかりと両親や姉ちゃんたちの言うことをよく聞いておくことだ。それからでも遅く無いからな」

 トムは基本ブラッドの言うことには素直に従う。上の兄に対してはそうではない、これも二人が以前の態度で無くなったことの一因である。トムはそう言われて嫌だとは言わず大人しく彼の言うことに頷いた。


 そうこうしていると、イルマやトムの祖父母が帰って来た。足音で判断したトムは直ぐに出迎える。一番下と言うことでとても可愛がられているトムだったから、二人は殊更笑顔で会った。

「お邪魔しています」

 ブラッドが二人に挨拶をする。後に続いてローラたちも続く。

「おお、よく無事で帰って来なさったな。イルマたちも喜んでおったわ」

「ホントに、クラウディアさんとローラさんもご無事なようでよかったわ」

 この世界、五十を過ぎれば孫が居てもおかしくは無い。二人は共に五十を過ぎているが未だに現役である。年長者と言うことで仕事は早めに終わるのである。次にはイルマの弟たちが、最後に彼等の両親が戻って来る。

 その頃には時間のかかる料理も完成してテーブルに並んでいた。既に子供たちとブラッドは腹ペコ状態である。クラウディアとローラは相当気合が入る目の前に並ぶ料理に、多少の危機感を覚えつつ席に着いた。胃袋を掴まれるとなんとやらである。

「それでは恒例となったがブラッド、ローラ、クラウディアの三人が無事に帰ってきたことを祝して……乾杯!」

 家長のスマットの音頭で食事が始まった。大きめなテーブルは勿論アルノバで作られた特注品である。 全部で十五名は座れる作りで長方形に造られていた。スマットが一人で座り、左右に分かれて皆が腰かけている。彼から向かって右に妻のカティ、イルマたちの祖父母とヘムとナムが座る。反対にはスマット側からイルマ、ブラッド、ローラ、クラウディアとトムと言う順番である。トムの隣がクラウディアなのはとっても面倒見が良いからであった。カティなどは絶対良い母親になると既に太鼓判を押すほどである。

 これを言われた時、思わずブラッドを見てしまい、それをローラとイルマに見られたことは不覚であったと反省している彼女であった。

「ブラッド、暫くの間は休みかね?」

 スマットは彼に尋ねる。暫くは娘の料理に舌鼓を打っていたが頃合いを見て話しかける。隣では娘のイルマが甲斐甲斐しくブラッドに料理を取り分けるなどをしている。それを見ても時の流れの速さを感じている。

「そうですね。明日は冒険者ギルドへ出向いて、それからはいつもの通りですかね。暫くは考えていません」

 傭兵でも冒険者としても必ず終わりには冒険者ギルドへと出向いて報告する義務がある。これを怠ると、次回万全のサポートを受けられないのである。どんな人間であろうとも報告だけはきっちりと行っている。

「そうか、それならば空いている時で構わないからアルノバをまた手に入れてはくれないか?」

 距離にして二日の場所にあるコットロール岳、其処に多くのアルノバの木が自生している。此処にも猛獣の類いが生息している。実は冒険者ギルドでアルノバの木に関する依頼が溜まっているのだが、スマットは別件として個別に彼に頼んでいる。別にルール違反ではないので問題は無い。要は知られなければ今回は問題は無い。

 ブラッドはどうするかを尋ねるべくローラを見る。それに気が付く彼女は頷いた。これは『良いよ』と言う合図である。口がきけない展開を想定して彼等は幾つかの簡単な合図を決めていた。

「わかりました。何事もなければ明後日にでも出掛けてきますよ」

「それはよかった」

 ふと気になったことがありローラはスマットに尋ねる。

「スマットさん何かあったのでしょうか?」

「うむ、そう言えば君たちが此処を出た後だったね。教会に何者かが侵入し英雄ゾルキスト像を破壊してしまったんだよ」


 教会とはセント王国の国教でもあるメルストン教を指している。教会と言う場所はその支部である。本部は王都セントカールに置かれている。総本山とされる場所は別にあるがメルストン教の教えを説く為ならば本部で事足りている。

 王の権力と貴族の権利は神によって保障されている、と言う考えがこの世界にはある。セント王国において、これにお墨付きを与えているのがメルストンであり、メルストン教を保護しているのが王国である。両者ともに切っても切れぬ間柄である。

 スマットは経緯の説明を始めた。これはこの街に住む者ならば知らない者が居ないほどに知れ渡っている話である。教会は中エリアのほぼ中央に建つ。ウォータルと言う都市は正方形に城壁が造られ、東西南北に綺麗に街造りがなされている。教会はその四方向に一ヶ所ずつあり、今回事件のあった場所は南側で起こった。この場所はスマットたちが住む地域である。管理運営は当然教会側であるが信仰心の強い彼等はゾルキスト像の復活を考え、皆で金を出し合って像を造りなおそうと言う考えになったのだ。しかし、この像の素材がアルノバの木で彫られていたのだ。

 冒険者ギルドに依頼を出してもいつ手に入るかも分からない状況では年は越せないと言うことでブラッド等に頼むと言うことになった。


「なるほど、そう言うことでしたか…それならばぜひとも協力せねばいけませんね」

 ローラは敬虔な信徒である。洗礼名もあり名をマリーナという。女性で、弓の名手でと言われている偉人の名である。ブラッドとクラウディアはそれほど傾倒してはいないが彼女のその本気度は計り知れない。

「おお、そう言えばローラは信徒であったな。頼む、君の様にあれ以来嘆き悲しむ者が多くてね」

 夕食会は彼等の帰還を喜ぶ声で幕を下ろした。イルマの料理は最早お金を支払わなければと感じさせる美味しさであり、それを褒めるブラッドに昼間の騒動再びと言う展開も見受けられた。総じては、恙無く終わりを迎え楽しい食事会となったのだった。




 お読み頂きありがとうございました。

 日々書く速度を上げようとしている中ではありますが、そうはいかないのが書き手なのだと思い知らされました。毎日投稿される方、定期的に投稿出来る方の凄さを改めて感じる今野常春でございます。

 誤字脱字等ございましたら、御一報頂けますと幸いです。


 それでは次話で御会い致しましょう。


                今野常春

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