第二十話
コロコト・ドローセンは頭を悩ませていた。問題は目の前で喚くエッジである。幸いなことにアレクレシアは気にする様な事はなかった。
「だまれ、エッジ。これ以上何か言うならお前は外すぞ!」
だが聞いていて良いものではない。ましてや此の場にはイリエナもいるのだ。彼等には知らせていないが、彼女から父、ライストリに不満を漏らされては敵わないと思ったのである。
「ぐっ…」
これにはエッジも従わざるを得ない。何といってもコロコトは恩人である。それ以上に、依頼を外されると言うことが何を意味しているかを分かっているからだ。冒険者の資格停止である。ギルドマスターだけに与えられた権限である。
「この際だから言っておいてやる!俺はエルフ族だ。お前ら人間族とは違い男女において上下《うえした》はねぇ。いいか、俺が此処のギルドマスターをやっている間は、決してその様な事を口にするなよ!」
エッジは言葉を発せないほどにプレッシャーを与えられ、頷くことしか意思表示が出来なかった。
「申し訳ありません、コロコトさん。エッジはにしっかりと教え込みますので本日の所はお許しください」
本来は彼にも責任の一端はある。だがエッジの空気の読めなさ振りに対応が遅れたのだ。
「ああ、わかった。だが次はねえからな。さて、無駄な時間を食っちまったな。今からお前さんたちは此方に居るアレクレシアさんの部下になって貰う。既に装備一式と当面の生活物資はみんなが生活する兵舎へと搬入済みだ。一時間後城門に集まってくれ!解散」
そうコロコトが言うと冒険者は移動を始める。どう行動するかは彼ら次第である。
「ああ、ブラッド。お前さんたちは少し残ってくれ」
解散と言っても席を立とうとしなかったブラッドたちにそう告げる。既に大半は此の場を去っており、その言葉を聞いていたのは極僅かである。
「済まねえな、残らせちまって…ってこうなる事が分かっていたみてぇじゃねーか」
コロコトが言うと事情をブラッドが話した。
「成程ローラはわかっていたか…流石このパーティーの頭脳だけあるわな。さて時間がねえお前ら一緒に俺の執務室まで来て貰うぜ」
彼はそう言うと専用口から部屋をである。そこには転送用のゲートが取り付けられていた。
「これに乗れ、移動するぞ」
全員が円の中へと入るとコロコトは魔力を込める。それだけで彼等は全員三階へと移動したのだった。
「そこに掛けてくれ…フッロン悪いがお前さんも此処から退出してくれ。面会謝絶だ、頼んだぞ!」
彼が秘書へそう言うと、了承の旨を告げて部屋を退出した。
「ふぅーこれでいいか。済まねえな嬢ちゃん。それにアレクレシアとエルミナも、冒険者にはああ言った人間が多くてな…」
「気にしていませんわよ」
「私も同様です」
イリエナとエルミナはそう言って何でもない素振りを見せる。事実彼女らにはどおってことのない男であったのだから仕方ない。
「私もです。あのような言葉でどうなるほど弱くはありません。それにああ言った者は躾けてやればいいのですよ」
「グッ」
ブラッドはその時のアレクレシアの言葉に、股間が締め上げられるような感覚に襲われた。
「流石アレクレシアですわね。あれ以来お会いしませんでしたけれど、立派になられましたのね」
イリエナは昔を懐かしむように彼女へ話しかける。
「ご無沙汰いたしております、お嬢様。あれ以来風通しが良くなりまして、全てはお嬢様の御蔭で御座います」
彼女は立ち上がると深々とイリエナに頭を下げる、ブラッド等はどう言った経緯か知らない為に会話に入り込めない。
「あの場はそうかもしれませんわ。しかし、今の貴方があるのは貴方自身で成したことでしょう。わたくしはその事を申しているのですわ」
アレクレシアはそう言われると再度頭を下げるのであった。
「さてそろそろいいか。今回の依頼はな確かに特使を迎えに行くと言う内容だ。だが、それ以外にも話しがある。それをお前さんたちにやって貰いたい」
昨夜ローラが睨んだとおりである。イリエナ達が居る事の意味が、此処で現れるのだと確信した。
「コロコト様此処からは私が…先ず皆さんには『お待ちなさいな、アレクレシア。貴方は隊長でしょうならば部下に話す様に言いなさいな。お父様であればそう命じるはずですわ』」
流石はお嬢様、とアレクレシアは感じていた。ブラッドたちは『誰だこいつ』と見たことが無い態度に驚いていた。
「ごほん、それでは貴様達には別働隊として編成し、動いてもらう」
アレクレシアは雰囲気と声を変えるとそう指示を出した。
「お尋ねしても宜しいですか?」
そう聞くのはローラであった。騎士団のイロハを教えていない為に酷くなければ指摘はしない。
「ああ、構わないぞ。但し、名前を名乗る様にな」
「承知しました。私はローラと申します。質問ですが、事前に二つのルートを挙げられておりました。私たちはつまり、三隊目と言うことでしょうか?」
その指摘にはアレクレシアは舌を巻く、まさか今までの言葉でそこを言うことが出来るとは思わなかったからだ。
「その通りだ、ローラ。私は一隊を率いてバブリャンコを直線で結ぶルートを行く。冒険者等には山岳ルートだ。そして君たちには南のルートを進んで貰う」
アレクレシアはそう言って騎士団で使用する地図を広げる。これはエルミナでも見ることが出来ない代物である。言うなれば高級将校専用地図というものである。情報とは地位によって与えられるし知ることも出来る。エルミナは今まで知る事の出来る地位には居なかったということだ。
「ここがウォータルだ。そして、此処のルートだ」
アレクレシアが示したのは南部にあるアレントル帝国であった。この国は様々な人種が暮らす国家である。彼女はその一つの都市を示していた。
「ドマニステルですか…聞いた事ありませんわね」
「私もですイリエナ様」
二人が知らない以上ブラッド等が知る由も無い。彼等はセント王国ならば旅をした経験はある。しかし、国外は初めてであった。
「貴様たちが知らぬのも無理はない。アレントル帝国とは国交が無かったのだからな、此の度我がセント王国は晴れて国交を結ぶことになった。そこで調印式には王太子殿下が御臨席なされる」
アレクレシアはそこで話しを切った。もう一度集中して貰う為である。
「現在、御一行はアレントル帝国へと入国なされているはず。ウォータルへの特使とは王太子殿下であらせられる。殿下には恐れ多くも調印式の帰りに此方へ立ち寄って頂き、式典への御臨席を賜ることになっている」
彼女の言葉で皆は大体話しが見えてきた。それを示す様にクラウディアが手を挙げる
「私はクラウディアと申します。つまり私たちが本命で後の二隊は囮と考えて宜しいのですね」
「ああそうだ。まさか少数で特使を出迎えると思わないであろう。実際に、バブリャンコには偽物の特使がやって来ることになっている」
なんともローラの言っていた事があの時点で正鵠を射ていたのであった。
「と言うことはわたくしが王太子殿下をお出迎え致しますのね」
「その通りで、その通りだ。おじょっ…イリエナには王太子殿下の受け入れ及び接待を任せる。他の者は警護だ。当然王太子殿下の護衛もいる。その辺は現場の判断に委ねるしかない」
アレクレシアにはイリエナに対する態度がいまいちいまいち馴染めないでいた。心の葛藤があるのだ。
「貴様達は今日から五日後には出発して貰う。それまでは兵舎で他の冒険者等と同じ訓練を受けて貰う」
そう言ってアレクレシアがイリエナを見たことは誰も言わないでいた。心配しているのだが、されているとは知らないイリエナは夢にまで見た騎士団の訓練と胸を躍らせていた。
その訓練などはあっと言う間の出来事であった。今思うと冒険者の方が楽であると皆口を揃えて言うはずである。何が楽か、それは自由である。騎士団とは字の如く団体、組織である。一人一人が好き勝手に何かをしていい訳が無い。対して冒険者は、一人でも複数でパーティーを組んでも自由である。依頼もやりたくなければやらなくても良い。そう言った気楽さがある。しかし、騎士団にはそれが全くない。
それに階級を嫌でも意識させられるのだ。言葉使い、態度や身だしなみ一々見られている。悪ければ罰を、しかも連帯責任である。冒険者では味わえない団体行動を意識させられたのである。
良い事もある。何かと話を乱す者が態度を改めたと言うことである。筆頭はエッジである。今までもリーダーのダレウムが頭を悩ませていた彼の行動が、暫くの間に変化していたのだ。これには本当に感謝を述べていたのを仲間は見ていた。それに顔つきも全員が精悍なものへと変わっていた。
「よし、揃ったな。貴様等よく頑張ったな。此の数日間は本当に地獄であったと思う。少ない期間で騎士団の行動が出来ねばならないと言う、厳しい中での訓練であった。だからこそ、私は貴様等を厳しく扱った。我がコーンステッド騎士団の不手際故に、貴様等を此処に集めておきながら、此の扱いだ。本当によく頑張ってくれた!有難う」
アレクレシアはそう言って頭を下げる。それに続いて副官や、隊員も同様に五十七名に対して深々と下げる。それに対して冒険者たちは清々しい思いになっていた。開始当初を思えばよくここまで出来たと誰もが感じている事だろう。
「今日の訓練が最後であった。この後は十分に英気を養い、任務に当たって貰う」
「以上!解散!」
副官の言葉で本当にやりきったという思いが彼等の渡来した。何事も最後までやりきった時の嬉しさが彼等に込み上げるものをもたらす。今では五十七名が仲間であると言う認識まで在った。これ以後冒険者として戻った後も彼らにはそれが財産となる事であろう…
とまあ、感動話は此処までである。彼等は此処からが本当の依頼なのである。ブラッド達は感動の余韻に浸りながらも既に馬上の人である。彼等は極秘でウォータルを出て、アレントル帝国へと向かっていた。
エルミナを隊長として、一列となって行軍を行っている。他の冒険者は今頃美味しい食事とお酒に酔いしれて、彼等が出発した事を知りえないであろう。
彼等は目的地ドマニステルまではブラッドを中心とした仲間である。その雰囲気も今まで通りである。何といってもローラとクラウディアの態度が積極的であった。男女別となっていた兵舎、さらには団体行動ばかりとプライベートな時間と言う物が無かったのである。ブラッドに恋するものには何かと堪らない数日間であったのだ。
「こうやって旅の様に、なんて初めてねブラッド」
「何時の日か本当に旅をしたいわね、ブラッド」
彼等が行く道は人が通らない道である。ウォータルを出てからは我慢してコーンステッド騎士団の雰囲気を纏っていたが、今は枷となる人の目が無い。やるなら今しかない、二人はそう考えていたのであった。最初は一列であったが今はブラッドを挟んで右にローラ、左にクラウディアである。その前にイリエナとエルミナがいる。
「悔しいですわ。馬に乗っているからあそこに加われないですわ!」
イリエナはチラチラと振り返っては、自分もやりたかった事を二人が積極的にしていることで、悔しがっている。
「我慢してくださいお嬢様。今はお家の為で御座います」
エルミナの言葉は正しくその通りである。これからイリエナは、特使である王太子を出迎える重要な役割が待っているのである。何とかあと数日は我慢して貰わなければならなかった。
「悔しくありませんのエルミナ!貴方だってあそこに加わりたいのでしょうに!」
「えっ、いやっあの…お嬢様どう言うことでしょうか…」
突然のカミングアウトにエルミナは狼狽する。彼に抱く淡い恋心が、いつの間にか露見していようとは、思いもしなかったのだ。
「わたくし知っていますわよ。エルミナがブラッドの事を目で追っている事を。それにブラッドを見ては素敵、などと口に出しているでは無いですか」
口真似も入れて説明するイリエナ、それに対して彼女はまさかそこまでばれているとはと言う気持ちである。
「遠慮することはありませんわよ。好きなら好きでアプローチなさいな。この国は幸い重婚が認められています。相手が受け入れてくだされば問題ありませんわよ」
イリエナは馬を寄せて彼女に囁くように言う。エルミナも主人である彼女が認めるのであれば、と気持ちが揺れ動いていた。
「それにですわわたくしたちは貴族です。ブラッドと結婚すればわたくしが第一夫人、エルミナが第二夫人確定ですわ!」
『確定ですわ、じゃないわよ!』
突然二人の声に驚いたイリエナである。
「な、何ですのお二人とも!」
「何ですの、では無いわよ。なに訳のわからないこと抜かしてる訳?この非常識お嬢様わ!」
「全くね。常識が備わっていないなら、もう一度教育をしなければいけないわね!」
ブラッドにはローラとクラウディアと言うイージスの盾を突きぬけなければ、辿り着けないのである。
ブラッドは一人前で姦しい三人を眺めている。どう言う訳か彼には会話が聞こえていなかった。仲が良いよなー程度に思っているだけである。なんとも鈍感でなんとも苛立たしい男であろうか!そう思わずにはいられないのだった…
最後までお読み頂き有難う御座いました。
御感想お待ち致しております。
誤字脱字等々御座いましたら御一報いただけると幸いです。
それでは次話で御会い致しましょう。
今野常春




