第二話
「ブラッド殿、ブラッド・レイフィールド殿は居られますか?」
馬上の人物はブラッドの名を呼びながら徐々に彼等に近づいてくる。毛並みの艶やかな馬体に乗る人物も煌びやかな金髪が特徴の女性であった。髪に合わせたように彼女が身に着ける鎧も、顔が分かるほどに磨き上げられた物である。この場所は傭兵が集まる場所だ。彼女の美貌に誰もが見とれてしまう。一同が思うことは一つ、良家のお嬢様であると言うことだ。
「はい!俺がブラッド・レイフィールドです!」
彼女に答えるべくブラッドは大声で前にいる女性に答える。その言葉に当然周囲の視線が集まる。当然であろう、彼はロエト砦戦役の立役者であるのだから。多くいる傭兵も名は知っているが顔は知らないと言うものが大半である。ブラッドの声に気が付いた彼女は馬首を彼の方へと向けると近づいて来る。そして馬から降りると形式に則った挨拶を行い、堂々と言葉を述べる。
「この度のご活躍、誠におめでとうございます。つきましてはコーンステッド侯爵様より直々のお召しにございます。何卒速やかにお越しくださるようお願い申し上げます」
彼女はそう言うと今一度頭を下げた。周囲の人間はその光景を興味深そうに見いる。
「承知致しました。直ちに参ります」
ブラッドがそう言うと彼女の雰囲気が変わる。此処までが彼女の任務だったのだろう。フランクなとまでは行かないが、周囲の空気を和ませるようなものを彼女は持っていた。
「よかった、感謝いたします。私はエルミナと申します」
ブラッドを始め同行する者はローラとロワンデルの三名と言うことになった。残りは此処で待機、彼等の持ち物を見張らないといけないからだ。ドワーフの二人、ロードン、マルクオはブラッドたちが移動して共同で待機することになった。エルミナはブラッドたちに合わせるように馬を降りて曳いて歩く。道中傭兵やら兵士らに見られながら移動したものの気にすることなく侯爵いる場所まで向かった。
「コーンステッド様、ブラッド・レイフィールド殿をお連れ致しました!」
エルミナは大きな天幕の前に立つと張りのある声で言った。入口両脇には精鋭と思える兵士が立っていた。ブラッドはこの天幕周辺の兵士の質の高さに舌を巻いていた。この考えはローラ、ロワンデルの二人も共通のものだった。鎧にはしっかりとコーンステッドの家紋が施されている。
「入りたまえ」
中から声が聞こえると同時に内側から幕が上がる。中にはさらに兵士が二人立っていた。彼らが幕を開けて四人を中へと誘う。外の二人よりもさらに内側の二人は強い。それがブラッド等には判断できた。戦闘と言うものを経験して四年、ブラッドは死線を潜り抜けてきただけありその二人が醸し出す雰囲気が只者ではないことを知りえた。
「失礼します」
エルミナを先頭に中へと入る。戦場だと言うのに幾らかの装飾品やらが置かれるあたり、目の前の人物がどれほどの地位にいるのかが分かってしまった。重厚感のある机で只管作業するのがコーンステッド家当主のマクコット・トドーフ・コーンステッドであった。
「申し訳ないな。この仕事が終わるまでそこに掛けて待っていてくれ。エルミナ頼むぞ」
彼は一度視線をブラッド等に向けて言うと直ぐに書類に目を戻した。エルミナは指示通りブラッド等を来客用のソファーへと案内する。間を置かずに従者がお茶を運んでくる。こういった配慮が簡単に出来るのが侯爵家と言えるのだろう。侯爵家はマクコットの家族のみで成り立つものではない。そこに仕える使用人らがいてこそ家が回るのだ。
三人は高級そうなお茶を飲みながら多少緊張した面持ちでソファーに腰掛けている。戦場には似つかわしくない調度品、装飾品が多数飾られ、さながら急造の屋敷と言った雰囲気が中にはある。飽くまで此処は天幕と言う枠で語られる場所だ。ブラッドたちはそれらの品を見る為に目をきょろきょろさせて束の間の時間を消費させる。
「待たせて申し訳ないな。戦後処理は私の仕事でな、私がマクコット・トドーフ・コーンステッドだ」
威厳と貫録を兼ね備えた、初老の男性はそう述べた。戦場故煌びやかな衣装を身に纏うことはしない。 それでも、この場に見合った衣装はどれも一級品と思わせる物だった。例え全てがとは言わずとも、彼が身に着けると言うだけでそう見せることが出来ていた。
「コーンステッド様、左からブラッド殿、ローラ殿そしてロワンンデル殿でございます」
エルミナが三人の紹介を告げる。名を呼ばれた者は立ち上がり深々と一礼を行った。この場合自分からは名乗らないのが慣例である。
「そうか、話しは聞いている。ワリホト・モロルンド男爵の件だ。事前の情報では居なかったにも拘らずよくぞ討ち倒してくれた。感謝する」
マクコットはそう言うと席に座りながらではあるが、しっかりと三人に頭を下げる。その光景に三人は呆気にとられる。エルミナはその三人の向かい、マクコットの後ろに立つ。よく見る光景なのだろう、気にすることなく状況を眺めていた。
「どうした、私が…侯爵がこのように頭を下げるのが不思議かね。まあ仕方がないな、貴族と言うものはそう言う生き物なのだから…」
マクコットはそう言うとカップを手に取りお茶を飲む。
「貴族には、爵位が上がるほどに威厳と言うものが求められる。私のもとには貴族と名の付く人間が五千人は居る。さらに領民を合わせれば百万は下らないだろう。そう言った中で求められるのは能力の他に見栄え、振る舞いも必要になるのだ。だから他の人間には貴族が傲慢に見えるのだろう」
そう言ってもう一度お茶を飲み、息を吐き出した。
「さて、これ以上話しを伸ばす訳にもいかないな。エルミナ」
「はっ!」
マクコットは彼女の名を呼ぶと示し合わせたように彼女から袋が渡される。
「これが賞金の王国大金貨二十枚だ、確認してくれ。それとそれ以外の報酬は別途用意してあるから安心してほしい」
彼はずっしりとした質量をもつ袋をブラッドへと渡した。受け取つた彼は金貨の重りとそれ以外の重さも感じていた。それが何かと言うのが判らないのだが…
「実はな、先程話したね。事前に情報が無かったと。君たちの様な実力者がいなければ我が軍は敗退していただろう」
ブラッドたちは街中で今回の戦いの話しを知ることになる。その時の話しではモロルンド男爵の話しは聞かされていなかった。
ブラッドたち傭兵は戦場に出ない間は冒険者として行動をしている。所謂二足の草鞋というものだ。戦場は貴族が用意するものである。領地を持つ貴族が兵を集めて戦場へと赴く。既出しているが此処で、集めた兵の消耗は貴族にとっては悪夢でしかない。戦いが終われば彼ら兵士は領地で仕事に励むからだ。生産力は落とせない、いや落としたくないのだ。
そこで貴族は傭兵を募集する。一定のノルマによって金銭を支払い、名の知れた者を討ち取った場合、ボーナスを上乗せする。腕に覚えのある人間にとりこのシステムは最高のものである。
この仕事を斡旋するのが冒険者ギルドである。貴族が傭兵を募集する場合必ずギルドへ依頼を出す。最低募集人員を始め、報酬と賞金首、戦場の想定参加人数などをギルドへと知らせる。これには事前の偵察及び情報収集が前提となる。これにより、ギルド側は戦場のランクを決定する。簡単なものがHと言うランクで、最高はSSである。基本小競り合い領地紛争の類いはHからEの間で決定される。国家の存亡掛ける場合などは最高ランクである。これは強制動員となる。
マクコットも同様に依頼を出した。その時は傭兵五百人を募集し、報酬等も書き込んであった。賞金首はこの時違う人物で賞金も大分低かった。参加人数も敵が二千に対し、一万を数えることになっていた。 一万と言う人数は念のためと言うのと新兵器導入の為である。これによってギルドは戦場ランクをGと決める。このランクにより傭兵として参加できる者のレベルが決定されるのだ。
このランクの場合、実力者などは余り参加しない。レベルの低い人間が参加して実践慣れをしていくと考えられているからだ。余りに場違いな実力を出し、周囲のやる気を奪う可能性があれば致し方ないことだろう。しかし、ギルドもバカではない。全てを素人に毛が生えた程度の傭兵しか送らないと言うことはあり得ない。そうやって全滅してさらに貴族の信用を失えば、ギルドは消滅するであろうことが判っているからだ。
そこでギルドは毎回レベルの高い者を一定数参加させている。これによって傭兵にも貴族側の依頼にも損ねるようなことを回避しているのだ。今回白羽の矢が立ったのはブラッドたちであった。定数に対し一割、これがギルドの定める人数だ。最低人数が五百と少な目の人数であることから、五十名を集めるのは容易なことであった。
「まったく、本当に今回はギルドの配慮のおかげで助かった。砦へと侵入する前も君等がしっかりと指示を出し戦ってくれなければ、中へと入る事さえできなかっただろう」
戦場へと近付くにつれて続々と入る情報にマクコット等は頭を悩ませた。当初掛けた賞金首は存在せず、変わりにそれらが束になっても敵わない人間、ワリホト・モロルンド男爵の名が出て来ていたのだ。 さらに偵察の結果、想定を大きく上回る三千五百に上っていた。
情報は鮮度が大事である。入手した瞬間から劣化が始める。依頼と言うものはそこにデメリットがある。情報の齟齬、当然偽情報などもあるがそれは謀略であり引っかかる方が間抜けなのである。マクコットの場合前者である。大分劣化した情報を元に軍旅を発したのだ。
王からの勅命により始まったこの度の戦い、準備開始から正味一月で戦いへと望むことが出来た。これはコーンステッド家が有能であることの証左であった。人を集め、物資を集めetc…上げれば切りのない準備を短い間で行った。
「今私が何をしているか分かるかね」
マクコットは突然彼等に尋ね出す。いきなりの質問にどうこたえてよいか見当もつかない。
「我々が与えられた情報は半年も前のものだった。これは降伏した兵から話しを聞き出し、既に複数名が同じ証言をしていることから判ったことだ」
降伏した兵の話しはこうだ。半年前までは確かに砦には二千名の兵が常駐していたし、そこを治めている人間も情報の通りだった。しかし、突如解任されると直ちにモロルンド男爵が着任する。千五百の兵を引き連れて…さらには城壁上部にある兵器も彼らが持ち込み設置したのだった。
「つまり侯爵様は何者かが敢えて古い情報を与えた、そして敵は内にいたとお考えなのですね?」
ローラはこの時初めて口にした。戦場では想定外の出来事は多分に起こりうる。傭兵の実力が相当低いこともそうだが、砦に入る前と後の兵士の質に大きな差があった。それに不満を漏らす訳ではないが、やり難いと言う思いはあった。
「そのとおりだよ、ローラ君。本来ならば君たちは我ら貴族を始め、一般兵を一堂に会した場所で表彰を行うのが慣例となっている。しかし、今回は余りに不手際が目立つ結果となった。勿論内容は完勝だ。これは疑いようが無い、しかし…これからを考えるとな」
マクコットはそれ以上このことは話しをしなかった。以降話しはブラッド等の傭兵としての話しや今回のモロルンド男爵の戦いの話しなど多岐にわたり会談は終了した。
「結構時間が経ってしまったな…改めてありがとう。君等のおかげで勝つことが出来た。多くの兵を無事に帰すことも出来る。二重の意味で礼を言わせてもらおう」
この言葉を最後にブラッドたちは天幕を後にした。
「おかえり、随分時間掛かったわね」
マクコットの天幕とブラッド等が使用するそれを比較してはいけないが、どれだけ酷いのかは自覚できた。それでも他よりは幾分ましであり、そう考えると侯爵の天幕がどれほど金を掛けているのかを実感できた。
「ただいま、クラウディア…あー疲れた!」
簡易ベッドにブラッドは倒れ込む。いつもならローラから一言あるのだが、その彼女も同様にベッドへと体を預けていた。
「ちょ、ちょっとどうしちゃったのよ二人とも。なにがあったの?」
普段見られない光景に驚く彼女はローラではなく、ブラッドに詰め寄った。
「あ、あーゆ、揺らすなよクラウディア…マジで侯爵様との話しが精神的に疲れただけだって…」
第三者から見ればブラッドはがっくん、ガックンと肩を揺す振られていた。
「そうよ、クラウディア…話しは何時でも出来るわ。今は少し休ませてちょうだい…」
ローラがそこまで言う会談とは何なのか、興味は尽きないが今夜は休ませることにした。隣り合うブラッドとロワンデル等の天幕、幸い隣には二人のドワーフが元気である。三人は交代で寝ずの番を行うことになった。
翌朝、ブラッドは昨日の疲れを忘れるほどの空腹で目を覚ました。既にローラにベッドには姿が無い。天幕は三人で使用していた。貞操観念等はこの際隅に置いてお読み頂きたい…
「腹減ったー」
天幕を出ると眩い朝日がブラッドを出迎える。その先には朝食を作っているクラウディアの姿が見えた。隣にはロードンとロワンデルの二人も手伝っている。ドワーフの残り一人は最後の見張りでまだ眠りについている。
「おはよう、ブラッド」
クラウディアはブラッドに気が付くと振り向いて声を掛けてきた。彼女は料理全般が上手である。三人は持ち回りで調理をするのだが、彼女が手掛ける料理は大抵の食材が美味しい料理に変身する。次点がブラッドだ。男ながらの料理であり、それが二人には受け入れられていた。残念ながらローラは……彼女はチームの運営等で多大な貢献を果たしているので問題は無い。
「おはよう、クラウディア…お腹すいた…」
「当たり前よ、二人とも帰って来るなり直ぐに寝ちゃって。夕食を取らずに寝ていればお腹がすくわよ。私たちは戦いの後殆んど口にしていなかったんだから。さっ、顔を洗ってきなさい、それまでには出来ているから」
ブラッドは指定されていた水洗い場へと向かう。とは言えこの場合は川である。綺麗な水場を確保していた為にこうして使用できるのだ。戦場では必ずしもこうはいかない、そう考えれば今回は当たりとも考えられる。
「おはよう、ブラッド」
水場に差し掛かるとローラが先にいた。彼女も昨日帰ってから朝までぐっすりで、彼が起きる少し前に起きたのだ。そして一足先に顔を洗っていた。
「おはようローラ…お前も腹減ってる?」
「そうね、戦闘後全く口にしていないものね。唯一は伯爵さまのところで出されたお茶よね」
ブラッドとローラは互いに身嗜みを整えながら話す。このような生活を続けて早数年、最早これぐらいのことは慣れたものである。当初はこれも恥ずかしいと言う思いが皆に遭ったのだ。
「だよな、俺なんて腹が減って目が覚めたよ」
この言葉にローラは私も、とは決して言えなかった。流石にそれは彼女の中でも言うのが恥ずかしいと言う気持ちになった。
「ブラッドらしいわね。さてと、私は先に戻るわ」
彼女はそう言うと自分ことが終わりクラウディアのもとへと戻って行った。今から戻れば何某かの手伝いは可能と言う考えからだ。
ブラッドが戻れば既に用意は終わっていた。彼等は実力のある傭兵である。そこそこの財力はある。マジックポーチ、自身の魔力で自在に持ち物が出し入れ出来る優れものだ。高額で取引される物なのだが、これを持てるか持てないかで傭兵、冒険者としての力が見られるのだ。
椅子にテーブルとしっかりと用意され、料理もしっかりとした作りであった。他の傭兵は火を起こすのも一苦労であるレベルでる。その為種火は常に絶やせない。また料理と言えば保存食か商人が販売する素材を調理(火で炙る)をするくらいが当たり前の中である。
「いやー流石クラウディアだな。良い匂いが遠くまでしていたぜ」
そう何気なく彼女を褒めるブラッド、彼女もとても嬉しそうにしていた。
「さっ、早く食べましょ」
褒めるブラッドに少し嫉妬心が芽生えたローラは素っ気ない感じで促す。この場にはロワンデルら三人も同席している。その為に彼等の調理した物も添えられている。
「しかし、何時まで経っても慣れなんのぅ」
食事を始めて少し、ロワンデルはそう言うと食べる速度を緩める。
「どうしたんだよ、おっさん?」
ブラッド等三人の前にロワンデル等三人が座る、ブラッドは真ん中に座り両手に花である。ロワンデルが言うのは彼等の食事を羨ましそうに眺める他の傭兵である。此処にやって来ているのは主に初心者、駆け出しの人間で、実力も財力も無きに等しい連中だ。今回得た報酬で何とか暮らしの見通しが立てられるような段階の人間が多い。
「だめだぜおっさん。そこは心を鬼にしないとな」
「分かってはいるんじゃが…」
ブラッドはロワンデルが考えていることが手に取る様に分かる。と言うのもロワンデルというドワーフはとても懐の広い人物なのだ。困っている者がいれば、種族問わず可能な限り手助けしたくなる者なのだ。それがこの場でなければよかっただけだ。このような戦場、戦場後の場所での手助け(主に食糧)はその人の為にならない。故にギルドでは明確に禁止はしていないが、暗黙のルールとして知られている。
「だったらいいんだよ。これは誰もが通る道だ、これを見て俺たちもと思えなければいけないし、そう思えないのならばきっぱりと辞めるべきなんだよ」
ブラッドは食べながら器用に話しをする。喰うか喰われるか、命のやり取りをする戦場では手助けされて、慣れることを非常に危険視する。特に傭兵はそうだ。基本、自己責任と言うのが彼等である。保障を求めるのならば兵士として貴族の元で働くべきなのだ。それを嫌い、傭兵、冒険者として道を選ぶのだから当然の話しであった。
ブラッドもロワンデルも共に今の彼等の様な状況を経験していた。それをばねに此処まで這い上がって来たのである。そう言った意味ではこれも教育と言えるかもしれない、スパルタと言う名のではあるが…
実力がものを言う世界、様々なことで振るいに掛けられる。生き残るため、自然淘汰と言葉を換えても良いがそこで心折れるのならば彼等にとっても良いことなのだろう
食事も終えると暫くは穏やかな時間が訪れる。ブラッド等はロワンデルたちとは別にこれからのことなどを話し合う時間を設けていた。その中でもブラッドとローラは昨日、侯爵の天幕での事を説明していた。これによってどうするかの判断を三人は出すのだ。行動の指針は基本話し合いで、納得いくまで話し合う。
「なるほど、昨日そんなことがあったのね」
クラウディアは二人の話しで合点がいった。彼女もあの場にいればそうなっていたとこの時思った。
「そうなんだよ。それでさ…俺の意見は暫く冒険者として歩き回るという案だ。なるべく面倒事は避けたいしな」
彼は今回の出来事は貴族同士の政争ではないかと考えていた。そして確実に事情を知るブラッド等はこのことに巻き込まれる可能性大と思っている。
「そうね、私は大人しく三日月亭で暮らすと言うのもありだとは思うわよ。今回の賞金で最低でも二年は暮らせるわ」
この提案はローラが出した。三日月亭とは彼らが街で暮らす際の宿である。とは言え現代の賃貸物件と考えても良い。食事も洗濯も全て自分らで行う事、と言うのが約束で借りているのだ。
「うーん、状況が大きすぎて少し考えにくいわね。どちらもアリだとは思うけれど…強大な権力の前では私たちは無力なのよね……」
クラウディアは流れに身を任せようと言うことを述べていた。時として話し合いを設けてもどうにもならない場合がある。今回がいい例であろう。結局答えは出なかった…単に頃合いを見て街へと戻ろうと言うことになった。どうせ、彼らが住むウォータルと言う城塞都市はマクコットが治める街なのだから、逃れられない。
傭兵はこの時点で早々に引き揚げている者もいた。戦後処理までは彼等の仕事として決められていないからだ。今汗水たらしているのはコーンステッド家の兵士たちである。命を取られる危険を考えれば今やっている方が気持ちは楽である。
とは言え、内容は過酷だ。遺体の処理、これは敵味方関係なく行う。特に味方の場合は遺族に届けるべき何かを残し、また記録に残さなければいけない為に時間が掛かる。埋葬方法は土葬が原則であった。傭兵には冒険者ギルドが事前に遺書や遺品と言うものを預かっている。帰ってくれば返却し、そうでなければ所定の手続きにより遺族に渡される。
「なあ、あの砦どうするんだろうな?」
三人は街に戻ると答えを出して以後、心の安定が必要だとボーっとしていた。ブラッドはふと思ったことを口にした。
「たぶん、拠点にするんじゃないかしら?」
ローラはそう言った。根拠はある。動員されている兵士が土木作業に従事しているからだ。作業は昨日から行われ一部補修工事も始まっている。ご丁寧に建築技術のある兵士が編成されていたのだ。彼女はそれを話しながら答えた。
「ああ、なるほどね」
「ブラッド殿!」
一度聞けば忘れない、よく通る声が聞こえる。
「エルミナさんだ」
馬を走らせやって来たのはエルミナだった。昨日と違うのは髪を纏めて、兜を被っているところだ。
「こんにちはブラッド殿、ローラ殿!」
馬から降り、兜を脱ぐと元気よく挨拶を始めた。
「こんにちはエルミナさん」
「こんにちは」
二人は挨拶を交わすと何かあると考え、天幕へと案内した。
「申し訳ありません。わざわざお招きいただいて」
「構いませんよ。それで今日はどうしました?」
ブラッドが尋ねると彼女は懐から昨日と同じ袋を取り出した。そしてそれをテーブルの上へと置く。
「本日はこれをお渡しに参りました。ロエト砦戦役での規定の報酬分です」
「ああ、そう言えば頂いていませんでしたね……ありがたく頂戴致します」
ブラッドはすっかり忘れていた。賞金の方が余りにも大きくて規定の報酬が霞んでいたのだ。それでも街中に住む者にしてみれば大金である。これで一人ならば三カ月は暮らせるからだ。ローラは来客としてエルミナを迎えている為にお茶の用意をしていた。流石にローラであろうともお茶入れの失敗はなかった。
「どうぞエルミナさん」
彼女はそう言ってエルミナにお茶を差し出す。侯爵の天幕で飲んだ者ほどではないが味はそれなりである。流通している中では高級品と言える部類に入っていた。
「ありがとうございますローラ殿。それでは頂きます……おいしい!」
その言葉にローラはほっと息を吐いた。多少緊張していたのだった。
「よかった、これローラの趣味なんですよ」
「そうでしたか、私は初めてですよ。このように美味しいお茶に巡り合えたのは」
エルミナは貴族の家系に生まれている。三女として生まれた彼女は政略結婚を嫌い、騎士を目指していた。キツイ日々を過ごしながらも唯一の安らぎがお茶であった。この咽を過ぎた後のホッとした瞬間が彼女は好きなのだ。
こう話すエルミナに対し、ローラはお茶好きという共通の友が出来たと喜んだ。当然エルミナもである。ローラは今回出した茶葉をお土産に渡そうと準備も始めていたのだ。
「そうだ、忘れるところでした。つかぬことをお尋ねいたしますがブラッド殿はこの後どうなさるおつもりですか?」
エルミナのこの言葉に二人は『やっぱり』と心の中で一致したのだった…
最後までお読み頂きありがとうございました。慣れないもので書き上げるのに時間を要してしまう今野常春です。未だ慣れない作業でありまして、全てにおいて遅々として進行していない状況であります。
言い訳はこの辺りと致しまして、初めて予約投稿を行いました。何事も初めてというものは緊張致します。心血を注ぎ、皆さまに楽しくお読みいただけるよう今後とも努力してまいります。それでは次話でお会いしましょう。
今野常春