第十八話
ブラッドたちが大家のスマットから家を購入を決めた頃、ウォータル全体でも大々的な発表が為されていた。コーンステッド侯爵の隠居に伴い、ライストリ子爵を侯爵に襲爵するということである。
この発表は、先の元司祭等による横領と言う事件により、混乱した街の雰囲気を一掃するカンフル剤と考えている。景気と言う言葉には気と言う字が使用される。物を買おうと思う気持ちはやはり気である。 沈んでいた雰囲気が、この発表から時をおかずして変化が訪れるのを、街の皆が感じているのであった。
街並みは見た目も新たな雰囲気を生み出すかのように輝き始める。コーンステッドを始めとしたウォータルに暮らす貴族が一気に消費を始めるのだ。襲爵の儀は一大イベントである。貴族は思い思いに贅をこらした衣装を作らせる。さらには祝いの品でも競い合うように高価な品を購入する。特に主催するコーンステッド家は何処よりも金を消費する。一説には割符五十枚…五十億…は掛けていると言う話である。
これによってお金が市場に流れ始める。頂から流れ落ちる水の如く、金は下に、下にと流れ落ちる。此の消費により事業拡大を行うお店などが増え、雇用が生まれる。さらには人手不足にならぬように賃金が増加する。増えた賃金は消費を刺激する。好循環が生まれ始めるのだ。
またウォータルへと流入する平民の数も増え出している。普通であれば雇用などの問題もあり、新たな流民は制限を設けて受け入れるのだが今は違う。街の拡大を野心的に進める時期でもある。以前は街に活気があっても、今の様な明日への希望に満ち溢れた活気では無い。今日も平和を甘受できると言う、後ろ向きなものであった。即ち、ウォータルでは成長の停滞期を迎えていたのだ。
このウォータルでコーンステッド家の襲爵が決まり、最初に行うのが大規模な公共事業である。ライストリは例に倣い、第三城壁の外に新たな第四城壁を築くことを宣言した。このエリアは住民が暮らすのみならず商業エリアも含めることで、人の流れを拡大させようと目論んだのである。
今はどんなものにも仕事が溢れている状況である。仕事場の雰囲気が嫌だから辞める。人と気が合わないから辞める。そんなことで辞めても一秒後には次の仕事が待っているのだ。当然こんな状況は長続きするものではない、何れは終わりを迎えるのだ。だが、ここに暮らす者は思う。一時でもこのような事をしてくれるコーンステッド家とはいかに良い政治を行うのであろうか、とだからこそ次の侯爵様も善政を布いてくださると。こうやってウォータルでの支持を集めているのであった。此の支持は貴族の爵位継承に反対する者を封じることにも繋がる。
現にライストリに反対を表明する者もいるにはいるが、最早吠えるだけで賛同者などは集まらない状況になっていたのだ。
ブラッド等は仮住まいから冒険者ギルドへと顔を出していた。と言うのも、朝早くにギルド職員が訪ねて来て、緊急依頼がある旨を知らせに来たからである。ギルドには特別と緊急、そしていつもの通常依頼の三種類がある。特別依頼とはギルドマスターに与えられた権限である。マスターが冒険者を指名出来る他に、報酬が倍増すると言うものである。此方には選択権がある。
緊急依頼とは、貴族側から直ちに完了して貰いたい依頼をギルドマスターが認めた場合にのみ発生する。此方には貴族側若しくはギルド側の指名により冒険者が決定する。さらには拒否権は無く強制である。
ブラッドたちは普段使用されない地下へと下りる。これはギルド職員が訪れた際に渡されたカードで、進入することが出来る。扉にはそれを翳すと開くと言うシステムになっている。彼等はそのまま奥へと進む地下道に扉が一つ、そこを開けると二百人は入れると言う会議室が存在していた。
「おお、待っていたぜブラッド」
そう言って出迎えたのはコロコトであった。彼は入り口に向かって座っていた。他の冒険者はブラッドたちに背を向けて座っていた。それが一斉に彼等に目を向ける。
彼等の反応は様々である。ブラッド・レイフィールドはランクAの冒険者である。さらにはパーティーでもランクBとくればその名は知らぬ者はいない。しかし、顔を知っているかと言えばその反応は少ない。この中には約五十名の冒険者が集まっている。その中でも顔も名前も知っているのは極僅かである。
「それじゃあ始めようか。今回みんなには緊急依頼を出して迷惑を掛ける。その分報酬は三倍だ……」
その言葉で冒険者たちは活気づく。しかし、だからこそ危険が目の前にある。そうだからこそ、カラ元気でも気分を高揚させるべくそうさせるのだ。
「喰いついて来たな…それじゃあ依頼内容を話す。みんなは凡そ二ヶ月後何があるか分かっているか?」
「そりゃあ、あれだ此処の領主さまの交代で新たな領主さまを迎えることだろ?」
言ったのは見た目が軽そうな男である。言葉尻も多少軽いと言うことで、イリエナは嫌悪感を抱いた。
「まあ概ねその通りなんだが…エッジ、お前さんいい加減言葉を直せ。話しを続けるぞ。現侯爵様が引退なされ、その息子ライストリ子爵が襲爵為される。これを認めるべく王都より特使がやってくる訳だ」
「実はそこで問題が発生してな…ロエト砦に兵を割いたせいで特使を迎えるに値する兵が少なくなってしまったんだ。そこでお前さんたちには、コーンステッド家の私兵として特使を出迎える依頼を受けて貰う」
元司祭等の逮捕から処刑までの関係で起こったロエト砦戦役は、なぜ起こったのかを知る者は大分少ない。事情を知らない者はコーンステッド家の不手際と捕らえてしまう。
「おいおいマジかよ。コロコトさん俺たちに私兵の役割をしろって言うのか…馬鹿言っちゃいけないぜ」
「そうね。私たちはあくまで冒険者よ。戦場では傭兵。私兵には成るつもりはないわ」
それ以外にも似たような反応である。此処に居るのは個人でランクB以上、パーティーでB以上の者が集められている。誰もが一線で戦う者たちである。不満が出るのは仕方のないことだった。
兵士とは労役の一つ、若しくは固定給を支払われる者である。実力は冒険者ランクEほどである。貴族によって多少の誤差はあるものの大体がその辺りだ。
「ああ、それは十分に分かっている。分かっているが、これはどうしてもやらねばならないのだ。我慢して欲しい」
トップが此処まで言い、頭を下げれば否とは言えない。そもそも彼等とてコロコトには頭が上がらないのだ。それだけの付き合いが彼等とコロコトの間に存在している。此の場は仕方ないと言った雰囲気が漂い出す。
「分かっぜ、親っさん。あんたには返せない恩があるんだ。俺はこの話しを受ける」
「何カッコいい事言ってんだよダレウム。お前は誰かさんにカッコいい所を見せたいだけだろうが」
そう言ったのはエッジである。ダレウムはこの中では中心人物として動いている男である。
「みんな、済まねぇ。臨時で俺からもボーナスは出す。それじゃあ詳細を話す。此処に居る五十七名はコーンステッド家私設第九部隊に配属となる。さらに隊を二手に分けて移動をして貰う。一隊はここだ。もう一隊はここな。これからみんなにはコーンステッド家の兵舎で寝泊りをして貰う。安心しろ男女別だ。今日はこれで解散だ。明日の朝もう一度準備をして此処に集まってくれ。お前さんたちが持つカード失くすなよ…それは今回の報酬の……二十倍だからな」
そう説明が終わるとコロコトは別の階段で此の場を後にする。残された冒険者も各々ばらけて此の場を後にした。
夜、ウォータルでは中のエリア、商業エリアの一角に酒場など夜に盛り上がるお店が集中している。此処はその一角の身に小さな城壁が築かれている。東西南北に一ヶ所ずつ設置されている。これは子供対策である。間違って子供が侵入しないようにと、謝ってお店が酒などを提供しない様にする為である。最初は不満の声も上がっていたが、今ではなりを潜めている。
そんな南部では今日も多くの冒険者が稼ぎに応じて飲み食いをしている。
「しっかし、見たかよ。あのブラッドだったか?あいつまだガキじゃねーかよ」
緊急依頼で集まった一人、エッジがそうブラッドを評した。彼に前には既に酒が入っていた杯が転がっている。暫く飲酒が出来ない為に飲み溜めを行っているのだ。
「それがどうした。あいつはそれだけの功績を残しているのだ。お前がどうこう言える立場ではないだろ」
「でもよ。ダレウム、おかしくねーか、どうしてあいつらばかりが贔屓されているんだよ」
エッジは彼等が家を建てると言う噂の事を指している。コロコトの特別依頼しかり、アブレット・ノートンの協力然り、しまいには銀行のボノレーム・ジェリムである。錚々たる人物が彼等に手を貸している事は冒険者の中では噂になっていた。
彼等とて不満までとはいかないが当然面白くは無いとは感じている。しかし、実際自分たちならと立場を置きかえるととてもではないが実行できる自信が無い。ロエト砦でも、ワリホト・モロルンド男爵を相手に見事勝利をしている。賞金は王国大金貨二十枚と大々的に出されているが、あの場に居た熟練の冒険者でも彼の名前を聞いて怖気づいていた。それを先頭で城門に突撃し、常に先頭を走り結局は計六名で倒してしまった。この話しだけでも彼らには無理だと思わせることである。
「だからダレウムが言ってるじゃない。彼等はそれだけのことをしているのよ。悔しかったらエッジがやってみなさいよ」
此の場には六人が丸テーブルを囲んで酒を飲んでいる。
「しかし、今日はずーっとブラッドだな。そんなに気になるかエッジ?」
「まあな、あいつは俺と二つしか違わねぇじゃねーか」
そう言ってエッジは飲んでいた酒杯をテーブルに叩き付ける。壊れないのはこの手の客が多い為にアルノバの木を材料にしているからだ。
「何よそれ…結局は嫉妬じゃない。みっともないわよエッジ。そんなだから女の子に逃げられるのよ」
「なっ、なんでお前が知ってるんだよ、バーバラ!」
図星を突かれ、さらには知られたくない秘密をばらされたエッジは慌てた。
「そんなの簡単よ私、マリーとは友達だもの彼女から話しはしっかり聞いていたわ。あんた事あるごとにブラッドの悪口言っているみたいね。彼女カンカンだったわよ」
世の中とは狭いものである……
マリーとは冒険者ギルドで受付を担当している女性である。
マリーは十八歳、つまりエッジと同い年であるがブラッドに惚れている。彼が受付に来ると、必ず自分からどこかに連れってと誘うほどである。そんな彼女は年上であるバーバラによく相談していた。出身地が同じと言うこともあり、話しが弾んだのがきっかけである。以来姉の様な感覚でマリーは相談していたのであった。
事実は小説よりも奇なり…とはいかずエッジの恋は実ることは無かった……
「皆よく聞け。ブラッドとその仲間の事、確かに実力は見てみなければ分からない。今回はその機会を得られたのだ。我等は冒険者である。当然同業者はライバルである。だがこうして同じ依頼をこなさねばならぬ時もある。俺はなるべく仲良くしていきたいと考えている。特に命を預けねばならない時などはな」
ダレウムはそう宣言する。敵は極力作る必要はない彼はそう考えている。その通りである。要らぬ喧嘩を吹っ掛ければ何れ自分の周りは敵だらけとなる。だからこそエッジの手綱を締めようと考えているのだ。
「確かにそれは立派な事よダレウム…でもね六人居て、三人が潰されている中言っても効果は半減よ…」
バーバラは溜め息交じりで彼に話す。立派なリーダーであることには変わりはないが、何処かこうやって抜けているのだ。それを彼等五人がサポートして此処までやってきた。
彼等の冒険者ランクはBランクである。現在はブラッドたちと変わりない。個人ではダレウムと他二人がAランクである。年季も彼等の方が上であり。今回の中心的なパーティーになることが予想されている。
「むっ、そうだったか…いや、済まんなバーバラ」
「しっかりしなさいよね」
「まったくどう言うことですの!」
イリエナは憤慨していた。彼女がブラッドについて言ってからと言うもの、家関連の情報が彼女に流れてこないのだ。家を造るに当たっては父、ライストリから設計士を遣わされたことから、ブラッドの情報は入っている。しかし、それ以外の話しは全くない。今回ライストリの襲爵の話しも発表を受けて初めて知ったのだ。加えて、今回の依頼である。彼女には理解できなかったのだ。
「落ち着きなさいよ、イリエナ。食事中よ…」
ローラは目で静かにしなさいと送った。しかし、今の彼女はそれどころでは無い。
「そうは言いましても…わたくしどうしていいのか分からないですわ!」
仮住まいの家は前のよりも広い間取りである。今は五人で暮らしているのだが、如何せん居間がせまいのである。あんまりリアクションを大きくすると…
「あっ…」
「へっ…?」
イリエナが振り上げた腕が、クラウディアの湯呑に当たり、そのままブラッドの…
「ぶわっちーーー水、水!水ーーー!」
顔面に入れたてのお茶が降りそそいだ。まさにノーガードである。
「あ、あ、あ…」
イリエナは目の前の惨事に気が動転して動きが出来なくなる。
「ほらね。大人しくしなさいって言ったでしょ」
ローラはそう言って彼女を嗜める。ブラッドにはエルミナが対処していた。
「申し訳ありませんわ…」
イリエナはローラには頭が上がらない。ここでの常識と言う物をみっちりと教えているのは彼女である。教えるときは氷の女教師である。優しさは一番最後、教えている最中は厳しさ一辺倒である。これが良い、悪いと意見は別れようが、イリエナにははまっていた。
「謝る相手が違うわよ」
「申し訳ないですわ…ブラッド、クラウディア……」
「まあ私はいいわよ。次から大人しく食事をしてくれれば。でもね…」
隣で水に浸した手拭いを当てて貰っているブラッドを見る。少なくとも、この中で気遣いにおいて右に出る者がいないエルミナは、甲斐甲斐しく彼の手当てをする。
「ああ、気にするなイリエナ。次からしなければ俺はいいから」
ブラッドも思いのほか酷くは無く言ったのだが、どうやら彼女は気になってしまった。
「それじゃあ、明日の事だけれど良いかしら?」
粗方食事が終わるとローラは皆にそう言って集中させる。皆の目が向いたことで話しを始める。
「緊急依頼は聞いた通りね。コーンステッド家の私設部隊、第九部隊に配属が決まっている。暫くは兵舎に泊まることになる。此処まではいいわね」
彼女は皆を見て確認を取る。問題が無い事を確認して話しを続ける。
「問題は編成ね。コロコトさんが仰っていたルートは二つ、北の山岳ルートか直線ルートね。私たちがお迎えに上がる水上都市バブリャンコはこの二つしかない。でもどうして分ける必要があるのかよね…」
水上都市とは、決まった時刻を迎えると、水が浮き上がり街を囲んでしまうことから名付けられた。
観光地としても名高いのがバブリャンコである。丘の上に建てられた城塞が元になっている街で、そこは大小二十の城塞が連結していた場所であった。特定の時期になると各城塞は孤立する。それがこの地域の特徴なのだ。地面から水が滲み出し、あっと言う間に丘付近まで水が溜まるのだ。元は湖であった。それが地殻変動により水が流れてこなくなり、今の状態になる。水がどうして滲み出すのかは解明されていない。
今は丁度その時であり特使はそこでコーンステッド家の受け入れを待つことになっているのだ。
「それは分け無ければいけない何かがあるんだろうけど…」
ブラッドはそう言って何とか考えようとする。他も同様である。
「そもそもなぜわたくしが行かねばなりませんの?」
イリエナのこの言葉にローラはハッとする。
「え、ええっと…ローラさんわたくし何か仰いました?」
ローラの顔がイリエナを怒る時の顔に似ていた為に恐る恐る訪ねた。立派に調教が行われているとエルミナは感じていた。
「違うわイリエナ…そうよ、彼女はライストリ子爵様の実子よ。長女でもあるのよ。本来冒険者をやっている場合では無いのよ。エルミナさんも同様ですよね?」
「わ、私ですか?どうでしょうか…確かに侯爵位襲爵でありますからね。貴族と名の付く者は全員出席が義務付けられているでしょう。私にも家から何らかの話しがあっても良いはずですが…」
エルミナも陪臣ではあるがルーポンデン子爵家の娘である。三女ではあるが優秀である為にイリエナ付きに命じられる。彼の家では名誉なはずである。それが今現在何も言ってこないのは変な話である。
「つまりローラはこう言いたいのね。二人を此処に組み込まなければいけなかった、そうでしょ?」
クラウディアは彼女に確認した。
「そうね…理由は分からないわ。でもライストリ子爵様を見てイリエナを蔑にするなんて考えられない。これで見捨てたという線は消えるわね。次は単に今回の行事ではイリエナが必要無かった。此処に居る貴族全てが出る中、本家の人間が欠けるなど許されないわ。これで此の線も消える。そうなると考えられるのは一つでしょ?」
説得力のあるローラの仮説、これにはイリエナとエルミナの二人は黙らざるを得ない。一言毎に頷いているエルミナはそうとしか考えられなくなっていた。
「全ては明日ね。ブラッド恐らくコロコトさんから接触があるはずよ。注意していてね」
こうして各冒険者の臨時兵士体験前夜は終わりを迎えるのであった。
最後までお読み頂き有難う御座いました。
今回は私としましては新たな場面へと進んだと考えております。他の冒険者が絡みだしますからね。キャラはそれなりに固まっています。全部で六人のパーティーです。ブラッドたちとどう絡んでいくのかお楽しみに!
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誤字脱字等々御座いましたら御一報いただければ幸いです。
初めて評価を頂きました。誠にありがとうございます!見た瞬間、おおーって為りました^^
別小説、目を覚ませば異世界へ…を書いております。異世界物をテーマにしております。合わせてご覧ください。
それでは次話で御会い致しましょう。
今野常春




