第十五話
[注意] 今回は処刑と言う行為を盛り込んでおります。読まれる方の中には不快に感じられる方がおられるやもしれません。
予めご了承の上お読みください。
この日は早朝から物々しい雰囲気が城塞都市ウォータルを包んでいた。外と中を繋ぐ城門から一直線に貴族が生活するエリアまで伸びる大通り、これが東西南北真っすぐに伸びている。そこを中心に街造りが為されている。碁盤の目を想像して頂きたい、京都の町並みを上空から見るとその様な造りである。
住民が暮らす外のエリアと商業エリアである中のエリアの大通りはコーンステッド家の兵士が左右に分かれて等間隔に配置されている。これには陪臣である各貴族も動員されている。この日ばかりは商業エリアで活気のある声は聞かれないのである。
東西南北にエリア分けされ、中心地から九十度で区切られた南側を南部と称している。その南部、内のエリアと中のエリアの境界部分では、遠くの者も見えるようにと重厚に造られた断頭台、またの名を処刑台が造られていた。これは前から造られていて昨日完成した物である。
そして兵士を見かけた者はその意味を察したのである。
言わずとも知れている…処刑である
娯楽の少ないこの世界では処刑と言う物は一種のショーである。人の命を何だと思っている、と言われるかもしれないがこの世界ではこういうものなのだ。
処刑台周辺は聖光騎士団が取り囲んでいる。
『断罪の五軍』
そう呼ばれるカナエを隊長とした第五軍がいると言うことは、メルストン教に関わる者が処刑されると言うことだ。もうこの街に住まうものならば誰かがはっきりしている。少し前から姿を消したとされる司祭たちであろうことは予想できている。
この鎧の色を赤としている五軍は処刑に関しての象徴的な部隊であった。正しく正義である。徹底した捜査取り調べにより間違いが無いとされる。故に彼等の行いは正しいのだと喧伝されている。
時刻は昼を知らせる鐘が鳴り響く。人の行き来が制限される中でもこの日はお祭り騒ぎである。商業エリアではその催しに便乗したセールも行われている。処刑台が置かれる南部では人がこれでもかと言うほどに集まっている。
そうした頃遂に動きがあった。
本来内のエリアと中のエリアは城門が開いていなければならないのだが、この日は朝から出入りが出来なかった。その城門が重低音を響かせて開いた。
人々の喧騒が水を打つように止んだ。一斉に城門を見やったのだ。
先頭を聖光騎士団の隊長を務めるカナエが騎乗して進んでいる。その姿だけでも周囲の人間が見惚れる光景である。その後も赤色で統一された騎士団が続き中央に今回の処刑される人物が乗る馬車が現れる。
二階建て三階建ての建物が集まるこのエリアでは窓からだけではなく、屋根からも見ようとする人間がいる。
最後は貴族の出番である。コーンステッド家一門のお出ましである。統一感は無いが、歴史と言う誰もが追い付けない物を背負っている為に醸し出す雰囲気が違った。此処の支配者は彼らなのである。事実、彼等が姿を現すと見物に来ている者が歓声を上げているからだ。
暫く住民らの歓声が続いた後ひとりの男が処刑台へと登る。赤色の鎧を着ていることから聖光騎士団の一人と分かる。
『本日、ここウォータルにて執り行われる処刑は、我がメルストン教聖光騎士団によるものである!』
声を拡散させる疑似魔法を使用している。マイクの様な物で彼は声を遠くまで飛ばしている。
『我は、第五軍副隊長を務めるロト・バリアンである』
その間にも下では着々と準備が進められている。馬車からは三人の元司祭が降ろされている。
『今回の処刑に関して、我等にとって赦されざる行為を犯した者の処刑である。西部司祭ソロエン、北部司祭キヤン、東部司祭ワットこの三名は神の名のもとに、敬虔な信徒より頂いた寄付金を私的に流用している事が発覚した!本来ならば模範とならねばならない者の行為、決して赦されざる者である!』
この発表に辺りがざわめき出している。中には罵声も出始めている。中でも多いのが信じられないと言った言葉である。これは三か所の司祭が同時に行っていたことに対するもの。それとこれを許してしまったメルストン教にである。
そこまで言うとロトは階段を下りる。
次に上がるのはカナエであった。彼女が上がるとまた違った声が上がる。彼女の姿で罵声などは鳴りを潜める。この光景に似つかわしく無いはずの彼女が妙に栄える。それだけで周囲の雰囲気が変化しているのが感じられる。
『私は第五軍を統率する隊長のカナエだ。この度はメルストン教本部よりの命にて彼等の罪が明らかとなった』
ここで彼女は言葉を区切る。そうすることでどうしたのだと全ての人間の注目を集めるのだ。
『ソロエン、ワット、キヤンは寄付金横領の罪により有罪!よって今より処刑を断行する!』
彼女に似つかわしく無い、迫力のある声が増幅されて周囲に拡散する。
建物に声が辺り、反響もしている。それらが終わると辺り一面から一斉に歓声が沸き起こる。悪い事をすれば罰せられる。当たり前のことである。
彼等の歓声が止むのを待ち言葉を続ける。
『なお、我が教会に於いては連座制が適用される。しかし、総大司教猊下からはこのような者等にも慈悲を与えよとのお達しを受けている。よって、今までの功績により家族らへの罪は不問とすることとなった。しかし、それでは納得できないであろうと、猊下は国外退去を御命じになられている。昨夜この者らの家族はセント王国を追放された』
不問と言う言葉に不満の声が漏れるが、その後の国外退去と言う言葉で多少の溜飲を下げたのか、静かになる。
『以上がこの度の処刑に関わる説明である。ではこれより罪人ソロエン、ワット、、キヤンの処刑を始める!』
前座は終わりを告げる。遂に元司祭の三人は処刑台のある場所へと階段を上る。彼等の姿が見えるようになると罵声が一斉に浴びせられる。中には物を投げて彼等に抗議する者も現れる。特に此処は南部である。事件が起こった場所で人気のあったシスターアンナがいた場所だ。殊更彼等に対する恨みは深く為る。
階段を登ると三台の断頭台に彼等は並び立つ。両手を後ろに縛られて、両足も拘束されている。ウォータルに住む者では知らぬ者などいない元司祭たちは一様に痩せていた。今までは恰幅の良い司祭として認識されていた。しかし、今は完全な裏切り者である。一人ひとり思うことはあるだろうが、これから少しで彼等が見るこの光景は見られなくなる。場所は三階部分に相当している。
罪人を処刑することで、神が祝福するかのように空が晴れ渡っているとカナエは思った。
カナエが「準備開始」と告げると三人は団員により断頭台にセットされる。首の形をかたどった場所に首を置くと上から逃れられない様に同じ形の物を嵌める。無理やり壊されない様に金属で作られた鍵を掛けて固定する。
死を与える瞬間は神聖な瞬間でもある。司祭としても権限があるカナエがメルストン教の言葉を彼等に与える。
此処までは全て予定通りに計画が進んでいる。コーンステッド側もそれは確認できていた。だが唯一変化があったのはこの後である。三人は口に詰め物をされしゃべることが出来なくなったのだ。
さらにはカナエの声も聞こえない様になっていた。
彼等はあそこまでは行けない。あくまでもこの処刑はメルストン教会のものである。貴族が手を出せる者では無い。ライストリは目がいい。弓を扱う故に遠くを見る能力が必要だったからだ。カナエが何かを三人に告げる。すると彼等は一様に驚愕の表情で彼女を見やった…
『安心しろ。お前たちが死んでもあいつ等は向こうで待っている…』
カナエは底冷えのする目で三人にそう告げたのだ。彼女の目には最早感情を表すようなものを持ち合わせていない。この場で耳にしているのは元司祭の三人と副官のロトである。処刑を行うものは感情を与えぬように目を潰し耳を潰している。唯、大ナタを彼等の首目掛けて振り下ろすだけである。
とても先程の女性とは思えない雰囲気であった。広場とはいえ処刑台からは一キロは離されている。それ以内には何人も入ることは叶わない。ライストリも多分に洩れずそうであった。しかし、一キロ先でも彼女の表情がしっかりと確認できた。
(あれは人では無い…あのような表情を浮かべるなんて…一体メルストン教とは何なのだ!)
ライストリは心の中でそう叫んだ。気が付けば脂汗を噴出させてもいた。その為に出席している他の貴族から心配されるほどであった。
処刑は一人ずつ行われる。頭が固定されている為に目は常に真下しか見えない。処刑人が横に立つのが見えた頃その者の意識は無くなっていた…
処刑は時間にして三十分立たずで終わりを迎えた。熱気冷めやらぬウォータルではあるが、規制を行っていた通りはすべて解除され日常が戻っていた。
カナエが冷酷に三人に告げたこととはどう言ったものであったのか。
彼等の家族は家財道具とともにセント王国とルインド王国の国境を目指して進んでいた。山岳の多い国であり、北に位置することからも生きるのには困難な場所である。聖光騎士団が国境までを護送する人に付いている。事情はセント王国を通じて、相手国へと話しが通っている。国際問題にはならないのだ。
出発は処刑日前日の夜である。暗くなり城門が閉じているはずが、この日は北側が終日解放されていた。しかし、兵により人の出入りは禁じられている。その間を彼等は北に向けて移動を開始している。
家族は馬車に乗せられ不安に胸一杯となりながら揺られている。季節は夏だ、北へと向かえば涼しさが感じられる。休むことなく馬を走らせる。凡そ一日は馬を駆けさせていた。この馬は長距離を走らせる目的で掛け合わされた品種である。故に一日程度では潰れない。
家族は全部で二十一人。護送する兵士はその倍以上の五十名で行っている。夜遅く突如として馬車が止まる。中の人間はどうしたものかと思い、外を確認しようとしたところ、止められる。しかし、見なくとも分かる事があった。馬が馬車から外されていると言うことだ。つまり今の馬車は箱である。
幌に囲まれた馬車は中からも外からも反対の方向は確認できない。加えて日も沈んだ森の中である。
それは突然である。団員は突如剣を抜いてすかさず幌の中へと剣を突き入れたのだ。その突然の出来事に声を上げる間も無く家族らは絶命する。馬車は三台、いずれも生き残るものは居ないことを確認して火を放つ。煙が上がるものの人里離れた場所である。殆んど確認などはされない。
ではルインド王国へはどのような話しが行っていたのか。それは簡単である。国境付近を聖光騎士団が演習で移動すると言うものである。家族がどうのこうの、など一文字も無かった。そう教会は元から彼等を赦すつもりは無かったのだ。
ライストリは処刑が終わった日の夜、冒険者ギルドへと人知れず訪れていた。共も連れずにである。夜と言うこともあり、その日の業務は終了している。声が聞こえるのは職員が残業をしている為である。
「参ったぜ、今日は…日中は開店休業状態だった」
そう言うのはコロコト・ドローセンである。ギルドマスターである彼は向かいに座るライストリに酒を注ぐ。彼はグラスを持って注いで貰う。
「済まぬな…」
ライストリは目の前の男が昔と全く変わらないことに気が付く。見た目だけで言えば、彼自身が一方的に歳をとっていると勘違いしそうになる。
「何、このような事は息抜きだ。そう何度もあっては堪らんがな!」
豪快にコロコトは笑う。今頃残業中の職員にも彼の笑い声が届けられているであろう。しかし、ライストリはそれに同調して笑う気にならなかった。
「ふむ、どうやら深刻なようであるなライストリ?」
コロコトは、ここに来た事がそもそもおかしいとは思っている。次期当主が一人御忍びで冒険者ギルドに来るなど何かあったと思うのが普通である。
「うむ……」
ライストリは言い淀む。どう尋ねていいものかと頭を悩ませる。彼は腹心であるゼロアン・フォロート子爵にも告げていないことである。
「なんだ、イリエナ嬢ちゃんの事か?」
コロコトは溺愛していると言う彼の娘の名を出す。こうやって話し易い様にしようと試みていた。
「違うっ!…いや、済まん……」
彼は暫く無言になる。これではどうしようもないと、コロコトは手酌で酒を注ぐと彼が話しだすのを待つことにした。
「コロコト、今日の処刑をどう見た、どう感じた?」
ライストリはようやく話しを始める。これは意外な事だと、その話題が出るとは思いもよらなかった。
「そうだな。あの五軍が出張って来たのだ。ああいった結論になるのは既定路線であるのだろ?」
彼の言葉は、『お前が一番知っているのだろ』と言う言葉が含まれている。確かに計画自体は一月前に父マクコットからその全容を聞かされている。加えて自分の役目などもである。それは構わなかった。国教とするメルストン教を蔑にする貴族はこの国では生き残れないからだ。
「そうだな。処刑直前までは俺が知る計画そのものであったよ…」
ライストリは投げ遣りに言う。コロコトはそんな態度が気に入らない。しかし、ライストリを知る彼はこのような態度、過去に終ぞ見たことが無かったのを思い出す。
「何があった?」
これにライストリは話しだす。今日彼が見たカナエと言う第五軍の隊長のことをである。彼しか見ていないのか、と言いだしたくなるほどに周囲の人間は無反応であった。
「コロコトお前は今日何処で見ていた?」
ライストリは処刑までの間必ず見ていると考えている。だからそう聞く。
「どこって俺は仕事柄此処を離れられないかな、ここから見物していたぜ」
そう聞いて彼女の豹変した表情を見ることは不可能であった事を確信する。
「そうか…俺は階段下から少し離れている場所で見ていた。声は拡散させなければ聞こえないが、その表情は簡単に確認できるのはお前なら分かるだろ?」
弓を扱うようにさせたのはコロコトである。ライストリの視力の良さが決定打である。だから彼はライストリの言葉に頷く。
「そう、あれは三人が断頭台にセットされた後直ぐであった。カナエ卿の表情が変化したんだ…いや豹変と言い換えても良い……」
彼は今でも鮮明に覚えている映像を頭で再生しつつ話しをする。そして最もコロコトに尋ねたい核心部を言葉に出す。
「一体メルストン教とはなんだ?俺も歴史は知っているつもりだ。この国の国教になるまでのものも含めてな。それでも今日のあのカナエ卿の顔を見て分からなくなった…」
「ふぅむ…なんともいえん話しだな…」
コロコトはどう言って良いものこと悩む。彼としてもメルストン教は飽くまでも人間の宗教なのだ。唯一神として崇める対象もエルフ族とは異なる。故に、おいそれと言うべき言葉が見つからないのだ。
「あの司祭等の家族、恐らく殺されているぞ」
ライストリは恐ろしい事を話す。これには堪らず飲んでいた酒を吐き出しそうになる。
「グオッホ…おいお前は……なんてこと言うんだ。今は俺だけだからいいものの誰かに聞かれたらどうするのだ」
コロコトは小さな声でライストリに話す。周囲に人がいないとはいえ此処には残業をしている職員がいるのだ。そこから漏れる可能性だって考慮しなければならない。
「だが事実だと俺は思っている。カナエ卿が何かを言った時の表情の事は話しただろ。それを言われた司祭等の態度がその事をものが立っていたんだよ」
当然カナエの表情が見える場所ならば司祭等の表情は窺い知れない。しかし、後姿ならしっかりと見えている。カナエが話しだした瞬間、今迄脱力して死を待つだけの男たちに力が入ったからだ。つまり、死を待つ瞬間に力を込めなければならない話しが、その場であったと言うことなのだ。
ライストリはその事を彼に話した。
「成程、確かにお前さんの話しには聞くべき点がある。元司祭の件に関してもだ。だが明確な証拠になる様な物がな…」
元同僚であるライストリをコロコトは信じたいとは思っている。しかし、今の彼には数多くの人間が彼の下に居ることを忘れてはいない。その中にはブラッド達も含まれているのだ。
「分かっている。だから俺は今から数日前にロワンデルを、セント王国とアインド王国国境付近に向かわせた。数名のドワーフ族と共にな。名目は鉱山調査だ。あの辺りには未だに有力な鉱床が眠っているとの噂が絶えない。だから向かわせた。この事はロワンデルにのみ話している」
ライストリは結末までを諳んじている。総大司教からの恩赦も含めて、アインド王国への国外追放までである。勿論相手国への事前通報の件は知らされていないが…
「そうか…ふぅーまさかここまでお前が疑うとわな……よしわかった、俺も動いてみよう。但しロワンデルの野郎が確実な情報を持ってきてからだ。その情報如何で俺は態度を決めることにする」
二人はその後昔話を交えての酒宴が行われた。旧友を温めるが如く話しのネタは尽きることが無く、翌朝秘書のフッロンが出社すると強烈な酒の匂いとともに二人が鼾を掻いているのを発見したのであった…
最後までお読み頂き有難う御座いました。
今回は前書きでも書きましたが、少しダークにしてあります。あくまで今野常春基準でありますが…
さて、ライストリ・コーンステッドがメルストン教に対して疑惑の目を向けるようになりました。これで物語が僅かに進むことになるでしょう…
御感想等お待ちしております。
誤字脱字等々御座いましたら御一報頂けると幸いです。
それでは次話で御会い致しましょう。
今野常春




