第十四話
アブレット・ノートンは貴族を相手に商売をする商人である。今日も今日とて城塞都市ウォータルに住まう貴族の屋敷を訪れては、あの手この手と言葉巧みに商品を売り捌く。
あの日、ブラッド・レイフィールドと共にコーンステッド家へ訪ねてから四日が経過している。彼はあれ以来コーンステッド家へと訪ねてはいない。いないと言うよりは行けないと言った方がいい。この四日と言う時間に置いて目がぐるしく事態が推移している。何といってもその間にこの街の司祭が一人も居なくなると言う状態に為っていたからだ。
この件に関わる貴族は大商いが望める者たちであった。その筆頭がコーンステッド家である。あの日も屋敷を辞する時全商品を買い上げて貰った。多聞に口止めが含まれていることは、彼等を相手にしていて経験上理解していた。それでもここ最近は小商いが続いている。
「結局はトントンか…」
アブレットは帳簿を付けながらそう呟いた。ライストリが全商品を買っていなければ、大赤字であったと思うと身震いしそうな額である。唯一の希望は、二度目となる商隊を編成して送り出した、ロエト砦に居る貴族への商いであった。これが失敗すれば暫くは極貧生活であった。
「ああ、いかんいかん……」
考えれば考えるほどマイナスイメージが頭の中に浮かんでくる。ここノートン商会では彼一人が居る訳では無い。他の従業員も働いているのだ。経営者がその様な顔をすれば士気に関わる。
気持ちを切り替えて希望を持ってことに当たろうと、今は耐え忍ぶ時だと心に決めて業務をこなしていった。
そんな願いが届いたのか、一週間後のことだった。アブレットは赤く為りだした帳簿を睨んでいると外の見張りをしている男が彼の名を呼んだ。
「旦那様、以前此方を訪れたブラッド・レイフィールドと名乗る男が参っています…」
男はどう言って良いのか分からず、戸惑い気味に告げる。アブレットとブラッドの関係性をいまいち掴み兼ねているのだった。
アブレットは直ぐに此方へ通す様にと告げると気分を変えるべく立ち上がる。そしてヴァネッサにお茶の用意をさせると、現状を打破できる何かがあるのではないかと期待に胸を弾ませた。
「やあ久しぶりだね」
アブレットは気さくに声を掛ける。こういう態度で雰囲気を創り上げる、彼の得意技である。
「お久しぶりです。アブレットさん」
「お久しぶりです」
ブラッドはイリエナを伴ってやって来た。
「まさかイリエナ様までいらっしゃるとは…申し訳ありません出迎えもせずに……」
アブレットは彼女の姿を見ると低姿勢に変わった。見張りの男はイリエナを知らなかった、その為に起こった不幸な出来事である。
「構いませんわ、今日はブラッドに着いて来ただけですもの。気にせずにお話しを続けなさいな」
この話し方で完璧にイリエナと断定した。アブレットでも今の彼女は分かりにくかったのだ。
「何か雰囲気がお変わりになられましたな」
髪を切っただけでは説明は付かない、内面から溢れる何かが変化していると彼は思った。
「実はイリエナの事にも関連するのですが……」
ブラッドが話し始める。アブレットは内心でやっぱりそうだったと、期待した通りのことが何か起こると感じていた。
「ほう、イリエナ様もコットロール岳へ…なるほどそれで以前とは雰囲気が違って見えたのですな」
アブレットは以前のイリエナを活発な女性と見ていた。周囲に居る貴族のお嬢様とは少し違ってはいたが、それでも貴族のと言葉が付く範囲である。しかし、今の彼女はその貴族のと言葉が付かない雰囲気なのだ。甘えとでも付ければいいのか、以前はその言葉が内包されてもいた。
だがどうだろう、言葉使いは相変わらずだが落ち着き、凛とした雰囲気によって美しさにより磨きが掛かっているのだ。
「ええ、イリエナは相当頑張りましたからね。……それで、ここからが本題なのですが、アブレットさんアルノバの木を買って下さいませんか?」
ブラッドの言葉に彼は疑問符が付いた。冒険者は通常冒険者ギルドで採ってきた素材を買い取って貰う。若しくは提出して依頼を完了させる。商人に売り込むのはタブーに近い行為である。これを行うのは密売行為である。双方のギルドから制裁を受ける可能性もあるほどだ。
「お、おいおい何を言っているんだブラッド君。君は今何を言っているのか分かっているのかね?」
アルノバの木と聞いて現状を好転させる最良のスパイスではあるが、アブレットはすぐさま正気に戻る。
「勿論分かっています。これをお読みください」
ブラッドは懐から一通の封書を取り出し、アブレットに渡す。彼は受け取ると裏を確認して差出人を確認する。
「コロコト・ドローセン…冒険者ギルドのマスターか…」
まさかその様な大物から一商人へと手紙を受け取るとはと思いながらも封を破り手紙を取り出して読む。そこには形式ばった挨拶から始まり、この手紙をどうして出したのか、何故ブラッドがノートン商会を訪れたのかなどが詳しく書き込まれていた。そして、最も重要な文章が書かれていた。
「販売委託許可か…」
ブラッドが買い取ってくれと言ったことがこれで繋がる。アブレットは手紙に書かれているギルドの現状を知った。これはブラッドから買い取り、依頼として冒険者ギルドに来ていた人物に販売すると言うことだ。言うなればギルドは手一杯だから手伝ってと言うものである。勿論、手数料はブラッドから買い取った金額の一割である。販売許可を買い取り額の一割で手に入れると言うものだ。
さらに、買い取る場合の上限が知るしてあった。『合計百五十本までとする』と書かれている。また契約書となっており、アブレットはこれにサインをして、判子を押すと契約完了である。
「成程ね…どおりで市場に流れないはずだ。こんなに手間が掛かるのなら確かに誰も引き受けないよな」
コロコトの手紙にはブラッドのことが書かれている。そこには彼等が例外であることが記されていた。 さらには詳しく、その伐採方法からお金算段まで実に商人を知っている書き方が為されていた。それでも求める者が多いのが現実である。コロコトは本来ならば何本でも受け入れたいのだが、丸太として卸すのにも一苦労を要するのだ。
「よしわかった。全部買おう…買い取り金額は…王国大金貨五、いや六でどうだろうか?」
王国大金貨は一枚で円換算百万と言う額に相当する。つまり、一本あたり六百万で取引すると彼は言っているのだ。
「分かりました。その値段でお願いします」
ブラッドはお金の値段などどうでもよかったのだ。彼の根底には極貧とはいかないまでも農家の家に生まれ贅沢なぞ出来ようはずが無かったのだ。つまり大金の使い方が分からないのだ。
今回は一本王国大金貨六枚…円で六百万…即ち、掛けること百五十本で計王国大金貨九百枚…円で九億となる。前回に比べれば少ない額であるが、平民では到底手にすることのできない額になっていた。
アブレットは直ぐにサインして、判子を押して契約を完了させる。
「はい、ではこれをギルドマスターに渡してくれ。それと現物はどうする?直ぐに出せるのかい?」
「ええ、出せますよ。場所さえあれば問題無く」
ブラッドが答えると善は急げと二人を倉庫に連れて行く。その間に数人の従業員に話しかけ、指示を与えていた。
二人はさらに奥の建物へと案内される。凡そ五十メートル掛ける二十メートルの倉庫が三つ連なり、奥にはさらに同じ造りの倉庫が存在していた。全部で六つの倉庫が一塊りになりノートン商会を造っていたのだ。
「へぇーでっけー」
「ホント大きいですわね…」
二人はその規模に圧倒されていた。あくまでも建物は大きい、しかしイリエナのコーンステッド家はそんな比では無い。六〇〇〇㎡、坪で言うと千八百十四坪と確かに途方も無い大きさである。さらには三階建てになっている為に、凄まじい延べ床面積になる。
「さて、ここなら良いかな。此処に纏めて出してくれ」
アブレットが言うとブラッドは指定された場所に出現させていく。広々とした一角がアルノバの木に次ぐ次に占拠されていく。枝が着いたまんまだがこれは腐る訳でもない為に問題は無かった。販売時にとればいいだけのことである。
アブレットはホクホクである。二人を帰した後、すぐさま貴族から問い合わせが殺到していた。とは言え電話と言う文明の利器は存在せず、あくまでもノートン商会に使者を送りこんで来るのだった。彼が長従業員を使い『限定、アルノバの木百五十本』と言う一文、これを彼の伝手がある貴族へと流したのだ。
ブラッドには王国大金貨九百枚を支払った。しかし、その様な額あっと言う間に回収できると彼は踏んでいる。現に訪れる使者は王国大金貨八枚以上から始まっていたからだ。
相場は王国大金貨で五枚から十枚である。しかし、この時は八枚以上で注文が入り最大十六枚支払うと言う貴族まで現れた。早い者勝ちである。値段を言いすぐさま契約書にサインを行い契約完了をさせる。使者の質も高い、大体が執事、家令がやってくる。しかも現金を持ってである。中には貴族自らが現金持参で来るのだ。それほどまでにこの木が欲しいのである。
「これはこれはソイロ男爵様いつも御贔屓に有難うございます」
貴族がやってくればアブレット自らが商談をする。いつものセールススマイルは健在である。彼は小太りな男爵を出迎える。
「うむ。今日は突然訪ねて来て申し訳ないな…」
男爵は焦っているのか額に汗を掻いている。馬車で来たにも拘らず、そうであると言うことは限定本数が気になっていることの証拠である。
「いえいえ、男爵御自らおいで頂けるとはノートン商会に泊が付くと言うものでございます」
彼はそうやって持ち上げる。貴族はプライドが高い、そうやって自尊心を擽ってやるのも商売上の手法である。
「ははは、言うな言うな。所でな此方にアルノバが入荷したと小耳にはさんだのだが…」
やはりと確信していたアブレットは思った。そもそも此処へ来るとは相当なことであるのだから。簡単な問題である。
「ええ、御座いますとも。流石男爵様で御座いますな、その早い情報収集能力。我が商会も見習いたいものです」
男爵には存在すると言われて以後のヨイショは耳に入っていなかった…
「く、くれ!売ってくれ!!二本だ、二本売って欲しい」
最早目が血走る男爵は、まともな言葉が通じないようであった。
「承知いたしました…しかしですな、金額を決めてはいないのですよ」
ここで重要な一言をアブレットは言い放つ。これには男爵もハッとして冷静になる。
「なんだと、どういうことなんだ。値段を設定していないとわっ!」
「男爵様自らおいで頂きましたから申し上げますと、次いつ何時入るか見当もつかないのです。ですので、今回か・ぎ・りと考えておりまして…」
アブレットは決して値段を言わない。こうやって貴族自身に値段を決めさせ、そこから吊り上げたしていくのだ。つまりは貴族様が決められて額でございましょ?と言う訳である。
「ううむ…分かった一本につききゅ、十枚だ、王国大金貨十枚を支払おう!!」
後ろに控える執事は愕然としている。つまりは二本で十八枚にならんとしているのだ。そこでアブレットは生かさず殺さずと言ったものではないが、減額を行う。
「流石はソイロ男爵様、その剛毅な御振る舞い感服いたします。そこで私も日頃の感謝を込めまして二本で十六枚…いや十四枚に負けさせて頂きます」
アブレットは男爵をを見ているようで執事を見ていた。十六と行った時の顔は渋い顔であったが十四と行った時は安堵の表情であったのだ。王国大金貨四枚…四百万は男爵家では決して少なくない額である。
男爵は見栄で購入を決めている様なものである。払えない額ではないが商売先を潰させる訳にはいかないのがアブレットである。執事は足元を見られていると感じているが、男爵は違った。
「なんと!十四枚で良いのか、やはりノートン商会だな。次回も良い買い物が出来そうだ!」
これである。男爵は執事に金を支払わせ、すぐさま加工されたアルノバの木を馬車に積み込んで此の場を後にした。
このように貴族が出向けば二枚以上は減額させて次回以降も繋がりを持たせる。執事など使者が来れば、そこでも少なからずの減額を行う。そうやって印象を良くさせるとともに新たな顧客獲得を狙うのだ。何といっても減らしても必ず一枚、百万の利益が出ているのだ。痛くも無い額である。
凡そ一日でアルノバの木は完売した。貴族が自ら来ればその場で優先的に加工する。使者であれば後日持っていくとしている。その時に他の物も販売する予定である。
この話しはノートン商会と懇意にしている貴族から優先的に話しを流している。爵位は関係ない。いかに販売額が大きいかで優先順位を決定しているのだ。お得意様を大事にするのは基本である。こうやって次いつ入るかも知れない情報を待つべく、ノートン商会とは懇意にしようと言う貴族が現れるのである。
まさに蟻地獄である…こと此の場においては封建社会と資本主義社会の転換が行われていると言えるであろう。貴族と言う特権勢力が、アルノバの木と言う物を持つ平民の商人に選別されているのだ。お金の持つ意味が着実に重みを増しているのである。
一方ブラッドとイリエナは冒険者ギルドへ戻ってきた。本日二度目とあり、フリーパスで三階へと進入し、秘書室まで向かう。その後もすんなりマスターとご対面を果たすのだった。
「おう、ご苦労だったな。ふむ、ふむ…うん漏れは無いな」
ブラッドはコロコトにアブレットのサインが入った契約書を渡した。それを漏れが無いかを確認して納得したところであった。
「……それじゃあこれが報酬の額になる」
ブラッドたちは既に規定の五百本と獣の査定が完了して依頼は果たしている。今はアブレットに売った者に対しての報酬である。割合はブラッドが八、コロコトが二である。この瞬間ブラッドは王国大金貨七百二十枚…七億二千万…を手にしたのだ。冒険者の依頼報酬額がいかに暴利であるかが如実に分かってしまう瞬間であった。
フッロンが記入された金額分の金貨を持ってくる。王国大金貨百枚を一袋に詰めて、七袋とバラで二十枚を渡される。今回割符では無いのはギルドにはもう存在していなかったからである。理由は臨時ボーナスで急遽割符を両替したからであった。
これを見て流石にイリエナも驚きを禁じ得なかった。
「ブラッド、今回だけだぞ。あくまでも特例で認めたことだ。間違っても冒険者でいる間は必ずギルドを通せ」
これは脅しでは無く忠告である。大金を手に入れ、勘違いを起こさないようにと言うコロコトからの老婆心である。
「ああ、分かってるぜ。そんな莫迦な事をして冒険者をはく奪される訳には行かないからな」
冒険者とは資格である。冒険者では無くとも動物、魔物は狩れる。それを売ることだってできる。しかし、市場では買いたたかれる可能性がある。それらを考慮すればギルドの存在は大きいのだ。
「ならいい、俺もそんなことでお前らを失いたくは無いからな」
簡単な挨拶を済ませて次に向かった先は銀行である。とは言え、現代の銀行とは趣が異なる。あくまでもお金の管理と言うだけである。振り込み等と言った役割は無い。さらには限られた者にしか口座が開かれていないのだ。
「これはこれはブラッド・レイフィールド様。ようこそおいで下さいました。本日は如何様な御用向きで?」
店長のボノレーム・ジェリムは髭にを鼻の下に蓄えた男である。見た感じ怪しげな此の男ではあるが、此処に預けている人間には絶大な信頼を得ている。
「入金を頼む」
ブラッドがそう言うとボノレームは応接室へと二人を案内する。
店内はそれほど大きな構えでは無い。そもそもウォータルにして口座を開設しているのが千人弱と言うから驚きである。人口五十万に対して僅か〇、二パーセントであった。それ故に此処へ訪れる人間も一日に一人か二人程度である。この日ブラッドたちが一人目の顧客であった。
「それで、ブラッド・レイフィールド様本日はいかほどご入金でいらっしゃいますか?」
ボノレームは十六のようやく成人として認められる人間に対しても言葉使いも態度も他の顧客に対するそれと変わらなかった。
「王国大金貨七百枚を預けたい」
つまりは七億である。
「王国大金貨七百枚で御座いますね。承知いたしました。それではギルドカードと現金をお願いいたします」
ボノレームはそうブラッドに言った。ギルドカードはカードと通帳が一体のなった様なものである。これで本人確認と入金した額頭が、書き込まれる仕組みになっている。一度彼は退出して手続きを行う。待ち時間は十分ほどかかる。
「ブラッドはお金持ちでしたのね」
イリエナはそう呟くように話しかける。此処の存在は父ライストリから聞かされている、彼女はここので口座を持つと言うのがどれほどのものかを理解していた。貴族でも審査に落ちることがあるのだ。
「まあ俺たちのお金だからな。代表して俺の名義で口座を持っているけど全てでは無いよ。それに今日からイリエナとエルミナさんも一緒なんだからな」
報酬額は人数では変わらない。七百二十枚という額も五人で平等に分けることになっているのだ。今は二十枚を五人で平等に分けることになっている。つまり、一人王国大金貨四枚が一人の報酬である。
これを聞いて、イリエナは初めて知ったと言う顔から嬉しそうな顔へと変わる。金貨四枚は彼女の中でも大きい。今から使い道を考え始めているほどである。
「お待ちいたしました。ブラッド・レイフィールド様。入金手続きが完了いたしました。ご確認ください」
ボノレームはそう言ってギルドカードを返す。
ブラッドはカードを受け取ると、応接室に取り付けられている端末にカードを置いて魔力を流す。そこには今回入金した額が記入され合計金額が出されていた。それを確認して彼は魔力を止める。
一瞬のことであったがイリエナはあり得ない額を見て驚いた…
店を後にする時もボノレームは丁寧な接客であった。この銀行は王国直轄で運営されている。集めた資金は色々な場所で投資に回されている。勿論お金が不足することは無い。何といっても王国が運営しているのだ、貨幣を鋳造している所が運営していれば不足するなんてことは無い。あくまでも物価等を考えなければであるが…
最後までお読み頂き有難う御座いました。
今回のお話しは商人アブレットさんがメインになっております。少し黒いかなと考えますが、弱肉強食の世界ですからね。あれでも優しいかと思っています。銀行に関しましては内容等はフィクションですから深く突っ込みは入れないようお願い申し上げます。
御感想をお待ちしております。また、不躾ではありますが、今野常春の評価が気になる所であります。宜しければ評価を頂ければ幸いです。
(これは求めてはいけないのでしょうか…)
誤字脱字等々御座いましたら御一報頂けると幸いです。
それでは次話で御会い致しましょう。
今野常春




