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成り上がる?戦記  作者: 今野常春
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第十一話

 シスターアンナことエレナは見た目は美人と評判の娘さんである。南ウォータル教会の修道女となり二年が経とうとしている。既に人気は他の教会でも囁かれるほどであった。しかし、みんなは口を揃えて美人の前に言葉を付ける。『見た目は』と言うフレーズである。

 女性には失礼な言葉かもしれないが彼女の行動に原因があった…


「あっ!」

 アンナは思わず声とともに目を瞑った。程無くして床に落ちる音が教会内に響き渡る。

「あちゃー」

 教会で使用するお皿が今日もまた尊い犠牲となってその役目を終えた。


「あちゃーではない!アンナ、君はもう少し注意力を持って行動しなさい」

 そのように注意をするのは南の教会で司祭を務めるヴァレンチナであった。年は七十を超え、彼からすればアンナは孫の様な存在である。他にも此処で働く修道士や修道女は居るが特に目立つのがアンナであった。


「なんだ今日も割ったのかアンナちゃん」

 今日も今日とて教会にはお祈りに来たり、司祭に話しをしに来たりと人が絶えることが無い。最早彼女の皿割は定期イベントであった。

「もう、茶化さないでください。私は真面目にやっているんですから!」

 そう言うと割った皿を集めるべく箒で皿だった物を集める。


 毎日がこの繰り返しであったが何故かクビに為る様な事がなかった。

 理由は二つある。一つ目は彼女の面倒見の良さである。彼女自身がやるとミスを連発するが、教えられた相手は成長が速くなる。故に修道士・女は彼女を信頼している。二つ目は彼女の唄声である。定期的に教会では唄を披露する時がある。アンナはその主役である。毎度開催されるときには教会内は立ち見まで現れ、外にも人が溢れているのだ。


 人々はそれを『神の唄声』と呼んでいる。


 後者の方が大きい。彼女は人を惹きつける魅力がある。ヴァレンチナは見た目を除いても、彼女の行動を見てそう判断していた。普通なら他の同僚は彼女に対して不満を述べているだろう。それが無いと言うことはそう言うことなのだ。


 アンナにとって、毎日このような楽しくも忙しい日々が続いていた。しかし、それは突然終わりを告げる。

 事は司祭ヴァレンチナの引退と共に起こり始める。本来後任が来て、引き継ぎを行い初めて引退できるのがメルストン教のシステムである。だが、この時は例外が発生してしまったのだ。

「皆聞いて欲しい、私はもう年だ。そろそろ体も言うことが利かなくなってきている。そこで急ではあるが私は本日をもって司祭を引退しする」

 ヴァレンチナはそう言うと、当然集められた関係者は騒ぎ出す。彼は手を動かし騒ぎを静める。これは日頃彼が行う仕草で、言いたい事が集約されているのだ。


「言いたいことは分かる。しかし、本部には了解済みの事である。後任はもう暫くすればやって来る。それまでは…アンナ、君に此処の運営を任せたい」

 ヴァレンチナはそう言うと彼女を見る。言われた本人とその他の関係者は一斉にアンナを見た。

「えっ、わたし…私ですか!?」

 素っ頓狂な声を上げるアンナは初めてであった。みんなにはある意味で新鮮であった。

「そうだ。君ならば任せても良いと思う。何、君のドジは織り込み済みだ。それは周りがフォローしてくれる。必要なのは南の教会が一つになれるかと言うことだ。今の君なら申し分ない。任せてもいいな」

 彼がそう言うとアンナは泣き出していた。日頃うっかりでミスを連発している彼女は、彼にはよく怒られていた。だから此処まで信頼されているとは思いもしなかったのだ。


「は、…はい。精一杯務めさせて…頂きます……」

 気が付けばアンナ以外にも涙を浮かべ、涙する者がいた。

「みんな、済まぬな…本当に済まぬ。長い間、私を支えてくれたことに感謝する。有難う」

 ヴァレンチナはそう言って感謝を示してここを去った。もう一つ彼は違った意味で謝罪をしているのだが、それには誰も気が付いていはいなかった。


 そして事件は起こった。南ウォータル教会に長い事安置されている『英雄ゾルキスト像』が何者かによって破壊されたのである。これには誰もが驚き、嘆き、悲しんだ。しかし、問題はそれでは済まない。ウォータルにはここを含めて四つの教会がある。そこの司祭は未だに現役であり、後任を待って引退などと言うことも無い。アンナも良く知る三人は彼女を糾弾した。

 間が悪いとしか言いようがない事件である。ヴァレンチナは引退し、後任を待つその間にこのような事件が起こる。責任の所在はなど喧々諤々の議論が、三人の司祭を中心に南の教会内で行われている。


 管理を任されているアンナは、さも犯人の様な扱いで此の場に出席している。一様に彼女が悪いとは言わないがそれと無にアンナを責める言葉を語る。中でも司祭たちは酷いものである。修道女とはいえ彼女は教会内では仲間であるはずが一切の援護が為されていない。

 南の教会の支援者は大抵が南部に住む者たちである。彼等が日々此の場を陰ながら支えているのだ。

「それならば我々でゾルキスト像を再建させましょう」

 そう宣言したのは南部に宿屋、三日月亭を営む主人スマットであった。彼は南部では中心的な人物で、町会長や商工会の会長の様な役割を務めている。


 彼からしてみれば見るに堪えないのだった。日頃どんなにドジを冒しても笑顔を絶やさずにいたシスターアンナが今では顔面蒼白になり、下手をすれば命を絶ちかねないとも思えていたのだ。メルストン教では自殺は禁止である。それでも行えばその人の魂は救われないとされている。

 他の者の思いも似通っていた。


 責任の所在等は保留となりこの日は解散した。司祭らは足早に此の場を去り、残ったのはアンナとスマットらである。スマットはアンナの状態を見て、休ませることにした。

 そして残った彼等が取った行動がブラッドたちの件に繋がるのだ。


 この日はそれで話しは纏まり解散となる。

 翌日以降、アンナはいつも通りに教会の運営を頑張ってはいたが、精神的には相当参っていることは明白であった。修道士・女は何とか彼女を支えてはいたが、それでも厳しい状況であった。

 スマットはブラッドが依頼を受けたことで、目処が立ったと考えてアンナにゾルキスト像再建を報告した。その時は目の輝きが戻り、何とか為ると思っていた。


 しかし、ブラッドたちがアルノバの木を採りに出掛けてから四日目の事であった。

 馬車を伴いコーンステッド家の私兵が教会を訪ねて来たのだ。そして兵士の一人は彼女の名を呼ぶ。

「シスターアンナ、シスターアンナは居られるか!」

 本来、一貴族の私兵が此の場に進入することはあり得ない。彼等が動くのはメルストン教からの要請で行われるのだ。

「は、はい…私がアンナです」

 兵士の姿に恐れたのか弱々しい声で答える。対して兵士は淡々と事実を伝える。彼はアンナに洋紙を見せて話す。

「ソロエン、ワット、キヤン司祭合同要請によりシスターアンナを拘束する!」

 その場には普段と変わらず多くの市民が詰めかけていた。突然のことで辺りは騒然とする。それが予見出来ていた司祭等はこうも要請文に盛り込んでいる。兵士らは直ちに次の言葉を発する。

「なお、この場で徒に騒ぎ立てる者ある場合、三名の司祭許可により同様に拘束する!」


 この言葉は効いた。一瞬で騒ぎは収まり水を打ったようになった。この場所はウォータルとは言えども唯一法が適用されない場所である。この場では教会の教えこそが法なのである。つまり此処で捕まれば待つのは死であった。故に静まり返ったのである。


「連れて行け!」

 兵士が言うと隊列は動き馬車もまた移動を始める。アンナは最早絶望でしかなかった。

 彼女は呆然としながらも周囲で話す兵の言葉が耳に入って来る。既に聖光騎士団が向かっていると言う話である。教会関係者ならばその事が指す意味を理解していた。

「申し訳ありません…ヴァレンチナ様」

 どうすることも出来なかった彼女は、脳裏に浮かぶ彼に唯謝るだけであった。



 一行は第一城壁を抜けるとそのままコーンステッド家の敷地内へと入る。そして馬車は何故か玄関前に停車する。普通、拘束される場合は地下牢が妥当である。

 彼女は停車した馬車から下りるよう指示されて、素直に従い馬車を降りる。

 そしてそのまま屋敷内へと案内されやって来た部屋は、重厚な扉の前であった。案内した者が到着した旨を告げると中から扉が開かれる。

「入りなさい」

 奥からの言葉にアンナはどうしたものかと思っていると、案内した者も入るよう彼女を促した。


 恐る恐る入ると……

「ヴァレンチナ様!!」

 アンナは直ぐに彼を見つけた。馬車の中では只管彼の言葉を守れなかったことに謝罪を繰り返していた。その人物が待っていたのだ。

「シスターアンナ」

 彼はその言葉しか出てこなかった。


「先ずは此方の席に座りなさい」

 そう促したのはライストリであった。この時点でアンナは彼を次期当主だとは認識していなかった。今はそこまでの思考力を持ち合わせてはいなかったのだ。

 彼の言葉に従い、指示された席へと腰を下ろすのが精一杯であった。


「君がシスターアンナだね。私はコーンステッド・トドーフ・マクコットが一子ライストリと言う。初めましてお嬢さん」

 ここで彼女は目の前の人物がどんな大物であるかを理解する。すっと立ち上がろうとしたが彼がそれを制止する。

「いいよ。今の君には私にその様な事をする必要はない。……ああ、勘違いをさせたみたいだね。君が悪いのではない。私が君からの挨拶を受ける資格が無いのだ」

 アンナは言っていることがいまいちよく理解できずに、ライストリの隣に座るヴァレンチナを見る。彼もまた気まずそうに顔を顰める。


「一体どういうことでしょうか…私は拘束されるのですよね?」

 アンナはライストリに尋ねる。兵士に告げられた言葉であるから間違いは無い。

「うむ、確かに三人の司祭から君を拘束するように要請を受けた。さらには聖光騎士団の受け入れもだな」

「では、…やっぱり…」

 アンナはどうしようもない状況だと目に涙を浮かべる。

「アンナよ、もう少し冷静になって話を聞いて欲しい」

 ヴァレンチナはここにきてようやく彼女の名以外にも話しだした。


 ヴァレンチナはここで彼女に全てを打ち明けた。彼の引退の件、他の司祭の不正、ゾルキスト像の破壊、アンナの拘束その全てが一つの輪で繋がっている事をである。

「本当に済まないと思っているアンナ。しかし、どうしてもあ奴等を逃がさぬ為にはこうするしかなかったのじゃ…」

 彼は悔やんでも悔やみきれぬ思いで一杯であった。

 随分前から司祭らの不正行為は目にしていた。当然三人はばれていないと思っていたが、そんなことは調べれば直ぐに分かる。そもそも南以外の寄付金額を知らないと思っていること自体がおかしいのだ。それなりに情報共有をするのが同じ街にいる司祭の役目でもある。寄付金額の事などはよく耳にしていたのだ。

 それが明らかに減っていればどんなに普通を装うとも怪しく見えてしまうものなのだ。


 騎士団は横領などでは現地へとやってはこない。教会本部に呼び出して裁判を行うのが慣例であった。 しかし、そんなことは絶対に無理である。召喚状を三人が受け取ればその足で逃げ出すことは分かりきっている。どうしても騎士団を呼ばねばならないが、それに当たる事件早々起こるものではない。

 そこで思い付いたのがゾルキスト像の破壊である。本部とコーンステッド家両者の協力のもと秘密裏に計画は進んで行った。


 計画は二年前まで遡って発動されている。第五軍の騎士団員がそれと分からぬように少しずつウォータルへと入っていたのだ。中には南の教会を訪れる信徒でもあった。アンナは知らないがヴァレンチナとは連絡を取り合っていたのだ。

 では何故二年という期間を要したのか。それはもう一体のゾルキスト像の作成である。これは周囲の者にばれる訳にはいかず、職人も選ばなければいけなかった。加えて精巧な偽物を造りだすには、何体も試作品を作りだしては破棄を繰り返した。そして、ようやく納得出来るゾルキスト像が出来たのが一月前であった。


 そこで本計画が動き出す。この前までは準備計画である。最初はコーンステッド侯爵の軍旅から始まる。約一万の兵の動員、これにより、発言権のある貴族が戦地へと赴き、残りのはその息子たちである。さらには新兵の補充にと何かと統治をする側には忙しい状況が生まれたのだ。


「なるほど、お話しは分かりますが…一体いつゾルキスト像は交換されてのでしょうか?」

 アンナが不思議がるのも無理は無い。実は本物のゾルキスト像はアルノバの木製で二百キロ近くあり動かすのに一苦労どころでは無いのだ。さらには台座が固定されてもいる為に、ばれずにすり替えるのは至難の業である。


「そうじゃの。アンナは知らんかったか、あのゾルキスト像はの分解できるのじゃ。但し台座は無理じゃがの。あれは教会の一部と繋がっておるからの、移すことはできん。しかし、脛より上は全て取り外しが出来るのじゃ」

 そう、時間が掛かったのはその細工が上手くいかなかったこともある。携わった職人は昔の方が技術があったと嘆くほどだ。

 かくして深夜教会では静かに像の交換が行われていたのだ。


「まさか、ゾルキスト像にその様な仕掛けがあるとは思いもよりませんでした。それでもまだ疑問に残る事があります。像はどうやって壊されたのでしょうか?あの像は教会が開いている間に、私がいた間に起こりました。どう考えても不可能です」

 今回みんなの謎はそこであった。アルノバの木は確かに加工すれば金属のように硬くなる。しかし、絶対に破壊できない訳ではない。そうでは無く、不可能な時間帯にどうやって犯人は事に当たれたのかである。


「アンナは薬で寝かされておったのよ。教会へと訪れる常連もな。二年と言う期間は此処でも役に立ったと言うことじゃな。これは第五軍の兵士がやった事じゃ。さらに教会内に居た信徒も全てが第五軍の兵士よ」

 その日は一般の信徒は教会に近付けなかったのである。誰もが謎と言っていたのは誰も知らないと言うことであり、真相は闇の中と言うことなのだ。つまりはスマットたちは破壊された状態の扉とゾルキスト像しか見ていないのだ。その日は破壊されるまでウォータルに住む人間は教会には行っていなかったのだ。


「そうだったのですか…では私の罪は?」

 アンナはそこで初めて自分自身の事に触れる。

「ふむ、罪か。何かあるかなヴァレンチナ司祭?」

「そうですな…犯人逮捕に協力したことはありましょうな。罪などは元からありはしないのです」

「だそうだ。…これはあの司祭たちからの要請文書でな、こんなものはこうだよ」

 ライストリはそう言うと破り捨てた。もとから彼はあの三人が嫌いであった。敬意を払わず、傲慢な態度さらにはマクコットが戦地へと赴けば余計に態度がでかくなる始末であった。こう考えるとあの三人には味方がいないと言うことであった。


「それでなアンナくん。君は事が終わるまで当家で保護することに為っている。理解してもらえるかね」

 これは彼女が殺されるかもしれないと言うことで一番安全な方策であった。

「は、はい…宜しくお願い致します」

 彼女はそう言って頭を下げた。


 彼女は用された部屋へと案内される。そこには贅を凝らした装飾品の数々がありアンナは本当に良いのかと考えてしまうほどだ。そこに着いて来たヴァレンチナが言う。

「これはなせめてもの詫びなのじゃよ、アンナ私と子爵は君を絶望の淵へと追い詰めてしまった。あの三人を逃さない様にする為とはいえ、君を生贄としてしまったのじゃ。本当に済まないアンナ」

 彼は最後には涙を流して彼女に謝っていた。

「気に為さらないでくださいヴァレンチナ様。初めは確かにショックでした。しかし、それはあの司祭たちを捕まえる為の事と分かれば話は別です」


 彼女は漸く以前の彼女へと戻る事が出来た。以後彼女はゾルキスト像を護っただけでなく、不正を働いた司祭を逮捕させるに至った人物として、長らく名が残る事になるのであった。


 最後までお読み頂き有難う御座いました。


 今回はシスターアンナのを中心に、どう言った経緯で彼女が犠牲になったのかなどを書きました。このお話しのメインはブラッドたちがアルノバの木を狩りに出ている間から始まります。そして、ブラッドとアブレットが一緒にコーンステッド家へと入るまでの期間のお話しでした。

 彼女の打たれ強さは日々のドジの賜物でしょうか…


 御感想お待ちしております。

 誤字脱字等々ありましたら御一報頂けると幸いです。

 それでは次話で御会い致しましょう。

               今野常春

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