まずは僕と彼女の出会いから話そう
一秒でも触れていたい。
僕がこんな言葉を使える日が来るなんて思わなかった。
今日、この日までに僕は今までの人生で身についたもの全てを否定してきた。
恥ずかしくなるような言葉を口に出して、後ろ指を差されることを自信満々に進み続けた。
頑張った。自分が自分じゃないくらいに走り続けた。自分で言うのもあれだけど努力をした。
けどどうやら僕は後ろ向きに歩いていたようで、努力は無常にも無意味に変わった。
それでも彼女に想いを届けた。
好きな自分を嫌って、また好きになって、嫌いになった。
――君に出会えて好きなものが嫌いになった。嫌いだったものがもっと嫌いになった。
これから僕が書こうとしているものは、一人の女の子と、僕の友達に宛てた感謝と謝罪の言葉だ。
さて、いったいどこから書いたら良いものか。
冬の季節から書き始めてもあなたには何のことか理解できないだろうな。
秋の季節から書き始めたら、僕の悪いところだけをあなたに見せることになってしまう。
・・・嫌われたくないから却下。
なら夏の季節から書き始めよう。僕と彼女の心がちょうどすれ違うあの時期からにしよう。
後に後悔し続けたあのカラオケボックスから。
「「ダ~メダメヨ!っふぉーー♪♪」」
成人まで後一歩の大学生3人が四畳ほどの個室で男子らしくない高音で叫び続ける。
防音設備が整っているはずだけど、僕らの声はトイレの中にまで聞こえる。
迷惑極まりない。
けどこれが僕ら三人のカラオケでの過ごし方。恥なんて辞書に元々存在してなかったかのように声を荒げる。出したいように、出せるまで歌うことを続ける。
時間は朝の5時を過ぎようとしている。お店の閉店時間だ。
「Prrrr・・・Prrrr」
電話も掛かってきたし、今日はここまでのようだ。
「ルカルカも歌ったし出ようぜー」
会計を済ませて外に出る。季節は夏、夜だからといって寒さは感じない。むしろさっきまで雨が降っていたようで湿気がすごい。空気が肌にまとわり着くような気持ち悪い感触。けれど疲れきった僕たちの喉にはちょうど良い湿り具合なのかもしれない。
「いやー、俺たちも声出るようになってきたなー」
こいつはトモ。僕たち三人の仲で一番変人といえるかもしれない。なんせ、小学生の頃の趣味がカナヘビ集めだったそうだ。ただ他人からの信用はこいつが一番強い。悩みを告げると言葉をオブラートに包まずストレートに言ってくるから傷つくときもある。けれどなぜかまた相談に行ってしまう。ある意味、本当に他人からの信用を勝ち取っているんだろうな。ちなみに童貞である。いや、素人童貞である。
「やっぱ高音やばいでしょ!めっちゃ楽しいわww」
続いてテンションが高いこいつはダイ。三人の中では一番の常識者。高校のときはよくテストとかイベントの日程とかを教えてもらってた。けど僕たち三人の仲ではの話だ。あまり言ってはならないのだけれど彼は一度、自分の彼女を襲おうとして振られた。それから僕たちは彼のことをからかう時にはレイパーと呼ぶ。・・・まあ、頭のキレるやつではある。ちなみに童貞である。
「ほんと、音域だけは広がったよねー」
そして最後に僕ことあまね。生粋の面倒くさがりやです。けどなぜかこいつらのリーダーってことになってます。何のリーダーかって言うと、動画共有サイトのコミュニティのリーダーってこと。ネットから放送してゲームとか雑談とかやってるんだけど正直面倒くさくなってきたのが本音。飽き性なんですよ、ひどいくらいの。そのせいか僕の言葉は全部嘘くさく聞こえるらしい。信用がないって辛いことです。ちなみにほぼ童貞です。
三人で語りながら車に乗る。運転は僕。本当に面倒くさい。
トモとダイを家まで送りながら会話をまわす。
「けど久々のカラオケだったな」
「ほんまになーw高校のときは毎日行きよったけんな!」
僕たちの実家は同じ県内にある。けれど二人は高校卒業時に県外の大学に進学して行った。だから合えるのは長期休暇の夏休みとか冬休みくらいだ。
それでも久々にあったとしても三人は高校のときと変わらず和気藹々と遊び、話せることができる。
すばらしいほどの腐れ縁だと思うよ。
「まぁいいんじゃない?どうせお前らが向こうに帰ってもゲームできるんだしさ」
僕たち三人に距離は関係ない。距離のせいで信用が失われるようなことはない。僕らの繋がりはネットだけでも充分なくらいだ。期待なんて押し付けがましいことはしない。言ってしまえば期待なんてしてない。ネットでゲームして一年に数回会って遊んで、また離れる。それが僕たちの関係。ある意味での信頼なのだろう。
「まぁな!そーいやあまね、あの子はどうなんだよ!」
「あー、あのふわふわした女の子か。なんだっけ名前」
「ネコさんのこと?」
「そうそうそれだわ」
ネコさんというのは動物のことではなくハンドルネームのことである。
僕らのコミュニティに入ってくれたメンバーで結構な割合で観にきてくれる。文字だけでも彼女の優しさは伝わってくる。恐らく彼女は誰に対しても優しく接することのできる人間なのだろう。
「それでどうなんだよー!」
ダイが茶化しに掛かる。非常に鬱陶しい。こいつ、さては分かって聞いているようだ。
「あー、今度会うことに・・・なるかも」
あまり言いたくないことだった。ネットの人と合うなんて自慢にもならない。
それに・・・
「え、きもい」
こうやってトモがストレートに心を抉ってくるからだ。
「おまえ、ネットで出会い見つけるとか終わってんな」
「まあまあそう言うなって!最近そういうの多いって聞くし」
「身近にそんなやつおるとか嫌やわ~」
トモがタバコの煙を僕の顔に吹きかけてくる。なんでこいつはもうちょっとオブラートに言葉を包んでくれないのだろう。けどなんだかんだ言ってトモもこの会話を楽しんでいるようだ。若干だけどいたずらっぽい表情が浮かび上がっている。・・・引いてることには変わりないのだけれど。
「だから言いたくなかったんだよ!てかもうちょっと優しい言葉知らないのお前!」
「は?なんでお前なんかに優しい言葉使わんといかんの?」
だめだ、口を開いたこいつに何かいったら倍以上に返ってくる。
しかも尤もな理由を添えてくるから何も言い返すことができない。
・・・今は戦略的撤退が最善の選択だ。
「あー、うん。自分でもキモいと思う。正直会おうか会わないか悩んでる」
「そんなのもったいないでしょ!減るもんじゃないし会っとけよ!」
トモからの信用はごっそり削り取られる気がするけどな。
「会ってもええんちゃうの?正直お前が何しようとどーでもええし」
「ん・・・じゃあ会ってみようかな」
二人の合意らしき物を受け取って、僕もタバコを一本手に取り火をつける。
細いフィルターから排出されるタール1ミリの煙を肺一杯に送り込む。喉がスッとした瞬間、キュッと肺の上部が絞まる感触が伝わる。この感覚が僕は好きだ。それと吸った瞬間にタバコの先端から出るパチパチ、ジリジリと燃えるような音がたまらない。タバコの美味しさに浸っているとダイが喋りだす。
「けど会うにしたって何して遊ぶの?てか彼女どこに住んでんの?」
「いやそれがさ、同じ県内なんだよね」
「まじかよ!これって運命じゃん!」