↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

スプーキーナイト・ハンティング

作者: 雅野キュウ
掲載日:2026/10/31

 その魔女の家からは常に甘い香りが漂っている。クッキー、ケーキ、タルトにショコラ。砕いた星を散りばめたかのようにきらめくお菓子の数々が、この街の人を魅了する。かぼちゃの魔女の作るお菓子をひとくち頬張れば、初めて甘美とは何かを知るのだった。


 〈魔女の洋菓子店 パメラズパンプキン〉はかぼちゃの魔女・パメラポメラが営む洋菓子店。

 デパートやマルシェが毎日賑わう都会のなか、アパルトマンの一階を借りて日々ケーキや焼き菓子を販売する。目抜き通りに面した壁と入り口はガラス張りで、待ちゆく人にも店内のショーケースが目に留まるようになっている。そのせいか、彼女のお菓子の誘惑に耐えられず扉を開ける客もしばしば。特に、外の気温が下がりつつある涼しいこの時期は人々の食欲も駆りたてるのでまさに書き入れ時というもの。今日も先月より多くの商品が飛ぶように売れていき、パメラポメラは売上の書かれた羊皮紙を眺めてほくそ笑んだ。


 業務を終え、パメラポメラはガラス張りの壁と扉のカーテンを閉めた。本当ならひとやすみしたいところだが、今日の仕事はむしろこれからが本番。パメラポメラは「よしっ」と呟き、エプロンを身につけた。


 緋燈月(ひとうづき)――人の世でいうところの十月の終わりには、死者を迎えるお祭りがある。橙霊(とうれい)の宵(よい)と呼ばれるその日は死者の国から霊たちが現世に還ってくるとされており、現世の人間はお菓子と紅茶を用意してお茶会を開く。すでに死者の国へ旅立った人の分のお菓子も用意して、死者に想いを馳せるのだ。つまり、お菓子が一年で一番売れる。なんせ死んだ人の分まで買ってくれるのだから。


 パメラポメラは鼻歌を歌いながら蜜色の杖を手に取り、店の奥の壁に埋め込まれた金色の扉を開けた。ここが彼女の仕事場、かぼちゃの魔女専用の魔法のキッチンだ。今宵は夜通しで橙霊の宵の日に配るお菓子を作る。誰一人欠けることなく、全ての人の舌に蜜がとろけるように甘美な幸福感に浸らせるつもりだ。それは死者も例外ではない。扉の先で使い魔の蝙蝠(こうもり)たちが彼女を迎えるように羽ばたいた。


 キッチンは店内よりもずっと広く、チョコレート色の床の上を歩くとブーツのヒールがカラコロと鳴った。壁も同じ色をしていて、等間隔に掛かっているろうそくがオレンジ色の炎を揺らす。呼吸をするとスパイスの甘く刺激のある香りが鼻孔をくすぐった。


 壁際に琥珀で作った棚が並び、お菓子の材料を置いている。桂樹皮(けいじゅひ)、女王香辛料、恵みの種子など、壜(びん)に入れてラベリングしてある。カエデの木で作った薪がくべられている窯の中は焼成に適切な温度が保たれており、霜の魔法がかけられた箱の中には牛乳や氷林檎(こおりりんご)など冷やして保存しておくものが入っている。その隣にある大きな黒樫製のテーブルは、生地を伸ばしたり飾り付けをしたりするための場所と決めている。


 部屋の真ん中には大きな魔法の鍋があって、オレンジ色の火の上でぐらぐらと煮える琥珀林檎のジャムを、玉杓子を持った蝙蝠が混ぜていた。よくある魔女の鍋は鉄や銅でできているが、パメラポメラの鍋は魔法鍋職人に造らせた特注品で、深い緑色の琺瑯(ほうろう)でできている。長年(二八〇年くらい)の経験上、これがお菓子作りに最適だという結論に至った。


 ジャムの世話はそのまま使い魔に任せ、パメラポメラはキッチンの奥にある扉を開けた。中はぼんやりと暗く、野菜や果実、花やハーブなどが育つ畑が広がっていた。もちろんアパルトマンの棟内にそんな敷地はないため、キッチン同様彼女が造った魔法空間だ。


 彼女の作物は月光で育てられており、畑の天井には魔法の月が輝きながら妖精の粉のような光をさらさらと降らせている。パメラポメラが杖をひとふりすると、畑で大きく実った橙色のかぼちゃたちに蔓が伸び、それらを収穫した。蔓はパメラポメラの前に集まり、大量のかぼちゃをキッチンまで運ぶ。パメラポメラも畑を後にして、使い魔たちに向かって叫んだ。


「年一番の大仕事だよ。頑張ろう!」


 魔法でかぼちゃを真っ二つにしていく。わたを取るのは使い魔の仕事。蝙蝠たちは金色のさじで一生懸命わたをとり、種を採取していた。その間に生地を作る。星の小麦粉を棚から取り出し、三つの巨大なボウルに入れていく。今宵作るのはクッキー、ゴールドケーキ、かぼちゃのパイの三種類。ゴールドケーキとは、紅茶に漬けたドライフルーツをふんだんに入れたパウンドケーキのこと。ボウルに香辛料をざらざらと入れ、卵と砂糖と一緒に混ぜる。パイ用の生地を伸ばし、板状になったそれをパイの型に入れていく。


「重石(おもし)……あなたにしよ」


 使い魔を数十体ほど捕まえ、型に入ったパイ生地の上に乗せる。パイを焼く際は重石を使って生地を膨らませないでおく必要がある。そうすると、あとに入れるフィリングを綺麗に入れることができるのだ。杖を振り、使い魔ごと窯に入れ焼き上がるのを待つ間は次の作業に取り掛かる。数日前から漬けておいた紅茶ドライフルーツをもう一つのボウルに入れ、続けてラム酒をひとたらし。嵩のある長方形の型に流し入れ、こちらも窯へ入れていく。パイが焼けたので取り出すと、使い魔の焦げる甘い良い香りがした。


「ガトーシャルパン製の窯は焼き上がるのが早くて最高ね!」


 三つめのボウルのクッキー生地は袋に入れて、袋の角を切り星型の口金を付ける。円を描くように生地を絞り出す作業を繰り返し、円の真ん中に琥珀林檎のジャムを添える。クッキー生地を窯の中へ誘導し、ジャムが無くなり空っぽになった魔法鍋の前に立つ。


 月光カエデの樹液、桂樹皮、女王香辛料、小さな悪夢、琥珀の蜜、孔雀蜂の子。そして大きく実った愛おしいかぼちゃ。すべてを鍋に入れ、ぐらぐらと煮込んでいく。これが明日の目玉商品、かぼちゃのパイに使うフィリングだ。鍋を混ぜると金色の煙がゆらゆらと漂い、どんな香水でも敵わない上質な香気で満ちる。


 緋燈の空 漆黒の星

 此岸に還せ 融かせ 癒せ

 蜜より甘く 闇より深く

 混沌の魂に 蜜色の微笑みを


 パメラポメラは呪文を唱え、先ほど焼けたパイ生地にかぼちゃのフィリングを流し入れた。これらをもう一度窯で焼く。焼き上がったら、ホイップクリームで飾り付けをして出来上がり。


 琥珀林檎のジャムクッキー、ゴールドケーキ、かぼちゃのパイ。

 半月は飢えないであろうほどのお菓子が焼き上がり、つやつやと輝きを見せながらキッチンに並ぶ。パメラポメラは鮮度保存の魔法をかけ、今宵の大仕事に区切りを打った。


 次の日、橙霊の宵当日。お祭りは朝から始まるので、街は大勢の人で満ちる。幽霊たちもきっとこの世に還ってきているのだろう。

 しかし、還ってくる霊の中には迎えてくれる人のいない、いわゆる悪霊も一緒にやってきてしまう。悪霊は人間の子どもを見つけると取り憑いて悪さをしだすため、子どもたちは自分が人間だとばれないよう仮装をするのがお決まり。その景色がこのお祭りの非日常感を演出する大きな役目を担っていると言っても過言ではない。


 マーケットで焼き菓子を買う者、酒を呷る者、墓参りに行く者。そんな人々の様子を店内でガラス越しにゆったり眺め、紅茶を飲む……。なんてする暇もなく、パメラポメラの店は大盛況で、次から次へお客の波が引かなかった。接客、ラッピング、会計。一体何度杖を振ったことだろう。一名で来店してきたお客でも、故人の分も用意するためにショーケースの一列分全てを購入していくこともある。蝙蝠の群れが一斉に飛び立つように、お菓子は売れていった。


 この嬉しい悲鳴は夜まで続き、閉店の半刻前に売り切れた。真夜中になると、人々は自宅でディナーパーティーを開く。そこにはかぼちゃ料理や肉料理、そして大量のお菓子が振舞われる。それぞれの夜が、彼岸の住人との再会の時間となる。だが、パメラポメラの仕事はまだ終わりではない。


 おそらく、街の洋菓子店で一番お菓子を売ったのはパメラポメラの店だろう。ただ、それは単純な個数の話。利益となると、他の多くの店舗の方が彼女を上回っているに違いない。というのも、彼女は通常の価格よりもずっと低い値段で販売していたからだ。普段は高価で諦める客も、この日は別。一級品の味をとんでもない安値で味わえるのだから。お祭りでの彼女の目的は、売ることよりも別の目的がある。


 パメラポメラはカエデ製のほうきに跨り、宵闇を飛ぶ。杖を一振りすると、地上のとある場所が橙色に輝いた。


「……そこね!」


 パメラポメラは口角を上げ、光の方へ向かう。

 還ってくる霊の中には悪霊も存在する。彼女が作ったかぼちゃのパイには、悪霊を見つける魔法をかけてある。パイを食べた人や霊が、探知機のような役割をしてくれるのだ。つまり、街にばらまかれたパイが悪霊を探し、光で場所を示す。


 光っていたのは、森の中にある廃れた教会だった。悪霊は目には見えないが、おどろおどろしい冷気が背筋を走る。パメラポメラは杖を振り、森の木々から大量の蔓を生やした。それらはしゅるしゅると伸びていき、空気を掴むかのように先端をくるりと丸めていく。狩られた悪霊たちはもがいている様子だが、パメラポメラは知らん顔でキャンディに変える魔法をかけた。色とりどりのキャンディを拾い、袋に詰めていく。


「さて、おうちに帰りましょ」


 悪霊狩りの次の日、魔女のキッチンにて。

 パメラポメラは昨夜捕まえたキャンディを袋ごと投げた。キャンディの雨が降るなか、魔女は杖を振る。キャンディは蝙蝠に姿を変え、ばさばさと空中を羽ばたいた。


「今日からよろしくね、新しい使い魔たち!」


 焼いたり、食べたり、粉にしたり、煮込んだり。使い魔を使役しているとどうしてもその数は減ってしまう。そのため、年に一度は新しい使い魔を調達しなければいけない。橙霊の宵――この祭りにおける彼女のうまみはそこにあった。


 一匹、反抗的な蝙蝠がキッチンを暴れ回った。香辛料の瓶が次々に倒れていく。魔女がその使い魔を掴むと、それは蝙蝠形のチョコレートに変貌した。

 悪い子はこうしちゃうわよ、とチョコレートをかじる。ぱきりという心地よい音がキッチンに響いた。

《単語集》

・〈魔女の洋菓子店 パメラズパンプキン〉

  パメラポメラが営むお菓子のお店。魔女のこだわりが詰まっているのでお値段は少しお高め。年一で売られるかぼちゃのパイは街じゅうの人が絶賛している。もう少しお金を積むと、あなただけのお菓子を作ってくれるとの噂……。


・ 緋燈月(ひとうづき)

  人の世でいうところの十月。木々が赤く染まることから名付けられた。


・橙霊(とうれい)の宵(よい)

  死者を迎えるお祭り。ハロウィンと呼ばれることもある。死者の国から霊たちが現世に還ってくるとされており、現世の人はお菓子と紅茶を用意してお茶会を開く。


・桂樹皮、女王香辛料、恵みの種子

  順に、シナモン、カルダモン、ナツメグ


・ゴールドケーキ

  橙霊の宵に作る家庭料理として親しまれる、紅茶に漬けたドライフルーツをふんだんに入れたパウンドケーキ。本編では書ききれなかったが、焼いたあとは濃~~く入れた紅茶にどぼんとケーキを浸したら完成。使う茶葉はご家庭によってさまざま。パメラポメラはダージリンのオータムナルとアッサムを使用。つまりとにかくコクがある。


・ガトーシャルパン

  魔女向けのキッチン用品を作る会社。高性能、高品質、高価格。


・悪霊

  橙霊の宵にあの世からこの世にやって来てしまうもの。生前に悪いことをした人が多い。霊なので、この世の住人は視認できない。


・使い魔

  魔女に使役する生き物。姿かたちや扱われ方はさまざま。パメラポメラにとって橙霊の宵は、新しい使い魔のリクルート期間。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。