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謝罪会見、相席でお願いします

作者: たいよう
掲載日:2026/08/16

 午後一時四十七分、真壁紗英は、壇上の長机が謝罪者五人用であることに気づいた。


 椅子は六脚あった。


 つまり一人だけ、机からはみ出して謝ることになる。


「市長を端へ座らせるわけにはいきません」


 最初に異議を唱えたのは市長ではなく、市長秘書だった。


「うちも端は困ります。切り抜かれたとき、反省してないみたいに見えるんで」


 アイドルのマネージャーが言った。


「端と反省に相関はありません」


 動物園長が言った。


「ありますよ。画角に」


「画角は生物学の対象外です」


「ここ、謝罪会見の会場ですよね?」


 真壁は答えなかった。彼女にも、だんだん自信がなくなっていた。


 東都コンベンションセンター三階、芙蓉の間。本日午後二時からの予約画面には、六つの催事名が重なって表示されていた。


『美浜市長記者会見』


『東央動物園・逸走事案説明会』


『若葉台小学校・給食異物混入に関する会見』


『星名ルカ・一部報道について』


『久慈川礼一・新刊をめぐるご説明』


『株式会社みかげ葬祭・ご遺族へのお詫び』


 予約システムの不具合だった。


 不具合であることまでは、全員の見解が一致していた。そこから先は、一致するものが何もなかった。


「別会場へ移るなら、機材費を含めて再見積もりです」


 会場統括の鶴巻は、六団体を前にしても、値札を読む声だけは揺れなかった。


「中止の場合、当日キャンセル料は百パーセント。報道各社への連絡は、各主催者様でお願いいたします」


「会場側の不具合でしょう」


 みかげ葬祭社長、御影志乃が言った。黒いスーツの襟に、銀色の細い線が一本走っていた。声にも同じ線が入っていた。


「責任の所在につきましては、システム会社との確認後に」


「確認前でも、六件の会見を一室に入れるのが異常だとは確認できます」


 鶴巻は聞こえなかったことにした。


 会見まで十三分。記者はすでに百人近く入っている。六団体の案内メールまでシステムが一通に統合し、件名を『関係者六名による合同記者会見』に変えて配信していた。


 合同ではない、と訂正メールを送ろうとしたら、送信ボタンが灰色になった。


 真壁は午後になってから、機械が人間の意思を持たないという説を疑い始めていた。


「持ち時間は六十分です」


 鶴巻がホワイトボードへ計算式を書いた。


「冒頭説明に各八分ですと、四十八分。質疑が十二分しかありません。そこで、謝罪文を一文ずつ、順番に読んでいただきます」


「駅伝?」と星名ルカが言った。


 十九歳。海産物加工会社の広告キャラクターを務める、現役アイドルだった。白いブラウスに紺のリボン。机の下では、片足だけ銀色のスニーカーが忙しく揺れている。


「共同声明という形式です」


「別々の件なのに?」


「形式だけ共同です」


「謝るところだけシェアハウスなんだ」


「その表現、会見ではお控えください」


 マネージャーが小声で制した。


 ミステリー作家の久慈川礼一が、六冊ぶんの原稿を重ねたような厚い謝罪文を持ち上げた。


「一文ずつでは文脈が死ぬ。文脈を殺しておいて、私は殺していないと説明するのは、作家として承服しかねます」


「先生は本日、まさにその説明をなさる予定ですよね」


 編集者らしき男が言った。


「真崎君。君は黙っていたまえ。話がややこしくなる」


「もう十分ややこしいです」


 若葉台小学校の大貫校長は、さっきから額を白いハンカチで押さえていた。髪は微動だにしない。


「教育現場といたしましては、順序にも一定の教育的配慮が必要と考えます。まず公的機関、それから民間の皆様というのが——」


「動物園は公益財団です」と八木沼園長が言った。


「作家は公益に入りますか」と久慈川が言った。


「入りません」と編集者の真崎が言った。


「市長が最初でよろしいでしょう」


 美浜市長、芦田啓介が両手を広げた。譲歩した人の手つきだったが、自分を最初に置いただけである。


「行政が率先して説明責任を果たす。そこから皆様へバトンをお渡しする形が、市民にも最も分かりやすい」


「やっぱ駅伝じゃん」


 ルカが言った。


 真壁は座席表に番号を振った。


 市長、動物園長、校長、アイドル、作家、葬儀会社社長。


 公、獣、学、芸、文、死。


 並べた瞬間、文明の縮図のように見えた。たぶん疲れていた。


「一文ずつです。ほかの方の番には割り込まないでください。質問には、名指しされた方だけがお答えください」


「それで誤解は生じませんか」


 御影社長が訊いた。


 真壁は正直に答えたかった。


「生じた誤解には、質疑で対応します」


 代わりに、会社員として答えた。


 午後二時。百十四台のレコーダーが赤い光をつけた。


 *


「ただいまより、一連の件に関する合同記者会見を開始いたします」


 読み上げた直後、真壁は二つ間違えたと思った。


 “一連”ではない。


 “合同”でもない。


 だが、百十四台のレコーダーは、後悔に対応していなかった。


 芦田市長がマイクを引き寄せた。


「まず、本市が事業費の一部を負担したことは事実でございます」


 八木沼園長が続いた。


「対象が施設外へ逃げ出した事実はございますが、人へ危害を加える習性はありません」


 大貫校長が続いた。


「現時点で給食への混入は確認されておらず、健康被害を訴える児童もおりません」


 星名ルカが続いた。


「わたしは写真を撮っただけで、運搬には関与してません」


 久慈川礼一が続いた。


「彼を死んだことにしたのは物語上の必要からであり、個人的な感情によるものではありません」


 御影志乃が続いた。


「ご家族の到着前ではございましたが、本人の強い希望を尊重し、火葬いたしました」


 会場の空調が、低く唸った。


 百人の記者が一斉に顔を上げる音を、真壁はその日初めて聞いた。


 最前列の男が、挙手を待たずに立った。名札には『週刊眼 坂下』とある。


「確認します。市の費用で施設に収容されていた人物が逃走し、学校給食への混入が疑われ、星名さんが移送に関わり、久慈川先生が死亡したことにして、家族が到着する前に火葬した。そういう事件ですか」


「違います」


 六人が言った。


 初めて共同声明になった。


 フラッシュが焚かれた。


「どの部分が違うのでしょう」


 坂下の声には、全体が違うという可能性が含まれていなかった。


「主語が違います」と市長。


「種が違います」と園長。


「混入は確認されておりません」と校長。


「運んでません」とルカ。


「世界が違う」と久慈川。


「亡くなられた方は実在します」と御影社長。


 記者たちの指が走った。


「実在する方と、実在しない方がいる?」


「複数名ですか」


「種が違うとは、国籍のことですか」


「学校に入ったのはどちらですか」


「一問ずつお願いします!」


 真壁が止めた。


 坂下がすぐに一問へまとめた。


「逃げた対象の身元を教えてください」


 八木沼園長は、質問の精度が上がったことにだけ満足した顔をした。


「アルダブラゾウガメです。愛称は『先輩』。オス、推定九十四歳、体重百十一・六キログラム」


 会場がざわめいた。


「その“先輩”というのは、組織内の呼称ですか」


「飼育員より長くいるので、先輩です」


「人間ではない?」


「ゾウガメを人間だと思う飼育員は採用していません」


「では火葬されたのは、その先輩ではない?」


 御影社長が答えかけた。


 真壁は反射的に手を上げた。


「御影社長への質問は、順番が一周してからお願いします」


「順番を守ってる場合ですか?」


 もっともだった。


 しかし、真壁のイヤホンでは鶴巻が「進行を守れ」と三回言っていた。進行とは、状況が壊れたときほど強く信仰される神である。


「次は大貫校長へのご質問を」


 教育新聞の女性記者が立った。


「給食に混入した疑いがあるものは、亀の一部ですか」


「そのような事実は一切ございません」


「では何ですか」


「黒色の、樹脂様の物体と申しますか、一定の弾力を有する小片が発見されたとの報告は受けておりますが、混入したという確認は——」


「鍋の中で見つかったんですよね」


「発見場所と混入経路は、教育的には別の問題です」


「教育的にではなく、物理的に答えてください」


 大貫校長は、また額を押さえた。髪は動かなかった。


「現在、調査中です」


 そのとき、会場の後方でスマートフォンの速報音が鳴った。


 つられるように、あちこちで鳴り始めた。


 真壁の手元にも通知が出た。


『【速報】美浜市、動物園の“先輩”逃走に公費支出か 学校給食・著名人ら関与の可能性』


 配信元は週刊眼だった。


 坂下は通知を見ていない。送った側だからだろう。


「星名さん。写真を撮った対象は“先輩”ですか」


「違います。マグロです」


 今度は、カメラマンまで顔を上げた。


「隠語ですか」


「魚です。でっかい魚」


「生きていましたか」


「そのときは冷凍です。でも三日前までは泳いでたって」


「三日前までは生きていた」


「言い方」


 ルカはマイクへ身を乗り出した。


「百八十キロの本マグロ。港のイベントで解体する予定だったやつ。わたしが運んだんじゃないです」


「誰が運んだのですか」


「スタッフさん」


 マネージャーが壇の袖で、胸の前に大きな丸を作った。


「星名さんの指示で?」


「それは——」


 今度はマネージャーが、両腕で巨大な罰印を作った。


「現場判断です」


 ルカは罰印を見ながら言った。


 八木沼園長が小さく鼻を鳴らした。


「飼育現場で最も信用してはいけない四文字です」


「何ですか」


「現場判断」


 マネージャーの罰印が、園長へ向いた。


 次は久慈川だった。


「“彼”というのは、どなたですか」


「拙著『灰になる編集者』の登場人物、間崎透です」


「実在しない?」


「少なくとも戸籍上は」


「モデルはいますか」


「創作とは、現実という粗雑な鉱石から——」


「いるんですか」


「特定の個人ではありません」


 編集者の真崎が、壇の袖で目を閉じた。


 坂下がその顔を見た。次に、名札を見た。


「間崎と、真崎」


「日本語には限られた音しかありません」


「作中の間崎透は、四十三歳、出版社勤務、左目の下にほくろがあり、蕎麦アレルギーで、妻と別居中ですね」


 真崎が左目の下のほくろを手で覆った。


「偶然です」と久慈川は言った。


「蕎麦アレルギーも?」


「文学的偶然です」


 そこへ経済誌の記者が割り込んだ。


「御影社長。火葬されたのは人間ですか」


「ご遺体です」


「“本人の強い希望”を示す書面はありますか」


「生前相談時の聞き取り記録がございます」


「本人の署名は」


 御影社長は、二秒だけ黙った。


「ございません」


「ご家族が来る前に急いだ理由は」


「予約時刻に従いました」


「誰が予約したんですか」


「弊社です」


「市から依頼は?」


「ありません」


「動物園からは?」


「ありません」


「学校からは?」


「ありません」


「星名さん、久慈川さんからは?」


「ありません」


 否定するたび、記者たちは新しい矢印をノートへ書き足した。


 市長がマイクを取った。


「そもそも、本市が費用を負担した事業と、今お話に出た各事案とは、まったく関係がございません」


「何の事業ですか」


「市民の安全意識を高めるための啓発映像です」


「タイトルは」


 市長の秘書が咳をした。


「現在、公開準備中でございまして」


「制作会社は」


「適正な手続きを経て選定しております」


「市長と関係のある会社ですか」


「特定の関係があるとの認識はございません」


「映像には誰が出演を?」


「そこは事業の本質ではありません」


 会場の空気が、答えの形にへこんだ。


 坂下が訊いた。


「市長ご本人ですか」


「幅広い市民が出演しております」


「ご本人も?」


「私も市民の一人です」


 速報音がまた鳴った。


『【独自】美浜市の極秘啓発映像に芦田市長本人か “逃走”“給食”“火葬”を結ぶ事業の全容』


「何も結ばれてない!」


 星名ルカが言った。


 マネージャーの腕では表現できないほど大きな罰印が必要だった。


 真壁は時計を見た。午後二時二十二分。


 会見開始から二十二分で、存在しなかった事件には、公費、被収容者、逃走、学校、冷凍輸送、偽名、死亡、証拠隠滅まで揃っていた。


 事実は六つに分かれたままだった。


 疑惑だけが、一つになっていた。


 *


「五分間、休憩とさせていただきます」


 真壁が宣言すると、記者席から怒号が飛んだ。


「逃げるんですか!」


「動物園の件と紛らわしいので、“中断”と言ってください」と八木沼園長が言った。


「五分間、中断します!」


「火葬施設へ移動するんですか!」


「どうしてそうなるの」


 ルカの声を、幕が閉じた。


 舞台裏へ戻った六人は、ばらばらの謝罪会見に来たときより、ひとつの遭難者集団らしくなっていた。


 全員のスマートフォンが鳴っていた。


「トレンド一位です」


 ルカが画面を見せた。


 `#先輩を返せ`


 二位は `#市長の極秘火葬`


 三位は `#給食マグロ`


「フォロワー、七万増えました」


「喜ぶところじゃないよ」


 マネージャーが言った。その顔は、ほんの少しだけ惜しそうだった。


 市長の秘書は電話口で「違う、亀に公費を出したのではない」と十二回目の説明をしていた。


 大貫校長の端末には、保護者からのメッセージが並んでいた。


『人を給食に入れたんですか』


『亀なら大丈夫なんですか』


『本日の献立変更はありますか』


「最後の方は冷静ですね」と真壁が言った。


「本校の保護者は、常に児童の生活を第一に——」


 校長は言いながら、額を押さえた。やはり髪は動かなかった。


 久慈川は、速報記事を読んでいた。


「筋が悪い」


「感想そこですか」と真崎が言った。


「市長、動物園、学校、アイドル、作家、葬儀社。登場人物が多すぎる。しかも全員が一つの事件に必要な理由がない」


「先生がそれ言うんですか」


 鶴巻が舞台裏へ入ってきた。


「このまま“六件は無関係”で統一してください。個別の話へ踏み込むほど、混乱が広がります」


「もう広がりきってます」とルカ。


「共同声明を出しましょう。“報道されているような事実は一切ない”」


「報道されていない事実は?」


 御影社長が訊いた。


「本日は、そこまで説明する場ではありません」


 六人が鶴巻を見た。


 もともとは、そこまで説明するために来たのである。


 芦田市長が腕を組んだ。


「個別の詳細を申し上げれば、かえって本来の問題から市民の関心を逸らすことにもなりかねません」


「本来の問題って何ですか」とルカ。


「存在しない巨大疑惑です」


「存在しないなら、ほっとけばいいじゃん」


「存在しないものほど、否定が難しいんです」


 久慈川が感心したように頷いた。


「市長、今の台詞はいい。次に使っても?」


「使わないでください」


 鶴巻の案は、全員にとって魅力的だった。


 一つの巨大疑惑なら、全員が被害者になれる。根も葉もないと怒ってよい。専門家を呼び、法的措置を検討し、切り取られたと訴えられる。


 六つの小さな嘘は違う。


 根も葉も、自分で植えていた。


「六つの本当は、一つの嘘より都合が悪い」


 久慈川が言った。


「さっきからまとめだけ上手いですね」と真崎。


「作家だからね」


「本文もお願いします」


 八木沼園長の電話が鳴った。若い飼育員の声が、そばにいた真壁にも聞こえた。


『園長、先輩は元気です。いまキャベツ食べてます。ただ、記者が“本当に亀か見せろ”って正門に』


「見せなさい」


『いいんですか』


「九十四歳の亀を人間だと言い張る人には、本人に会わせるのが早い」


 電話を切ると、園長は真壁へ向いた。


「逃走時間は十二時間七分です。発表した三十七分は、私が記録を書き換えました。一時間を超えると所管への事故報告が必要になるからです」


「いま、ここで?」


「亀を人間にされるより、私が嘘つきになるほうが生物学的に正しい」


 大貫校長が目を逸らした。


「校長先生の黒い樹脂様の物体は?」


 御影社長が訊いた。


「現在調査中です」


「現物はどこに」


「衛生上の観点から、私が処分しました」


「調査できないじゃん」とルカ。


「しかし、由来については一定の推察が——」


 校長の手が、また額へ上がった。


 全員の視線も上がった。


「これの留め具です」


 大貫校長は言った。


「これ、とは」


「教育に必要ですか、その確認は」


「物理的には必要です」と八木沼園長。


 校長は両手で頭を覆った。


「給食室で検食中、鍋を覗き込みました。衛生帽を着用していなかったことも含め、私の責任です」


「混入してるじゃん」


「“確認”はしておりません。捨てましたので」


「その日本語、校長先生が児童に教えてるんですか」


 ルカに言われ、大貫校長は返す言葉を失った。


「わたしも、運ばせました」


 ルカが急に言った。


 マネージャーが振り向いた。


「ルカ」


「だって、スタッフさんが勝手に百八十キロのマグロを屋上まで持ってくわけないじゃん。空と撮ったら青に青でかわいいって、わたしが言った。あと、乗った」


「乗ったの?」


「一瞬」


「投稿では“触れてもいない”と」


「乗ったと触ったは、だいたい同じでした。すみません」


 久慈川が咳払いした。


「では私も、文学的偶然という表現を撤回しよう」


 真崎が目を開けた。


「間崎透のモデルは、真崎君だ」


「知ってます」


「殺害方法に火葬を選んだのも、君が私の原稿を二百枚削ったことへの個人的な感情が、まったくなかったとは言えない」


「百パーセントあったでしょ」


「九十八程度だ。二パーセントは物語上の必要だ」


「その二パーセントも、たぶん要らないです」


 市長は、味方が一人ずつ海へ飛び込むのを見る船長の顔をしていた。


「市長の映像は?」とルカが訊いた。


「防災啓発ミュージカルです」


「出演は?」


「私です」


「幅広い市民は?」


「市民合唱団の皆様です」


「市長が主役?」


「独立した選考委員会から、災害時における指導力と発信力を総合的に——」


 秘書が、市長の袖を静かに引いた。


「私が、やりたいと申しました」


「歌うんですか」


「三曲」


「踊りは?」


「避難経路を身体表現で示す場面が」


「踊るんだ」


 市長は目を閉じた。


「制作会社社長は、大学時代の演劇部の後輩です。公募で選ばれたという説明も、厳密には正確ではありません」


「それ、亀より大きいですよ」と八木沼園長。


「体重の話ですか」


「問題の話です」


 五人の視線が、最後の一人へ移った。


 御影社長は、閉じた幕の向こうを見ていた。


「亡くなられた方は、生前、“大げさな葬儀は嫌だ”とはおっしゃいました」


 静かな声だった。


「ですが、ご家族を待たずに火葬してほしいとは、一度もおっしゃっていません。弊社が案内メールの集合時刻を一時間遅く記載しました。火葬場には正しい時刻を伝えていました」


「それで、“本人の強い希望”と?」


 真壁が訊いた。


「時間は戻せません。会社を守るために、戻らない人へ責任を渡しました」


 誰も、すぐには何も言わなかった。


 笑いが一度止まったことで、六件の失敗は初めて、失敗として同じ壇上に並んだ。


 御影社長は真壁を見た。


「私は話します。ほかの皆様は、ご自身で決めてください」


 真壁のイヤホンで鶴巻が叫んだ。


『個別開示は止めろ。会場の責任に飛び火する』


 その言葉で、真壁は午前九時十二分に届いた社内メールを思い出した。


『重複予約アラートを検知。対象催事六件』


 鶴巻は九時十四分に返信していた。


『主催者への連絡は保留。全件キャンセル回避を優先。現場で共同開催へ誘導』


 システムは壊れていた。


 だが、午後二時まで壊れたままにしたのは、人間だった。


「再開します」


 真壁はイヤホンを外した。


 *


 幕が開くと、記者たちは一斉に立った。


「新たな事実は?」


「誰が死亡したんですか!」


「先輩は無事ですか!」


「マグロの産地を!」


「順番にご説明します」


 真壁は言った。


「ただし、ここからは一文交代制をやめます」


 イヤホンを外した耳は、不思議なほど静かだった。


 御影社長が最初に話した。


 亡くなったのは、八十二歳の男性だった。ほかの五人とも、動物園とも、学校とも関係がない。家族が間に合わなかったのは故人の希望ではなく、みかげ葬祭が集合時刻を誤送信したためだった。


 御影社長は、言い訳を添えなかった。


 頭を下げた時間は、最初の謝罪より短かった。


 誰も短いとは思わなかった。


 八木沼園長は、先輩がアルダブラゾウガメであり、現在も存命で、キャベツを食べていると報告した。逃走は三十七分ではなく十二時間七分。事故報告を避けるため、自分が記録を書き換えたと認めた。


「亀は急いでいませんでした。急いで隠したのは私です」


 大貫校長は、給食鍋で発見された黒い小片が、自分のかつらの留め具である可能性が高いと認めた。現物を処分しながら“混入は確認されていない”と発表したこと、衛生帽を着けずに検食したことも話した。


「なお、頭髪そのものは給食へ混入しておりません」


「そこは誰も訊いてません」


 教育新聞の記者が言った。


 星名ルカは、冷凍マグロを屋上へ運ぶようスタッフに頼み、その背にまたがって写真を撮ったと認めた。


「わたしは運んでません。でも、運ばせました。“現場判断”って言ったのも嘘です。マグロと現場の人に、ごめんなさい」


「魚に謝る必要は」とマネージャーが小声で言った。


「人だけに謝ると、また種が違うって記事になるから」


 久慈川礼一は、殺された登場人物のモデルが担当編集者の真崎であり、個人的感情が九十八パーセントだったと認めた。


「残り二パーセントにつきましては、今後、改稿で削除します」


「そこまで含めて掲載します」と真崎が言った。


 芦田市長は、市費六百万円を投じた防災啓発ミュージカル『逃げろ、命。走れ、市政。』で、自ら主演、歌唱、振り付け監修を務めたと明かした。独立した選考委員会は、市長の大学演劇部の後輩三名で構成されていた。


「映像は公開するんですか」


 記者が訊いた。


 市長はしばらく黙った。


「説明責任の一環として」


「歌を?」


「映像をです」


 記者席に笑いが起きた。


 市長も少しだけ笑った。笑ってしまったあと、それまでより深く頭を下げた。


 速報音が、また鳴り始めた。


『みかげ葬祭、案内時刻の誤送信認める』


『東央動物園、亀の逃走時間を改ざん』


『給食異物、校長のかつら部品か』


『星名ルカ、冷凍マグロに乗っていた』


『人気作家、編集者を私怨で火葬』


『芦田市長、歌う』


 最後の見出しだけ、ほとんど何も説明していなかったが、最も速く拡散した。


 坂下が立った。


「では、六件はすべて無関係だった、と?」


「はい」


 真壁は答えた。


「少なくとも、会見前までは」


 壇の袖で、鶴巻が凍った。


 真壁は自分の名札を外し、六人と同じ長机の端へ置いた。はみ出していた一脚に座る。


「ここからは、会場運営会社としてご説明します。予約システムに不具合があったことは事実です。しかし当社は午前九時十二分に重複を把握しながら、六件分のキャンセル料を失わないため、主催者への連絡を保留しました」


「真壁!」


 鶴巻の声は、袖からでもよく通った。


「さらに私は、その方針に従い、別々の六件を“一連の件”と紹介しました。誤解を招いたのではなく、誤解が生じる進行をしました。申し訳ございません」


 真壁は頭を下げた。


 フラッシュの白い光が、閉じた瞼の裏まで届いた。


「責任者はあなたですか」


 顔を上げると、坂下が訊いていた。


「いいえ」


 真壁は壇の袖を見た。


 五人も見た。


 最後に御影社長が見た。


 鶴巻は逃げた。


「逃げ出した事実はございますね」と八木沼園長。


「児童ではありません」と大貫校長。


「写真、撮ります?」とルカ。


「戸籍上は存在するはずだ」と久慈川。


「火葬はお引き受けしません」と御影社長。


 市長が、机からはみ出していた椅子を中央へ引いた。


「まず、ご本人から説明していただくのが適切かと存じます」


 鶴巻は、六方向から逃げ道を塞がれて壇上へ戻った。


 七人目の謝罪は、誰も順番を争わなかった。


 *


 午後三時六分、会見は終了した。


 芙蓉の間の外では、記者たちが床に座り込み、原稿を書き直していた。巨大疑惑の記事は消え、六つ、いや七つの不祥事へ差し替えられていく。


 最初の記事が誤りだったという記事は、一本も出ていなかった。


 週刊眼の坂下は、廊下で生配信を続けていた。


「我々の追及によって、関係者が隠していた新事実を相次いで認めました」


 真壁は、余った椅子を台車へ積んでいた。


「坂下さん」


「はい?」


「市が費用を出して人を動物園に収容し、給食へ混入させ、火葬したという速報は、訂正されますか」


「そのような断定はしていません。可能性を報じたものです」


「見出しに“可能性”はありませんでした」


「本文にはあります」


「記事を削除しましたよね」


「情報が更新されたためです」


 真壁は、台車から椅子を一脚下ろした。


 坂下の前に置く。


「何ですか、これは」


「報道各社の訂正会見も、同じ会場で承ります」


「我々は当事者ではありません」


 真壁は、今日だけで何度も聞いた言い方だと思った。


「では、関係者として」


「ほかの社と一緒にはできません。事案が別ですから」


 真壁は七人が使った長机を見た。詰めれば、もう一人くらいは座れそうだった。


「大丈夫です」


 彼女は椅子の背を、壇上へ向けた。


「一文ずつで結構です。相席でお願いします」


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