表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界スキル整備士  作者: なるかめ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/13

第6話 監察の楔(くさび)

救えた――そう思った瞬間ほど、背中が冷える。

止まったはずの灯りが、ほんのわずかに揺れた。誰も気づかないくらい小さな異変。けれど、俺には分かる。回路は嘘をつかない。止まったのではなく、“持ちこたえた”だけだ。


前回、俺たちは街を襲った同期連鎖を、即席の「逃がし弁」で押さえ込んだ。

だが、弁は万能じゃない。流れを逃がす場所ができた分、そこに負荷が集まる。しかも――発生源は一つではない。街のあちこちで、同じ“型”の異常が増殖している。


そしてもう一つ。

異常そのものより厄介なのが、街を守るはずの「制度」だ。助ければ助けるほど、整備は力になる。力になれば、必ず管理される。監察官の冷たい眼差しは、俺たちがもう“便利な救援”ではなく、“都市の仕組みを揺らす存在”になったことを突きつけてくる。


街を壊すのは、暴走だけじゃない。

善意で繋いだ線が、街をひとつの巨大な装置に変えていく。

そして、その装置を狙う影がいる。


壊れる前に止める――それだけでは足りない。

壊れる「仕組み」を止める。

そのために、俺たちは踏み込む。監察の楔が打ち込まれる、次の局面へ。

広場のざわめきは、少しずつ日常へ戻っていった。


荷物を散らした商人が膝をつき、子どもを抱いた母親が胸を撫で下ろし、濡れた石畳を拭く人が出てくる。灯りはもう、さっきみたいに不自然な点滅をしていない。一瞬前まで街が同じ脈で瞬いていたことが、嘘みたいだった。


俺は地面から手を離し、焼けた指を握った。痛い。熱い。でも、街が燃えなかった。


「……助かった」隣の小男――工房の職人が、ぼそりと呟いた。目の下の皺が深い。汗と油で汚れた顔が、妙に人間くさい。


レイナが周囲を警戒したまま言う。「助かったのは街全体だ。……で、おっさん。名前は?」


男は一拍置いて、視線を逸らした。「……グランだ」名前を出すのが嫌そうだった。それでも出した。腹を括った顔だった。


セリスが肩で息をしながら言う。「グランさん……あなたが引いた線、街の外まで伸びてました。あれ、危なすぎます」


「分かってる」グランは短く言った。「……分かってた。だが止めなかった。止めれば偏りで焼ける。止めなければ同調で崩れる。それで、俺は“崩れない方”に賭けた」


「賭けた?」レイナの声が低くなる。


「賭けたさ。街は余裕がない。すぐ止まる井戸、すぐ痛む治癒具、すぐ落ちる浮遊板。そんな連中に“街全体、使用している全ての日常品が危ない”なんて言っても、聞く耳はねぇ」


それは、否定できなかった。今日の井戸の列も、治癒具の逆流も――みんな「今必要」の圧に押し潰されていた。


俺は空を見上げた。屋根の上には、もう影はいない。でも《観測》の表示だけが、目の奥に焼きついている。


《観測》《対象:整備士》《評価:更新》


更新――何を。誰が。胸の奥が、冷たくなる。


「……動くぞ」レイナが言った。


彼女の視線の先。広場の入口に、人が割れていく。


灰色の外套。胸の小さな紋章。静かな足取り。あの“都市監察官”が、今度は単独じゃない。後ろに二人。さらに遠巻きに衛兵が数名。街の空気が、一段硬くなる。


「終わったと思ったら、もう来たか」レイナが舌打ちした。


監察官は、倒れた街灯や散らばった荷物を見て、一言も感情を出さずに言った。「……都市回路の異常を確認した。現場検分を行う」


グランの顔色が変わった。「……ちっ」


監察官の視線が俺に刺さる。「整備士カイト。先刻の“対処”を説明しろ」


俺は立ち上がった。指が熱い。でも引かない。ここで引いたら、今後ずっと引かされる。


「同期連鎖の進行を止めた。街全体の回路が繋がりすぎてた。だから“逃がし弁”を作った。負荷を地下へ落とす分岐だ」


監察官は、眉ひとつ動かさない。「勝手に都市回路を改変したな」


「改変じゃない。破滅を止めた」


「手順を踏んでいない」監察官は淡々と続ける。「誰の承認で、都市回路に触れた。誰の監督下で、改造を行った」


セリスが一歩前に出そうになり、レイナが肩を押さえて止めた。「今は口を出すな」そんな顔をしている。


俺は息を吸った。「承認が必要なら作る。街と一緒に」


監察官の目が細くなる。「“街と一緒に”――曖昧な言葉だ。責任の所在が消える」


その言葉は鋭かった。たしかに、善意は広がるほど責任が薄まる。それでも――だからこそ形が要る。


「責任の所在は作る。整備記録を残す。監督を置く。俺ひとりが勝手に触る形にはしない」


監察官が一歩近づく。「口約束では足りない。都市は実験場ではない」


そのとき、背後から低い声が割り込んだ。「実験場にしたのは、あんたらだろうが」


グランだった。油まみれの手を拭うこともなく、真正面から言った。


監察官が視線を移す。「……無許可工房の職人。関与者か」


「関与者だよ」グランは吐き捨てる。「街の道具が壊れても、監察は“規則”って言って見てるだけだ。こっちは今日の飯が止まるんだ」


広場がざわつく。監察官の後ろの衛兵が、腰の武器に手をかけた。


レイナが一歩前に出た。「やめとけ。今ここで剣を抜いたら、街が割れる」


彼女の声は低いが、妙に通る。剣士の威圧じゃない。“場を守る”声だった。


監察官は、ふっと息を吐いた。「……争うために来たのではない。確認し、必要なら拘束する。それだけだ」


拘束。セリスが小さく震えた。


俺は言った。「拘束したら、次に同調が来た時に止められない」


監察官は、即答した。「それは都市の判断だ」


都市。個人じゃない。街の仕組み。それを言うなら――俺が作ろうとしているのも、同じだ。


「都市の判断をできる形にする」俺は言い切った。「整備局を作る。整備を“制度”にする。俺はそこに従う」


監察官の目がわずかに揺れた。興味か、警戒か、測定か。そのどれでもある顔だった。


「……整備局」監察官は言葉を反芻し、すぐに冷えた声に戻した。「制度を作るなら、監察は介入する。権限は簡単には渡らない」


「分かってる」俺は頷いた。「でも、渡らないなら――街が壊れる」


沈黙が落ちた。


そのときだった。広場の空気が、また一枚薄くなる。


灯りが、ほんのわずかに揺れた。誰も気づかない程度。だが俺の視界には、はっきり出た。


《都市スキル同期:微細異常》《発生源:複数》《進行:継続》《警告:弁の負荷上昇》


――弁が熱を持っている。さっき作った“逃がし道”が、もう満たされ始めている。


「……まだ終わってない」俺の声が、思ったより低く出た。


セリスが息を呑む。「嘘……止まったはず……」


レイナが周囲を見回す。「来るなら来い。次は止める」


監察官が、初めて表情を変えた。ほんのわずか、眉が動く。「……再発か」


俺は広場の端――街灯の列を見た。さっきより揃っている。同じ脈に合わせて瞬く準備をしているみたいに。


そして、視界の端。屋根の上。一瞬だけ、黒い影が立った。


風に揺れる外套。顔は見えない。だが――こちらを見ている。


監察官も、そちらを見た。ほんの一瞬だけ。


「……今のは」監察官が呟いた。


レイナが低く言う。「見えたのか?」


監察官は答えない。答えないが、否定もしない。


影は次の瞬間、消えた。代わりに、俺の視界に新しい表示が走る。


《観測:継続》《対象:都市回路》《対象:整備士》《介入:準備》


介入。胸の奥が冷たくなる。“誰か”が、次を仕込んでいる。


俺は監察官を見た。「今の、見ただろ」


監察官は、わずかに顎を引いた。「……都市は、確かに狙われている可能性がある」


可能性、じゃない。だがここで言い切っても、彼は動かない。制度の人間は、確証がないと動けない。――だから、確証を作る必要がある。


俺は言った。「協力してくれ。監察官。街を守るなら、俺たちは同じ側だ」


監察官は沈黙した。目の奥で何かを計算している。


やがて、短く言った。「……一時的に、現場の継続整備を認める。だが条件がある」


「条件?」


「記録を残せ。関与者を特定しろ。そして――次の異常発生時、勝手な改変は許さない。監察が立ち会う」


レイナが鼻で笑う。「監督気取りか」


監察官は平坦に返す。「監督だ。都市はお前たちの私物ではない」


セリスが、俺を見た。怯えじゃない。決意の目だった。


俺は頷いた。「分かった。記録も、関与者も、発生源も――俺が掴む」


監察官が踵を返す。「明朝。監察庁へ来い。整備局の“仮”の話をする」


それだけ言って、去っていった。衛兵が続く。灰色の外套が消えていくのを見送って、広場の空気が少しだけ戻る。


グランがぼそりと言う。「監察が動くなんて珍しい。……余程だ」


「余程って?」セリスが尋ねる。


グランは遠くを見る。「昔、同じ匂いを嗅いだ。街が装置になって、装置が街を喰う……そういう時だ」


レイナが口元を歪める。「面倒が、でかくなったな」


俺は灯りを見上げた。今は静かだ。だが静かなほど不気味だ。


「でかくなる前に、形を作る」俺は言った。「整備局を“仮”じゃなくする。街を守る仕組みを、俺たちで作る」


セリスが頷く。「一緒にやります」


レイナが剣帯を締め直した。「当然。お前が行くならな」


グランが工具袋を背負う。「……俺もだ。俺が始めた線の責任は、俺が取る」


俺は息を吸った。熱い指を握る。痛みはある。でも、目は澄んでいる。


黒い影が、次を仕込む。監察官が、制度で締めに来る。街はその狭間で揺れる。


――だからこそ、整備は戦いになる。


生活のために。そして、街の仕組みと平和のために。


第6話・完

止めた。――けれど、安心はできなかった。

街灯の揺れは収まっても、《微細異常》の表示は消えない。俺たちが作った“逃がし弁”は、ただ時間を稼いだだけだ。しかも発生源は複数。誰か一人の失策ではなく、街のあちこちで同じ“型”が仕込まれている。


それ以上に重かったのは、監察官の言葉だ。

「善意は事故の免罪符にならない」

正しい。だからこそ苦い。整備が力になるなら、その力は必ず管理される。俺が街を救うほど、街は俺を頼り、制度は俺を縛ろうとする。救いと束縛が、同じ線で繋がっていく。


グランが加わったことで、もう逃げ場はない。

彼は“始めた側”として責任を取ると決め、俺は“止める側”として制度の形を作ると決めた。レイナは場を割らないために剣を収め、セリスは怯えではなく決意で杖を握った。三人の強さが、戦闘だけではなく「街を守る態度」に変わってきているのが、今回の一番の変化だと思う。


そして最後に残ったのは、黒い影。

監察官ですら“一瞬だけ”見た――あれは偶然じゃない。観測は続いている。介入の準備も始まっている。

次は、ただの暴走では済まない。

回路の敵と、制度の楔。両方を相手にする戦いになる。


整備士の仕事は、直すことだけじゃない。

「直せる街」を作ることだ。

その第一歩が、ここから始まります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ