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第5話 同期崩壊

――前書き――


街を救うのは、いつだって「戦い」だけじゃない。

井戸の水、街灯の明かり、荷車の浮遊板――暮らしを支える小さな仕掛けが、静かに壊れはじめるとき、人の心も同じように追い詰められていく。


第5話では、暴走ではなく“同期”という別の壊れ方が顔を出します。

便利さが便利さを呼び、線が増え、街そのものが一つの装置になっていく――その連鎖を止めるために、カイトたちは「直す」から一歩進み、「仕組みを止める」側へ踏み込みます。


整備は、善意で強化されるほど危うくなる。

そして、力が見えた瞬間、必ず“管理する側”が動き出す。


それでも――止めなければ街が壊れる。

暮らしのために。社会のために。

ここから先、整備士の仕事は「制度」に触れていきます。

ギルドの整備室の窓から見えた街の灯りは、どこか不自然だった。

揺れている。点滅している。

まるで――同じ脈に合わせて瞬きしているみたいに。


《都市スキル同期:微細異常》

《発生源:複数》

《進行:緩やか》


表示が消えない。


「……準備するぞ」

俺が言うと、レイナが頷いた。


「当然」

セリスも杖を握り直す。雷炎が静かに脈打つ。


「まずは原因を掴む。『壊れる前に止める』だけじゃない」

俺は息を吸った。

「――『壊れる仕組み』を止める」


レイナが剣帯を直しながら言う。

「監察官のヤツ、また来るか?」


「来るだろうな。整備が増えれば増えるほど、制度は動く」


セリスが小さく首を振る。

「でも、私たちが止めないと……街が」


「うん。だから行く」


俺たちは整備室を出た。


異常の“匂い”は、すぐに見つかった。

派手な暴走じゃない。

戦いの痕でもない。


街の隅々にある便利な仕掛け――

井戸、街灯、荷車の浮遊板、配達用の風導具、治癒箱……。

そういう生活道具の回路が、薄く“同じ方向”に引っ張られている。


「これ……昨日の井戸も、今日の治癒術具も……」

セリスが呟く。

「似た揺れ方です」


「同調してる」

俺は低く言った。

「それも、勝手に」


俺が井戸の縁に指を置くと、回路が広がる。

数日前に整備した流路は確かに綺麗だ。

だが、その外側――“街の共通線”みたいなものへ、細い糸が伸びている。


それは誰かが引いた線じゃない。

まるで、便利さが便利さを呼んで――線が勝手に増えている。


「便利になるほど、繋がる……」

レイナが眉をひそめた。


「繋がりすぎて、ほどけなくなる」

セリスが言い足す。

「詰まりの逆ですよね。流れが増えすぎて、回路が耐えられない」


俺は頷いた。

「詰まりは“流れが止まる故障”。同期は“流れが増えすぎる故障”。

方向が逆なだけで、どっちも致命傷だ」


そして厄介なのは――この現象が“善意”で加速することだ。

みんなが生活を良くしたくて、道具を繋ぐ。

道具が便利になるほど、さらに繋ぐ。

その結果、街の回路全体が一つの巨大な装置みたいになっていく。


「……ここだ」

俺は足を止めた。


広場の外れ。

街灯が並ぶ路地の入口。

光が揺れている。

弱い点滅が、街の鼓動みたいに揃っている。


《同期源:推定 近傍》

《危険度:中》

《連鎖:可能性 あり》


表示が一段、濃くなった。


レイナが剣を少し抜く。

「敵か?」


「正体は分からない。だが――“壊れ方の型”は見えた」

俺は言う。

「次は、その型ごと止める」


俺は路地に入った。


路地の奥には、小さな工房があった。

扉には“修理受付”の札。

中から金属音がする。


俺がノックするより先に、扉が開いた。


出てきたのは白髪混じりの小男。

手は油で真っ黒。目が鋭い。


「……誰だ」


警戒。だが、逃げる気配はない。


俺が名乗ろうとした瞬間、セリスが先に口を開く。

「ギルドの整備士です! すみません、街の回路が――」


男は顔をしかめた。

「ギルド?」

そして俺の工具袋を見て鼻で笑う。

「若造の整備ごっこか」


レイナが一歩前に出る。

「喧嘩売ってる?」


男は肩をすくめた。

「売ってない。買うほど暇でもない」


俺は男の背後――工房の中を見る。

壁に並ぶ部品。

そして、床に伸びる“薄い線”。


回路が、工房から街へ――糸のように伸びている。


《同期補助線:人工》

《用途:負荷均一化》

《副作用:連鎖増幅》


人工。

誰かがやっている。


「……あんたが引いたのか」

俺は静かに言った。

「街の回路に、補助線を」


男の目が細くなる。

「引いた。正確には“繋いだ”」


「何のために」


「壊れないようにするためだ」


その言葉に、背中がぞわりとした。


俺たちは、同じことを言っている。

“壊れないようにする”。

でも――やっていることが違う。


「負荷を均一にすれば、壊れにくくなる」

男は淡々と続けた。

「街の道具はバラバラに動いてる。偏れば焼ける。だから流路を整形する」


「結果、同調が起きてる」

俺が言う。


セリスが震える声で続けた。

「繋がりすぎて、ほどけなくなってる」


男は一瞬だけ黙った。

その沈黙は、“知らなかった”沈黙じゃない。

知っていて、見ないふりをしていた沈黙だ。


「……なら、どうする」

男が言った。

「偏りで焼けるか、同調で崩れるか。どっちも壊れるなら、選ぶしかない」


レイナが唸る。

「最低の二択だな」


俺は男を見た。

「第三の道がある」


男が笑う。

「あるなら見せろ。若造」


俺は工房の床に膝をつき、回路を展開した。

補助線は“均一化”のために引かれている。

だが“戻り道”がない。逃がす場所がない。

だから増幅する。


「流路を整形するのはいい」

俺は言った。

「でも、均一にするだけじゃ足りない。負荷を“分岐して逃がす”道も作れ」


男が目を見開く。

「逃がす……」


「止めたい時に止められる回路。遮断膜じゃない」

俺は息を吐く。

「都市用の“逃がし弁”だ」


セリスが息を呑んだ。

「街全体に……安全弁を?」


「小さくていい。点でいい。分散でいい」

俺は指先で回路の“節”を示した。

「発生源は複数だ。だから弁も複数だ」


男の顔色が変わる。

興味と警戒が混じる。職人の目だ。


「……できるのか」


「今やらないと、連鎖が起きる」


その瞬間。


街灯が、一斉に強く瞬いた。

路地の光が揃い、息を吸うみたいに明るくなる。


《都市スキル同期:上昇》

《連鎖:発生》

《崩壊まで:92秒》


背筋が凍った。


「来た!」

レイナが叫ぶ。


外で悲鳴が上がる。

人々の声。走る音。

遠くで、何かが破裂したような金属音。


男が呻いた。

「……早すぎる」


「言ってる暇はない!」

俺は立ち上がる。

「レイナ、外の被害を抑えろ。遮断膜、使えるな?」


「任せろ!」


「セリス、雷炎は“広げるな”。点で撃て。最小範囲で止める」


「はい!」


俺は男を見た。

「手伝えるか」


男は迷わず工具を掴んだ。

「……俺が始めた線だ。俺が止める」


俺たちは飛び出した。


路地の外は、パニックだった。


街灯が暴れ、光が鞭のように跳ねる。

浮遊板が勝手に飛び上がり、荷物を撒き散らす。

井戸の汲み上げが逆流し、水が噴き上がって広場を濡らす。

治癒術具の光が暴れ、負傷兵がうずくまる。


――全部が同じタイミングで起きている。

同調。連鎖。同期崩壊。


「下がれ!」

レイナが前に出る。

剣の外側に薄い光の膜――遮断膜が張られる。

暴れる光が人々へ飛ぶのを、そこで止めた。


「セリス、右!」

「はい!」


セリスの雷炎は広げない。

一点を焼き切るように、暴走した結節だけを落とす。

雷が走り、炎が噛み、回路の“暴れ”が一瞬静まる。


だが――次々に湧く。

根っこが街全体にあるからだ。


《崩壊まで:61秒》


俺は広場の中心に駆け込み、地面に手をついた。

都市の回路が、巨大な網のように広がる。

繋がりすぎている。


「弁を作る」

俺は歯を食いしばった。

「今ここに――逃がし道を!」


男が隣に膝をつく。

「どこに切る」


「切らない。逃がす」

俺は回路の節を示す。

「ここを“分岐”にする。街の外へ……じゃない。地下へ。熱を、負荷を、落とす」


男が目を剥いた。

「地下水脈に逃がす気か」


「水は冷やす。流れは散らす。街は燃えない」


男は短く笑った。

「乱暴だが、理屈は通ってる」


俺たちは同時に魔鉄片を地面へ当てる。

回路を展開し、分岐を作る。

逃がし弁。

都市用の“安全弁”。


指先が焼ける。

熱が腕を登る。

視界が白くなる。


《崩壊まで:38秒》

《負荷:上昇》

《失敗時:連鎖爆発》


「カイトさん!」

セリスの声が遠い。

レイナの剣閃が視界の端で光る。


俺は息を吸って、最後の結節を締めた。


――収束。


街灯の点滅が止まる。

浮遊板は落ち、荷物が地面に散るだけで済む。

井戸の逆流は収まり、水は静かな流れに戻る。


広場に、静寂が落ちた。

次に、ざわめき。

そして――


「……止まった?」

誰かが呟く。


俺は膝をついたまま、息を吐いた。

まだ終わってない。

表示が残っている。


《都市スキル同期:微細異常》

《発生源:複数》

《進行:継続》


弁を作った。

だが、発生源はまだ複数。


「……また来る」

俺が言うと、男が顔を歪めた。

「線を引いたのが俺だけじゃないってことだ」


レイナが近づいてくる。

「黒い影の正体、そいつらか?」


男は答えない。

答えられない顔だった。


その時、広場の外れ――屋根の上に、また影が立った。

風に揺れる外套。顔は見えない。

でも、こちらを見ている。


次の瞬間、影は消えた。


俺の視界に文字が走る。


《観測》

《対象:整備士》

《評価:更新》


「……見られてる」

セリスが震える声で言った。


レイナが剣を構える。

「追うか」


「今は無理だ」

俺は首を振る。

「街の“仕組み”が相手だ。まず発生源を潰す」


男が、ぽつりと言った。

「監察官……あいつらに繋がってるかもしれん」


「都市が管理される理由、分かってきた」

俺は息を吸う。

「管理しないと、街が“装置”になる」


レイナが低く笑った。

「面倒が、でかくなってきたな」


セリスが頷く。

「でも……止められます。私たち、前より強いです」


俺は立ち上がった。

腕が痛い。指が熱い。

でも、視界は澄んでいた。


「次は――制度と回路の両方を相手にする」

俺は言った。

「整備局を作る。街が壊れないために、“整備”を街の仕組みにする」


その言葉が口から出た瞬間、背中に冷たい予感が走った。


監察官の顔。

あの平坦な声。

「力は管理される」


――管理される前に、俺たちが“形”を作る。


《新規目的:都市整備局(仮)》

《必要:権限・協力者・資材》

《阻害:監察・観測者》


表示が浮かんだ。


レイナが剣を鞘に納める。

「決まりだな」


セリスが杖を胸に抱く。

「一緒にやります」


広場の人々がこちらを見ている。

感謝と、期待と、恐れが混じった目で。


――救うほど、頼られる。

頼られるほど、責任が増える。

そして、その責任を狙う影がいる。


俺は街を見上げた。

灯りは戻った。

けれど――街はもう、前と同じではない。


壊れた世界。直せる世界。

でも今は、“直すだけ”じゃ足りない。


その頃――都市庁舎の薄暗い執務室で、監察官は報告書に赤い印を打った。

「整備士カイト。観測を一段上げろ――“整備局”の芽は、今のうちに摘む」


第5話・完

第5話で描きたかったのは、「壊れ方にも種類がある」ということでした。

暴走みたいに派手に爆発する故障は分かりやすい。でも、もっと厄介なのは――便利さが積み重なって、静かに“繋がりすぎる”故障です。


誰かが悪意で壊しているわけじゃない。

むしろ、みんなの善意と工夫が、街を一つの巨大な装置にしてしまう。

その結果、どこか一箇所が揺れただけで、同じタイミングで全部が暴れ出す。

「良くしたい」が、壊れる方向にも働く――この矛盾が、都市編の芯になります。


そしてもう一つ。

カイトの整備は、もう“個人技”では済まなくなりました。

救えば救うほど頼られ、頼られるほど「責任」と「権限」が問われる。

ここで初めて、彼が“整備局を作る”と言葉にしたのは、覚悟の宣言です。

直すだけじゃ追いつかない。なら、整備を街の仕組みにするしかない。


最後に影の存在と《観測》が出てきました。

次話からは、「回路の異常」と「制度の介入」が同じ速度で迫ってきます。

整備は武器にも凶器にもなる――その言葉の重みを、カイトたちは身をもって知ることになるはずです。

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