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第4話 スキル改造と監察の影

ギルドの整備室に、生活系の修理依頼が雪崩れ込む。井戸、治癒術具、輸送用の道具――戦いではなく“暮らし”そのものが壊れかけていた。整備士カイトは依頼を配分し、井戸の詰まりと治癒術具の逆流を即座に収束させ、市民と衛兵の命を救う。だが同時に、整備の力が「壊す手にも直す手にもなる」ことを自覚し始める。


整備室に戻ったカイトは、次の段階として“改造”に踏み込む。セリスの杖に魔鉄の回路を重ね、属性融合「雷炎」を成立させる。さらにレイナの剣術回路にも手を入れ、反動を逃がす減衰と遮断膜を組み込み、「止めたい時に止められる」制御を得た。二人は確かに強くなったが、それは同時に責任が増えることでもあった。


そこへ、改造を嘲る冒険者たちが乗り込む。だが彼らのスキルは限界寸前で、暴走が発生。新たに得た遮断膜で被害を抑えつつ、カイトは崩壊回路を再接続して暴走を止める。侮りは謝罪に変わり、整備室には“信頼”が残る。


しかし直後、灰色の外套を纏う都市監察官が現れる。「誰の許可で都市の回路に触れている?」――善意では免責されない、力は管理される、と突きつけられ、カイトは制度と責任の壁を知る。言い返したのは「必要なら、街と一緒に制度を作る」という覚悟だった。


監察官が去った後、カイトの視界に警告が走る。街全体の回路が、攻撃ではなく“便利さの同調”によって静かに歪んで増えている。屋根の上に一瞬だけ黒い影も見え、誰かに監視されている気配が残る。カイトは仲間と共に次の災厄に備える決意を固め、整備が生活から社会へ広がっていく兆しを胸に、第4話は幕を閉じる。

ギルドの整備室は、朝から騒がしかった。

金属の音。怒号。笑い声。

そして――紙の束が積まれていく音。


「……増えたな」


俺――カイトは、机の上の依頼書を見下ろした。


・農具の回路詰まり(収穫期)

・井戸の汲み上げ不調(昼まで)

・治癒術具の逆流(負傷兵あり)

・輸送用浮遊板の落下(商人が激怒)


戦う依頼じゃない。

暮らしそのものが、壊れかけている。


「整備士って、ほんと便利屋だな」

レイナが腕を組んで言う。

その声は軽いが、目は真剣だった。


セリスは依頼書を抱えて、焦った顔で走ってくる。

「カイトさん! こっち優先です、こっちも! あと、これ……危険です!」


俺は紙を一枚ずつめくり、指先で順番を決めた。

見える。

どれが“今すぐ止めないと壊れる”か。


「まず井戸。次、治癒術具。浮遊板は俺が行く。農具は後でまとめて直す」

レイナが笑う。

「指揮官みたいになってきたな」

「現場の配分だ」


セリスが目を丸くする。

「配分……整備って、配分なんですね」


「整えるってのは、手順や流れをどうするかだ」


井戸は、街の中央広場から少し外れた場所にあった。

水桶を抱えた市民が並び、苛立ちが空気に漂っている。


「まだかよ!」

「子どもが泣いてるんだぞ!」


俺が井戸の縁に手を置くと、回路が広がった。

汲み上げ魔術の流路が細く詰まり、逆流しかけている。

原因は単純だ。

砂と、摩耗と、焦り。

無理に回しすぎた。


「直す。三十秒待ってくれ」

俺が言うと、怒鳴っていた男が黙った。


指先で回路をほどく。

詰まりを抜く。

摩耗部分を迂回させ、負荷を分散する。


――収束。


水が、音を立てて上がってきた。


「出た……!」

市民がどよめく。

小さな拍手が起き、すぐに大きくなって広がった。


レイナが肩で息を吐く。

「こういうの、嫌いじゃない」

セリスが笑って頷く。

「町の皆さんの喜びが、伝わってきます。」


俺は井戸を見下ろした。

壊れていたのは回路だけじゃない。

“待つこころの余裕、他者に対するやさしさ”だ。

生活が追い詰めると、回路も人も壊れる。


次は治癒術具。

衛兵詰所の奥で、負傷兵が顔をしかめていた。

治癒装置が光るたび、痛みが増している。


「逆流してる……」

セリスが青ざめる。


回路を見る。

治癒の流れが、傷へ向かわず内側へ噛み込んでいる。

応急で繋いだ跡。

焦って直した結果だ。


「カイト……頼む」

負傷兵の声は、震えていた。


俺は装置に触れる。

熱が指先を刺す。

それでも、怖くはなかった。

“見える”からだ。


逆流の結節を切り離し、治癒の流れを一本に整える。

余計な枝を閉じ、戻り道を作る。


――収束。


光が柔らかくなり、負傷兵の肩から力が抜けた。


「……痛くない」


彼がそう言った瞬間、詰所の空気がほどけた。


レイナが俺を見る。

「お前、前の世界じゃ“壊す男”だったんだろ」

「そうだな」

「今は逆だ」


その言葉が、妙に重かった。

逆。

でも――同じ“自分の手”だ。

壊す手にも、直す手にもなる。

だから怖い。


俺たちは依頼書の山が待つ整備室へ戻った。

昨日、採取した魔鉄片が机の上に置かれていた。

俺はそのひとつを指で転がした。

回路が綺麗に流れている。改造向き。


「……やるか」


机の向こうで、セリスが固まっていた。

「ほ、本当に改造するんですか?」


レイナが腕を組む。

「怖いならやめとけ」


セリスは即座に首を振った。

「やります!」


俺は頷く。

「じゃあ座ってくれ」


セリスが杖を机に置く。

俺は指先で回路を展開した。


暴走は直した。

だが今度は――設計を変える。

整備は“壊れたものを戻す”だけじゃない。

“壊れない形に作り替える”ことも整備だ。


「属性回路を整理する」


セリスが息を呑む。

「融合……できるんですか?」


「やってみる」


魔鉄を溶かし、杖の回路に重ねる。

光が流れる。

線が再構築される。


セリスが身体を震わせた。

「熱い……!」


「大丈夫か。頑張れ!」


回路が安定する。

光が収束した。


《改造成功》

《属性融合:雷炎》


「撃ってみてくれ。」


セリスが杖を構える。

魔力が渦巻く。雷と炎が絡み合う。


放たれた一撃が、整備室の的を粉砕した。

爆音。煙。沈黙。


セリスが呟く。

「……できた。」


レイナが笑う。

「派手だな。」


俺は肩を回した。

「暴走はしてない。成功だな。」


セリスがまだ興奮の熱を残して杖を抱える中、俺は魔鉄片を指で弾いた。


「次。レイナ。」

「は?」


レイナが眉をひそめる。

「私まで改造すんのか。」


「“強くする”んじゃない。“壊れないようにする”。」


レイナは口を閉じた。剣帯に手を添える。

彼女の剣は暴走していない。だが――回路はいつもギリギリだ。

力で押し切る癖がある。反動が溜まる構造だ。


「レイナ、お前の剣術は、止まる場所がない。」


「止まったら死ぬだろ。」


「止まるんじゃない。逃がすんだ。」


俺は剣の柄に指を置く。

回路が展開する。刃へ一直線に流れる強化回路。速い。強い。

でも“戻り”がない。負荷が溜まる。


セリスが小さく息を呑む。

「レイナさん……その回路、熱がこもってます」


レイナは目を逸らさずに言った。

「分かってる。でも、これが私のやり方だ」


否定はしない。

整備するだけだ。


「剣を“切るための道”だけにしない。守るための道を作る。」


魔鉄を薄く伸ばし、刃の根元に添える。

回路を二股に分けた。

ひとつは斬撃。もうひとつは減衰と遮断。

“止める”じゃない。“止めたい時に止められる”回路。


光が走る。

レイナの剣が震えた。拒絶。反発。

強いスキルほど、変化を嫌う。


「……熱いな」

レイナの声が低くなる。


「持てるか?」

「大丈夫だ!」


言い切った瞬間、回路が一瞬だけ静まった。


俺はその隙に締めた。

戻り道。逃がし道。安全弁。

最後に、刃の外側へ薄い“膜”を張る。

周囲を巻き込まないための境界。


――収束。


《改造成功》

《剣術安定化:反動減衰》

《防護回路:遮断膜(短時間)》


レイナが剣を抜く。

刃が白く薄く光る。派手じゃない。だが整っている。


「振ってみろ」

レイナは小さく舌打ちして、一閃。


空気が裂ける。いつもより静かな斬撃。

なのに、床の的は深く切れていた。

衝撃が周囲へ散らない。刃の内側で収まっている。


「……変な感覚だ」

レイナが呟く。

「軽い。止めたいときに止められる。威力を集めて、制御できる。」


セリスが目を輝かせる。

「すごい斬撃です。」


レイナが俺を見る。目が少し柔らかい。

「カイト。これ、悪くない……いや、いい。扱いやすいくて、体にしっくりくる。」

「だろ」


二人とも、強くなった。

そして――頼られ、責任も増えていくのであろう。


――その瞬間。

整備室の扉が乱暴に開いた。


三人の冒険者が入ってくる。

装備は豪華。目つきが悪い。


「ここか。整備ごっこしてるガキは」


空気が変わる。

レイナが一歩前に出る。

「用か?」

男が鼻で笑う。

「ギルドが騒いでるから来たんだ。スキルを直す? 改造? 笑わせるな」


セリスが杖を握った。

俺は男を見る。

回路が見える。摩耗。歪み。限界寸前。


「……そのスキル、危ないぞ」

男の顔が歪む。

「何だと?」


次の瞬間。

回路が裂けた。

光が暴走する。男が叫ぶ。

「ぐあああ!」


仲間が後退する。

レイナが剣を抜く。

「下がれ!」


暴走した光が室内に弾け、衝撃が壁を叩きそうになる。

レイナが前に出た。

刃の外側に、薄い膜の光――遮断膜が一瞬だけ張られる。

衝撃が“そこで止まった”。床の工具が跳ねるだけで、壁は割れない。


「……今だ!」


俺は走った。男に触れる。

回路が崩壊している。

「無茶しやがって……」


再接続。魔力を押し込む。

暴走を抑える。収束。


男が膝をつく。息を荒くする。

「……助かった?」


「次は壊れる前に来い」


男は黙る。視線を逸らした。

「……悪かった」


三人は去っていく。整備室が静まる。


セリスがぽつりと言う。

「敵……減りました?」

レイナが笑う。

「信頼は増えたな。」


俺は椅子に座った。

だが、胸がざわついていた。


依頼が増えれば、人は助かる。

でも同時に――“誰がそれを許したか”が問われ始める。


その直後。

整備室の扉が、今度は“静かに”開いた。


冒険者じゃない。

灰色の外套。胸に小さな紋章。

足音が、ほとんど聞こえない。

空気が一枚、薄くなる。


「都市監察官だ」


男は名乗らずに言った。

整備室の空気が、さらに冷える。


レイナが前に出る。

「文句か?拘束か?」

監察官は淡々と首を振る。

「どちらでもない。確認だ」


視線が俺に刺さる。

「整備士カイト。お前は“誰の許可”で都市の回路に触れている?」


俺は一瞬、言葉を失った。


許可。

責任。

監督。

制度。


セリスが唇を噛む。

「助けてるだけです!」


監察官は、短く言った。

「世の中は法と規則で管理されている。自分の意志で整備することは定めに逆らう行為だ。」

「お前の善意は、事故の免罪符にならない。」


背中が冷えた。


「改造は“武器”にも“凶器”にもなる」

監察官の声は平坦だった。

「――誰が責任を取る?」


俺は息を吸った。

「俺は、壊れる前に止めてる。被害を、犠牲者を出さないようにしている。ただそれだけだ。」


「直す権限はどこにある。」


「……必要なら、作る。」


監察官の目が細くなる。

「作る? 個人が制度を?」


俺は答える。

「個人じゃない。街と一緒に。」


沈黙が落ちる。

監察官は踵を返した。

去り際に、ひとことだけ残す。


「“整備”は力だ。力は管理される。忘れるな。」


扉が閉まる音が、重かった。


レイナが舌打ちする。

「めんどくせぇのが来たな。」


セリスが震える声で言う。

「私たち、悪いことしてますか……?」


俺は首を振る。

「してない。だからこそ――面倒なんだ。」


正しいことは、いつも利害を生む。


そのとき。

視界に文字が走った。


《都市スキル同期:微細異常》

《発生源:複数》

《進行:緩やか》


嫌な表示だった。

街全体の回路が、薄く歪んでいる。

昨日までより、確実に増えている。


――しかも、歪みは“攻撃の痕”じゃない。

便利さのために繋いだ線が、勝手に同調していく。

繋がりすぎて、ほどけない。

「……何だこれ」


セリスが青ざめる。

「街が……また?」


レイナが剣の柄に手を置く。

「でかいのが来るな」


俺は窓から街を見た。

灯りがちらついている。

見えないところで、何かが“繋がりすぎて”いる。


監察官の言葉が脳裏をよぎる。

整備は武器にも凶器にもなる。


屋根の上。

一瞬だけ、黒い影が見えた気がした。

風が吹く。

次の瞬間、何もいない。


でも――確かに“見られている”。


俺は立ち上がった。

「準備するぞ」


レイナが迷いなく頷く。

「当然」


セリスが杖を握り直す。

雷炎が静かに脈打った。


街は直せる。

でも、街が壊れる“仕組み”があるなら――次は、それを止める。


整備士の仕事は、広がっていく。

生活のために。

そして――世界のために。


第4話・完

第4話は、「整備」が“便利な技術”から“社会を揺らす力”へ変わる瞬間を描きました。

井戸や治癒術具――戦いではなく生活の現場で壊れるものが増えていく。ここでカイトがやっているのは、単なる修理ではなく「流れの配分」です。足りない余裕、足りない時間、足りない判断を、回路の形にして整え直している。だからこそ、人が助かるのがはっきり見える回になりました。


そして改造。

セリスの雷炎、レイナの減衰と遮断膜――これは“強化”というより「壊れないための設計」です。力を上げる話に見えて、実は「制御」と「安全弁」を作る話でもあります。カイト自身が気づいている通り、同じ手は壊す側にも回る。ここが今後の不穏さの芯になります。


監察官の登場で、物語はもう一段階ギアが上がりました。

善意だけでは通らない。力は管理される。責任の所在が問われる。カイトが街を救えば救うほど、“許可”と“制度”の話に引きずり込まれていく。ここから先は、敵を倒すだけでは解決しない領域――思想と社会の対立が本格化していきます。


最後の「都市スキル同期:微細異常」は、次章への導火線です。

攻撃の痕ではなく、便利さのために繋いだ線が勝手に同調して歪んでいく。つまり「良かれと思った整備」が、別の崩壊を呼ぶ可能性がある。ここが第2章(都市整備編)へ自然につながる“仕組み”の入口になります。


次回、第5話では――

黒い影の正体、歪みが増える理由、そして「誰がこの街の回路を設計しているのか」が、少しずつ輪郭を持ちはじめます。カイトの整備は、生活から社会へ。社会から、さらに世界へ。ここからが本番です。

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