第3話 魔鉄鉱脈の試練
整備士としての噂が街に広がり始めたころ、カイトは初めて“居場所”と呼べる場所に足を踏み入れる。
冒険者ギルド――そこは力と疑念と期待が交錯する場所だった。壊れたスキルを直せるという異端の能力は、歓迎と警戒の両方を呼び込む。
課された試練は、北の洞窟で発生する暴走体の鎮圧。時間制限付きの危険な任務だが、レイナとセリスと共に挑むことで、カイトは仲間と戦う意味を知っていく。
だがその奥で、世界の“違和感”は確かに息づいていた。
整備士としての第一歩。
そして仲間と共に進む旅の始まり。
第3話は、カイトが逃げる側から“立つ側”へと変わる転機の物語である。
朝のギルドは、騒がしかった。
木製の扉を開けた瞬間、酒と汗と鉄の匂いが混ざった空気が流れ込んでくる。
ざわめきが止まり、視線が集まった。
昨日の暴走騒ぎの余波だろう。
整備士の噂は、もう広がっているらしい。
「……帰っていい?」
俺の口が、勝手に弱音を吐く。
レイナが即答した。
「ダメだ」
セリスは目を輝かせて周囲を見回す。
「本物の冒険者ギルド……!」
視線が刺さる。
昨日まで“ただの子ども”だったはずの俺を、ここではみんなが知っているみたいだった。
「あれが……スキルを直すって噂の」
「ガキだぞ?」
「嘘くせぇ」
居心地が悪い。
逃げたい気持ちが喉の奥でうずく。
前世の癖だ。
前世の俺なら、この空気だけで引き返していた。
――でも今は違う。
直せるものがあるなら、逃げる理由にはならない。
レイナが俺の背中を軽く叩いた。
「気にするな。ここはそういう場所だ」
俺は小さく息を吐く。
「……分かってる」
そのとき、奥のカウンターから低い声が飛んだ。
「噂の整備士はどいつだ」
受付の奥から大柄な男が現れる。腕を組み、俺たちを見下ろした。肩幅が扉と同じくらいある。
「ギルド長だ」レイナが小声で言う。
俺は一歩前に出た。
「俺だ」
空気が変わる。
ギルド長は俺を見下ろし、低く言った。
「噂は聞いてる。スキルを直すガキだろ」
ガキは余計だが、否定はしない。
「ここは壊れた奴が多い。需要はある」
壁際で、腕を押さえる冒険者が目に入った。
視界に回路が浮かぶ。摩耗、逆流、暴走寸前。
俺は思わず言った。
「先にあの人、直していい?」
ギルド長が目を細める。
「……やってみろ」
俺は冒険者に近づいた。
「触るぞ」
「……腕が燃えるように痛い……本当にだいじょうぶなのか」
腕に手を当てると、回路が視界に広がる。
焼けた線を切り離し、再接続。
魔力を流す。
光が整い――収束。
冒険者がゆっくり拳を握った。
「……痛みが消えた」
安堵と驚きが混じった声だった。
ざわめきが広がる。
さっき疑いの目を向けていた冒険者が、小さく頷いたのが見えた。
ギルド長が鼻を鳴らした。
「噂は本当のようだな。だが、所属にするかは――もう一つ試させてもらう」
空気が張る。
「北の洞窟に魔鉄鉱脈がある。採取依頼だ。ただし最近“暴走体”が出る。止めて戻れ。長引けば洞窟ごと崩れる」
時間制限付きか。
胸の奥がきしむ。
レイナが笑う。
「上等だ」
セリスが杖を握る。
「やります」
俺は頷いた。
「受ける」
ギルド長は短く言った。
「行ってこい」
洞窟はひんやりしていた。
足音が反響し、水滴の音が遠くで響く。
岩壁に触れた瞬間、視界に光が広がる。
細い線が岩の中を流れている。
だが、その光は妙だった。
均等すぎる。自然の揺らぎではない。
誰かが設計したみたいに整っている。
嫌な既視感が胸をかすめた。
どこかで見た構造――壊される前の、人工の回路に似ている。
「……これ、普通の鉱脈じゃない」
レイナが振り向く。
「何が違う?」
「光が揃いすぎてる。自然ならこうならない」
セリスが小さく呟く。
「人工物みたい……」
胸の奥がざわつく。
――これは壊れた何かの名残だ。
その瞬間、洞窟が揺れた。
岩が砕け、光の塊が飛び出す。
人型の暴走体。
全身から魔力が噴き出している。
洞窟の天井が軋む。
時間がない。
「来るぞ!」
レイナが剣を抜く。
セリスが杖を掲げる。
「拘束します!」
光の輪が暴走体を縛る――が、弾ける。
「もう一回!」
セリスは歯を食いしばり、魔法陣を二重展開した。
拘束が強まり、動きが鈍る。
暴走体が俺に向き直る。
逃げろ、と本能が叫ぶ。
前世の俺なら、間違いなく退いていた。
だが――
レイナが割り込んだ。
剣が火花を散らし、暴走体の腕を弾き返す。
「触れろ、カイト!」
その背中は揺るがない。
俺は踏み込んだ。
「任せろ!」
亀裂に触れる。
回路が爆ぜる。
光の線が絡まり、赤く焼けている。
「……詰まってる」
洞窟がまた揺れる。
天井から砂が落ちる。
時間がない。
逃げたい衝動を押し殺し、光をほどく。
逆流していた流れが正しい向きに戻る。
暴れていた光が静かに落ち着いていく。
「もう少し……!」
最後の結び目を整える。
赤い光が消えた。
――収束。
暴走体は動きを止め、崩れ落ちた。
静寂が洞窟を満たす。
「止まった……」
セリスが息を吐く。
レイナが笑った。
「見事な連携だな」
俺は壁に手をつき、魔鉄を切り出す。
光は静かで、美しすぎるほど整っていた。
違和感は消えない。
そのとき――
洞窟の奥で空気が揺れた。
背筋が冷える。
昨日感じたのと同じ気配。
姿は見えない。
だが、“見られている”。
「……いる」
レイナが剣に手をかける。
俺は暗闇を見つめた。
「昨日の……あいつと同じ気配だ」
返事はない。
気配は消えた。
だが胸のざわめきは残る。
誰かが、この世界を壊している。
俺は拳を握る。
なら――直すだけだ。
この力がある限り。
―――――
ギルドへ戻ると、空気が変わった。
俺たちを見る視線が、さっきとは違う。
ざわめきが広がる。
「戻ってきたぞ…」
「本当に止めたのか?」
ギルド長が腕を組んで立っていた。
「……報告しろ」
レイナが短く答える。
「暴走体は鎮圧。魔鉄も回収済みだ」
俺は袋を差し出した。
ギルド長は中を確認し、ゆっくり息を吐いた。
「……合格だ」
広間がざわつく。
「今日からお前はギルド所属だ、整備士」
その言葉が、胸の奥に落ちた。
居場所ができた。
逃げ場じゃない。
立つ場所だ。
レイナが肩を叩く。
「歓迎されてるぞ」
セリスが笑う。
「これから一緒ですね!」
俺は小さく息を吐く。
「……よろしく頼む」
ギルドの喧騒が戻る。
だが今度は、そこに俺の席がある。
整備士としての人生が、本当に動き出した。
第3話・完
第3話を読んでいただきありがとうございます。
今回の物語では、カイトが整備士としてだけでなく、仲間と共に戦う存在として一歩踏み出しました。時間に追われる試練の中で見せた連携は、彼一人では到達できなかった結果です。
レイナの頼もしさ、セリスの成長、そしてカイトの内面の変化――それぞれが重なり合い、ギルド加入というひとつの到達点へと繋がりました。
しかし、洞窟で感じた違和感や謎の気配は、この世界がまだ静かではないことを示しています。壊される構造、見えない敵。その存在は、これからの旅路に影を落とし続けるでしょう。
整備士の物語は、仲間と共に次の段階へ進みます。
ここから先、彼らが何を直し、何と向き合うのか――ぜひ見届けてください。




