第2話 魔改造の歪み、仲間との旅立ち
街を襲った暴走事件の翌朝。
混乱は収まりつつあったが、壊れたスキルの余波はまだ街のあちこちに残っていた。そして整備士として暴走を止めたカイトの噂も、静かに広がり始めている。
この世界では壊れたスキルは直せない。それが常識だった。だからこそ、カイトの力は異端であり、同時に必要とされる存在でもある。
レイナと共に街を歩く中で、カイトは魔改造という世界の現実を知り、新たな少女――魔術師セリスと出会う。そして再び現れる暴走の兆し。
これは、整備士としての役割が本格的に動き出す第二の試練の物語だ。
朝の空気は、やけに騒がしかった。
昨日の暴走騒ぎが嘘みたいに、街は動き始めている。
だが視界の奥では、まだ回路の光がちらついていた。
壊れかけたスキルは、そこかしこにある。
俺は広場の石段に腰を下ろしていた。
レイナが腕を組んで立っている。
「……で、どうする?」
「どうするって?」
「整備士なんだろ。もう噂が回ってる」
その言葉通りだった。
通行人がちらちらこちらを見る。
小声が聞こえる。
「あれが……直した奴だって」
「十四か十五くらいか。まだ子どもだ」
居心地が悪い。
逃げたい気持ちが一瞬よぎる。
前世の癖だ。
「なあ、レイナ」俺は声を落とした。
「さっきから気になってたんだけど……この“回路”ってやつ。みんな見えてるわけじゃないんだよな」
レイナが鼻で笑う。
「見えるわけがない。見えたら世の中、こんなことになってない」
「だよな……」
広場の端では、昨日の騒ぎの名残みたいに亀裂が残っている。
俺の視界には、細い光の筋が無数に漂っていた。
裂け、詰まり、焼け――どれも“壊れている”。
「この世界……人だけじゃないよな。昨日、耳の長い人も見た」
「エルフだ。ドワーフもいる。竜族も、魔族も」言い切ってからレイナは遠くを見た。
「魔物はもっと多い。共存してるって言葉は綺麗だけどな」
「争いが普通、ってことか」
「そうだ。争いと脅威が普通だ。だから人は強さを求めた」
レイナは自分の胸元を指で叩いた。
刻印のある辺りだ。
「生まれつきスキルと魔力を持つ者がいる。
だが、それだけじゃ足りなくなった。
そこで出てきたのが――魔改造」
胸がざわつく。
昨日、レイナの中で暴れていた構造を思い出す。
「体と武器を改造して、スキルを増幅する……」
「そう。正規の工房でやるなら“合うもの”を選べる。
刻印も綺麗だ。融合もいい。壊れにくい」
レイナは路地の暗がりを顎で指した。
露店と、煤けた影が並ぶ方角だ。
「金がないやつは、スクラップ同然のものを拾う。
又は、親から譲られる。買うとしても中古だ。
継ぎ足して、継ぎ足して……無理やり強くする」
「……その結果が暴走?」
「半分はな」
レイナの声が少し低くなる。
「もう半分は時間だ。
魔改造が当たり前になってから五十年くらい。
融合は時が経つほど変形する。
合ってない改造ほど、歪むのが早い」
「治せないのか? 普通は」
「治せない」即答だった。
「壊れたら終わり。暴走者は拘束――状況次第で処分。監察隊が動く」
監察隊。
その言葉が、背中を冷やした。
「……じゃあ俺がやってることは」
「異端だ」
レイナはため息混じりに言った。
「存在したら困る者もいる。工房も監察も、闇の連中も」
闇。
屋根の上でこちらを見ていた、あの黒い外套の男の目が焼きついて離れない。
俺は指先を握りしめた。
まだ熱が残っている。
それでも――直せた。確かに。
「でも必要だろ。これだけ壊れてるなら」
俺が言うと、レイナは一瞬だけ笑った。疲れた笑いだ。
「……だから、お前を逃がす気はない。利用じゃない。守るためでもある」
「カイト。お前がいれば救える命が増える。だが――狙われる」
「分かってる」
分かったつもりで言った。
本当はまだ、何も分かっていない。
この世界の構造も、歴史も、敵も味方も。
ただ一つだけ確かなことがある。
壊れているものが見える。
そして直せる。
そのとき、足音が近づいた。
杖を抱えた少女が立っている。昨日、広場で暴走していた魔術師の子だ。
「……あの」
声が小さい。
レイナが俺を見る。
“仕事だぞ”という顔。
少女は杖を差し出した。
「これ……また変なんです」
俺は杖に触れる。視界が切り替わる。
《対象:魔術》
《状態:魔力漏出》
《効率:32%》
低すぎる。
回路がぐちゃぐちゃだ。
「これでよく撃ててたな……」
少女がびくっとする。
「や、やっぱり壊れてますか?」
「壊れてるというか……設計が無理してる」
俺は息を吐いた。
直せる。
問題は――
「時間かかるぞ」
少女は即答した。
「お願いします!」
その目に迷いはない。
レイナが笑う。
「決まりだな」
俺は杖を膝に置いた。
回路を展開する。
細い線が絡み合い、無理に接続されている。
魔力が漏れている原因だ。
一本ずつ整理する。
流れを作る。
余計な結節を切る。
再接続。
少女が息を呑む。
杖が淡く光った。
「……綺麗」
回路が整う。
魔力を流す。
安定。
収束。
《整備成功》
《効率:87%》
「終わり」
杖を返す。
少女は恐る恐る構える。
「撃ちます!」
小さな火球が浮かぶ。
――爆ぜた。
広場の空気が揺れた。威力が段違いだ。
「えっ!?」
少女が驚く。
もう一発。
安定している。
「すごい……!」
目が輝いていた。
レイナが口笛を吹く。
「やるじゃないか」
俺は肩を回した。
疲労はあるが、悪くない。
少女が頭を下げる。
「ありがとうございます! カイトさん。私、セリスです!」
セリスが頬を少し赤らめ、顔を上げた。
その瞬間。空気が震えた。
遠くで爆音。広場の端が崩れる。
《新規暴走反応》
レイナの表情が変わる。
「でかいぞ」
俺の視界に表示が走った。
《対象:不明》
《危険度:高》
地面が裂ける。
光の塊が這い出した。
人型の怪物。
身体中から魔力が漏れている。
セリスが震える。
「また……暴走?」
違う。これは――壊されている。
回路が無理やり引き裂かれている。
切断面が荒い。
焼けた跡。
誰かの“手”が入った跡だ。
怪物が咆哮した。
レイナが剣を抜く。
「下がってろ!」
セリスが杖を握る。
「私も戦います!」
俺は回路を見る。
壊れている。
直せる。
だが――戦闘中だ。
「動きを止めれるか?拘束してくれ!」
二人が飛び出す。
剣と火球が交差する。
怪物が暴れる。
レイナの攻撃で怪物がひるむ。
セリスの魔法で怪物を拘束する。
俺は地面に膝をついた。
レイナの攻撃で生じた怪物の亀裂から回路を掴む。
巨大で複雑だ。
崩壊寸前。間に合うか――?
「カイト!」
レイナの声。
「やってやる!」
構造が頭の中に流れ込む。
頭が痛い。手がしびれる。
それでも――ここで負けるわけにはいかない。
俺は整備士だ。
今の俺は、治せる。
そして救える。
気持ちを奮い立たせ、魔力を流し込む。
回路が悲鳴を上げる。
焼ける。
再接続。
光が暴れる。
押さえ込む。
収束。
怪物が止まった。
そして崩れ落ちる。
広場に静寂が訪れた。
セリスが呟く。
「止まった……直せたの?」
俺は息を吐く。
「なんとか」
遠くの屋根の上。
黒い外套の男が、こちらを見下ろしていた。
口元が歪む。
「いるのか……整備士が……」
次の瞬間、姿が消える。
レイナが空を見上げる。
「嫌な感じだな」
俺は拳を握る。
誰かが、壊している。世界を壊そうとしているのか?
それなら――俺が直す。
セリスが俺を見る。
「一緒に行ってもいいですか?」
俺は少し考えて、頷いた。
「好きにすればいい。でもさっきは助かった。ありがとう!」
セリスが笑う。レイナも笑う。
広場に日常が戻りかける。
だが俺には見える。
まだ壊れている回路が。
そして遠くでうごめく影が。
整備士の仕事は――
始まったばかりだ。
第2話・完
第2話を読んでいただきありがとうございます。
暴走事件の余波が残る街で、カイトの“整備士”としての力は少しずつ周囲に知られ始めました。壊れたスキルを直せるという異端の能力は、この世界では希望であると同時に、波紋を広げる存在でもあります。
今回、新たにセリスという仲間が加わり、戦いの形も少しずつ変わっていきます。仲間との連携、そして壊れた力と向き合う日常は、これからさらに激しさを増していくでしょう。
そして最後に現れた不穏な影。誰かが意図的に世界を壊している気配は、カイトたちの行く先に新たな試練を用意しています。
整備士の物語は、まだ始まったばかりです。次の章も、ぜひ見届けてください。




