第20話 門突破
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第20話は、この物語の一つの転換点です。
これまでカイトは「直す」ことで多くを救ってきました。
ですが、その前提が揺らぎ続けた先で、ついに彼は“選ばなければならない状況”に立たされます。
全部を救えないと知ったとき、
それでも何かを選ぶのか。
それとも、選ばないのか。
この話は、正しさを示すものではありません。
ただ、「選ぶ」という行為が持つ重さを描いています。
少し苦しい回になりますが、
その分、次へ進むために必要な一歩でもあります。
どうか最後まで見届けていただければ幸いです。
原初座標の最深部。
その場所は、静かすぎた。
風もない。
音もない。
だが、何も存在していないわけではない。
むしろ逆だ。
空間そのものが“張り詰めている”。
カイトはゆっくりと歩みを止めた。
その先に――門があった。
巨大な構造体。
黒い外殻。
石でも金属でもない、吸い込むような質感。
表面には、無数の回路が走っている。
淡く青白い光が脈打ち、まるで呼吸しているかのようだった。
セリスは杖を胸に抱き寄せ、小さく息を呑む。
「……ここが、原初の入口……」
レイナは剣に手を添えたまま、短く言った。
「通るしかないな」
カイトは答えなかった。
視界の奥で、回路が震えている。
この門の向こうにあるものは分かっている。
だが、理解したくない何かも同時に感じていた。
そのときだった。
「その前に、選べ」
低い声が、空間を切り裂いた。
三人が同時に振り向く。
門の影から、男が歩み出る。
ゼルクだった。
無駄のない動き。
感情のない視線。
ただそこに“存在している”だけの異質な圧力。
カイトは睨みつけた。
「またお前か」
ゼルクは答えない。
ただ、門を指さした。
「ここから先は、通るだけでは意味がない」
「選ばなければ、進めない」
その瞬間。
空間が歪んだ。
カイトの視界が引き裂かれる。
左。
中央。
右。
三つの流れが、同時に展開する。
それぞれが、未来だった。
カイトは息を呑む。
「……なんだ、これ」
ゼルクは言う。
「選択だ」
左の流れ。
すべてを繋ぐ。
切断はしない。
歪みを抱えたまま、無理やり整える。
回路は繋がる。
光は戻る。
だが――
その先で、崩壊が始まる。
一つの都市。
二つ目の都市。
三つ目。
連鎖する。
止まらない。
セリスが震える声で言った。
「こんなの……!」
右の流れ。
一部を切る。
流れを断つ。
歪みを排除する。
光が消える場所がある。
だが――
残りは安定する。
静かに。
確実に。
レイナが低く言った。
「……現実的だな」
中央。
何もしない。
選ばない。
その結果――
すべてが、ゆっくりと崩壊する。
静かに。
逃げ場なく。
カイトの背筋に冷たいものが走る。
「……三択か」
ゼルクは首を振った。
「違う」
「一択だ」
カイトは歯を食いしばる。
「ふざけるな」
ゼルクは淡々と続ける。
「繋げば全体が壊れる」
「切れば一部は残る」
「何もしなければ、全て失う」
一歩、踏み出す。
「答えは決まっている」
セリスが叫んだ。
「違う!」
ゼルクは視線すら向けない。
「感情は不要だ」
「判断を遅らせる」
レイナが言った。
「……こいつの言ってることは正しい」
カイトが振り向く。
「レイナ……!」
レイナは一歩踏み出した。
「決めろ」
低く、強く。
「選ばないなら、全部落ちる」
セリスが首を振る。
「そんなの……選べません!」
ゼルクが言う。
「選べ」
「選ばないことも選択だ」
そして、冷たく言い切る。
「迷うな」
「その迷いで、今も誰かが死んでいる」
カイトの呼吸が止まる。
脳裏に浮かぶ。
崩れた建物。
届かなかった手。
間に合わなかった光。
拳が震える。
(……無理だ)
(選べるわけがない)
視界の中で、ミレイが動いた。
瓦礫に手をかけている。
崩れかけた柱を、必死に支えている。
その動きはぎこちない。
だが、それでも踏みとどまろうとしている。
(なんで、あいつがそこにいる)
声が出ない。
記憶が、勝手に浮かぶ。
「バカじゃないの?」
呆れた顔。
「でもさ、そういうの嫌いじゃない」
少しだけ笑った顔。
「ちゃんと直しなさいよ、整備士なんでしょ」
からかうような声。
(……助けられる)
左を見れば、間に合う。
手を伸ばせば届く。
あの時と同じように。
直して、救って。
それで終わるはずだった。
だが――
その先で、崩壊が広がる。
都市が一つ。
また一つ。
止まらない。
(……じゃあ切るのか?)
右を見る。
光が消える。
ミレイの姿が、そこから外れていく。
届かない。
切るということは――
(……俺が)
喉が詰まる。
息がうまくできない。
(俺が見捨てるのか)
手が震える。
あのとき助けた命を。
今度は、自分で切るのか。
(……ふざけるな)
心のどこかが拒否する。
(そんなの、整備じゃない)
だが。
中央を見る。
何もしなければ――
すべて消える。
誰も選ばずに済む。
誰も見捨てずに済む。
その代わりに。
誰も残らない。
(……逃げるのか)
カイトは歯を食いしばった。
(俺は)
選ばなかったことが、結果になる。
それだけは、もう分かっている。
(……違う)
胸の奥で、何かが軋む。
(選ばないってことは)
(全部を見殺しにするってことだ)
「……やめろ」
カイトは呟いた。
誰に向けたのかも分からない。
それでも――止まらない。
「……無理だ」
カイトは一度、そう言った。
だが。
カイトは目を開いた。
「……選ぶ」
小さな声だった。
だが、はっきりとした意思だった。
セリスが息を呑む。
「……やめてください」
セリスは、初めてカイトの腕を掴んだ。
レイナは黙って見ている。
ゼルクは動かない。
カイトは右を見る。
切る。
それしかない。
ミレイの影が揺れる。
胸が痛む。
だが。
「選ぶ」
その瞬間――
回路が走った。
光が切れる。
一部が消える。
その先で。
崩落が起きた。
崩れた屋根の下から、誰かの手が見えた。
その手は、もう動かなかった。
音が、遅れて届いた。
セリスが震えた。
レイナは目を閉じた。
カイトは立ち尽くす。
「……これが」
声が震える。
「整備かよ」
ゼルクは言う。
「そうだ」
ただの事実として。
否定も肯定もない。
カイトは拳を握りしめた。
痛みが、残っている。
消えない。
だが。
残った流れは安定していた。
世界は、保たれている。
カイトはゆっくりと顔を上げた。
門を見る。
もう戻れない。
選んだ。
その責任が、ここにある。
ゼルクは背を向けた。
「次は、迷うな」
そして、一瞬だけ振り返る。
「次は、お前が切られる側になる」
その言葉を残して、消えた。
静寂が戻る。
カイトは門の前に立つ。
足が、一瞬だけ止まった。
それでも。
一歩、踏み出す。
その瞬間――
空間そのものが、割れた。
門が、静かに開いた。
その音が、やけに大きく響いた。
その先に、次の世界が待っている。
カイトは振り返らなかった。
進むしかない。
選んだから。
その結果ごと。
背負って。
第20話 完
第20話を読んでいただき、ありがとうございました。
カイトはここで、初めて“選びました”。
それは正解だったのか、不正解だったのか。
その答えは、この場ではまだ出ません。
ただ一つ言えるのは、
「選ばなかった場合の結果」もまた、確実に存在するということです。
この物語では、
優しさや正しさだけでは進めない場面を、あえて描いています。
そして今回の選択は、
ここで終わるものではありません。
次の第21話では、
この選択が“どういう結果を生むのか”が描かれていきます。
選んだことの重さ。
そして、その責任。
少しずつ、物語の核心に近づいていきます。
引き続き、見届けていただけると嬉しいです。




