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プロローグ

さえない整備士は、異世界で生まれ変わった。


壊すことばかりで、何ひとつまともに直せなかった男が、目を覚ました先は――脅威と魔力が日常の世界だった。


この世界には、常に“脅威”が存在している。


魔物。暴走するスキル。制御を失った力。

人もエルフもドワーフも、生まれながらに魔力とスキルを持つ者がいるが、それだけでは生き残れない時代になった。


そこで生まれたのが――魔改造。


体と武器に手を加え、スキルを増幅し、より強い力を得る技術。

それは人々に生存の可能性を与えた一方で、危険な代償も抱えていた。


融合の歪み。

経年による劣化。

適合しない改造。


そして――暴走。


一度壊れたスキルは、人の手では直せない。

それが、この世界の常識だった。


だが、その常識を覆す存在が現れる。


壊れたものを“見る”ことができる少年。

そして、それを“直せる”整備士。


これは、壊れた世界を相手に、

仲間と共に進む一人の整備士の物語。


戦いの中で歪んだ力を修復し、

世界の傷そのものに触れていく旅が、ここから始まる。

――壊れた人生、壊れた世界

「……また、やったか」

机の上に散らばった工具を見て、俺は息を吐いた。

分解した機械は腹を開いたまま、二度と戻らない顔をしている。

ネジが一本、余っている。

いや——一本じゃない。三本だ。


終わった。

背中にじわりと嫌な汗がにじむ。


そこへ、背後から先輩の声が落ちてきた。

「おい……お前、またやったのか?」


振り向かなくても分かる。

呆れた目。もう諦めた目。


胃が縮んだ。

「す、すみません。今すぐ直します」

言いながら、自分でも分かっている。

直せない。


俺は整備士見習い、三年目。

そして職場で一番“壊す男”だった。

手順は覚えている。理屈も理解している。

なのに、必ずどこかでミスをする。

締める順番。噛み合わせ。規定トルク。

全部やってるはずなのに、最後に必ず余りが出る。

指先が鈍いのか。頭が悪いのか。運がないのか。

多分、全部だ。


先輩は機械をのぞき込み、小さくため息を吐いた。

「……今日はもういい。帰れ」


責められるより、よほどきつかった。

見放される言葉は、胸の奥を静かに削る。

俺は黙って工具を片付けた。

机に映る自分の顔は、疲れた三十路の男だった。

何をやっても半端。

取り柄なし。

責任を取る勇気もない。

——壊れてるな、俺。


外に出ると、夜の空気が冷たかった。

街灯の光が妙に眩しい。現実だけがくっきりして見える。

「……帰るか」

独り言が、空っぽに響いた。


横断歩道の信号が点滅している。

急げば渡れる距離。そう思って、俺は無意識に駆け出した。

その瞬間だった。

眩しい光。

クラクション。

視界が白く弾ける。

身体が浮く感覚。

——あ、これ。

終わった。


不思議と恐怖はなかった。

浮かんだのはたった一つだけだ。

ちゃんと直せる人間になりたかったな。

そこで、世界が途切れた。


……音がする。

心臓の鼓動みたいな、規則的な響き。

暗闇の中で、光が浮かんだ。

文字だ。半透明の画面が、目の前に展開している。


《スキル診断システム 起動》

《対象:自己》

《状態:構造安定》


「……は?」

声が出た。

——出た、ということは。


俺はゆっくり手を持ち上げる。

知らない手だ。

小さい。細い。

爪も、関節も、若い。

体だけが巻き戻されている。

たぶん二十代。いや、もっと——少年に近い。

混乱が喉まで迫るのに、画面は淡々と続きを出した。


《診断対象を指定してください》


そのとき——

外から悲鳴が響いた。

ドンッ!!

地面が震え、扉が弾け飛ぶ。

何かが転がり込んできた。


鎧の女——いや、剣士だ。

彼女の身体から光が暴れている。

空気が裂ける音。剣が勝手に震えている。

回路のような光が、身体中を走り、ところどころ赤く滲んでいた。

危険だ、と直感した瞬間。

画面が勝手に切り替わる。


《対象検出》

《スキル:剣術》

《状態:暴走》

《崩壊まで:47秒》


「……え?」

剣士がこちらを見る。

必死の瞳で、絞り出すように言った。

「逃げろ……!」


その瞬間、光が爆発した。

床が跳ねる。空気が熱い。


俺の身体が勝手に動いた。

——手が、伸びた。

画面に触れた瞬間、視界が“裏返る”。

彼女のスキルが、骨格のような線で組まれて見えた。

赤い詰まり。焼けた結節。

流れが逆向きに噴き返し、回路が悲鳴を上げている。


分かる。

壊れている。

そして——

直せる。


「待て……今、止める」

自分でも驚くほど落ち着いた声だった。


指先に光が集まる。

熱い。鉄に触れたみたいに、皮膚の奥が焼ける。


47秒。

46秒。

45秒。


赤い詰まりをほどく。

焼けた部分を避けて、流れを迂回させる。

逆流を止める。結節を締め直す。

時間が削れるたび、視界が白くなる。

でも手は止まらなかった。


——収束。


赤が消えた。

剣の震えが止まり、暴れていた光が、潮が引くみたいに静まっていく。


剣士は呆然と自分の手を見た。

「……動く」


俺はその場に座り込んだ。

心臓が耳の奥で鳴っている。


画面が淡く光る。

《整備成功》

《スキル安定化》


剣士が俺を見た。

信じられないものを見る目で——そして、震える声で言った。

「……ありがとう」


その一言が、胸の奥に刺さった。

じわりと、何かがほどける。

俺は笑っていた。生まれて初めて。

直せた。


その瞬間、外から怒号が響いた。

「暴走者はどこだ!」

重い足音。武装した男たちが近づいてくる。


剣士が俺をかばうように一歩前へ出た。

そして、低く言う。

「……逃げろ。次は死ぬぞ」


画面がまた光る。

《新規対象接近》

《危険度:高》


武装した男たちが部屋になだれ込んできた。

金属鎧がぶつかり合い、重い音が跳ねる。

全員の視線が、俺と剣士に突き刺さった。


「暴走反応を確認した!」

先頭の男が怒鳴る。


剣士が短く答えた。

「終わった。抑えた」


「嘘を言うな!」

男が剣を抜いた瞬間——


俺の視界にまた文字が走る。

《対象:武装兵》

《スキル:強化術》

《状態:摩耗・不安定》

《崩壊連鎖:可能性 高》


……壊れてる。

しかもこいつら、ギリギリで持ってるだけだ。


次の衝撃で、誰かが爆ぜる。

理解した瞬間、寒気が背中を撫でた。

このまま戦えば、街が燃える。


「待て!」

思わず叫んでいた。


男たちの視線が俺に刺さる。

「そいつらのスキル、崩壊寸前だ!動くな!」


沈黙。

そして、嘲笑。

「何を言っている、小僧」


剣士だけが俺を見る。

目が真剣だった。

「……本当か?」


「本当だ。あと——」

ドンッ!!

兵士の一人が踏み込んだ瞬間、光が弾けた。

腕が震え、鎧が軋み、回路が裂けかける。

「な、なんだ……!?」


——来る。

俺は床を蹴った。

兵士に触れる。視界がまた裏返る。

焼けた線。裂けた接続。

赤い詰まりが、火種みたいに膨らんでいる。

「動くな!」

魔力を流し込む。

熱が腕を焼く。視界が一瞬暗くなる。

でも、手は止めない。

焼けた結節を締め直し、流れを整える。

逆流を止め、詰まりを抜く。


——収束。


暴走の光が消えた。

兵士が呆然と自分の腕を見た。

「……動ける」


部屋が静まり返った。

全員が俺を見る。さっきと違う目だ。

恐れと——理解。

「お前……何をした?」


「整備だよ」

自分でも驚くほど自然に言葉が出た。

「壊れかけてた。だから止めた」


ざわめきが広がる。

誰かが呟く。

「ありえない……スキル整備なんて……」


その瞬間だった。

外から轟音。建物が揺れる。

悲鳴が走る。


「外で暴走だ!」

兵士の一人が叫ぶ。


剣士が扉へ向かい、振り返る。

「……来るか?」


短い問い。

前世の俺なら、迷わず逃げた。

関わらない。責任を取らない。壊したくない。


でも今は違う。

俺には見える。

街のあちこちに、裂けた回路。詰まった流れ。燃える結節。

そして——止められる“手”が、俺にある。

息を吸う。

「行く」

言葉は驚くほど軽かった。


剣士が一歩だけ先に出て、短く言った。

「私はレイナ。ついて来い」


外へ飛び出すと、街が光に染まっていた。

能力の暴走。悲鳴。混乱。

視界いっぱいに回路が広がる。

壊れた世界。

直せる世界。


俺は手を伸ばした。

《整備開始》


プロローグ・完



こまで読んでいただき、ありがとうございます。


プロローグでは、壊れた人生を送っていた整備士カイトが、壊れた世界へと踏み込む瞬間を描きました。


この物語の核にあるのは、「壊れたものは直せるのか」という問いです。


この世界では、スキルの暴走は死と隣り合わせの現象であり、一度壊れたものは戻らない――それが常識でした。


けれどカイトだけは違う視点を持っています。

壊れた構造が見える。

そして直せる。


その小さな異端が、やがて世界そのものに触れていくことになります。


プロローグは、まだ“始まりの衝撃”に過ぎません。

仲間との出会い、戦い、世界の歪み、そして隠された真実――

カイトの整備は、これから本格的に動き出します。


次の物語では、この力が何を変え、何を守るのかが見えてくるでしょう。


整備士の旅は、ここからが本番です。

ぜひ引き続き見届けていただけたら嬉しいです。

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