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ガンテツ 滅亡のパラドクス  作者: ちみあくた


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第一章 5

今回から黒岩家の長女・亜紀が登場します。

妹と一味違う大人の雰囲気を漂わす彼女ですが、その実態は……?



 品川駅の東側、港南二丁目界隈に広がる高層ビル街の中でも、ギャロップグループ本社ビル=カンイチ・タワーは一際目立つ。


 地上51階、全高173メートル。


 ギャロップ・エレクトロニクスの前身である徳寛電機の創始者・徳田寛一にちなんで名付けられた威容は、今年の春、竣工したばかりだというのに、早くも地域のランドマークとして定着していた。

 

 そして今、その30階の給湯室で黒岩家の長女・亜紀は一人、携帯電話を握っている。






「……お母さん、ごめんね。誕生日と結婚記念日、私も一緒にお祝いしたかった」


「良いのよ、亜紀。お仕事の都合じゃ仕方ないもの」


 電話のスピーカーから聞こえる母・光代の声はいつも朗らかで温かい。日頃、職場の過酷な緊張感ですり減る神経が癒され、亜紀はふっと肩の力を抜いた。


 そのまま壁にもたれると、給湯室の鏡に彼女の姿が映る。


 栗色の豊かなセミロング・ヘア、上品な化粧に瑞々しい赤のリップ、ツイードで仕立てられたCHANELのスカートスーツ、ヴァンプローファーのパンプス。

 

 うん、悪くない。

 

 大企業のOLとして、そこそこのスタイルと言えるだろう。

 

 もっとも亜紀にとって現在、最も重要な存在で直属の上司でもある男は、もう少し派手なファッションの方が好みなのだが……

 

「ここ、品川駅の側で大田区とも近いけど、何か忙しくなりそうな雲行きなのよね」


 亜紀は給湯室から顔を覗かせ、通路の先にある喫煙室を見た。


 海外では常識だと言う嫌煙ムーブを先取りし、大企業の中でもいち早くギャロップが設けた硝子張りの密閉空間だ。


 その内部には制服を着た技術者風の男が立っていて、震える指先に煙草をはさみ、思い詰めたような青白い顔で、せわしなく吸っている。

 

「……ちょっとでも顔を出してくれたら、お父さん、喜ぶのにな」


「あの頑固親父の事は、私、ど~でも良い」


「もうっ、美貴みたいな事、言わないで」


 亜紀が苦笑した直後、喫煙室の男が煙草を捨て、足早に廊下へ出てきた。


「あ、ゴメン。切らなきゃ」


「ねぇ、美貴に何か伝える事は?」


「ん~……彼氏の確保、実にめでたい。その内、私がじっくり弄ってあげるって、それだけ宜しく!」


 返事が返ってくる前に電話を切り、亜紀は男の後をつけた。


 カードキーの認証を受け、分厚い扉を抜けて入室したのは、ギャロップグループ全社を統括するコンピュータールームだ。


 亜紀も自分のカードキーで入室。一定間隔で林立するメインフレームをすり抜け、男の行方を探った。


 するとコンピューター・エンジニアらしきその男は、タワー型パソコンに似た操作端末のデスクに座り、周囲に人影が無いのを確認した後、ポケットから何か取り出す。


 特殊な仕様のUSBメモリだ。


 何らかの手段でセキュリティを突破したらしく、操作端末へ挿してもリジェクションは生じない。男の首がキョロキョロ神経質に周囲を見回した後、細い指がキーボードを操作し始める。

 

 死角から見張りながら、亜紀は「ビンゴ!」と胸の奥で叫んだ。

 

 この会社へ派遣OLとして潜入し、苦手な内勤の仕事を続けて三か月。やっと本来の姿に戻るチャンスが訪れたらしい。






    ×    ×    ×    ×


 その頃、黒岩家では真希が勝手口から母屋の台所を覗き、光代は大きな両手鍋を見つめて物思いに耽っていた。


 鍋の中では、大量のヒジキの煮物が温かい湯気を立てている。


「……ん~、どうしようかな? 亜紀が来ないとなると、これ、どう考えても作りすぎよね」


 光代としては一人暮らしで栄養が偏りがちな娘達の為、良かれと思って煮こんだのだが、量の調整がどうも苦手だ。


 光代の性格は良く言えば大らか、悪く言えば大ざっぱ。


 こんな調子でおかずを作りすぎ、三日以上、夕食のメニューが同じになる事が黒岩家では良く起きる。


「……母さん、またか」


 いつも残り物を平らげる役の真希は、ため息交じりに呟いた。


「あ、真希。亜紀は来られないみたいなの。これ、どうしよっか?」


「いつも通り、ご近所に配ったら」


「ご近所の分、他に取り分けてあるのよ」


「亜紀姉、平気で何日も家を空けるからな。クール宅急便で送るのは危ないよな……」


 そこまで言って、真希は母屋まで飛んできた理由を思い出した。


「母さん、それより、美貴姉の彼氏の事、教えて!」


「……え?」


「どんな奴? 仕事は? まさか不倫とかじゃないよな?」


「……職場の同僚だって聞いた。でも、他には何も知らない」


「電話で聞かなかったの?」


「どうせ、来ればわかるもの」


 あっさり肩透かしを食らい、熱く盛り上がっていた真希の好奇心がポッキリ折れる。


「あ、そうだ! 美貴の彼氏さんもきっと一人暮らしよね。自衛隊の人なら、量も沢山食べそう」


「……何なら鍋にヒモ付けてさ、丸ごと背負わせてやったら?」


「うん、良いかも、良いかも」


 繰り出した皮肉をスルーされ、肩を落として台所を出ようとした真希の背に、喜色満面で光代は声をかけた。


「ねぇ、お父さんは工場にいた?」


「ガンテツなら、まだ仕事してる」


「なら美貴の彼氏さんの事、伝えておいて。いきなりだと、ビックリして愛想悪くなるでしょ、あの人」


「……俺が?」


 光代は答えず、ヒジキの味を見て、甘みを調整している。上機嫌の轍冶が浮かべていた笑顔らしきものを、真希は思い出した。


 ああいう感じの時は反動が恐ろしい。

 

 姉貴にオトコがいるなんて言ったら、多分、無愛想じゃすまないな、俺には……

 

 勝手口を出て工場に向う真希の足取りは、一歩ずつ重くなっていく。

 

 

 

 

 

    ×    ×    ×    ×


 習熟した技術をもってしても、ギャロップ本社30階のメインコンピューターにアクセス、多層構造のセキュリティを突破し、極秘情報を幾つか取り出すまで10分余りの時間が必要だった。

 

 その全てをUSBメモリに移し、及川恵一は安堵の吐息を漏らす。


 腕時計で確認すると、もうすぐ四時だ。


 煙草を一服して神経を鎮めたい所だが、もたつく暇など無い。荒っぽくメモリを引き抜き、ポケットに押し込もうとする。

 

 その腕を、女の滑らかな指が掴み、制止した。


「ギャロップ社コンピューター室主任・及川恵一さんですね」


「あんた、誰だ!?」


「三か月前からこちらでお世話になってる事務担当の派遣社員……な~んて、それは表向き」


 豊満な肉体をシックなスーツに包み、黒岩亜紀は普段滅多に持ち歩かない警察手帳を開いて、艶やかに笑う。

 

「警察庁警備局・外事情報部のものです。そのUSBメモリで盗もうとしたデータについて、お話を伺いたい」


「け……警察……」


 青白い顔を引きつらせ、及川が呻いた。だが、亜紀の背後に視線を移すと、一転、唇に歪んだ笑みが浮かぶ。


 ハッとし、亜紀が振り返った瞬間、腹にスタンガンが押し当てられた。


 火花が飛び散り、床に倒れた亜紀を、二人の男が見下ろす。見た目はごく平凡なサラリーマンにしか見えない身なりの連中だ。

 

「お取込み中悪いが、及川さんにはまだ仕事が残っているんだよ、ねぇ?」


 男の一人に問いかけられ、及川は何度も頷いた。


「カンイチ・タワーの警備システム、まだ解除、できませんか?」


「あと、5分もあれば……」


「できれば周辺施設の監視カメラもハッキングし、コントロール下に置きたいですね」


「で、こいつは?」


「ガイジの女なら、色々使い道がある。縛って、備品倉庫にでも放り込んで置けば良い」


「もうすぐ武装した同志が乗り込んできます。昭和39年から歪んでしまった日本の歴史を、我々の手で正す……その大いなる革命が始まるのです」


「私を超えるあなたの為に」


「あなたを超える我らの為に」


 穏やかな口調で語りつつ、動かない亜紀の体をつま先で蹴る男の瞳の中には、妖しい狂気の炎が揺れていた。

読んで頂き、ありがとうございます。

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