第三章 15
Jガイア攻略戦、最終局面です……
初恋の人と抱き合ったまま動かない亜紀は、どうやら深い眠りに落ちたらしい。彼女の頭部に残る傷が気掛かりではあるが、ひとまず目的の一つを完遂。
次はGANコアだ。
阪田からの情報を基に立案された計画によると、コントロール・タワー最上階の統合司令室を占拠。そのメインコンピューターのセキュリティを突破した後、自爆コマンドを直接入力して破壊する予定だった。
しかし今、Jガイアのメインコンピューターは暴走状態に陥り、コンプライアント・タワーの坑井シャッターが開いて、底知れぬ巨大な穴が目の前にある。
その最深部で眠るGANベクター=ベクラが、GANコアの役割を果たし、別次元の地球とこちらの地球を星ごと入れ替える大空間転移の鍵を握っている筈。
ならば、ここから直接攻撃するのが、一番の近道ではないか?
そう思いついた美貴は、相談しようと展望室近くにいる相棒へ駆け寄るが、阪田は阪田で手一杯の状況だった。
βが笠井を人質に抵抗している。
「Jガイアはもう終わりだ。諦めて、笠井さんを解放しろ」
阪田の言葉をβは無視した。狂気が滲む薄ら笑いを浮かべ、展望室を出て、坑井の開口部へ向っている。
「フフッ、我ながら、実に嘆かわしく思う。何故、今まで気付かなかったのだろうな。こんなにもシンプルで確実、且つ麗しき解決法が存在していたのに」
「……貴様、何を言っている?」
拳銃を眉間に突き付けられたまま、笠井が訊ねた。
「うん、これから、あの穴に飛び込もうかと思ってね」
「馬鹿な!?」
βの口調は淡々としている分、却って不気味な響きを帯びている。
未だに流れ続ける大音響のオペラで掻き消されそうになりながら、阪田は声を張り上げた。
「わかっているのか、β!? 一万メートル近い落差で、しかも底にマグマが滾っているんだ。如何にヒューマノイドと言えど一溜りもないぞ」
何とか耳に届いたのだろう。
βは冷たい眼差しを阪田へ向け、
「γ、裏切り者のお前とは違い、情愛溢れる真の同胞が、穴の底で私を待っている。
ベクターα……昔、彼がやったように、私もこの体をGANベクターへ捧げ、一つになる事で覚醒を促す」
「……喰われると言うのか、お前も」
「融合と言って欲しい。同シリーズの個体が本来のポテンシャルを発揮する為の生贄。私は解放されるんだよ。延々と異世界を漂い続けた、孤独の泥濘から」
βは喜色満面だった。
ベクラに吸収され、より大きな存在の一部になるという狂ったヒロイズムに、すっかり憑りつかれてしまっている。
「君も一緒に来るか、笠井君?」
「誰が、貴様なんかと!」
笠井は自ら撃たれる覚悟で、βへ殴りかかり、絡みつく両腕の触手で即座に動きを封じられた。
「フフッ、同行したいのは山々だが、残念ながら、そうもいかない。下への直行便は一人乗りでね」
坑井開口部の手前まで来て、βはいきなり笠井を突き放す。
前のめりに膝をつき、振返った笠井は、一瞬、静かな眼差しに戻って小首を傾げるβと目が合った。
「君と過ごした日々は、それなりに面白かった。短い余生、大事に生き給え」
黒い顔が笑う。
流浪の旅に立つ以前の、まだ人間だった頃の青年の顔を笠井は垣間見た気がした。
「……β、止せ!」
阪田と美貴も転落を止めようとするが、間に合わない。
「誰も寝てはならぬ、誰も寝てはならぬ! 姫、あなたでさえも、冷たい寝室で愛と希望に打ち震える星を見るのだ」
舞台の主役さながら、βは両手を広げて高らかに歌い、背中から漆黒の闇へ落ちていった。彼を呑み込んだ穴から、すぐ歌声が聞こえなくなる。
笠井は、途絶えたアリアの、続く一節を思いだしていた。
「しかし私の秘密はただ胸の内にあるのみ、誰も私の名前は知らない……か」
こうなってみると、皮肉な歌詞だ。
人一倍孤独を恐れながら、人の群へ埋没するのも嫌い、時に自己顕示欲の虜となる己の悪癖を、βは十分自覚していたのだろう。
ある意味、あいつも典型的な日本人だったのかもしれんな。
複雑な感慨を抱き、笠井が坑井を見下ろすと、ふと立ち上る熱気を感じた。
スピーカーの破損によりオペラの調べが途切れ、喧噪から一転して訪れた静寂を別の異音が打ち破る。
穴の底から獣の唸りが聞こえた。
続いて地響きが、掘削施設そのものを根底から揺るがす不快な振動と共に発生し、徐々に大きくなる。
「……まさか、本当に」
「βを喰らって、GANベクターが目覚めた!?」
阪田、美貴が顔を見合すと同時に、立っていられない程の大きな揺れが来て、金属の軋みが耳を聾する。
アビシュームを吸い上げる為、坑井のモーターへ電力を供給するアンビリカルケーブルが上昇するマグマに溶け、次々と切断されているのだ。
美貴は、Jガイアで戦う仲間全員に撤退の指示を出した。
「やばいぞ、皆! とっととズラかれ!」
格調に欠ける表現ながら、緊急性だけは確実に伝わる。
まだ動けない統弥と亜紀を阪田が抱えて大蛇に載せ、美貴は草薙で、米倉と笠井は亜紀の村雨・改に乗り、コンプライアントタワーの屋上から飛び立った。
コントロール・タワーの統合司令室を占拠しつつあるトクさん、タケちゃんは「アネゴのお達しだぁ!」と時代劇ばりのシャウトで戦闘放棄を宣言。Jガイアへ取り付いていた村正の搭乗員達を促し、ニコニコ号で離脱を図る。
それぞれの逃走劇の果て、生死を分けたのは僅か数秒の差に過ぎない。
彼らが大空へ舞い上がった直後、タワーが中心部からひしゃげ、プラットホーム本体へ倒れ込んだかと思えば、その崩壊の過程で更に劇的な光景へ転じた。
かつてない規模の地殻変動が日本海溝から巨大な海底火山を発生せしめ、夥しい溶岩、火山弾を伴う噴火の猛威で、下からJガイアを吹き飛ばしたのだ。
「……凄ぇ」
草薙のコクピットで目を丸くし、美貴はモニターカメラのズームアップを通して、海面まで隆起する火口を見下ろした。
噴煙の中に蠢く影がある。
ガンテツに酷似し、鋭い角が幾つも突き出す装甲を全身にまとって、一回り大きな体を持つ白銀の巨人だ。
「あ、あいつを火口から出さないで!」
ナナの怯えた声が、繭のメインコンピューター・ルームに響いた。
ガンテツを出撃させる暇は無く、チーフ・オペレーターを務めるシゲルが即座に主砲を作動させて、噴煙に浮かぶGANベクターへ照準を合わす。
忽ち、コンパスの先に似た形状の砲身からアーク放電を伴うイオン・ビームが迸った。如何なる金属の融点をも超える灼熱の雷撃だが、手応えは無い。
当る寸前、GANベクターは正面へ小光輪を発生させ、イオン・ビームを受け止めてしまったのだ。
これまでに無い事態、光輪を敵側が発生させる様子を目の当たりにし、大蛇のコクピット内で阪田は息を呑んだ。
「バイオマシン……するってぇと、アイツが今のベクラなの!? もう虫でも、獣でもないじゃん!」
溶岩に半身を沈めたまま、噴火と共に浮上する巨人を睨み、美貴の青い炎が再び燃え盛る。
「GANベクターには効率的なバージョンアップの為、生物が進化する道筋をなぞり、形態を変えていくシステムが積まれてるんだ」
「それで……最後はヒト型、かよ」
「おそらく今なら、どの姿にもなれるだろう。何せ、進化のプロセスに35年も掛けているんだからな」
阪田の声が心なしか震えている。
嘗ての仲間だからこそ知る真の恐怖が、VCの通信機を通して美貴のコクピットまで伝わってきたが、
「よ~するに、アイツをぶった斬りゃ終わりだろ!」
「あ、止せ、二尉!?」
阪田の制止を無視。美貴の草薙が噴煙を裂き、飛び交う火山弾をかいくぐって、火口へ急降下を始める。
ハイ・スチーム・エンジン、高周波剣の出力はマックス。出し惜しみは無し。さぁ、お客さん、持ってけ、ドロボ~!
頭部だけで自機より一回り以上大きい白銀の巨人へ草薙は肉薄した。そのまま、落下の加速度を利用した超高速の斬撃を放つ。
宇宙戦艦さえ苦も無く両断した光刃を、巨人は避けようともしなかった。
額の二本角にまとう高周波で斬撃を相殺したかと思えば、チョンと無造作に突き出す指先一本で草薙を大きく弾き飛ばす。
「黒岩二尉!」
草薙を追って舞い降りる大蛇が、溶岩へ転落する寸前、辛うじて受け止めた。
一先ず命拾いしたものの、周囲の高温に装甲表面が溶解し、コクピット内のアラームが鳴りっぱなしだ。
あしらいやがって、コンチクショウ……
お得意のデコピンに似たカウンターを受け、屈辱に歯ぎしりする美貴は、巨人が唇を歪めて笑うのを確かに見た。
殺すより先、弄ぶ喜びを優先している。
獣の域を超える知性と底知れない悪意を感じずにいられなかった。捕食し、取り込んだベクターの魂が為せる業だろうか?
巨人と言うより、悪鬼だ、こいつは。
「二尉、もうVCがもたない。ベースへ戻って、立て直すぞ」
「了解、三佐……」
止むを得ず上昇を始めた時、美貴は生き残ったニコニコ号と村正全機がこちらへ搭載火器を向けているのに気づいた。
大蛇と合体し、制御限界ギリギリの加速で火口から脱出。
その瞬間を見計らい、再充填したコクーンベースのイオン砲も含め、味方の一斉攻撃が数えきれない軌跡を描いて火口へ突き刺さっていく。
それでも、爆発は全く起きなかった。複数の小光輪を同時発生させたベクラが、全弾吸収してしまったらしい。
代りに凄まじい噴火が再燃し、まき散らす黒煙、火山灰、荒れ狂う電磁嵐が一切の索敵手段を無効化して……
日本が誇る史上最大の資源掘削施設・Jガイアが跡形もなく消滅した後、ベクラも又、消えてしまった。
異次元を跳躍する瞬間移動だ。これまでガンテツしか使えず、味方の最大のアドバンテージだった能力を完璧に使いこなしているのだ。
移動先はつかめず、その目的も不明。
このままベクラ=GANコアを見失えば、大空間転移を事前に止める手段も失われる。それは即ち、Jガイア攻略作戦の失敗……完全なる絶望を意味していた。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
後は決戦のみ。
是非、最後まで御付き合い下さい。




