表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガンテツ 滅亡のパラドクス  作者: ちみあくた


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/66

第三章 14



「さぁ、最高のクライマックスを見せてくれ給え、私の可愛い怪物さん」


 頬杖をついたまま、死闘を続ける黒岩姉妹と嘗ての同僚を眺め、展望室で愉快そうに哄笑するβの声がPA用スピーカーから流れだす。


 オペラの調べにも負けない大音量だ。


 それを耳にし、わざと敵に聞かせているβの愉悦を分厚い窓越しに感じて、柘植統弥の自制心が砕けた。


「……怪物さん? 亜紀をそう呼んで良いのは、俺だけなんだよ!」


 背負った米軍仕様のアリス・バッグから二本のM72を取り出し、内一本を肩に担いで統弥はトリガー・ボタンを押す。


 インナー・チューブから飛び出す64ミリのロケット弾が展望室の窓を直撃し、爆炎を辺りへ振り撒いた。


 やったか?


 そう思ったのも束の間。窓を覆う超硬質ガラスに大きなひび割れが生じただけで、βは傷一つ無く、頬の冷笑も消えてはいない。

 

 

 

 

 

 反射的に最後のM72へ統弥が手を伸ばすと、米倉が制止した。

 

「坊ちゃん、笠井さんがいます!」


 ハッとした統弥の視線の先、展望室奥に笠井宗明の姿がある。ロケット弾で窓を突き破れば、機甲自衛隊の老将も即座に爆死するだろう。


 歯ぎしりして、統弥はロケットランチャーを肩から下ろす。


 ほぼ同時に銃声が響いた。


 全身を長く伸ばした阪田が蛇のように亜紀へ絡みつき、その隙に美貴が姉のヘッドセット固定金具を拳銃で狙撃したのだ。


 一か八かの荒療治。しかし、未来の技術を用いて作られたヘッドセットは多少傷ついた程度で、亜紀は力任せに阪田を振り払い、頭上高く持ち上げた。


 ゆっくりと屋上の端へ歩き出す。


 阪田の体を1200メートル下の海面へ落とすつもりらしい。

 

「……流石に、コレ……ペッチャンコじゃ済まないよね~」


 阪田がもがいても、亜紀の指は万力並みで緩まない。美貴は背後から姉にしがみつき、ガムシャラに殴って歩みを止めようとした。


 結局、どちらも無駄なあがきだ。


 ポイッと阪田を屋上から投げ捨て、亜紀は妹へ拳を向けた。持ち前のスピードで逃れようとしても、嵐の連打を防ぎきれない。


 不安定な体調のまま、美貴は床に伏し、姉の攻撃を受け続けた。


 普通の人間なら即座に肉の塊と化すであろう猛威……狂犬の覇気も、誇りも失われ、只、本能のまま体を丸める。


 何故だろう?


 彼女は無意識に腹部を庇っていた。


 何故なのか、自分でもわからない。

 

 本能のまま、庇い続ける。他をどれほど痛めつけられ、意識が遠のいても……

 

 

 

 

 

「化け物、化け物、化け物っ!」


 気が付いた時には、統弥は亜紀に向け、大声で叫んでいた。

 

 絶対、彼女に妹を殺させない。

 

 そう決意し、何が何でもこちらへ引き付けようとして、咄嗟に口をついて出たのが、この言葉だった。

 

 13年前、黒岩真希誘拐事件の際に少女だった亜紀を傷つけ、統弥自身も死にたい程の自己嫌悪へ落ちて、別れのきっかけになったトラウマが蘇る。

 

 隣で米倉が唖然としているが、構うものか。亜紀は、こいつを絶対に無視できない。

 

「……お前……嫌い、だ」


 統弥の読み通り、攻撃の矛先は変わった。

 

 こちらを睨んで猛ダッシュ。肩から突っ込むタックルは、黒革のセクシーな身なりに反し、交通事故並みの衝撃だ。

 

 肋骨が何本かまとめて折れ、4トントラックに轢き逃げされるイメージを、統弥は自ずと脳裏に描いた。側で巻き添えを食っただけの米倉も、派手にぶっ飛んでコンクリートへ叩き付けられ、立ち上がれない。


「ん~、フィニッシュは何が良い? ルーテーズばりのバックドロップ? 掟破りの逆サソリ?」


 隠れプロレスファンの亜紀がクラウチングスタイルで歩み寄り、痛みに呻く統弥を引き寄せる。


「……やっぱり……弓引く怒りのナックルパート、かしら?」


 長年の罪悪感を晴らす前に、命を断ち斬る一撃が来るのを覚悟し、統弥は強く目をつぶった。

 

 

 

 

 

「フフッ、流石は亜紀。私の、一番のお気に入り!」


 一方的な戦いの成り行きにβは歓喜し、展望室の座席で身を乗り出している。


 先日のΔの死が、失調しかけていた彼の精神バランスを、完全に崩壊させてしまったのかもしれない。所作の一つ一つが狂気に満ち、乱れていた。

 

 その無防備な背中に、笠井がいきなり体当たりを仕掛ける。

 

 前のめりになったβが振り返ると、ホルスターに納めていた愛用の拳銃が奪われ、笠井の手の中にあった。

 

「……何をする、笠井君? 我々の信頼に泥を塗る気かね」


「信頼だと? ふざけるな!」


「ふざけているのは君の方だ。銃が私に効かないのは、重々承知だろうに」


「ああ。だから、こう使う」


 笠井は強化ガラスのひび割れへ向け、拳銃を連射した。全てピンポイントの正確な狙撃で約10センチの穴が開くが、それまでの事。展望室の窓を砕き、突破口を得るには程遠い。


「余計なアドリブで、私の演出した一幕に水を差すんじゃない!」


 尚も撃とうとする笠井の銃をβは奪い、首を締め上げた。万事休すと思われた時、意識を失いかけた老兵の頬に微笑が浮ぶ。


 ハッとβが窓の方を見ると、そこに「黒いのっぺらぼう」が立っていた。


 それはヒューマノイドの特殊能力を100パーセント使える状態へ姿を変えた阪田由久だ。亜紀に投げ落とされた際、腕と脚を長く伸ばして外壁にへばり付き、西側へ回り込んで展望室に忍び寄っていたらしい。


 そして窓に穿たれた10センチの穴には、何時の間にか細長い触手と化した阪田の腕が侵入し、コンソールの端子へ指先を差し込んでいた。


「貴様、ハッキングしているのか!?」


 βも腕を伸ばし、阪田を排除しようとするが一足遅い。電子回路へ流し込まれたデタラメなデータにより、計器が狂い、暴走を始めて、至る所に火花が散っている。


 屋上の中心部では、轟音を挙げ、直径30メートルの坑井を塞ぐ巨大なシャッターが開き始めた。


 同時に、統弥へ止めを刺そうとしていた亜紀からも悲鳴が上がる。


 彼女を操っていたヘッドセットが、Jガイア・メインコンピューターの暴走に影響された結果、正常なコントロール機能を失ったのである。






 愛する女の拳で頭蓋骨を粉砕される代りに、苦しげな絶叫をすぐ間近で聞き、統弥は両目を見開いた。


 仁王立ちしていた筈の亜紀が、床に倒れ、のた打ち回っている。


 ヘッドセットから、熱暴走に伴う煙が上がっていた。先程、美貴の銃撃を受けた固定部に緩みが生じている様で、亜紀は細いメタルリングへ指先をねじ込み、強引に引きちぎろうとしている。

 

「……ダメだ、亜紀、止めろ!」


 統弥の声は届かず、苦痛に我を忘れた怪力が、頭部に突き刺さった金属針ごとヘッドセットを剥がし、投げ捨てる。


 いびつにひしゃげた器具は坑井へ落ちた。その後、何の音もしない。

 

 海面までの1200メートルに加え、さらにその下、日本海溝最深部までの8000メートルを垂直に落下。マントル層へ対流する灼熱のマグマに呑まれてしまったのだろう。


 亜紀はまだ苦しんでいた。引き抜いた金属針の跡から血を流し、両手で頭を抱え込んだまま、うずくまっている。


「……亜紀姉」


 倒れていた美貴が体を起し、亜紀へ近づこうとした。

 

 その前に、統弥が亜紀へ寄り添う。

 

 すると、彼女が口の中で呟く声が聞こえてきた。何度も、何度も、同じ言葉を繰り返している。

 

 

 

 

 

 トウヤ……トウヤ、トウヤ……

 

 

 

 

 

 か細い声だが、響きにデジャブを感じた。


 13年前、弟を助ける為に戦い、変異していく亜紀を恐れ、統弥は逃げ出してしまっている。

 

 あの時、振り向かず走り続ける統弥の背へ、亜紀は何度も叫んでいた。

 

 彼女がどんな風に自分の名を呼んだのか、一度振り返っておけば良かったと、統弥は何度も悔やんだものだが、

 

「しっかりしろ、亜紀! わかるか、俺だ」


「……え?」


「柘植統弥! お前の上司で、幼馴染みで……え~、恋人だ、不倫だけど!!」


 わめく勢いで呼び掛け、血塗れの長い髪に触れる統弥を、亜紀は虚ろな眼差しで見上げた。


 やっと洗脳から逃れた代償に、精神が崩壊してしまったのかもしれない。

 

 以前、『彼岸』のテロリストが幼児退行した姿を思いだし、統弥は身震いした。亜紀の肩を揺すり、繰り返し呼びかけ続ける。

 

 その瞳の奥に、深い孤独の影が見えた。強くて奔放、一癖も二癖もあるタフな女捜査官の面影は、今や何処にも無い。

 

 統弥が知る「黒岩亜紀」の何処から何処までが実体で、何処からが「普通の女」では無くなってしまった痛みを隠す、心の鎧だったのだろう?


 長年の疑問が解けた。


 亜紀は、こんな目で俺を呼んだ。


 寂しくて、心細くて、今にも泣きだしそうな素顔のまま、俺の名を呼んだんだ。

 

「……もう大丈夫。俺は、もう何処にも行かない」


 統弥が耳元で囁くと、亜紀は微かに表情を動かした。徐々にそれが笑顔の形を成し、虚ろだった瞳に感情の光が戻る。


「……亜紀は……亜紀の心は壊れていない。きっと、元通りになる!」


 思わず叫んだ途端、大声に反応し、亜紀が統弥の体を抱きしめた。


 感動の抱擁と言いたい所だが、彼女の意識が曖昧な分、腕力が過剰で、手加減が足りない。

 

 先程受けた肋骨のダメージに加え、グキッと腰骨がずれるのを、統弥は感じた。


 まぁ、これで少しでも俺の罪が償えるなら、安いもんか……


 この上ない激痛と、胸に満ちた幸福感が相半ばする不思議な感覚の中で、統弥の意識が遠のいていく。 


読んで頂き、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
あまりにも熱い抱擁! この回のラストにうるっとしました(;_:)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ