第三章 12
1900年代最後の日は、朝から灰色の雲が空が覆う鬱陶しい天気だった。東北地方北部に低気圧が居座り、12月7日の大雪以来厳しい寒さが続いている。
だが、午後3時を過ぎると、久々の晴れ間が出た。
ぶ厚い雲の切れ目に、遥か大気圏の先、宇宙空間を漂う直径500キロメートル超の大光輪が目視できるようになる。
事前観測によると、大光輪内部の次元断層が最も安定した状態になるのは午後11時39分51秒。
地球を取り囲む宙域の極めて大規模な転移を成功させる為、Jガイアと大光輪の二か所をその時点まで『彼岸』は死守しなければならない。
Δの艦隊が『大蛇』、『草薙』と戦い、司令官を失う損害を被ったせいで、守備艦隊の配置は大きく変更されていた。ガンテツに単独で光輪を閉じる力がある以上、Jガイアに駐留する宇宙戦艦40隻中、半数を大光輪近くへ移動させざるを得ない。
その間隙を『繭』は突いた。
Jガイアから約300キロメートルの地点まで海底の地下を掘り進み、その後、一気に浮上、急襲したのである。
口火を切るのは轍冶が乗る大鋼人だ。
繭上方の開口部に150メートルを超える巨体の上半身を晒し、ガンテツは大きく振りかぶって、鋼の拳を突き出した。
風を切る、いや、空気をブチ抜く鈍い音がして、腕が伸びきる寸前、発生した小光輪に肘から先が呑まれ、消える。
見えなくなった拳は、300キロメートル先に、もう一つの小光輪と共に現れて、『彼岸』の空母を打ち砕いた。光輪間に生ずる時空の歪曲を利用し、拳のみの瞬間移動で、遠隔地の敵へ超弩級のパンチを見舞ったのだ。
大砲より長い射程の拳打。
ギガ・リコイルレス・ナックルと美貴が名付けた攻撃だが、轍冶には、もっとピンとくる名前がある。
曰く、『空飛ぶオヤジのゲンコツ』。
グシャっと艦橋を叩き潰され、空母は艦載機を発進させる事もできずに、宮城の海へ轟沈した。
矢継ぎ早に『ゲンコツ』が飛び、更に戦艦四隻、巡洋艦四隻、砲艦六隻が撃破され、『彼岸』の残存警護艦隊はあっという間に壊滅する。
一方、敵陣からもハープーン等の長距離ミサイルが飛んだ。
相対距離が50キロメートルに達した時点で、射程に入った中距離誘導弾が大量に飛来。繭が発生させる小光輪の移動防壁へ絶え間なく突き刺さる。
派手な爆炎があちこちで噴きあがる割に、繭にもガンテツにも大したダメージは生じていない様だが、
「あ~、いらすぐなや!」
轍治のストレスを溜めるには十分だったらしい。しょっぱなから東北弁丸出しだ。
むかっ腹の勢いに任せ、鉄拳が分厚いアビシューム合金の防壁を苦も無く貫いて、手あたり次第のタコ殴り。これまた、あっという間にJガイア各所のミサイル砲台、機関砲は9割方失われ、殆どが無惨な残骸と化す。
残るは施設の港、エアポートに駐留するAI制御の機械化部隊と自衛隊、海上保安庁、在日米軍の第七艦隊だが、Jガイア甲板から多数の無人VCが飛び立っただけで沈黙し、追従する動きは見えない。
一見、成り行き任せに見えるガンテツの先制攻撃が、まず真っ先に『彼岸』艦隊と備え付け迎撃システムを狙い撃ちした最大の理由が、そこにある。
力の差を思い知らせてβに従う者の戦意を喪失させ、サボタージュを誘発しようとしたのだ。元々、やむを得ず『彼岸』へ加担していた部隊に、命懸けでJガイアを守る義理は無い。
繭は一旦、ガンテツを収容し、Jガイアへ接近しつつ、村正を発進させた。
一刻も早く制空権を掌握しなければならない。
Jガイアへ揚陸チームを送り込み、GANコアを制御するシステムを奪取、コアの破壊へ結びつけない限り、戦いは終わらないのだから。
良いか、オイ……はっきり言って、これが俺の生涯初の実戦だ。今日こそ初陣って奴なんだゾ!
編隊を組む三機と力を合わせ、敵の無人機を続けざまに撃墜した後、森崎克己は何度も自分へ言い聞かせていた。
本当は戦場に出るのは二度目。でも、一度目はあまりに悲惨だ。
上官を装う侵略者に洗脳され、ちょっとイケてる女教官に四体一で襲い掛かった挙句、あっさり返り討ちにあっている。
なまじ、うっすらと記憶が残っている分、死にたい位に恥ずかしい。早く闇に葬りたい過去なのだが、森崎は幸運だ。
こうして初陣をやり直す機会を得た。その上、強化された愛機・村正は、高性能な敵機を更に上回る力を発揮している。
2機プラス2機で連携、攻守を分離するシュヴァルム戦法が冴え渡り、全く負けそうな気がしなかった。
「黒岩教官……見てくれてる?」
機甲自衛隊の村正部隊は、約40分間のドッグファイトで航空優勢を確保。
ニコニコ号というトボけた名前のVCを含む揚陸チーム第一陣がJガイアへ取り付くのを見届け、森崎はコクーンベースの方角へ大きくターンする。
黒岩二尉のVCは、まだ戦場へ出ていない。先日、月・地球間の宙域で被ったダメージが予想以上に深かったのだろう。
「へへッ、早く来ないと、不肖の教え子が根こそぎ片付けちまうぜ」
すっかり自信を取り戻した森崎が、憧れの鬼教官へ向けて嘯く。
丁度、揚陸チームの第二陣が繭から発進した所で、援護に向うと、背後から見知らぬ機体が超高速で追い抜いて行った。
一見して、以前、阪田三佐が搭乗していた『村雨』と同系統の機体である。だが、真っ赤に塗られたド派手な装飾は、阪田機と似ても似つかない。
「……何だ、あれ?」
森崎が目を見張る内、人型へ変形したそいつは、伸縮自在の電磁鞭を振るい、揚陸チームを襲った。
絡め捕られた数機が機銃の追撃で爆発するのを見て、森崎は僚機へ指示を出す。
「新手の敵だ。四機同時攻撃のフォーメーションで料理する」
「ん~……悪いけど、私……四機じゃ物足りないのよね~」
敵からの交信が無理矢理割り込んできた様だ。通信機のスピーカーから、スローモーで、如何にも挑発的な声がする。
続いて、モニターに現れた姿も森崎の癪に障った。妖艶な女性のパイロットで、まとうスーツは殆ど黒革の下着なのだ。
革が食い込む柔肌は、けしからん程のナイスバディ。腰回りなんて紐パンさながらの露出度だから、もしグラビアの一場面なら素直に鼻の下を伸ばしていた所だろうが、
「SMクラブの女王様か、あんた!」
おちょくられた気分になり、森崎はマイクへ怒鳴りつけた。
でも、敵は意に介していない。相変わらずのセクシーなハスキー・ボイスで、
「警察庁外事調査官、黒岩亜紀……お望みなら、あなた……調教してあげる」
「く、黒岩!? まさか、教官の……」
未だ不完全な洗脳のせいか、途切れ途切れに出る言葉に比べ、亜紀専用機『村雨・改』の動きは桁違いに早い。
嘲笑うが如く四機の村正が放つミサイルを翻弄し、人型のまま自在に飛び回って、電磁鞭を躍動させる。
一方、繭の内部では、設置されたスクリーンに亜紀の姿が映し出された瞬間、誰もが凍り付いていた。
「……な、何で、亜紀姉が!?」
来宮七海と共に、雑用を手伝っていた真希が掠れた声を絞り出す。
「ナナ、俺を外へ出してくれ!」
ガンテツのコクピットにいる轍冶が、通信に割り込み、叫んだ。しかし、三次元映像の姿で現れたナナは出撃を許可しない。
大鋼人を使うには繭の天頂部ドームを開く必要があり、現状の敵との距離を考慮すると、その際、内部へ侵入される危険性が高いのだ。
「……なら、私が行く。言っとくけど、止めようとしたら、只じゃ済まないから」
踏み出す美貴の瞳に青い輝きが迸り、完全に狂犬モードのスイッチが入っていた。
「……待て、二尉」
「三佐、あんただろうと手加減しないよ」
「いや、俺も大蛇で出る」
「え?」
「重力波のコントロールが不調で、光輪の力は当てにならないが、俺達なら大丈夫」
「……絶対、無傷で姉貴を取り戻す!」
鼻息荒く、美貴はハンガーの草薙へ走り出した。阪田も大蛇へ向うが、途中、真希が駆け寄り、声を掛けてくる。
「あの、阪田さん……頼みます、亜紀姉と美貴姉の事」
一瞬、阪田は戸惑った。5か月前の戦い以来、真希が彼を名前で呼んだのは、これが初めてだったからだ。
「あのバカ姉貴……もうアンタしか手におえないし、さ」
無言で真希の肩を叩き、阪田は力強くタラップから跳躍して、大蛇のコクピットへ飛び乗った。
読んで頂き、ありがとうございます。
20世紀最後にして、最凶の姉妹ゲンカが始まります……




