第二章 10
<ある女の供述 昭和40年1月聴取>
父の愛車・ニコニコ号を駆り、菊川さんと辿り着いた海浜公園は、人気が見当たらず、閑散としていました。
その静寂を切り裂き、銃声が響いた。
驚いて目を凝らした先、柘植さんがナナさんの肩を借りて木陰を移動しつつ、誰かと撃ちあっています。
相手は女性だった。銀座で柘植さんと一緒にいたモデルみたいな人です。あの時は部下だと思ったのに、何でこんな?
考える間も無く、柘植さんの狙撃に胸を貫かれて女性は拳銃を放り出し、派手に吹っ飛びました。
目の前で人が射殺されるなんて……
呆然自失の私と菊川さんに気付き、近づいてきた柘植さんは、左の脇腹から血を流してた。こっちも撃たれていたみたいで、ナナさんの支えがないと立っているだけでも辛そうです。
「早く車を出してくれないか。すぐ、あいつが追ってくる」
「……でも、撃ち殺したでしょ、今」
「とっておきの大口径マグナムを急所へ命中させたが、これ位じゃ到底死んでくれそうにない」
「はぁ?」
「疑うなら、ホラ、あっち」
「……はぁっ!?」
柘植さんが指さす先、菊川さんが恐る恐る視線を向けると、女性は心臓の辺りに大きな風穴を開けたまま、むっくり体を起していました。
「文字通り、変幻自在の怪物だ。まさか僕の部下に化け、近づいてくるとはね」
「……怪物!?」
こちらを見た女性は、もう『女』の形をしていません。衣服を脱ぎ捨て、逞しい漆黒の肉体で、こちらへ駆けて来ます。
走るスピードも恐ろしく速い。柘植さん達が荷台の上へ身を投げ出すと、菊川さん、大慌てでニコニコ号を発進させました。
「な、な、なんだよ、アリャ!?」
ガンテツとベクラについて詳しく知らされていない菊川さん、顔面蒼白で目をシロクロさせています。
「奴は僕達の敵さ。それだけで十分だろ」
「だ、だからってよぉ、幾らなんでも、俺ぁ、な、なななな……」
「ナナは私の名前です」
横から割り込み、平然と言う少女を見て、菊川さん、また目をシロクロ。
あ~、もしかしてこの子、今、ツッコミ入れたの?
私も呆気にとられたけれど、その時はもっと大事な、早く伝えなければならない事がありました。
「ナナさん……私、あの……」
ごめんなさいと言う前に、彼女は首を横に振って、
「良かったです。もう一度、あなたに会えて」
いつもと変わらない静かな口調が、私の胸へ沁み込んでくる。
心からの言葉だと思えました。菊川さんへの唐突なツッコミも、もしかして、この子なりの喜びの表現だったかも知れない。
素直じゃないのね、きっと……
そう思いながら、私、少し涙をこらえてた。
ホッとしていたんです。ナナさんに許してもらったからじゃないわ。彼女の中にも私と似た所があるって、感じる事ができたから。
「いやはや、僕が甘かった! 君の言う通り、これじゃ何処へ身を隠しても安全じゃなさそうだな」
オート三輪が加速し、追おうとする黒い男を引き離した後、柘植さんはナナさんへ向き直り、話しかけました。
「力づくで施設から君を脱出させた分、根回しも必要だろう。政府や警察のお偉方じゃ埒が明かない。在日米軍・諜報部の出方を牽制する意味でも、この際、もっと上へ相談してみるか……」
「上って、総理大臣とか?」
私が訊くと、柘植さん、傷の痛みを堪え、いつもの不敵な笑顔を浮かべた。
「もっと、ず~っと上の方だよ。日本にはね、歴史を裏から動かしてきた、表向きには決して現れない勢力が存在する」
「影のドン、みたいな?」
「詳しくは言えんが、日本軍の諜報員だった頃、僕は彼らの眼鏡に叶い、特命で動いた時期があって……」
その時、運転に専念していた菊川さんが悲鳴を上げました。
公園の出口へ先回りし、待ち構えていた黒い男が腕を槍のように長く伸ばして、菊川さんの肩を突いたんです。
血が迸り、咄嗟のブレーキでニコニコ号は急停車。外へ飛び出した私の目前に、男が立ちはだかりました。
目と目が合った瞬間、殺される、と思ったわ。
でも、黒い男は……怯える私への攻撃を何故か躊躇い、柘植さんが乗った荷台の方へ向かったんです。
殺そうと思えば、簡単だったのに。
見た目は怪物でも、三名の敵の中には私達と同じ心を持った奴もいるのかなって、私、思いました。
そして、その人間臭い躊躇があいつの隙になった。
車の背後へ回り込み、荷台を覗いた男に向けて、身を伏せていたナナさんが掌をかざし、光輪で包み込んだんです。
「しまったっ!」
叫ぶと同時に、男の姿は輪の中でぼやけ、溶けるように消えました。
「……倒したのか?」
ナナさんは首を横に振った。
彼女が作る光輪は、二つの違う空間を一つに繋ぎ、中の物を遠くまで飛ばす力しかないそうです。
「でも、これで時間は稼げる」
「ああ、他の敵が来る前に轍冶君や大鋼人と合流しよう」
「……闘っているんですよね、彼?」
ナナさんが見上げた方角、夕焼けに淡く染まり始めた東京タワー上空で、閃く爆炎が見えました。
急がなきゃって、思った。
でも菊川さんは運転できる状態ではなく、柘植さんの傷も重そうです。どうしたものか思案する内、ニコニコ号を眺めていたナナさんが何か閃いたようでした。
「……光代さん、これ、社長が改造していた車ですよね?」
「ええ、無断で持ち出したの」
「どういう改造を施すか、私、図面を見せてもらった事があるんです。コクーン・ベースの機材で仕上げに協力したので」
ナナさん、車の運転席に入り、コンソールの奥に隠された赤いスイッチを押した。すると、ニコニコ号が形を変え始めたんです。カチャッ、カチャッ、と瞬く間に、車から人そっくりの姿へ。
「徳寛電機謹製、汎用可変人型戦車一号機。これを使えば今の局面を打開できるかもしれません」
目を丸くしてニコニコ号を見つめる私達に向け、ナナさん、ふっと悪戯っぽい微笑を浮かべました。
へぇ、真面目で冷静で、どちらかと言えば冷たい印象だったのに、こんな顔もできるんだな……
轍冶君と過ごした短い時間で、彼女も少しずつ変わってきた事に、その時、私、改めて気付いたんです。
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