第二章 9
<ある女の供述 昭和40年1月聴取>
『繭』が羽田空港近くの海面から現れ、東京タワーの方角へ動き出した時、工場の人達は一斉に外へ飛び出して行きました。
皆、怖い物見たさだと思います。
私は罪の意識で深く落ち込んでいて、事務所から動けなかった。轍冶君が繭を動かしてるなんて、夢にも思わなかったし。
いっそ大鋼獣が来て、私を砂にしてくれないかなぁ……
そんな不謹慎な事を一人ぼっちの事務所で思っていたら、備え付けの黒電話が鳴ったんです。
取った受話器の声を聞き、私、耳を疑いました。
掛けてきたのは、ナナさんだった。
六日間、奥多摩の山中にある政府の施設に監禁されていて、何処か別の場所へ護送される途中、柘植さんの手で救出されたと言うのです。
「……だって、さらった張本人が、あの人でしょ? 何で今更、助けてくれるの?」
私の疑問には、電話を替わった柘植さん自身が答えてくれた。
「君に約束した通り、最初はナナさんをすぐ返すつもりだった。だが、こちらの事情が違ってきてね」
柘植さん、少し苦しそうな息遣いをしていました。
「日本とアメリカと、現場の頭越しに物騒な相談がまとまったらしい。自白剤や拷問を使っても巨人を確保しろと命令され、協力者を傷つけるべきではないと訴えたら、担当を外された」
「……今時、拷問!?」
「その上、彼女の特異体質に対する生体実験の計画があると知り、僕は黙っていられなかった。誇りにかけ、君に誓ったからね。それに、己に対する誓いもあって……」
電話口で柘植さんは話を止めた。二人が隠れている場所の周囲に不穏な気配を感じたみたいです。
必ず無事にナナさんを連れて行くから、海浜公園の、前に落ち合った場所まで轍治君と一緒に来て欲しいと、そう言った途端、電話が切れました。
それから私、工場中捜したけど、轍冶君は見つからなかった。
「ガンテツ? いや、知らねぇ。俺のパンチ喰って、何処かで伸びてんじゃない?」
これだけ異常な事態でも菊川さんの能天気は変わりません。止むを得ず一人で行こうとしたら、彼に呼び止められました。
「御嬢さん、外出は止めといた方が良い。怪物のおかげで列車もバスも止まってる」
「でも、私、どうしても行かなきゃ」
「何か、大事な用事でも?」
「実は、ナナさんが見つかったの」
「えぇっ!?」
素っ頓狂な声を上げ、菊川さんは轍冶君の代りに自分が行くと言い出しました。
デートの時、ただ一人、銀座の路上へ置いてきぼりにされた屈辱を晴らすチャンスって凄い鼻息で……
工場の営業車は出払っていたから、菊川さん、奥の手を使った。
父が第二作業棟の奥で改造していたオート三輪車『ニコニコ号』を、引っ張り出してきたんです。
「ふざけた名前、つけちゃって……ウチの社長、仕事っぷりは凄ぇのに、ネーミング・センス最悪っすね」
「仕方ないわよ。元々、町内会の催しで使ってたポンコツだもん」
「その分、思いっきり手を入れて、中身はまるっきり別物でしょ。全世界初の変形人型とか、社長がえらく自慢してたけど、まぁ、車は車。こういう時、使ってナンボ」
「後で父さんに怒られるよ」
「男の度胸も使ってナンボっす!」
菊川さん、いそいそとニコニコ号のエンジンを掛け、私も狭い助手席へ乗り込んで、外へ走り出しました。
通りは静まり返ってた。
ふと視線を上げると、編隊を組む自衛隊の戦闘機が轟音を響かせ、黒い繭の方へ向って行くのが見えたんです。
<ある男の供述 昭和39年12月聴取>
ガンテツの中にいると、生身じゃわからねぇ事……例えば、無線の通信が普通の物音みてぇに聞こえる。
ザーッと、雑音が入り混じる感じでな。多分、外の電波さ捉え、直接、乗ってる奴に伝える力があるんだべ。
で、飛び交う通信の一つが、東京オリンピック開会式……霞ヶ丘競技場で聞いた自衛隊の指揮官・笠井さんの声だって、俺、気ぃつきました。
応答したら笠井さん、ホッと溜息ついた。何とか連絡できないかと色んな周波数で、電波さ、飛ばしてたそうです。
「宮城の戦いで自衛隊と米軍は、大鋼人に激しい攻撃を加えた。殲滅が上の絶対命令だったんだが、それにも拘らず、霞ヶ丘の時と同じく奴からの反撃は全く無かった。むしろ、我々を庇おうとさえしてくれた」
大鋼人は敵ではない。
笠井さんは自衛隊上層部にそう何度も具申し、大鋼獣との戦闘に際しては、現場の判断で大鋼人との連携も許可する、との指示を引き出したそうで……
ナナに教えたら、どんなに喜ぶべ?
俺も嬉しかったども、連携はあくまで自衛隊内での話。
米軍は今もガンテツを危険な怪物と考えてる。撃破した後、いや、できれば五体満足の機体をそのまんま回収してぇと、強く望んでいる。一応、日本政府から攻撃の自粛を要請されているけんど……
それが国家の権益に繋がると見たら、米軍はどう動くか、わからねぇ。止める為の法的根拠が日本には何ンも無ぇ。だから、彼らが乗り出す前にいち早く決着さ、付けた方が良いと言われました。
そりゃ俺だってモタモタしてられねぇ。この後、ナナも見つけて、助けなきゃなんねぇし、な。
芝公園の近くまできて、俺、繭の上方にあるハッチさ、開いた。
ウィーンって感じでな。完全に開くと、ガンテツが繭の上へすっかり上半身を晒し、空の上で波乗りしてるみてぇな恰好になります。
真っ向から近づくガンテツに向け、ベクラの奴、羽、飛ばしてきた。ビルを砂に変えた、あの危ねぇ奴だ。
俺、ガンテツの両手掲げて、ナナの真似してみたべし。すると掌の先に小さな光輪ができ、飛んできた羽、吸い込んじまう。
たじろぐベクラに、自衛隊の戦闘機が次々とミサイルさ、撃った。相変わらず効かねぇども、動き封じるには役立ちます。
東京タワーの真上から俺、奴に飛び掛かってやった。
首根っこさ、押さえて、締め上げる。ベクラは離れようともがき、羽ばたいたども、無駄なこった。ガンテツもろとも、ゆっくり大展望台から下へ落ちていくだけだべ。
凄ぇ音を立てながら地べたへ激突した所で、俺、鋼の拳さ、撃ち込んだ。頭、砕いたと思ったなし。
けんど、そいつは抜け殻で……
鼠そっくりな姿に化けて鳥の上皮から抜け出したベクラは、素早くこちらの背後へ回り込んだ。で、抜け殻の部分も蠢いてガンテツの腕や脚へ絡みつき、動きが取れなくなったんでがす。
鼠型のベクラは舌なめずりし、尖った前歯でガンテツに咬みついてきた。
どけ、コラ、ネズ公!
俺、操縦席の中でわめいて、もがいて、ど~にか振りほどこうとしたけんじょ、ど~にもなんね。
すぐに装甲を貫き、内側の組織まで深く食い込んでいく牙さ、感じたなや。
想像できますか? 体に穴が開いて、そいつがドンドン大きくなる物凄ぇ痛み、只、我慢しなきゃなんねぇ。
ガンテツを動かすってのは、すなわち一心同体になるのと同じ。アイツの感じる事が何ンもかも、直接、操縦者へ伝わって来る。
こんな辛い思いしながら、ナナ、戦ってたんだな……
ベクラが又、チュウチュウ口を鳴らしてた。前より知恵がついたんだべ。その口がちょこっと歪み、嬉しそうに笑うのが見えた。
やべぇ。でも……もう、力が入らねぇ。
体の芯さ、吸い取られ、中身が空っぽになっていぐ。手も足も出せないまま、俺、気が遠くなっていったんです。
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