第二章 8
<ある男の供述 昭和39年12月聴取>
1964年12月1日、午後1時32分、約一か月ぶりに東京へ現れた大鋼獣は鳥の姿さ、してました。
良く晴れた空の彼方に黒い点ができ、そいつが見る見る大きくなって、羽ばたく翼の影が丸の内のビルさ、覆い……
空気も無ぇ高い所から、音より速く、急降下してきたって話だなす。
体は一回りも二回りも、デカくなってた。翼の端から端までがおよそ70m。ガンテツの身の丈、追い越してる。
そんだけデカいと普通は飛べねぇ。翼の大きさに関係なく、羽ばたく事じゃ飛べなくなる筈なんだども、ベクラは軽々と舞ってました。
重力を操るガンテツの力、取り込んだせいかもしれねぇ。大体、鳥が音より速いなんておかしいもの。最近、勉強したから、そんぐらいわかるでがす。
あんまし極端な事が起きっと、人ってのは逃げる知恵が湧かなくなる。
丸の内のオフィス街で勤めてたサラリーマンやOLさんは、職場があるビルの窓から、通り過ぎる大鋼獣を突っ立って見てたそうです。
鋭い切先がついた羽、翼から四方へ飛んだのは、そん時だ。
コンクリの壁へ刺さった途端、羽が唸りながら振動し、伝わって壁が崩れた。崩れて、見る間に砂になった。
ビルまるごと、砂の塊です。中の人、どうなっただか、想像するのもおっかねぇ。
砂漠は辺り呑み込んで、どんどん広がっていきました。
地図から東京が無くなる勢いだったけんじょ、途中でベクラは東京タワーの大展望台に舞い降り、鋭い爪さ食い込ませて、翼休めた。
で、天高く、甲高い鳴き声さ、上げました。
ガンテツ、呼んでるんでがす。宮城で預けた決着、今度こそつける……そう叫んでる。
だども、大鋼人は繭の中で眠り続けていました。
社長やアカネさんの尽力に加え、自己修復、進化の機能って奴で、受けた傷はすっかり治ってンのに、誰も操れねぇ。
ナナが柘植さんに捕まり、行方がわからなくなって、もう6日過ぎてた。
連れ出したのは光代さんです。
相談したい事があると言い、根黒島と近接した埋立地の西側にある海浜公園へ二人で行くと、柘植さんの部下に囲まれたそうで、
「聴取が終ったらすぐ返すって言われて、ナナさん、ついて行ったの」
いつもと様子が違う光代さん、問い詰めてみたら、か細い声で答えたっちゃ。話す場所が作業場の隅だった分、機械がうるさくて聞き取りにくかったなし。
「あの人、抵抗しなかったのけ!?」
「大の大人を相手にして、女の子二人で何ができるの?」
「ああ見えて、ナナは強ぇ。逃げる気になりゃ、簡単だけんじょ」
俺、ハッとした。何で彼女があっさり捕まったか、見当ついたんでがす。
「……きっと仕方ないと思ったんだべ、信じた人に裏切られるなら」
光代さんが息を呑む音、聞こえました。段々、言葉が荒くなってくのを、俺、どうにも抑えきれなかった。
「教えてくれねぇか、なじょして光代さん、そんな真似した?」
「このままでは轍冶君や、ウチの工場が、大変な事になるって言われて……」
「柘植さんに?」
「だって、轍冶君も信用してたじゃない! あの人、命の恩人だって」
それは、その通りでがす。俺、その時になっても柘植さんが悪い人とは、ど~しても思えながった。
「……つまるとこ、同罪だなや」
自分はヒトじゃないと寂しそうに言うナナの顔、浮びました。
だから、裏切られても、傷つけられても仕方ないって、あいつ、思い込もうとしてたんでねぇか?
異郷で人の絆を求めるのが、心底、怖かったんでねぇべか?
「一人で隠れるつもりのナナさんに、信じろって大見得きって、挙句がこれだ。もしあいつが死んだら、俺と光代さんは自分の手で殺したも同然だなし!」
最後は大声になった。
光代さんのすすり泣く声が聞こえたども、止まりませんでした。
「ガンテツ、お前、御嬢さんに何した!?」
作業場から駆け付けた菊川さんに咎められて、俺、何ンも言わず笑ってみせた。思いっきし殴られて、転がった床の冷たさが気持ちえがった。
そん時の俺は、誰より俺自身が、憎らしくて、憎らしくて、しょうがなかったんでがす。
午後二時を過ぎた頃、ベクラの被害がラジオで詳しく報道されました。
丸の内界隈は地獄だって言う。俺、いたたまれなくて、第二作業棟の床に設けた隠し通路から、地下の繭へ降りた。
中央広間で大鋼人の胸に触れ、操縦席の扉さ、まさぐる。
開かねェかな、って思いました。
「なぁ、ガンテツ……今の俺には、輸血したナナさんの血、巡ってんだ」
拳を握り、軽く叩いてみた。固すぎて、音もしねぇ。
「頼むから俺さ、受け入れてくれ。一緒にベクラやっつけて、あの娘、取戻しに行かねぇか、おい?」
拳に力、こもった。皮が破れ、血がしたたったども、痛くは感じなかったなや。
「俺のあだ名も、今はガンテツって言う。お前、ナナ、好きだべ? 同じじゃねぇか、何ンもかも!」
そん時、力一杯、振り下ろした拳が、巨人の胸で鈍い金属音、響かせた。
鉄と鉄がぶつかる音。
気が付いたら両の拳だけじゃなく、俺の体全部、黒鋼色になってました。ナナが女川の港で同じ姿になった事、思い出した。
こいつが『副作用』って奴か?
目ぇ上げっと、ガンテツの青くでっかい瞳が、俺、見下ろしてた。
胸の扉さ、開く。
中の座席に座った途端、体に血管みたいなチューブが巻き付き、俺の肌の中にまで食い込んで来ました。
俺とガンテツの心が一つになり、思うまま動かす事ができるようになって……
しかも気持ち一つで操れるのは大鋼人だけでねぇ。
根黒島の地下深くに根を張ってた『繭』が地中から一旦海へ移動し、ゆっくり大田区の上空へ浮上したんでがす。
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