第一章 2
「……この瞬間はいつも味気ない。何か、夢が覚めちゃう感じ」
「実戦に出るのが夢? 専守防衛の自衛隊にあるまじき発言だな、黒岩二尉」
「三佐だって物足りないくせに。まる一週間も、こんなシュミレーションのデータ取りじゃ、さ」
研究員がシミュレーターの周囲に群がる光景を見やり、美貴がぼやくと、阪田は穏やかな笑顔を見せた。
「ねぇ、今日の設定、ちょっとばかしトンがってたよね。インド洋での給油活動を警護するなんて」
「アメリカの要請を受けて、テロ対策特措法が国会へ提出されるそうだし、もし法案が通って海外派兵の規制が緩くなれば、俺達もいつか出動する事があるかもしれない」
「その時の敵、上はテロリストって踏んでるのかな?」
「今日のテストは、それが前提だろう。空戦に対応したVCを奴らが持っているってのは、極端な設定だと思うが」
「……ありえない事ではない?」
率直な美貴の問いに、阪田は軽く首を傾げて見せる。
「戦場は海外とは限らないさ。この所、日本を重点的に狙う国際テロ組織も増えた。武器輸出三原則を緩和し、友好国を中心にVCの販売を解禁した時点で、一部の国の顰蹙を買ってるしな」
「そうしろ、と外圧を掛けたのはアメリカなのに、一方じゃエコノミックアニマルなんてニューヨーク・タイムスが書き立てたもんね」
「それにハイ・スチーム発電という新エネルギーを軌道に乗せて以来、日本を目の仇にする石油系の国際企業も少なくない」
「テロの資金が何処から来るかわからない以上、いつまでも、シミュレーションじゃ済まないって事か」
「……コラ、不謹慎だぞ。そこで嬉しそうな顔するな」
細くしなやかな体を捻り、ソッポを向く美貴に、阪田は思わず苦笑した。
彼は美貴より三つ年上の29才で、複座式のVCを任され、チームを組むようになってから一年が経つ。
小柄で、笑うたび目尻に三つ皺がよる実直そうな顔立ちは、およそ自衛隊の精鋭には見えない。むしろ、人当たりの良さから民間会社の営業員でもやらせれば成功しそうなタイプだが、全身のシルエットを注視すると、極限まで鍛え上げられた肉体がパイロット・スーツの中に隠れている事がわかる。
あからさまに猛獣の好戦的なオーラを漂わす美貴にとって、阪田は理想的なパートナーと言えた。
職場においても、そして二月前の彼女の誕生日から先は、ごくプライベートな意味合いにおいても……
二人がシミュレーターに背を向け、ホールを出ようとした時、隣の会議室の方から妙に呑気な声がした。
「いや~、悪かったね。ウチのトップガン二人にわざわざ市ヶ谷までご足労願って」
見ると、機甲自衛隊のトップである笠井宗明幕僚長がホールへ入ってくる。
会議室は開閉式の大きな窓でホールに繋がっており、副官の榎元就将補も付き従っている所を見ると、性能試験を視察に来たらしい。
「何しろ昨年の防衛大綱変更に伴い、新設されたばかりの機甲自衛隊だ。VCの実機は圧倒的に不足しとるし、パイロット養成のニーズに応えるには、どうしても優秀なシミュレーターの開発が必要なんだよ」
あわてて姿勢を正し、美貴と阪田は笠井に敬礼する。
笠井も表情を引き締め、敬礼を返すが、すぐ目を細め、人懐っこい笑みを見せた。
年齢はまだ六十代手前なのに、きれいに整えられた笠井の髪も、髭も真っ白で随分と老けて見える。一見、昔は何処のご近所にもいた、好々爺のご隠居タイプだ。
「で、どうかね? 実際にあのシミュレーターを使ってみた感想は?」
世間話のノリで話しかけられ、美貴はつい気安い口をきいた。
「デキは良いっす。結構、タギる」
「タギる?」
「あ~、何てったら良いのかなぁ……」
榎将補が横目で美貴を睨んでいるのに気づき、阪田は軽~く彼女の足を踏んづけた。
「痛っ! 何すんの?」
抗議はとりあえず無視、阪田は美貴が言おうとした言葉の後を継ぐ。
「……つまりですね、本物の虎鉄に乗っている時の感覚に極めて近いという事です」
密かに美貴がキツ~く足を踏み返すが、阪田のポーカーフェイスは揺るがない。
「虎鉄の実機も一機、市ヶ谷へ運んできて、シミュレーターと直接見比べながら、エンジニアが調整したそうですね。しかもコクピット部分を換装すれば、他のVCも再現できるとか」
「……榎君、そうなの?」
盆栽のいじり方でも聞くノリで笠井が訊ねると、恰幅の良い榎が厳かに頷いた。はたから見ていると、どちらが上官か分らない貫録である。
「……そりゃ凄いねぇ。黒岩二尉、君のお父さんに感謝しないといかん」
「え?」
もう一発、さり気なく阪田の足を踏みつけ、美貴は意外そうに笠井を見た。
「このシミュレーター、言わずと知れたギャロップ重工の製品なんだが、最終調整に黒岩製作所の手が入っているんだ」
「オヤジ……いや、父の仕事なんですか、コイツ」
「君、今日はもう非番の筈だね」
「はい」
「たまには娘の元気な顔を見せてやったらどうだ。しばらく会ってないんだろ、ガンテツさんと」
「これから二年ぶりに訪ねてみるつもりです。阪田三佐と一緒に」
「ほう、ウチのトップガンが良い仲だと言う噂、わしの耳にも届いておったよ。遂に打ち明けるのか? フフ、あの男、どんな顔をするやら」
「……失礼します」
好奇心丸出しの笑みを笠井が浮かべると、美貴はもう一度敬礼し、足早に廊下へ出て行った。
踏まれた足の痛みを我慢していた阪田が、一気に顔を歪め、彼女の後を追う。
「黒岩二尉、君のお父さん、幕僚長と知り合いなのか?」
「無愛想な癖に、恐ろしく顔が広いんだ。他にも色々知ってる。政治家とか、財界のお偉いさんとか」
「それじゃ、ガンテツってのは?」
「昔からの、親父のあだ名。頑固一徹のガンテツだって母さんが言ってた」
「……結構、凄い人みたいだな。今更だが、会うのが怖くなってきた」
「大丈夫。取って喰いはしない、多分」
「……多分?」
「うん」
「そうだよな、婚約の報告をするだけだし、二人の気持ちさえしっかりしていれば」
阪田は大きく深呼吸し、足の痛みと胸の不安を同時に吹き飛ばしたようだ。だが、美貴の胸の奥では、この時、別の思いが生まれている。
取って喰いはしない?
実際、あのオヤジがヘソを曲げたら何をするやら……?
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