第1話 転入
攻撃者=アタッカー
救済者=サポーター
星導力=この世界の魔力みたいなもの。
満開の桜並木が続く、美しい景色の中を一人の少年が歩いていた。
その少年──透導歩夢は、やや長めの前髪が影を落とす黒髪の少年。寝癖のように少し乱れた無造作な髪は、整える気がないというより、彼の生き方そのものを映している。
鋭い目つきは本人に自覚はないが、どうしても近寄りがたい印象を与えてしまう。身長は一七八センチほどと高めで、体つきも引き締まっている。
言葉はぶっきらぼうで態度も荒っぽいが、その奥にあるものは、信頼していない相手には決して見せようとしない。
その光景にふと懐かしさを覚える。
かつて自宅の庭にも、大きな桜の木が一本あったのだ。
桜を見上げながら歩いていると、視界の先に学園の校門が見えてきた。
その瞬間、歩夢の頭にふわりと柔らかいものが落ちてきた。
「……ん? なんだこれ。パンツか」
手に取ってみると、パイナップル柄のパンツだった。
歩夢は特に動揺することもなく、それを鞄にしまう。
(可愛い柄だな。持ち主を見つけたら返してやるか)
そう思いながら、そのまま校門へと歩を進めた。
――数十分後。
なんとか学園に到着した歩夢は、警備員に案内され、学園長室へと通されていた。
「初めまして。私が『中央都市星導防衛学園』の学園長、古川星子です。君が栄星が寄越した透導君だね。よろしく」
クリーム色の短髪に星型のバッジを付けた女性が、にこやかに歩夢へ挨拶する。
「ども、お世話になります」
歩夢は軽く会釈しながら答えた。
「まずは、頼んでおいた書類を見せてもらえるかい?」
「分かりました」
歩夢は書類を渡す。
「自分の名前と生年月日を教えてくれるかい?」
「透導歩夢。星導暦六十年七月七日生まれの十五歳で、今年で十六です」
「身長と体重は?」
「身長百七十六センチ、体重七十三キロです」
学園長は「本人で間違いないね」と確認し、書類をファイルに収めた。
「それはそうと目つき悪いね。そんなんじゃ、みんなに怖がられるよ」
「生まれつきです」
「そうかい。それは失礼」
そして、紙袋から制服を取り出す。
「これが本学園の制服だよ。カッコいいだろう?」
「……全体が見えないので、なんとも」
歩夢の素朴な返答に、学園長は少し嬉しそうに制服を広げて見せた。
「どうだい? 男子用制服は星空を思わせる深い濃紺が基調でね。胸元には学園の紋章『星を囲む盾』が金糸で刺繍されているんだ。ボタンは銀で――」
学園長は制服へのこだわりを熱く語り出す。
自らデザインしたこと、ラメを散りばめて星の輝きを演出したことなど、説明は止まらない。
「……カッコいいと思います」
歩夢は興味が薄そうに感想を述べた。
「だろう?」
学園長は満足げだ。
「では、さっそく着替えてもらおうかな。はい、どうぞ」
制服を手渡され、歩夢は少し困ったような表情を浮かべた。
「ありがとうございます」
しかし、そのまま立ち尽くす歩夢に、学園長は首をかしげる。
「どうしたんだい? 着替えないのかい?」
「すみません。俺、一人で着替えが出来ないんです」
「……なんですって? じゃあ普段はどうしていたんだい?」
「右腕が動かせないので、ずっと誰かに袖を通してもらってました」
歩夢の説明に、学園長は思わず頭を抱えた。
「な、なら、今日はそのままでいいです……。明日からは誰かに着せてもらってください」
「分かりました」
学園長は咳払いし、気を取り直す。
「栄星の爺さんから話は聞いているけど、いろいろ訳ありなんだってね。私は強ければなんでもいいけど」
「どこまで話を?」
「家族と故郷を奪った黒い竜を探して、復讐するつもりなんだろう?」
「はい」
「そうかいそうかい。復讐するのは大いに結構。けれど、ここは学園――つまり学校だ。軍人としてではなく、一人の生徒として過ごしてもらうよ。いいね?」
「分かりました」
「それと、片腕が使えなくても強いんだってね?」
「栄星さんたちに鍛えられましたから、自信あります」
「ほぉ、それは楽しみだ。では転入の条件だが……飲んでくれるね?」
「はい。なんとかフェスティバルで優勝すればいいんですよね? でも俺、地上の戦闘方式はまったく知りませんよ?」
「星導捧祭。数ある防衛学園の中で最強の相棒を決める大会だよ。君にはそれに参加し、優勝してもらいたい。まずは、一ヶ月後の学園予選を突破することが必要になるけどね」
「戦って勝ち続ければいいんでしょ? 簡単です」
歩夢は栄星率いる『星廻軍』の一員だった。
星廻軍は宇宙を巡り、災害や戦闘地域へ赴き、人命救助と支援を行う団体である。
歩夢にとって栄星は命の恩人だった。
「おぉ、威勢はすごいね。優勝した後は好きにしてもらって構いません。もし、優勝出来なかったら……退学処分としますから、覚悟しておいてください」
「たいがく? ってなんですか?」
「退学は……この学園から去ってもらうことです」
歩夢は小学校にも通えず、軍人補佐として育ったため一般教養がない。
「分かりました。それでいいです」
「地上の戦闘方法についてですが、まずあなたは救済者教室で学んでもらいます。詳しいことは担当のムヘッド先生にでも聞いてください」
「セイヴィアってのが分かりませんが……分かりました」
学園長は再び頭を抱えつつ続ける。
「今後のスケジュールだけど、二十分後に君を紹介する会があります。その場で自己紹介と目標を掲げてもらうよ。勉学も遅れて大変だと思うけど、頑張って下さいね」
「了解です」
「放課後には寮を案内するから、私のところに尋ねて来てください」
「はい」
「他に栄星の爺さんから何か言われてるかい?」
歩夢は少し考え――ふと、思い出したように口を開く。
「俺の力を地上のやつらに示して、軍人が間違ってなかったことを証明してほしい。ついでに学園長のオババをギャフンと言わせてやれ、と言われました」
学園長はうつむき、震える声で言った。
「そ、そうかい。相変わらず冗談が上手い爺さんですね。我々への挑戦状として受け取っておくよ」
「よく分かりませんが、お願いします」
「先にこれを渡しておこう。学生証と現金五万円だ。このお金は栄星の爺さんからだよ」
「ありがとうございます。大事に使います」
歩夢が受け取った学生証には、学生番号とバトルランクDと書いていた。
「では、戦闘館へ向かおう」
「戦闘館?」
「小中学校でいう体育館だよ。訓練や集会に使う。覚えておくように」
「分かりました」
「案内するから、ついて来ておくれ」
「はい。お願いします」
歩夢は学園長に案内され、戦闘館へ歩き出した。
途中、学園長はぼそりとつぶやく。
「……あのジジイ、何も教えてないじゃないか」
星紋=星導力を使うためのアザみたいなもの。
星紋色=星紋の色。




