カッターナイフの真価を見よ カッタジー
その日、テリーは創作に励んでいた。
彼ら死神兄妹が暮らす一軒家。赤い屋根に骨の装飾が特徴的な場所だ。
テーブルの上に一つの木材を置いたテリーは、カッターナイフでそれを削っていく。
「…よし、もうすぐ完成だ…!」
骨の身体なのに、汗をかいている。その汗の量から、相当集中している事が見て取れる。
これは、彼が愛する妹に渡すプレゼント…。
ドクロはいつも冷たい態度で兄に接するも、その節々の動作で兄に対する思いも感じさせる。その思いに、テリーの心臓はいつも震えるような熱さを感じていた。心臓は無いが。
そんなドクロに感謝を伝える為、一から作った物を手渡そうと考えていた。
だがここで問題。彼が扱っているカッターナイフ…これがひどく錆びついていたのだ。
切れ味が少しずつ落ちてきて、今では折れかけている…。
「おっと」
…いや、折れた。
半分に割れた、色褪せた銀の刃を見つめ、テリーは五秒ほど沈黙した。
「…はー、参ったな。このカッターナイフ、二億円もしたんだぞ」
渋々彼は右手に魔力を集め始める。
右手は少しずつ伸び始め、形が変わり…刃へと変形した。その能力はこういう時に役立つものだ。
刃の腕を木材に添える。ドクロが帰って来る前に、これを完成させたい。
少しばかり焦る思いを抱えながら、彼は木材に切っ先を構える。
「ちょっと待ちなぁ!!」
大きな声があまりに唐突に響いたものだから、テリーは危うく木材を真っ二つにしそうになる。椅子から滑り落ちかけ、全身の血と毛がよだつ。血も毛もないが。
「な、なんだぁ!!いきなり声かけてくる野郎は!」
怒りに任せ、その声の主を怒鳴りつける。
声の主は…小さな人型のモンスターだった。
どうやって入ってきたのか、さも当然のような顔をしてリビングの入り口に立っている。その片手には大きなカッターナイフを持っていた。
剣程の大きさがあるが、その形は確かにカッターナイフ。黄色の外殻に、銀の刃を備えてる。スライダーを引くのも一苦労な質量だった。テリーが呆然としていると、モンスターはそのカッターナイフを振り回す危なっかしい動きをしながら名乗る。
「突然失礼したなっ!俺はカッタジー。モンスター界において、カッターナイフに関しては俺の右に出るものはいないぜ!」
カッタジーはその小さな身体相応の短い歩幅でモタモタと近づいてきた。テリーの膝程の高さしかない身長なのに、所持してるカッターナイフの重さが明らかにその移動の足を引っ張ってる。テリーは少し背を反らした。こんなカッターナイフを持っているのだから、少しは移動の仕方を考えて頂きたい。
「あんた、その折れたカッターナイフ…そいつに秘められた可能性に気づいてないな!」
可能性…?そんな言葉がこの折れた刃にかけられるとは思ってもみなかった。
いや、そもそも当たり前のように不法侵入してきて何なのだこいつは。
カッタジーはテリーの手から折れたカッターナイフを取り上げると、木材に添え始めた。
「どんな物、作りたいんだ?」
「…お洒落な髑髏を」
あまりにスムーズなやり取りだった。
カッタジーは頷くと…木材を猛速度で切り始めた。
木々がめくれ、刃に擦られ、少しずつ、だが確かに削れていく音。心地よく、作業的な環境音…。
テリーの目、及び黒い穴が、それをまっすぐ見つめていた。
折れた刃が、あまりにも綺麗に硬い木材を削り取る。その速度は…万全な状態のカッターナイフのそれを上回っていた。
そして、十五秒後。
そう、十五秒。
あまりに完璧な、木の髑髏が、テーブルの上に鎮座していた。
辺りには木々のカス…しかし、その量は信じられない程に少ない。
髑髏の顔は、所々ハート型に寄せたような輪郭となっている。右目に当たる部分だけは眼球が嵌め込まれ、後頭部にはリボンのような装飾がつけられた、何とも洒落た物。これが、ただの木材一つから派生したのだ。
「す、すげえ…」
「どうだ?これがカッターナイフの真の力!」
彼はスライダーを上下に動かし、心地良い音を部屋に響かせる。
思わぬ助っ人の登場で、テリーは何とか愛する妹へのプレゼントを完成させる事ができた。
…はずだった。
「おい、お前!」
玄関から響く声。本日二人目の不法侵入者だ。
次に現れたのは、見知った顔だった。
紫の髪を肩まで垂らした、吊り目の少女…ナイフ使いアンドロイドのラオン。
そう、ナイフ使い。
ナイフを愛する者として、カッタジーの存在を見過ごせなかったのだろう。
カッターを握ったまま立ちすくむカッタジーに、ラオンは自信満々の笑みを見せた。
「お前、中々の腕前だな…だが、そんなお前にアタシのナイフさばきを見せたくなったぜ」
彼女は後ろ髪に手を突っ込み…どこに隠していたのか、木材を取り出す。
それを片手で空中に投げ飛ばすと…目にも留まらぬ速さで刃を振り回す。
…直後、木材は弾け飛ぶように木カスを撒き散らし…木彫りの熊へと変貌した。
「ら、ラオンもすげーな…」
テリーが、顎の骨が外れんばかりに口を開いていると…カッタジーが歯を食いしばる。
「なんだそのくらい…。俺だって!」
カッタジーもまた、木材を更に取り出し…ラオンの真似をして空中に投げる。
木材は無数に切り裂かれ…小型のキューブが落ちてきた。
そのキューブにはそれぞれ点が刻まれている。多数のサイコロを一瞬で作り上げたのだ。
「…なんか、本当に一から切って作ってるのか胡散臭くなってきたな」
テリーは声を曇らせる。カッタジーは右手で額を押さえ、呆れたようにため息をつく、
彼は自身の実力を誇示するように、次々に木材を取り出しては切りつけ、作品を完成させていく。
白鳥型、クリスタル型、山型、さくらんぼ型、シチュー型、トイレの蓋型…何だか形もヤケクソになってきている。
ラオンもラオンで面白くなったのか、彼女なりの様々な作品を創造。どれもこれも、ナイフの形をした木彫りだった。それをナイフで作っているのだから、ナイフ好き勝負ではラオンの勝ちだろう。
最終的に、二人の作品はお互い二十にも及ぶ。
息を切らしながら、互いの刃に目をやりあい、次に無造作に散らばれた作品に目を通す。
…しばしの沈黙の後、ラオンが首を横に振る。
「…お前の木彫りの方が、形が整ってる。やっぱ、こういう作業においてはカッターナイフが一枚上手のようだな」
ナイフ使いとして、彼女が負けを認めた。
戦いでは勝てたかもしれないが、アーティストとして、そしてカッターナイフの使い手として…カッタジーが勝ったのだ。
「…ひゃひゃひゃひゃ!!だよなぁ!!俺の
カッターナイフが!世界一だよなぁ!!」
気分が良くなったようで、彼は手足をゆるやかに動かす奇怪な動きと共に玄関へと走っていった。勿論、あの大きなカッターナイフもしっかりと持っていった。
ラオンはしばしカッタジーの後ろ姿を見送り…テリーに向き直る。
「感謝しろよ?あいつ、なんか厄介そうな野郎だったからな。上手いことおだてて追い返してやったんだ。アタシが本気出せば、あいつなんかよりずっと良いもん作れるからな。…じゃ、また明日事務所で会おうぜ」
ラオンもまた、どこか上機嫌そうな足取りで去っていく。一風変わった対決に興奮していたのかもしれない。
残されたテリーは…。
「…え、これ全部俺が片付けないといけないの?」
無数に散らばった木くずの中央で、ただただ立ちすくんでいた。




