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ポテトサンゴ

ワンダーズの事務所の観賞魚、その名も…「フグ」。

黒い模様がついた黄色い髪。短い手足。


その日も水槽の中を気ままに泳ぎ、時々、設置された石を持ち上げたり海藻と戯れたりと、気ままに過ごしてる。

ドクロが水槽に近寄り、フグ好物の小エビを注ぎ込む。その時まで石に夢中だったフグは、小エビの存在を瞬時に察知し、水中で華麗にキャッチ、そして即座に頬張る。元々野生暮らしだった為か、その食事は迅速かつ豪快だ。

手のひらに乗る程しかない彼女の派手な食事は、目を引くものがある。

「フグちゃんに他にも何かあげたいわね」

ドクロは無意識に小首を傾げながら、水槽を眺め続ける。その後ろの方から、何かの本を読んでいた粉砕男が軽く顔をあげ、提案を持ちかけてくる。

「なら、良い物があるぞ」

「え!?さっすが粉砕男おお!!何でも知ってるう!!」

まだ何も言っていないのに興奮した様子のドクロ。その声に驚いたのか、水槽内のフグも慌てて水面から飛び出し、ドクロの白い髪の上に乗っかってしまう。

苦笑いしつつも、粉砕男は読んでいた本のページを見せてきた。


ページには、黄色く、長方形に近い不思議な物の写真が載せられていた。どうやら海洋生物の一種らしく、背景にはサンゴ礁と、少数の魚が映っている。

[ポテトサンゴ]。

それがこの生物…モンスターの名前だった。

「サンゴ礁の隅には、すでに死んだポテトサンゴが転がってる事があるらしい。それらを食用にする魚は多いそうだ」

ポテトサンゴは近くの海にも生息しているらしい。捕りに行くのは簡単そうだ。

それに、フグはポテトサンゴのページを見るなり、踊りだした。食べてみたい、と乗り気らしい。


「よーし!じゃあ暇つぶしがてら、行くか!」

本を置いた粉砕男は、どこから取り出したのか、網を片手に立ち上がる。

その後ろから、どこかおぼつかない足取りで続くドクロは、思わぬデートの口実ができて顔を赤らめていた。

「…フグちゃん、感謝するわ」

指先で頭を撫でられるフグは、何故感謝されてるのか分からないという風な顔で、小首を傾げた。




テクニカルシティ近くの海。


ここは街の人々の憩いの場。

以前、ドクロは深海体操部やらサガサカナやらの騒動に巻き込まれた経験こそあれど、基本は平和な場所だ。闇姫ですら、ここでは海を楽しむ事を優先して悪事を後回しにする、とさえ噂されている。

粉砕男は人々の邪魔にならぬよう、人気の少ない場所へと移動する。ビーチの隅、比較的人が集まっていない場所。

ここには蟹やヤドカリの数も多く見られる。彼らも人間を避けられる場所と認識しているのだろう。

ポテトサンゴもこういう所に生え、穏やかな生と死のサイクルに自分達を投じているのだろう。

「さて。じゃあ早速泳ぐか」

波打ち際に並ぶ二人。ちなみにワンダーズは着衣水泳が基本だ。風邪引くので皆様はやめましょう。

「う、うん!やるわよ!」

両手の拳を握って、どこかあざとく振る舞うドクロ。それに対し、粉砕男は頷くのみで済ませた。

彼は優しく、穏やかで、完璧なまでに性格が良い。なのに、他人からの好意には鈍感なのだ。

だからこそ、攻略しがいがある。

ドクロの胸はくすぐられるばかりだった。


三人(?)は、青い海面へと勢いよく走りだしていく。足は徐々に水に浸かっていき、足が遅くなっていく。

全身が水中の無重力に晒され、同時に視界は真っ青になる。地上と隔離された未知多き世界が、自分達の前に立ちはだかる。


色とりどりの魚たちが出迎える。

クマノミに、チョウチョウウオ、下を見ればタコにナマコ、ハゼ…。

「わあ…綺麗ね、フグちゃん」

ドクロの顔の横で手足を軽快に動かすフグ。

だが彼女の顔は、特に浮かれているという訳でもない。人間でいえば、都会の景色がただそこにあるだけ。彼女にとって面白みがあるのは地上を置いて他にないだろう。

(こういうところドライよね、この子)



カラフルな世界を楽しみ、前へ前へと泳ぎ進む。海藻が踊り、泡が光る。いつも上から見る青い壁の向こうに、こんなに美しい世界が広がっている。地上で暮らしている事が勿体なく思えてしまうくらいに、海中世界は美しかった。

多くの芸術的光景を通り抜け、その果てに広がっていたのは…。


「ここだ、ドクロちゃん、フグちゃん」

彼が指さす先に、目的のものがあった。


黄色い突起物が、いくつも密集している。

紛れもなく、あれがポテトサンゴだ。


魚たちが群がっている。色合いや艶からして、あの個体達は生きている事が分かる。

生き果てたポテトサンゴの亡骸は、恐らくこの近くだろう。

「図鑑によればその辺に転がってるらしいんだがな…」

魔力を駆使する事で、水中でも声がよく通るようにしていた。地上のような距離感で、この幻想的な光景で、愛玩動物除けば粉砕男と二人きり…。

ドクロの周りの海水が、熱を持っていた。





そして…先程のポテトサンゴの集まりの近く、岩場に沿うように、それらは転がっていた。

色が薄くなっているが、尚も香ばしい黄色を保っているポテトサンゴ達。量は多く、山のように重なっている。

何匹もの魚たちが群がっている辺り、かなり豊富な栄養素が含まれている事が分かる。

そういえば、とドクロは目を丸くした。

テレビ番組にも時々映っていた、そして何気なく眺めていた料理だ。

高級料理である事が判明し、自然と期待が増す。


フグは水中で踊り狂っている。ポテトサンゴの美味しさを既に察知しているようだ。

「あはは、フグちゃんも早く食べたいっていう動きね!」

「早いところ回収しようか」

粉砕男が手を伸ばすと…。


突如、右手に痛みが走る!!

「いってええええ!?!?」

何かに撃たれたような痛みだった。


何が起きたのだろうか?ポテトサンゴに防衛生態はないはずだ…。


一瞬の間に、やけに冷静な言葉が頭に浮かぶ。


「だ、大丈夫!?」

ドクロは粉砕男に泳ぎ寄る。フグも、言葉はなくとも心配しているようで、粉砕男の右手に抱きついてくる(逆に痛いのだが)。

「あ、ありがとう。でも…何だ今の痛みは…」

「あっ、粉砕男!もしかしてあいつが攻撃してきたんじゃない!?」

彼女が指さす先は、岩場だった。


岩に隠れるように、黒くて大きな影がこちらに何かを向けている…。

一瞬、海洋生物かと思った。だが…あれは、どうやら機械のようだ。黒光りする外殻が、水面上からの太陽光を反射して怪しく輝いている。

そして、何より目を引いたのは…。


「あれ、闇姫軍のロゴマーク?」

闇姫軍の紋章が刻まれていた。

黒い異様な図形に、赤く[闇]と書かれた独特な紋章。あれは闇姫軍の多くの兵器につけられた証であり、闇姫の支配下にある事を示している。

今粉砕男を撃ったのは間違いなくあの兵器だ。

マイクのようなものが前面装甲についており、そこから聞き覚えのある声が。

「こら馬鹿どもお!」

少し聞くだけでも陽気な事が伺えるような男の声…闇姫軍最高の頭脳を持つ科学者、ガンデルの声だ。

あれもガンデルの発明品なのだろう。

ドクロと粉砕男は並んで構えを取る。敵の攻撃を待ち構え、同時に声にも集中する。

「お前ら、さてはポテトサンゴを狙ってるな?それは僕達闇姫軍の今日の飯なんだーー!!!」

装甲が開き、中から飛び出してきたのは、銃口だった。あれが粉砕男を撃ち抜いたものだろう。

よりによって奴らもポテトサンゴを狙っていたのだ。

「ポテトサンゴをこっちに寄越すんだな!寄越せば、闇姫様のおこぼれをくれてやる!拒絶するなら、このヤミサブマリンの力で正確にボコボコにしてやる!」

(正確にボコボコとは)

粉砕男は首を傾げつつも、自然にドクロとフグの前へと身体を動かした。

相手は水中に特化したロボットだろう。こちらも素早く動けるとはいえ、油断はできない。

できることならこのまま戦闘をせずに追っ払いたいところだ。

「まともに話を聞くやつでもない。さて、どうするか…」

(考え込む粉砕男もかっこいい…)

粉砕男とドクロの間に、強烈な温度差が生じていた。



その時…二人の心情を悟ったのか、フグが動きを見せた。

「…ん、フグちゃんどうしたの?」

フグお得意の踊りだ。何かを伝えようとしているのか、自身の頭を、両手で下から撫で上げるような、実に奇妙な動きを繰り返している。

だが、ワンダーズたる二人にはその動きの意図を理解できた。


「…フグちゃんにかけてみるしかないわね」

ドクロは、水中で踊り続けるフグを両手で優しく引き寄せ…。


力任せに、上下に伸ばした。


ドクロの腕力でフグの全身は芸術的なほどに綺麗に上下に伸び、そのままの形で固定された。

その姿は色合いもあって、ポテトサンゴに見えなくもない…。

「よし!行っておいで!」

ドクロは変形したフグをヤミサブマリンへと投げる。ポテトサンゴに見えるように、わざとぞんざいに。

ゆったりと飛んできたフグを、ヤミサブマリンのアームがキャッチする。

冷たい鉄の感触にも、フグは動き一つ見せずそのままの形を維持していた。

「自ら渡すなんて潔いな。じゃ、他のも頂くよ!」

真下にある他のポテトサンゴも手際よく回収したヤミサブマリン。ポテトサンゴとフグを下部の格納ハッチへ収め、水流に乗るように別の方向へと進行を開始した。あくまで目的は回収であり、戦闘ではない。それはガンデルも同じだったようだ。

「結局ポテトサンゴ食べられなかったわね」

ドクロはどこか名残惜しそうにするが、その横で粉砕男は顎に手を添えて何かを深く考えていた。



「普通のポテトでよくね」

「確かに」





…ヤミサブマリンはそれから海を渡り、岩場を通り抜け、闇の国の海へと突入した。

「こんなに沢山手に入れられるとは思ってなかったぞ〜。闇姫様の喜ぶお顔が楽しみだ!ドーナツにこのポテトサンゴを刺してご献上だ〜〜!!」

操縦桿を握りながら、鼻歌交じりに機体を泳がせる。その脳内では既に、闇姫がらしくもない笑顔でポテトサンゴに齧りつく姿が目に浮かんでいた。



ハッチ内のフグに気づくことも無く…。




「闇姫様〜戻りました〜」

1時間もしないうちに、彼は城の格納庫へと辿り着いていた。黒光りする床に足を置き、主のもとへと突き進んでいく。

その両手には、海水をたっぷり含んだポテトサンゴの山。そして…その中に混じりこむ変形フグ。

「今日はポテトサンゴを採ってきましたよ〜。塩をふりかけて食べましょう!あ、それとも砂糖がいいですか〜!?」

既に有頂天のガンデルが城への連絡通路を通ろうとしたその時。


ポテトサンゴの中から、小さな影が飛び出す。

浮かれてるガンデルはそれには気づかず、侵入者へ動きを許してしまう。

侵入者…フグは地面に落ちると、弾けるように元の姿に戻る。


目前に広がるのは、ヤミサブマリンをはじめとした何体もの戦闘兵器。全てガンデルの発明品だ。

フグは小さな、それはそれは小さな人差し指を口に添えて首を傾げ、何かを考え込む。


そして…。



「闇姫様ぁ〜早く会いたいです〜…ん?」

ガンデルの戦士としての勘が、嫌なものを察知した。


彼の背後で、何かが光り…そして、熱を放つ。


城を揺るがす爆発が、連続して発生した!


「ぎゃあああああ!!??」

頭を抱えて悲鳴を上げる。

ガンデルの背後の可愛い発明品達が、煙をあげていた。

ほとんどがスクラップと化しており、中身を惨たらしく外へと垂れ流している。機械ではあるものの、開発者たるガンデルの目にはその光景は殺人現場に見えていた事だろう。

「な、何で何で何で何で!!」

床に手をつき、嗚咽するガンデル。蛙特有の皮膚が涙で艷やかに輝く。

熱と煙の臭いから逃げるように、小さな何かがその場から逃走していく。ガンデルは、それに気づく事はなかった。




機械類を適当にいじり回して兵器を破壊し尽くした小さな破壊者は、闇の国の海を伝い、泳ぎ、帰り道を辿っていた。

野生時代の勘が、フグを人間世界へと導いていく。



海をこえ、川へと繋がり…。



数日後。



テクニカルシティ近くの河川へ、フグは帰ってきた。

水面から顔だけを出すと、野原には見慣れた人物たちが。


「ほんとに闇姫のもとへ行ってきたのね」

そこにいたのは、葵…そしてその背後に並び立つ、ドクロと粉砕男。

フグが戻るまで、ここでキャンプをして待っていてくれていたらしい。



数日ぶりの再会…とは思えぬほどに、軽い足取りで、フグは彼らの元へと飛びついた。



キャンプ場でワンダーズが食べていたものは…ポテトだった。

ポテトサンゴではない。ただのポテトだ。

「フグちゃんも食べる?」

ドクロが差し出してきた焼きたてのポテト。

フグは短い手でそれを抱きかかえ、カリカリと噛りつくのだった。


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